池田 富保/尾上 松三郎 (1892 – 1968)

池田富保 直筆サインカード
Ikeda Tomiyasu Handsigned Card

1892年、兵庫県に生まれる。本名は池田民治。父が中村駒次郎という芸名の旅役者であったことから、5歳の頃から舞台に立ち、未だ映画界入りする以前の尾上松之助の一座にも出演したことがあり、松之助には可愛いがられていたという。

1919年に尾上松之助の紹介で日活俳優部に入社。はじめは、中村喜当を名乗り、のち尾上松三郎となる。撮影の合間に書いた脚本が松之助に認められ、松之助が撮影所長になったことから、松三郎も監督部に転向。池田富保を名乗る。

1924年の『渡し守と武士』を第一回監督作品に、尾上松之助を主演とする松之助映画の監督として活躍し、『燃ゆる渦巻』『落花の舞』等を製作する。この後、『荒木又右衛門』『忠臣蔵』などで演出の才能を認められ、松之助の死後は日活時代劇の主席監督を務め、日活の春秋二季の大作時代劇の監督という重責を担った。代表作に『大久保彦左衛門』『水戸黄門』『尊王攘夷』『地雷火組』『維新の京洛』『修羅城』など数多くの大作がある。

尾上松之助の妹・キクノと結婚していた時期がある。戦後も日活、大映、新東宝で1953年まで監督作品を残す。1968年9月24日死去。

『日本無声映画大全』
(2000年、マツダ映画社監修)

『建国史 尊王攘夷』(1927年)を監督した池田富保氏の直筆物。

俳優畑出身で、尾上松之助に見出され松三郎を名乗りマキノの『実録忠臣蔵』に出演。その後映画監督に鞍替えし、日活で活動を続けていきます。戦後作品では嵐寛主演の『鞍馬天狗と勝海舟』(1953年)が現存していますが、同作が最後の監督作ともなりました。

9×11センチ、やや厚手な和紙のカードに「映畫人 サインてんらんくわい 旭川 白晝夢社」の印刷が見られます。地方の映画イベントでサインのやりとりが行われていた様子がうかがれる一枚です。

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