1912 – 『セベラ』(原題『死の指輪』、ゴーモン社、ルイ・フイヤード監督)

L’Anneau fatal (aka Vengeance of Egypt, 1912, Gaumont, dir/Louis Feuillade) 1958 Japanese Postcard

『恐ろしげな彫物ぢや』と云ふ時、士卒は其蓋を取つた。中の木乃伊は、服装によつて、すぐ女と知れたが、ナポレオンは其木乃伊の顔を見ると共に、
『あ!』と小さく叫んで、思わはず幕僚を省みた。そして、
『恐ろしい顔をして居るわい』と又更に気味悪げに見直して、
『む、これは、何か悪病で死んだと見える。皮膚に斑點があるわい……而も、生前は迚々美人であつたらしい。美しい目鼻立ちぢや』
『したが、怨めしさうな顔に厶りますな』と云つたのは、幕僚の一人でベラード中尉である。ナポレオンはうなづいて、
『む、怨めしさうな顔ぢや。此女の經歴には何か大きな悲劇があるように思はれる』
と斯く云はれてゐる木乃伊こそ、三千年前ラメス王家にあつた悲劇の主人公セベラ姫であらうとは、誰あつて一人知るものはない。

『王女セベラ : 指輪の怪異』
(野中緑郎、万字堂書店/杉本梁江堂、1913年)

仏ゴーモン社による三幕物の奇譚『セベラ』は1912年9月に公開されています。古代エジプトで呪いにより非業の死を遂げたセベラ姫のミイラから指輪が奪われ、その持ち主たちに災厄をもたらしていく…という物語です。

仏公開時告知。「シネ・ジュルナル(Ciné-Journal)」誌 1912年9月7日付第211号

米公開時広告。「ムービング・ピクチャー・ニュース(Moving Picture News)」 1912年10月12日付第15号

独ゴーモン社「キネマ週報(Kinematographische Wochenschau)」 1912年第34号

フィルムが現存していないため一般的な知名度こそありませんが、ホラー映画、特に古代のミイラを扱った作品の歴史を遡っていった時に一つの転換点となったとされています。2019年に公刊された『銀幕のミイラたち』(バジル・グリン著)がその辺りを的確にまとめていました。

エジブトの遺物をめぐる喜劇群の後、1912年以降になるとより暗い調子の物語が続くようになり始めた。

1922年にツタンカーメンの墓が発見された頃には、墓所の発見を呪われた秘宝を手に入れた事で生じる呪いであるとか、因果応報に結びつける作品がすでに数作発表されていた。『エジプトの呪い/セベラ』(1912年ゴーモン社、仏)ではナポレオンのせいでエジプトのミイラが白日の下に晒され、指にしていたスカラベの指輪が下士官の一人によって盗まれてしまう。「一世紀に渡る災厄」が続いていく。指輪の持ち主たちは「疫病、絞殺者、毒薬、弾丸、飛行機遭難、自動車事故によって」次々と亡くなっていく。

『銀幕のミイラたち:怪奇映画における東洋趣味と怪物』
(バジル・グリン著、ブルームスベリー・アカデミック社、2019年)

Comedies about Egyptian artefacts began to be accompanied by darker tales from 1912 onwards […].

By the time Tutankhamun’s tomb was discovered in 1922, the cinema had already presented several tales equating the discovery of a tomb with curses and ancient retribution, mostly revolving aroud the dangers of possessing cursed treasure. In The Vengeance of Egypt (d.u., France, Gaumont, 1912), for exemple, Napoleon Bonaparte is responsible for an Egyptian Mummy being unearthed whose scarab ring gets stolen by one of his lieutenants. “A hundred years of disaster” follows as each eventual owner of the cursed ring dies ‘through agency of plague, the strangler, poison, bullet and the wrecked aeroplane and automobile’.

“The Mummy on Screen : Orientalism and Monstrosity in Horror Cinema”
Basil Glynn (Bloomsbury Academic, 2019)

ミイラが作中に登場してくる作品そのものは既に1908年頃からあったものの、ミイラに扮した何者かが棺に入っている設定の喜劇や、ミイラを見て古代のロマンスに想いを馳せる物語が大半でした。怪異や超常を含んだ「より暗いタッチの物語」が登場してきたのが1912年で、『セベラ』が先陣を切った位置づけになっています。

またこの作品はルイ・フイヤード監督の初期短編の一つでもあります。

『フイヤード』(フランシス・ラカサン、1966年)より左は『タリオンの罪』(1913年)、右は『顔無き男』(1919年)スチル

ある時期のフイヤード作品にはグロテスクが含まれています。上の写真はラカサンの『フイヤード』からで、見ている者の心をざわざわさせる感覚を上手くとらえています。

肌に残された死斑、ゴツゴツと骨ばった指先…『セベラ』でのミイラはフイヤードがエグみ、グロみを強調した最初期の例であり、また本作で自信をつけたことで後年の連続活劇にそういった要素を積極的に導入していった流れも浮かび上がってきます。怪奇映画史のみならずフイヤード監督の発展史において重要な1ピースなのです。

『王女セベラ : 指輪の怪異』(野中緑郎、万字堂書店/杉本梁江堂、1913年3月)

日本では1913年3月にノベリゼーション版『王女セベラ : 指輪の怪異』が公刊。冒頭にスチル写真があしらわれています。国立国会図書館が初版を所蔵しておりデジタル閲覧可能です。

[原題]
L’Anneau fatal

[公開]
1912年9月15日

[IMDb]
L’anneau fatal

[Movie Walker]


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