1927 – 発禁本 『スター 秘話戀の文がら』(池田溪水、成行社、昭和2年)

風説と流言、妄言の戦前邦画史

Film Stars’ Secret Love Letters by Ikeda Keisui
(Seiko-Sha, 1927)

国立国会図書館の「参考書誌研究」第77号(2016年3月発行)に同館の所蔵している発禁図書のリストが掲載されています(「国立国会図書館所蔵『発禁図書函号目録』-安寧ノ部・風俗ノ部-、 大塚奈奈絵」)。

戦前、同館がまだ帝国図書館と呼ばれていた時代に「万一の際の用に供すべき」ため保管していたものだそうです。マルクス主義・共産主義の礼賛や思想誘導を含んだり過度な国粋主義を標榜する書籍「安寧秩序紊乱」と露骨な性描写を含む書籍「風俗壊乱」の二系統に大別され、前者は1080冊、後者は359冊に上っています。

風俗壊乱「禁風」として指定された359冊には映画関連書籍が2冊含まれていました。

  ・内務省凾号:風-125 『スター 秘話戀の文がら』(池田溪水、成行社)昭和2年(1927年)
  ・内務省凾号:風-515 『キネマ女優猟奇実話』(森蒼太郎、ヒラバヤシ書店)昭和9年(1934年)

発禁図書の多くは戦後も「閲覧禁止のまま」別管理されていたそうですが現在はデジタル版の閲覧が可能。今回このうちの『スター 秘話戀の文がら』に目を通してみました。

◇◇◇

同書は当時の映画俳優と愛好家たちのやりとりに焦点を当てた書物、内容は以下の三つに大別できます。

  (1) 編者・池田溪水氏の求めに応じて男女優がフアンレターについて私見やエピソードを述べた文章
  (2) 俳優たちが受け取ったフアンレター実例
  (3) 俳優とフアンの間のトラブルや事件を実話仕立てで記したもの

(1)で私見を述べていたのは千草香子、徳川良子、尾上紋十郎、渡邊篤など。

で、現在のフアンを妾しが赤裸々に解剖しますと左の四種位になつてまゐります。

(一) 活動フアンとして眞面目に御批評御聲援下さる方。
(二) 御後援下さる反面に異性に對する慾望を目的とする方(一種の好奇心?)
(三) 後援云々を表面の武器として内面は露骨に毒牙を磨いて慾望を第一の目的とする方
(四) 至純なる戀に悶へての餘り赤き心を飾り氣なく告白する方 […]

で一々數多きことで御座いますから、その必要に迫るものみに一々御返事を差し上げて居ります。

「感想」
帝キネ撮影所 千草香子

フアンの皆樣から來る手紙は毎月四五十通、自宅に、或は撮影所へ参ります。けれどその中の大半、いゝえ九分位までがブロマイドを下さい – そればかりかブロマイドにサインをして御送り下さいなぞと言ふ甚だ手前勝手な蟲の好いもので、後の一分はそれも大部分が俳優志願とか、或は飛んでも無い、それは赤面する樣な脱線した禮讃とは、何とも情けない事ではありませんか。

「フアンの皆樣へ」
日活撮影所 徳川良子

熱烈なフアンとのやりとりがはらんでいる危険性は俳優も重々承知しており、自衛とリスクマネージメントを怠らなかった様子が伝わってきます。

(2)は手紙を書いた当人の許可を得ないまま転載したと思われるもので、他人の目に触れることを前提としてない、熱に浮かされた赤裸々な描写が多く含まれています。

お姉さま、お願ひです。僕を弟にして下さい。そして、一生おそばへをいて下さい。

「美少年より姐御へ – 憧憬の玉木悦子姉様へ」
東京山手にて ゆきを

手先が震へてます。胸には悲みの泪が溢れてゐます。何の言葉を口にしてお兄樣の前に跪けばいゝのでせう黙つて泪をながして跪くあたしの心は語らずとも – 書かずともお兄樣は知つてゐて下さいますでせう。

「なすな戀 – 尾上紋十郎兄樣へ」
大阪 京子

スツキリとした顏の輪廊……妾の胸に深く刻み込まれた、貴郎のみすがた、貴郎の魂が、妾をシツカリと抱いて呉れます、妾は何と言ふ惱ましくも果敢ない女でせう。

「かきおくる – 林長二郎さまへ」
港の街 三笠京子

貴女は性に目ざめて居ますか、そしたらこの次の手紙で面白いことを教えます。

「投げられた微笑 – 愛する若草信子の君へ」
神戸 濱千鳥

「玉木悦子孃は、この熱烈濃淳なるラブレターをよんで微苦笑をつゞけてました」の後日談の通り、恋心をこじらせた類のラブレターが紹介されている一方、性的妄想を垂れ流したセクハラまがいの暴言も散見されます。

(3)では俳優とフアンが「繋がった」例が幾つか挙げられていきます。

乙女の懐中深く秘められた一葉の寫眞、死す共放さじと一心に肌身に抱いてゐた其の謎の寫眞、それは誰のであつたらうか?意外!!それは帝キネの花形明石綠郎のであつた。

「水藻に咲く花 – 明石綠郎をめぐる悲しい戀の物語」

美形男優に恋い焦がれ肉体関係まで持ったものの、所詮は遊び相手に過ぎずやがて邪険に扱われ、悲しみのあまり入水自殺した二人の芸妓の話が語られています。ゴシップや憶測を実話仕立てにしたものでフィクションの要素が入り混じり(1)(2)とは質を異にしています。

現在、国立国会図書館には『スター 秘話戀の文がら』が3部保管されています(書誌ID:028046076、028046077、028046078)。一冊(028046077)は内務省検閲の際に実使用されたサンプルで見返しには「風俗禁止」の朱印、右上に警保局長、図書課長、事務官の個人印、下半分に3人の担当者による手書きの所見が残されています。

疑問ナルモ九一-九四頁ノ記述ノ如キハ少々モ宜シカラザルベシ

善良ナル思想誘導ノ趣旨見ラレテ大体禁止 […] ランモ、 九一-九四頁ノ如キハ風俗壊乱ノ理由ニ依リ禁止セラ得ベキモノナリ

何處と云ふて捉へどころなきも全篇歯の浮くやうな映画俳優への恋文風は女優が誘惑される場面等を一括せるやうにして、此種の読者を考慮するとき甚だ寒心に堪へざる種類の本と認められ、却つて不良少年などの好奇心を助長せずやと懸念さゝに就き断固禁ぜらる哉

ある書物が禁書となるまでの過程と思考がこの1ページに凝縮されています。昭和2年(1927年)に何が問題とされたのか、何を公にしてはいけなかったのか、その結果現在何が無かったことにされ、見えなくなっているのか考えていく上で示唆に富んだ資料となっています。


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