ムルナウ監督の遺作『タブウ』冒頭を抜粋した8ミリ版。
同作の成立経緯や様々なエディションについてはドイツ・キネマテークの公開している特設ページが良くまとまっています。1936年に米パラマウント社の版権が切れ、独トビス映画配給社が新たに権利を取得。同社と関連のあったDegeto社から8ミリ版(15メートル)と16ミリ版(25メートル)『南洋の夢(Traum von der Südsee)』が発売されたそうです。今回入手したのはその8ミリ版。
『タブウ』は南洋の島を舞台とし「禁忌」によって翻弄され引き裂かれていく男女の悲恋を描いています。旧作に比べ宿命劇の説得力が弱く、ムルナウ作品ではややマイナーな扱いをされることも多いのですが構図や感情表現にこの監督らしい冴えを見てとることができます。
抜粋版は本筋には触らず冒頭に置かれた人々の生活模様と祭に特化した内容になっていました。
(以前にリア・デ・プッティの投稿で触れたように)本作に限らずムルナウ作品に登場する女性には性的なニュアンスが希薄です。『タブウ』には半裸だったり露出度の高い女性も見られるのですが美しい風景や植物と対等の位置付けで描かれています。撮る側に下心がないためエロスの発生する余地がない、と言い換えることもできます。一方で男性の筋肉のフォルムや肌の質感、動きの描写に旧作では目立たなかったこだわりがあって同性愛指向が比較的分かりやすい形で表面化しています。
とはいえムルナウ作品を『タブウ』から見始める人はそう多くなくて、『吸血鬼ノスフェラトゥ』や『サンライズ』経由でこの作品に辿りつくパターンが大半ではないかと。その時には監督のセクシュアリティー云々以前にまず旧作との世界観、雰囲気の落差に驚かされるのだろうと思います。
西欧キリスト教社会の価値観から外れた異端者、異形の存在者、そんな自己認識を研ぎ澄ました先に生れてきたのがムルナウの代表作(『ノスフェラトゥ』『最後の人』)であり、一方で太平洋の「楽園」に仮託してその価値観の外に逃れていった美しい幻想が『タブウ』であった。他作品にはない、そしてあまりに「ムルナウらしくない」冒頭の多幸感は彼の孤立感、生きづらさの裏返しだったと考えてみるとしっくり収まります。
ケースは独コダック社ですがフィルムそのものはアグファ社の製品を使用。戦中期の1930年代末とは思えない質の高いプリントです。
[原題]
Murnaus Traum von der Südsee
[公開年]
1931
[IMDB]
Tabu: A Story of the South Seas
[Movie Walker]
タブウ
[メーカー]
Degeto
[フォーマット]
スタンダード8 無声白黒 15メートル