1960年代? フリッツ・ラングの電報4通(マドレーヌ・オーズレー宛)

フリッツ・ラング [Fritz Lang] より

4 Telegraphs Sent by Fritz Lang (1960s?)
4 Telegraphs Sent by Fritz Lang (late 1960s?)

1930年中盤にフリッツ・ラングがドイツを離れ、ハリウッドに渡って第2のキャリアを築いた話は良く知られています。その際、直接アメリカに向かった訳ではなく一度フランスを経由したのは意外と知られておりません。パリでは同胞のプロデューサー、エーリヒ・ポマーと再会、提案を受けて映画を一本監督しています。それが異色作『リリオム』(1934年)でした。

同作は宗教色の濃い恋愛ファンタジーで、ドイツ時代のシャープな感覚やハリウッド期のヒューマニズムは希薄です。そのせいもあって一般からの評価は高くありません。しかしラング自身は大変気に入っており、晩年のインタビューでもお気に入りの一つに上げているほどでした。

『リリオム』でのマドレーヌ・オズレイ
Madeleine Ozeray in Liliom

『リリオム』で主演を務めたのが舞台出身のシャルル・ボワイエとマドレーヌ・オーズレーでした。ヒロインを務めたオーズレーさんとの交友はラングの亡命後、戦後も続いていました。ラングが折に触れて送ったメッセージをオーズレーさんが保管しており、その一部を手に入れることができました。

こちらがその電報です。日付が明記されていないものの、電報の様式から1960年代ではないかと思われます。

「恒例となった心からの誕生日おめでとうを。フリッツ・ラング」

「心からおめでとう。私の気持ちはいつだってあなたのものです。フリッツ・ラング」

「だいぶ遅れました、数日中に手紙送ります/親愛なる フリッツ・ランド[原文ママ]」

誕生日おめでとう。心をこめてキスを送ります。フリッツラング」

独仏米の映画史を横切って繰り広げられた二人のやりとり。ラングのこまめな気遣いが凄いのと、電報が届くたびに嬉しそうに読んでいるオーズレーさんの姿が目に浮かびそうです。


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