木下 双葉 (1910 – 1938)

「昭和4~5年 (1929-30年) 東亞キネマ サイン帖」より

本名光田貞子。明治四十三年東京市本所區に生る。舞臺より映畫に轉じ、昭和四年東亜キネマに入社す。主なる近作は「競艶刺靑草紙」「悲戀比翼塚」等。身長五尺二寸、體重十二貫八百目。趣味は讀書と映畫。

『芝居と映画 名流花形大寫眞帖』(1931年)

サイン帖の最終ページに残されたもので、1931年元旦の日付が残されています。

東亜キネマの後期、同社の大型時代劇『美男葛』でデビューを果たした女優さんです。2作目は『右門捕物帖』と着実にキャリアアップ。凛とした和装が良く似合っており、東亜ですぐに原駒子に次ぐ人気女優となりました。

若手人気男優の阿部九洲男と結婚、大都映画に夫婦で合流し多くの作品で共演を果たしていきますが、1938年に撮影中に倒れそのまま若くして亡くなっています。

戦後まで生きていれば別なキャリアも開け映画史に名を残したのではないかと思われる女優さんです。

[JMDB]
p0358640

[IMDB]
nm2488797

[誕生日]
8月9日


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