2013 -『チャップリンズ・ヴィンテージ・イヤー:チャップリン・ミューチャル短編物語』

« Chaplin’s Vintage Year: The History of the Mutual-Chaplin Specials »
(Michael J Hayde, BearManor Media, 2013)

2013年に公刊された研究書。チャップリンに関しては伝記や作品論など多くの書物が発表されていますが、本作は1916~17年にミューチャル社で制作された作品の「版権」の運命を辿ることで通常の映画史では見えてこない業界の実態や、チャップリンのビジネスマンとしての側面を浮き上がらせていきます。

「ミューチャル短編」とは 『替玉(The Floorwalker)』から『冒険(The Adventurer)』まで、1916年~17年に製作・公開された12のチャップリン短編を指しています。厳密に言うとミューチャル社は配給会社で、その関連会社であるローンスター映画社(Lone Star Film Corporation)が制作を行い版権を所有していました。「チャップリン・スペシャルズ」のシリーズ名で紹介されていたため、この時期のプリントを「スペシャルズ」と呼ぶことがあります。

『午前一時』初公開時の広告。左下に星型に囲まれた「Mutual Chaplin」のロゴがあります

チャップリンとミューチャル社の契約が切れた1918年以降、フィルムの版権を巡った動きが激しくなっていきます。

1918年11月、「チャップリン・スペシャルズ」の安定した配給を目的とし、映画フィルムの配給・上映に関わっていた人々が共同出資してエキジビターズ・ミューチャル配給社が設立されました。同社の主要役員であったハロルド・コーネリアスはフィルムの資産価値に着目し、私財を投じてクラーク・コーネリアス社を立ち上げます。1919年6月に同社は60万ドルをかけ、ローンスター映画社の株式51%と2種類のネガ(国内用と国外用)、アウトテイクを取得しました。

クラーク・コーネリアス社は間幕を新たに作り直し(書体・書式の変更、一部内容改変)1920年から米国内での再公開を行っていきます。この際に「チャップリン・クラシックス・デラックス」シリーズとして紹介したため、この時期のプリントは「クラシックス」と呼ばれています。

クラーク・コーネリアス社による
「チャップリン・クラシックス・デラックス」広告

クラーク・コーネリアス社は1923年に一度発展解消しCCピクチャー社と名前を変えました。それでも「チャップリン・クラシックス」のロゴは生き続け、1925年まで国内各地での上映が続けられていきます。

しかし時代に波にのまれ次第に売り上げは低迷、負債を抱えたCCピクチャー社は借財返済のため二種類のネガとアウトテイクをオークションにかけます。1925年3月、国内向け/輸出向け2種類のネガの版権を買い取ったのがルイス・オーバックでした(アウトテイクはチャップリン自身が買い取っています)。オーバックは自身が社長となり設立したミューチャル・チャップリン社(Mutual-Chaplins, Inc.)に権利を売却。

ちょうどこの時期に小型映画産業が拡大したこともあり、ミューチャル・チャップリン社はライセンスビジネスを活発化させていきます。米コダック社は16ミリのレンタル権、英パテスコープ社/仏パテ社が9.5ミリの販売権を取得しました。1920年代末に市販されていたこれらの9.5ミリ、16ミリフィルムは「チャップリン・クラシックス」のネガを元にしたものです。

こういった展開の結果生じてきたのが「チャップリン・ミューチャル短編問題」です。

初公開時に使用されたスペシャルズ版が(『午前一時』を除いて)失われてしまいオリジナルの形が分からなくなってしまったのです。国内用ネガ、国外用ネガ、アウトテイクなど複数のネガがあることが状況をややこしくしており、現在決定版として市販されているデジタル修復版も実際には仮説や推測をまじえてつぎはぎされた再構成版でした。

『チャップリンズ・ヴィンテージ・イヤー』はこの問題に「正解」をもたらしてくれる書籍ではないのですが、オリジナル再現を試みる人々が直面している状況の厄介さ、入り組み具合を正確に浮き上がらせていきます。

[ハロルド・]コーネリアスとそのビジネス・パートナーであるウィリアム・クラークは、映画公開に携わる者であれば誰しもそうであるように、「チャップリン・スペシャルズの権利を所有するのは投資として間違いない」、そう考えたのであった。

Cornelius and his associate, William Clark, believed, as any exhibitor might, that owning the Chaplin Specials was a sure-fire investment.

本書には多くのビジネスマンが現れては消えていきます。中には詐欺師と呼んだ方が良さそうな胡散臭い連中もチラホラと。映画製作はこういったレベルにコミットする事でもある訳です。チャップリン自身も百戦錬磨の猛者たちを相手に時に交渉で、時に裁判を起こして立ち向かっていきます。フィルムの権利を巡る物語は自身の権利を守ろうとする創造者の物語でもあって、いわゆる「伝記」から見えてくる人物像とも異なった「ビジネス人格」としてのチャップリンの姿が浮き彫りになってくるのです。

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