レオポルディーネ・コンスタンチン Leopoldine Konstantin (1886–1965) 墺

ドイツ/オーストリア [Germany/Austria]より

Leopoldine Konstantin Late 1910s Autographed Postcard

オーストリア出身の舞台女優/映画女優で1900年代後半にはすでにベルリンの劇場に立っていました。

1910年頃にドイツで映画産業が勃興した折、舞台界から先駆者として業界に参入したのがマックス・ラインハルトでした。神話世界と現実世界を交差させた『恵みの島』(Die Insel der Seligen、1913年)はエロスを含みこんだファンタジーとして高い評価を受けているものです。同作後半では、妖精の島に紛れこんでしまった老紳士二人が魔女キルケ(レオポルディーネ・コンスタンチン)にたぶらかされ、妖術によって豚に変えられてしまう場面が含まれています。

ラインハルト門下生は個性的な演技派が多かったこともあり初期ドイツ映画界では重宝されていました。レオポルディーネ・コンスタンチンも1910年代を通じメスター社のハンス・オーベルレンダー監督作品を中心に活躍。10年代中盤にドイツで探偵活劇が流行した時にはスチュワート・ウェッブス連作と並ぶ人気シリーズ、ジョー・ディーブス物に出演した記録も残っています(1917年)。

『カイロの結婚』(1933年)より

1920年代初頭に映画界を離れ舞台に専念、10年以上のブランクを経てカムバックした後は母親役を中心に活動。この時期の出演作の幾つか(ウーファ社『カイロの結婚(Saison in Kairo)』『桃源境(Prinzessin Turandot)』など)は日本でも公開されていました。

『汚名』(1946年)より

40年代に渡米しハリウッドに挑戦、言葉の壁もあって大成こそしませんでしたが、ヒッチコックの『汚名』(Notorious、1946年)でナチス残党グループリーダー(クロード・レインズ)の母親役を演じ熟練の演技を見せました。同作が最後の映画出演となり50年代に女優業から引退しています。

[IMDb]
Leopoldine Konstantin

[Movie Walker]
レオポルディーネ・コンスタンチン

[出身地]
オーストリア=ハンガリー帝国(モラヴィア地方ブルノ、現チェコ)

[データ]
[Verl. Herm. Leiser, Berlin-Wilm. 9271 Phot. Becker & Maas, Berlin]


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