国島荘一 (國島莊一/國島昇) & 岩崎繁 [Kunijima Soichi & Iwasaki Shigeru]

東亞キネマ サイン帖より

國島昇-岩崎繁 直筆サイン
Kunijima Noboru (Soichi) & Iwasaki Shigeru Autograph


明治三十五年福島市に呱々の聲をあげ、本名比佐良夫、同地の小學校卒業後福島中學校に入學し、大正三年七月三日井上正夫の門に加入すべく退學す。本郷座にて初舞臺を踏み、大正十一年蒲田に映畫界への第一歩を出す。松竹下加茂に移り、復歸して現在に至る蒲田の幹部の一人。主なる主演映畫は「水藻の花」「二十の頃」「妹」「白菊物語」「コレラ征伐」「義人の刄」「支那街の夜」「湖畔の哀戀」「女房紛失」等。現住所は京橋區木挽町三ノ二(平野方)


『日本映畫俳優名鑑』(1928年7月、映畫世界社)


1902年、福島に生まれた。1914年、井上正夫の門下に入り、本郷座で初舞台を踏む。1922年、松竹蒲田に入社。当時の芸名は国島昇。池田義信監督の『水藻の花』では、都会の青年役で認められ、野村芳亭監督の新時代劇『雁の群』では高崎の重吉を演じ、清水宏監督の『白菊の歌』で木下千代子と共演。1924年、芸名を国島荘一と改める。

1929年、河合映画に移り、『彼女は何うなるか』で琴糸路と共演。時代劇『浅草丹次』『旗本の下に』に主演後、東亜キネマに入社。『処女戦線』で宮城直枝と、『一度はすべての女に』で岡田静江と共演。1931年、松竹蒲田に戻り、『深夜の溜息』『三太郎満州出征』に出演。五所平之助監督の『天国に結ぶ恋』で色敵役を好演するが、これが遺作となった。


『日本無声映画大全』(マツダ映画社)


サイン帖で解読できなかったものがあったのですが、最後の一件が國島昇氏と判明しました。松竹蒲田を中心に活動されていた男優さんで、1930年後半からのごく短い期間に東亜にも在席されていました。國島昇は初期芸名で途中から国島荘一名義で活動しています。病気がちで1932年に亡くなったとされており、非常に珍しいサインではないかと思われます。

添えられているのは東亜キネマで撮影監督として働いていた岩崎繁氏。主に時代劇(『竜虎八天狗』『建国黒頭巾』『薩南大評定』)を担当し、東亜が傾くと東活~宝塚キネマに転籍していきました。

[JMDb]
国島荘一

[IMDb]
Soichi Kunijima


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