1929 – 『今年竹』(松竹蒲田、重宗務監督、岩田祐吉&栗島すみ子主演) 弁士用台本

“Kotoshi-Dake” (1929, Shochiku, dir/Shigemune Tsutomu)
Original Hand-written Script for Benshi-Narrator

『今年竹』は昭和4年(1929年)に公開された松竹作品で岩田祐吉と栗島すみ子主演作。里見弴による同名小説を元にしたものです。こちらは全108頁の手書き台本(作品前半の5巻分)で当時の弁士が実使用した一冊と思われます。表紙は作品タイトルと主演俳優名のみ、見返しに出演者一覧。

志村:岩田祐吉
須田:奈良真養
垣見:新井淳
万寿:清水一郎
足立:藤野秀夫
春代:栗島すみ子
女将:鈴木歌子
小錦:若葉信子
糸子
和子

次いで1ページを割いて江戸時代の端唄『萩桔梗』の歌詞引用。

萩桔梗 中に玉章忍ばせて
月に野末に 草の露
君を待つ虫 夜毎にすだく
更け行く鐘に 雁の声
恋は斯うした 物かいな

古い江戸の雰囲気を浮かび上がらせた後、汗がうだるような真夏の新橋の遊郭を舞台に物語が始まります。

「あら小錦さんよ」
「小錦さんの御はいりなさい」
「あらいやだわ」
「ゆうべからお座敷は小説家の須田さんでせう」
「いーえ とんでもない」
「ぢや誰なの」
「とに角あんたの評判は大したものよ そっちこっちに討死にした男がゴロゴロして居るんですってね」
「とんでもないわ」
「それはそうと春代さんは」
「お風呂ですの でも直き上って来るわ」
「世間では私の事を何んて言ってるか知らないけれど 当時名代の浮気者と言や春代さんですよ」

噂話の最中に、当の春代(栗島すみ子)が風呂から戻ってきます。春代には「足立さんと言ふ旦那」がついているのですが、最近は志村(岩田祐吉)に熱を上げていて、会話に名前が出てくるだけで目の色が変わるほど。

ちょうど店には春代目当てに志村と足立(藤野秀夫)が同時に訪れていました。

他の芸者をあてがわれた足立は不満顔で、「もっと綺麗な処を呼べ」と女将(鈴木歌子)を困らせています。志村はそういった状況を察していて「人の者を横取りしたと言はれちや私が否だ」と足立の相手をするよう春代に頼むのでした。

また店の常連客である小説家の須田(奈良真養)は小錦(若葉信子)にのぼせ上っている真っ最中。妻・糸子に廓通いを問い詰められ口喧嘩が始まります。須田は何とかその場をごまかしたものの納得いかないのは糸子の方。親友であり、志村の妻でもある和子と情報交換していきます。

和子「私とうとう志村の女の名前を聞いたんですの。春代と言ふんですつて」

志村の心は妻・和子と春代の間を揺れ動いていました。「深い女でも出来て家庭を壊す様な事はしたくない」と一旦春代と縁を切ることを決心します。

そんな志村の下に切羽詰まった一本の電話がかかってきました。妻の親族が経営している会社の経理・垣根(新井淳)からでした。芸者の小錦に入れあげてしまい会社の経費三千五百円を使いこんでしまった、とのこと。「此の上は自首仕様と決心しました」の言葉に対し、志村は「貴方の惚れ方は本気だ」とむしろ感心し金銭を建て替えることにしてあげたのです。

この一件で志村は春代のことを思い出します。「ままよ、行く所まで行こう」と決心し再び店に足を向けるのでした。

「よう志イさん是はお珍しい」
「まあ志イさん」

春代は女将に「今夜あたり何処かへ行つてもいゝでせう」と伺いを立てます。女将は一抹の不安を覚えながらも春代の覚悟を前に否とは言えませんでした。女将が手配した車に乗って春代と志村は店を離れるのでありました。

前半はここまで、「寫眞長尺に付キ五分程休憩します」の一文で台本が終了しています。

原作の里見弴が会話を通じた人間表現を得意としていたこともあって映画版も対話を多用、複雑な人間模様や心の闇を丁寧に描こうとしている様子を台本からも伺い取ることが出来ます。剣戟やメロドラマ作品に比べて一般受けはしにくそうですが、会話主体で流れていく作品を高く評価する視点もある訳で、観方次第で楽しめる内容だと思いました。

松竹座ニュース1929年第2号表紙より

この台本では糸子と和子を演じた人物が明記されておらず正確な配役が不明。JMDbのクレジットに林千歳、八雲恵美子両氏の名が上がっているのでこの辺の女優さんが演じていたのかな、と。初期のアイドル人気に陰りの見えていた栗島すみ子が成熟した女優に成長していく過渡期の作品で、八雲恵美子らの若手が研鑽を積む場になったと位置づけることもできるかと思います。

[JMDb]
今年竹

[IMDb]
Kotoshidake

[著者]
不明

[フォーマット]
24.3 × 16.6 cm、108頁


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