「『ジゴマ』/ヴィクトラン・ジャッセ [Zigomar / Victorin-Hippolyte Jasset]」より

戦前弁士の映画説明をまとめた音声資料『おゝ活動大写真』が10日ほど前(8月5日)にキングレコードから再発されました。
LP版は1976年発売、カセット版は1986年、2枚組CD版が1997年に発売、いずれも絶版になっていたものです。今回のCD版は1997年版そのままの復刻ではなくカセット版と同じ全8曲1枚組で、Mora.jpでハイレゾ音源を楽曲ごとに単体購入することもできます。
本作冒頭には山地幸雄氏による『ジゴマ』(1913年)の説明が収められています。
花の巴里か倫敦か、月が泣いたか不如帰。今や巴里市民を恐怖のどん底へ追いこむ、風の如き怪盗團在り。現場(げんじょう)に殘る「Z」の一字、「Z」とはそも何者か。ここに名探偵ポーリン、この秘密をば解かんとす。ジゴマ変装すれば、ポーリン探偵もまた変装。ジゴマ勝つか、またポーリンか。果たして勝利は何れの手に。内容は云はぬが花の玉手箱。文明開化はエレキ応用、場面の開展につれまして詳細に申し上げますれば、これまた絶大なる拍手喝采の内に御高覧を願つておきます。
今や画面は刻暗々、こゝは何処ぞ、草木も眠る丑三つ時、折しもピカリピカリと闇を照らす異様な光、大蛇(おろち)の目玉か、さにあらず。これ[…] 腐心の大発明、文明の利器、懐中電灯であつた。闇に紛れて忍び寄る怪しの影、抜き足差し足忍び足。ああ恐ろしや。これぞ稀代の大悪漢、Z團團長ジゴマであつた。危うし、今や金庫を開けんとすれば突如「ジゴマ御用だ!」、やにわに飛びつく夜番のおやじ、用意周到ポーリン探偵、かくもあらんかと予ての変装、[…]の闇の中、ここに両者は組んづほぐれつ、善玉悪玉入り乱れ、服は裂け釦(ぼたん)は飛ぶ、今も尚歴史に殘る肉弾相討つ、壮烈なる一騎討ちとはなつたのであります。
パツと電球がつくなれば、こはそも如何に、ジゴマの姿ははや何処。
「おのれ逃がしてなるものか、ジゴマ待てい」
ジゴマはそんなに馬鹿ではない。これには答えぬ韋駄天走り。巴里停車場、ヒラリ列車へ飛び移る。轟々たる大音響、レールの上をば汽車は驀進(ばくしん)、一足遅れたばつかに残念至極、「ここでジゴマを逃がしては我何の顔(かんばせ)ありてか[…]に見(まみ)えん」。おお見よ、全速力急行列車、電光石火ポーリン探偵ヒラリ決死の離れ業。「悪漢ジゴマ卑怯なり、我はポーリン探偵ぞ」、絶叫すればビツクリ仰天、ジゴマは「見つかつては一大事」と早くも列車の屋根へ上れば続くはポーリン。進行する列車の上、再び生者は一生一会、しばしは激しい大格闘。
されど無念、ジゴマの力や優りけん、あつと云ふ間にポーリン墜落、重症の身とはなつた。飛んで火に入る夏の虫、してやつたりと悪漢ジゴマ、倒れしポーリン探偵後目(しりめ)にカンラカンラと打ち笑ふ。ジゴマを乗せた汽車は何処へ、ポーリン探偵の運命や如何に。残念ながら今週上映全篇の終はり。
七五調を基本とした流麗な語りです(流麗すぎて数ヶ所聞き取れませんでした)。『ジゴマ』の他に『不如帰』『さらば靑春』『血煙り高田の馬場』『渋川伴五郎』『忠次旅日記』『プラーグの大学生』を収録。戦前話芸のひとつの進化形として映像抜きでも十分楽しめそうです。