原 駒子 [Hara Komako]

Hara Komako (1910 – 1968)

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明治四十二年横濱市に生る。父は大阪朝日座の解説者で原天波、幼にして新派劇團に入り斯界の麒麟児といはれ子役として各劇團を轉々とする。大正十三年二月下加茂に入り後更に帝キネに移る。『鶴吉と其の兄』『闇の人々』『日光圓藏』『嘆きの村』等を演じ、フアンに認められ更に東亞に轉じ等持院の時代劇に入り首腦女優となる。主演は『雄劔』『鳴門秘話』で見返りお綱に扮しバンプ振りを發揮してフアンから好評を博す。最近の主演は『松前鐵之助』『最終鳴門秘話』『砂繪呪縛』(第二篇)『阿修羅』等あり殆ど東亞時代映畫で独り舞臺の概がある。本名倉形こま子。

『玉麗佳集』(中央書院、1928年)

『ハラコマ』の名において、その凄艶さを謳はれてゐる原駒子は今年二十四歳、まさに円熟し切つた藝である。七歳の頃新派の子役として舞臺にあつた。蒲田、下加茂、帝キネ、東亞と移つたが、現在は夫君羅門光三郎と共に寶塚キネマに重きをなしていゐる。『ハラコマの價値は眼にある』といはれる。事實、あの切れの長い眼にたゞよふ一抹の凄艶さは名妖婦役者として謳はれる所以である。姉御、女賊、藝妓等を得意とする彼女が、甚だ内氣であることも奇である。本名倉形駒子。

『處女作・出世作・代表作 映画花形大寫眞帖』(大日本雄弁会講談社、1934年)

本名倉形駒子。明治四十三年横浜に生る。新派の子役から、松竹下加茂入り、東亜キネマに転じて、時代劇女優として姉御役、毒婦役に活躍した。『剣難女難』『砂絵呪縛』『丹下左膳』『姐妃のお百』『時代の踊子』いずれも毒婦役で当てた。

『写真 映画百年史・第2巻』(筈見恒夫、1964年)