日本・女優 & 女優別絵葉書ギャラリーより

本名深川政江、明治三十六年八月、神戸市兵庫に生る、神戸聚楽館を初舞臺に滿州邊り迄地方巡業の一座に加はつていた、大正十一年三月松竹蒲田に入り、同十二年四月帝キネに入社、芦屋映畫に出演、代表映畫は「大尉の娘」「酒中日記」「大盗傳」その他澤山あり、得意とする役柄は娘役-殊に田舎娘。
『現代俳優かがみ』(1925年)
本名、深川政江。明治三十六年神戸市に生る。神戸市立商業學校を卒業。大正七年生地で初舞臺を踏み續いて大正十一年、松竹キネマに入り、翌年、帝キネに轉じ、以来主演映畫百數十本。主な近作は「三人の母」「赤い白鳥」「與へられた武器」身長四尺九寸。體重壱四貫4百目。趣味は舞踏、繪畫。
『芝居と映画 名流花形大寫眞帖』
(1931年1月、冨士新年號附録)
媚を湛へた眼、生貝のやうに濡れた唇 – 彼女自身は悲劇の主人公を嵌り役としているが、この妖味ある痩せた風貌は、妖婦型娼婦型の、ねばツこい役柄に適してゐるらしい。大正十一年『野に咲く花』に出演して以来、映畫界に於ける彼女の名もかなり舊い。含めば甘く苦い青葡萄の實を想像せしむる彼女 – どうしても彼女は日本のルルだ。藝風は老練と云ふに盡きる。令嬢もやれば奥様もやる。藝者、ダンサー、時として巧みな老け役さへ軽くこなす。(新興キネマ)
『東西映畫 人氣花形寫眞大鑑』
(1933年1月、『冨士』昭和8年新年號附録)
本名、深川政江。明治三十七年東京に生る。大正七年神戸聚楽館に初舞台を踏み、大陸まで巡業し、十一年蒲田に入社、「野の花」「屑七の家」に出演したが、大正十一年に帝キネにスターとして迎えられ、同社が新興キネマと改称した以後も、同社の専属スターとして終始し、戦争前に病没した。主演映画は「酒中日記」「城ヶ島」「乳姉妹」「金色夜叉」「マダム・ニッポン」と百余を算したが特筆すべきものはない。
『写真映画百年史 第2巻』(1954年)
[JMDb]
歌川八重子
[IMDb]
Yaeko Utagawa
[出身地]
日本(兵庫・神戸)
[誕生日]
8月22日