1930年代初頭 – 9.5mm 個人撮影動画 『お寺参り』(断七日の法要/尼野貴重記念碑)

1930年代前半頃。「八幡市-尼野家関連フィルム群(仮)」と名付けた3本組フィルムの一つで、家族でのお墓参りを撮影したもの。以前に紹介した『時代祭』と同じ動画カメラで撮影されており、短いショットを積み重ねる撮影スタイルも共通しています。

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冒頭は家からの出発場面で、その後(やや露出過多となっていますが)車内から移動を捉える様子が写されています。

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大きな石碑の立っているお寺に到着。お墓に卒塔婆が立てかけてあり、「断七日(=四十九日)」の文字が見えます。お坊さんがお経を読んでいる姿を幾つかのアングルから撮影。カメラの手回し速度が遅くなったせいで動画がコマ落としのようになっています。

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お坊さんが車で去った後、しばらくお墓周辺で記念の撮影をしているようです。石碑が再登場、篆書で書かれた文字は「尼野貴重紀念碑」となっています。「きちょう」ではなく「たかしげ」と読むのでしょうか。別に映っていた墓石にも「尼野氏」の文字が見て取れます。

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明治~大正期の関西に尼野貴之(あまのたかゆき)という人物がおられました。大阪中之島に大阪ホテルを建てた実業家として知られています。尼野家に養子に入った方で先祖に「貴重」という方はおられません。貴之氏の子供さんに同名人物を見つけることは出来ませんでしたが(※)、何らかの理由で早世された方を祀った可能性はあるかと思います。

尼野貴之氏は京都八幡市に別邸を所有しており、現存する建物が文化遺跡として保存されています。この建物近辺で撮影されたと思しきフィルムがもう一本ありますので、今後デジタル化を試みていきます。

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※「近代名士家系大観」によると、長男が貴英(明治43年生)、次男重之(大正2年生)、三男が三郎(大正4年生)とされています。(https://ameblo.jp/derbaumkuchen/entry-12085103418.html)

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