浜口 富士子

Hamaguchi Fujiko (1909 – 1935)

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明治42年生れ、新国劇にあって舞台を踏んでいるうちに、キネマ旬報主催の美人投票に一等に当選して日活に入社、「蒼白き薔薇」に第一回主演をし、「摩天楼愛欲篇」「ふるさと」や千恵プロの「研辰」に主演したが、若くして病死した。本名鈴木富士子。

『写真 映画百年史 第二巻』 筈見恒夫編(1954年)

少しずつでも人気も出、収入もだんだん多くなると、心のゆるみも出、「あたしは美人よ…」式の高慢な態度も手伝って、いつとはなしにスタジオの囁きはだんだん彼女には有利ではなくなりました。「誰それと山科の料亭に現れて食事をしていた」やれ「神戸のあるレストランで外人と踊っていた」と聴くとはなしに耳に入ってきたものでした。

『髪と女優』 伊奈もと著(1954年)