1953 – 『邂逅と印象:ナトー・ヴァチナーゼ自叙伝』 著者献辞入り(Встречи и впечатления, Нато Вачнадзе)

帝政ロシア/ソヴィエト初期映画史再訪 [09]

“Encounters and Impressions (Vstrechi i Vpechatleniya)”
Nato Vachnadze 1953 Dedicated Autobiography

優しく繊細なスヴェトラーナちゃんの誕生日に寄せて、ナターシャ叔母さんより。自分の息子二人に望んだのと同じくらい貴方にも幸せな人生を送ってほしいと思っています。

謹呈
1953年4月25日、トビリシにて

Дорогой доброй и чуткой Светланочке от тети Наташи в день рождения. Желаю тебе в жизни быть счастливой, так как я этого счастья хочу своим мальчикам. От автора. 25.04.53 года. Тбилиси.

ナトー・ヴァチナーゼ(ნატო ვაჩნაძე [IMDb])は1920年代前半にグルジア映画公社で銀幕デビュー。イワン・ペレスチアーニ、アモ・ベク・ナザリアン、ウラディミール・バルスキー、(後に夫となる)ニコライ・シェンゲラーヤ監督作品を通じて戦前グルジアの国民的女優となっていきました。『邂逅と印象』は女優活動が落ち着いた戦後に自身のキャリアを振り返って書かれた一冊です。見返しには本人が姪御さんに贈った自筆メッセージが残されています。

このメッセージが書かれた約2ヶ月後の6月14日、モスクワからトビリシへ向かっていた小型旅客機が墜落し乗客18名全員が死亡、名簿にヴァチナーゼの名が含まれていました。享年49。出演ペースこそ落ちていたもののグルジア映画界を支えていく気持ちは十分だっただけに早すぎた死が惜しまれます。

1927年『Amoki (Amok)』(コテ・マージャニッシュビリ監督)より

1920年代中盤のソ連製ポストカード

こちらは6年前に入手した絵葉書。アモ・ベク・ナザリアン監督作『ナテラ』(ნათელა、1926年)の一場面をあしらっています。


[出版年]
1953年

[出版社]
ゴスキノ出版社(モスクワ)

[ページ数]
151

[フォーマット]
ハードカバー、著者近影写真入り、23 × 15 cm


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