
Addio giovinezza! (1918, Itala Film, dir/Augusto Genina)
Japanese Benshi Narration by Maruyama Shôji (from 1986 Cassette Compilation “Oh Katsudo Dai-Shashin”)
はるばる片田舎から出てきてトリノ大學へ入學したばかりのマリオは
近眼でお人好しの友人レオンと一緒に下宿を探していました。
「あ、ここに下宿があるぜ。聞いてみやうぢやないか」
ドアをノツクすると扉を開けて美しい娘が出てきました。
「あの何か…御用ですか」
「部屋を借りたいんですがね。見せていただけますか」
「ええ、どうぞ。今母を呼んできますわ」
「おい、マリオ。僕は近眼で良く見えないんだがね。どんな人だ」
「え」
「おい、教えろよ。美人か、美人なら俺がこの部屋を借りるよ」
「まあさう興奮するなよ。この部屋は君のやうな金持ちには相応しくないから…僕が借りるよ」
たうたうマリオが部屋を借りて仕舞ひました。
この家の一人娘のドリナは新しい下宿人のマリオに心を惹かれ、用事にかこつけてはしばしばマリオの部屋に入つてきます。
「あのお、お水を持つてきました」
「ああ、ありがたう」
マリオの方でも強いて平静を装つてはいますが内心はわくわくして勉強も上の空です。
「あのお、他に何か御用御座いません」
「ええ、別に」
話の継穂もなく仕方なく出ていかうとすると「あ、ちよつと」
「御用ですか」
「あの、君に云ひたかつたんです」
「何ですか」
「君の名前…良い名前だと僕は思つて居ます」
「あの、仰りたい事はそれだけですの」
「いやつまり…云ひたかつたのは…君が好きだつて事です」
この愛の告白に始まり二人は急速に愛し合うようになつて、幸福な三年が過ぎ去りました。
ところが不図した事からマリオは金と暇を持て余している有閑夫人のエレナと親しい間柄になつてしまいました。
ドリナは自分から離れていくマリオを取り戻したい一心から、或る日マリオを訪ねてきたエレナに会ひました。


「あたし奥様にお話があります。奥様にとつてはマリオは只の遊び相手に過ぎませんけれども、あたくしにとつては命です。どうかあの人をあたしから奪らないでくださいまし。奥様はあの人をよくご存じないんです。あの人本当は貧乏な学生です。御覧ください、この下着や靴下。みんなあたくしが何遍も繕ってあげたものばかりです。奥様みたいな御身分のある方に相応しい人ではありません。お願いです、あの人を奪らないでくださいまし」
「まあ、さうだつたの。貴女、あの人を愛しているんですね。ええ、分かりました、もう二度と会いません」
このことがマリオに知れて、腹を立てたマリオは下宿を移つてしまつた。
そして二月の後、友達がドリナに「あんたのマリオさんが学位を取つたんですつてね。あら、あんた知らなかつたの。今日郷へ歸るつて話よ」。
聞いてドリナがびつくりしました。
あれ以来ドリナは一日として彼を忘れたことはなかつた。もし今彼に会わなかつたら二度と会えなくなるのではないか。さう思ふと居ても立つてもいられなくなつて足は自然にマリオの下宿へと向かひました。
おそるおそるドアを開けると、中にいたレオンが「あ、誰。あ、ドリナ。今もマリオと君の噂をしていたところだよ。よく來てくれたね。…おいマリオ、ドリナだよ。何をもじもじしているんだ。二人とも何とか云つたらいいだらう。え、どうしたんだ。…ははあ僕がいては邪魔か」、気を利かせて出てきました。
「マリオ…」
「ドリナ、もう会えないかと思つていたよ」
「あたしもよ。お郷にお歸りになるんですつて」
「父と母が待つているんだ」
「お願いです、いかないでください。あたし、貴方を愛しています」
「いや僕はまた歸つてくるよ。もう一度必ず歸つてくる積りだ」
しかし、果たしてマリオは歸つてくるであらうか。
マリオを乗せた列車が今橋の下を通り過ぎていく。ドリナは抱えていた花束を列車に投げた。列車はその花束を乗せて遠く過ぎ去つていく。過ぎ去つた靑春は二度とは戻つてこない。靑春よさらば、さらば靑春よ。
説明・丸山章治
(『⦅映画渡来90年記念⦆ おお活動大写真』 カセットテープ版 1986年)
昨年キングレコードよりCD版が復刻された『おお活動大写真』より丸山章治氏による『さらば靑春』の弁士解説。ライナーノートで触れられていたようにいわゆる弁士の語りといっても一様ではなく、丸山氏は平易な表現で穏やかに進んでいくスタイルを取っています。