ルートヴィヒ・トラウトマン(Ludwig Trautmann、1885 ‐ 1957)と『天馬』の記憶

「ドイツ/オーストリア [Germany/Austria]」より

Ludwig Trautmann 1910s Autographed Postcard

独逸のフイルムが上野みやこ座へ盛んに出た時分澤山にあらはれたブラウン探偵としてその顔は諸君の記憶に深ひことゝと思ふ。本誌十號にもこのことについて述べてあるから更に言ふ必要もない位である。この優の最もよく知られたのは彼の »天馬 » The Million Mine (Die Millionenmine) である。陸に海に地に空に到る所の活躍はこの俳優の右に出る者は先づ無いと云つて差支へない。自動車から自動車、橋から列車、船から船或は飛行機、乗馬、屋上の輕業、さては綱渡り等あらゆる危險は彼の前にも亦後にも類が無い。活劇俳優の第一指に數へられるとも決して大言ではあるまい、ルツドヴィツヒ・トラウトマン氏 (Herr Ludwig Trautmann)とは其人である、彼の出る劇は殆ど皆一つの作者を持つて居る、卽彼の活劇の考案者はハリー・ピール氏(Herr Harry Piel)で彼あると共に是等の劇に對する作者ピール氏あることを忘れてはならない。

「活劇及びその俳優:其二 ブラウン探偵」
(水澤武彦、『キネマ・レコード』収録、1915年2月号)


『天馬(てんば)』(ヴァイタスコープ社の作ルドウイツヒ・トロウトマンの演じたブラウン、探偵劇の中で最も成功したものです。戰前独逸探偵活劇の隆盛は此の映画の出現に依つて初まりました。)此の映畫程客を呼んだ映畫はありません。餘り頭腦の明晰でない-と云つては失礼かも知れませんが事實だから仕方ありません-活動屋さんも、此の『天馬』のことだけは末に記憶して居ます。そのブラウン探偵事トラウトマン氏は現在自社を設けて居ます。

「独逸映畫界の今日此頃」 (鈴木笛人、
『活動花形改題 活動之世界 7月号』収録、1921年)


この年の忘れ難い寫眞として「フアントマ」(佛エクレール社連續寫眞)又はトラウトマン氏の「天馬」又は「名馬」「第二天馬」といつた、劇を舉げて置く。

「映畫十年」(石上敏雄、
『映畫大観』収録、1924年、大阪毎日新聞社)


活劇の幕は独逸映畫の『天馬』によつて切つて落され、独逸活劇の花形としてルドウイヒ・トラウトマンが人氣を背負つて立つた。併しトラウトマン以前にもヨセフ・デルモントの如きがあつて、エルコ會社から『夢か眞か』『秘密』などの探偵活劇を出し、その軽妙な離れ業に可なり價値を認められたこともあつたが、トラウトマンが現はれてからは、全く姿を沒し、愈よこれから独逸活劇の全盛時代となり、トラウトマンの獨り舞臺に入つたのである。 […] その表情は無味乾燥であり、動作は殺伐であつたが、活劇そのものゝ目的は外にあるので、それ等の點で少しも價値を傷けることなしに、觀客はその冒險的演技を却てよろこび、輕快なる動作にすつかり酔はされた。『天馬』における彼がブラウン探偵としての活躍を見よ。陸に海に空に到るところに離れ業を演じて、手に汗を握らせた。船から船、橋から列車、自動車から自動車とあらゆる冒險に、前にも後にもトラウトマンの右に出づるものがない。『天馬』といふのは日本での改題で、原名は『ジ・ミリオン・マイン』(百萬圓の鑛山)である。その映畫が當つてから、あとで出來たコンチネンタル映畫の『夜の影の秘密』が『名馬』と改められ、またヴァイタスコープ映畫の『黑手組の末路』が『名馬續篇』と改まり、興行者の人氣取りから、標題を『天馬』に眞似たのが多く、終ひには『天空馬』といふやうな奇怪な名の映畫まで現はれてゐる。これで見ても、『天馬』が如何に人氣を取つたかゞ知れるであらう。

『欧米及日本の映画史』
(石巻良夫著、1925年、プラトン社)


スーパー8 『松竹8mmライブラリー 日本映画史 前編』
(監修:岩城其美夫、『天馬』特別説明:泉天嶺)

1914年公開のドイツ映画『天馬(てんば)』で探偵ブラウンを演じたのがルートヴィヒ・トラウトマンでした。

第一次大戦の開戦前後の日本ではドイツ映画ブームが起こっていて『天馬』はその火付け役のひとつでした。山本知佳氏による論文『日本におけるドイツ映画の公開』(日本大学文理学部人文科学研究所第97号、2019年研究紀要)によると、日本では1913年にドイツ映画の輸入が始まり(61作)、翌1914年に139作まで増えています。その後大戦の余波で公開数が激減。一年程度の流行ながら短期間に200作以上のドイツ作品が紹介されていたことになります。

盛り上がりを覚えている愛好家は一人ならずいて、1920年代以降も折に触れて『天馬』の名が上がっています。その内の幾つかをまとめてみました。本来ブラウン物ではない作品まで『第二天馬』や『名馬』、『名馬續篇』として紹介されていた様子が伝わってきます。

1910年代前半のドイツ映画としてはラインハルト劇団系統の作品(『ゴーレム』『プラーグの大学生』『奇跡』)に重点が置かれがちです。同時期の冒険活劇、探偵劇、メロドラマへの関心は低く、ライヒャー主演のウェブス物ハリー・ピール主演作がようやく評価され始めたのが現状です。オーストリアやスイス、フランスなど周辺国を見ても、1910年代に『天馬』やその周辺作品で盛り上がっていた国はありませんでした。

日本だけが異質な反応を見せていました。

リアルタイムで旺盛な言及対象となっていた。1920年代に昔話のネタとなり、半世紀後になおフィルムが残っていて、倉庫のどこかに今でも眠っているかもしれない…

作品全体を見ていないためこの状況をどう判断するか難しい所です。大したことのない作品を有り難がっていた可能性も零ではありません。逆に本国で見落とされていた良作を目ざとく見つけていた可能性だってある訳です。もし仮に後者だった場合、映画史的な「レフュジア」(本来生息していた地で絶滅した種が他の環境下で局所的に保存されている状態)が形成された、と見ることができると思います。


[IMDb:ルートヴィヒ・トラウトマン]
Ludwig Trautmann

[IMDb:『天馬』]
Die Millionenmine

[IMDb:『名馬』]
Der geheimnisvolle Nachtschatten

※『第二天馬』『名馬續篇』については現時点で未特定。後者は『黑手組の末路』の別タイトルから「Die schwarze Natter」ではなかろうかと当たりをつけています。

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