昨年末、独イーベイで一本の35ミリフィルムが売りに出されているのを見つけました。
字幕やクレジットがなくタイトルは不明。商品説明に冒頭数コマを撮影した写真が添えられていました。室内装飾やカメラの構図など1910年代中盤の作品に見えます。この時期のフィルムは頻繁に出てくるものではないためやや博打ではあるものの取り寄せてみました。
年が明け、連休の最終日にフィルムが到着。


Mid 1910s Unidentified German Film 35mm Fragments
(Presumed Max Mack’s 1916 “Adamant’s Last Race/Adamants letztes Rennen”)
フィルムが巻かれた映写機用リールを取り外した状態です。側面に鉄筆での書きこみがあります。「Aus~」ではないかと思われますがまだ解読できていません。
目視で内容を確認していきます。フィルムは3つの場面をつなげたものでした。赤の染色がほどこされていて場面によって濃さが異なっています。切れた部分をテープで補強した一ヶ所は樹脂が劣化しベタベタになっていました。他に小傷がある以外は比較的良い状態です。
元々35ミリはコレクション対象にしていないため手元に再生環境がありません。以前に齣フィルム撮影用に自作したツ-ルを転用して即席のスキャンを行いました。
[場面1] ややロングショットで撮られた場面。冒頭に小間使いを連れた青年が登場。小間使いは両手に何かを持っています。小間使いから受け取ったものをコレクション保存用と思われる棚に収めます。
次いで別な女性が登場。服装が異なっていますがこちらもお手伝いさんのようです。両手には動物の置物。青年は受け取った置物をテーブルに載せると満面の笑みを浮かべます。
さらに別な女性が登場。ゆったりしたドレス姿で奥さんではないかと思われます。青年はまずテーブルの置物を女性に見せるのですが芳しい反応はありません。青年は女性を連れてコレクション棚前に移動。
[場面2] 場面が切り替わりミドルショットに。棚から取り出したコレクション品を自慢気に披露しますが女性は無反応で冷めた表情を浮かべています。
[場面3] 黒髪の女性が服を変えて再登場。壺や皿が飾られた棚を前に物思いの表情。奥から登場した青年がその手を取ってキスするものの嫌がるように振り払い出て行ってしまいます。青年が憮然とした表情を浮かべている所でフィルムが終了しました。
あちこちから骨董品を買い漁ってくる裕福な夫とそれをよく思っていない若妻。夫婦の不和を描いた場面と思われます。さて、これだけの情報から作品を特定できるでしょうか。

青年役を務めている男優はやや面長、短めに刈上げた髪型で右の額が広い感じです。目はクリンとしていて眉は短め。
オーストリア出身の俳優ヒューゴ・フリンク(Hugo Flink、1879 – 1947)です。1910年から映画に出演しており、10年代にアスタ・ニールセンやヘンニ・ポルテンの相手役を務めるなど人気のあった役者です。
女優さんは黒目黒髪。眉毛が「へ」の字型で端が細くなっています。二重瞼でやや腫れぼったそうな眼付き、鼻筋は細めで小ぶり。アーリア系ではなくユダヤか東欧の血を引いているように見えます。
現時点で断定はできないものの1910〜20年代に活躍したユダヤ系女優マリア・オルスカ(Maria Orska、1893 – 1930)の可能性があるのかな、と。フリンクとオルスカは1916年に一度共演歴(『競走馬アダマント最後のレース(Adamants letztes Rennen)』)があります。
マリア・オルスカは1920年代ヨーロッパで人気があった舞台女優です。キャリアの初期に十数作の映画に出演。1917年マックス・マック監督作『黒い踊り子(Die schwarze Loo)』はドイツ・キネマテークが35ミリのネガ・ポジを保存しているのですが同じ監督による『競走馬アダマント最後のレース』は現存が確認されていないようです。
『競走馬アダマント最後のレース』でオルスカは姉と妹の二役を演じています。駆け落ちまでして一緒になった夫に最後は冷たくされて亡くなった姉の恨みを晴らすため、妹が名前を偽って男に接近し再婚を果たしたのち復讐を果たす…という内容。筋立てに夫婦の対立の要素を見て取ることができます。
またタイトルの「アダマント」はフリンク演じる不実な夫が所有している競走馬の名前になります。競馬用厩舎の経営に成功し一財産を築き上げるも、最後は所有馬アダマントの敗北で財産を失ってしまいます。
スキャン画像を見ると馬の像が置かれています。単なる偶然ではなさそう。
マリア・オルスカは最初にサイン物を手に入れた女優の一人でもあるので遺失作の断片だったら嬉しいかな、と。ひとまず現地専門家に連絡を入れ確認をとることにします。