[映画秘史] 引退後の砂田駒子

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日本でもモダンガール(モガ)の認知度が上がり、ファッション界を巻きこんだ現象となろうとしていた中、アメリカ帰りの利を生かして本場の雰囲気を持ちこんできたのが砂田駒子さんでした。数年の休養期間を挟んでマキノ撮影所で復活。この時期の『学生三代記 昭和時代』(1930年)が現存しています。

1931年以降の動向は不明で、日本語版ウィキペディアも白紙状態になっています。2017年の春、彼女の又甥(またおい)がアメリカに居ると判明し連絡を入れさせていただきました。以下、その方からの英語返信を邦訳したものです。

映画界を引退後もしばらく日本にいたようです。家族アルバムには彼女の写真が沢山あって(相当数をネットで掲載中)一部は40年代後半~50年代初頭と思われます。大学帽姿の青年と写っている一枚は息子さんでしょうか。徳永フランク氏とは離婚していますが時期は未詳。その後、17歳年下の米国人スターリング・カーン(Sterling Kahn 1919-2006)氏との再婚をきっかけに合衆国に戻っています。ロスに居を構え、亡くなる1982年まで夫と一緒に暮していました。

現役時は高島愛子さんと並べて語られることもしばしばでした。高島さんが戦中に脳梅毒で不幸な亡くなり方をした(『髪と女優』)のと比べると、親族に囲まれ、「スーおばさん(Aunt Sue)」と呼ばれながら穏やかな余生を送られたのが何よりかと思います。

[初稿] 2017年4月23日