自由気ままに生きる放浪の男(アンリ・クロース)が小さな村にやつてきた。普段から自然に慣れ親しんでいる男は不思議な知識の持ち主で、羊たちが謎の病気で死に始めた時にも手を貸して伝染病の拡散を防いだのであつた。村娘のトワネット(シャルロット・バルビエ・クロース)はそんな男に恋心を抱く。男も満更ではない様子であつたが、一夜を共に過ごしただけで村を離れてしまうのであつた。
二十年の歳月が経過、男は同じ村を再度訪れた。トワネットは村の男と結婚し一人息子トワネを育てていた。だがトワネ青年の父親がその結婚相手でないと村人たちは知っていた。青年は農場主の娘(イヴォンヌ・セルジル)と相愛の仲であつたのだが、娘の父親は関係に良い顔をしていなかった。血のつながつた息子が悩んでいると知つた放浪の男は農場主に掛けあい恋人たちを結びつけようと奔走するのであつた…
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パテ社。今週もまたジャン・リシュパン氏(アカデミー・フランセーズ)の作品が銀幕を彩ることと相成った。作家文人映画協会(SCAGL)製作による作品は『浮浪者』(1200メートル)と題されている。人情と詩心に溢れたこの傑作は、監督と主演を兼ねた偉大なる芸術家アンリ・クロース氏の才知により、舞台で大成功を収めた後に映画としても成功を収めた。同氏演じる「浮浪者」は不羈独立たる人物の鑑とも言え、ある時はこちら別な時はあちらで仕事をしながら美しき歌を口ずさみ、人々を振り向かせその魅力のとりこにさせる。
今週の新作紹介:『浮浪者』
ル・フィルム誌 1917年2月5日付
PATHE. – Cette semaine encore nous avons vu l’écran s’enrichir d’une oeuvre de J. Richepin, de l’Académie Française. C’est Le Chemineau (1200 mètres), “S.C.A.G.L.”, qui, après avoir triomphé théâtrement, a triomphé cinématographiquement grâce au talent du grand et sincère artiste qu’est Henry Krauss, metteur en scène et principal interprète du chef-d’oeuvre de poésie humaine qu’est Le Chemineau, type accompli de l’homme épris d’indépendance, travaillant tantôt ici, tantôt là, chantant les plus belles chansons, faisant tourner les têtes et affoler les coeurs.
La Présentation hebdomadaire, “Le Film” n°47, 05/02/1917
東都幻影会よる絵葉書セットの作品紹介の続きです。
1910年代前半の日本では『ジゴマ』を筆頭にフランス映画全般が評価されていて多くの作品が公開されていました。当時話題を呼んだ一つが『噫無情(レ・ミゼラブル)』(1913年)で、主演ジャン・バルジャンを演じたアンリ・クロースも日本の活動愛好家には知られた存在でした。
[…] クロース氏は御承知の如くヂヤン、バルヂヤンに扮つた體格の好いキビ々した藝風の人である。
内外俳優錄(第10囘) 佃福三郎
キネマ・レコード誌 1915年2月10日付第20号
『浮浪者』はクロースが脚本・監督・主演を務めた人情劇で、光と自然に満ち溢れた田舎村を舞台としつつ恋愛劇と家族劇の要素を併せ持っています。パテ社にフィルムが保存されていて1980年代に一度復元作業の行われた記録が残っていました。
東都幻影会よる絵葉書で、アンリ・クロースと上下の並びで写っているのが村娘を演じたシャルロット・バルビエ・クロース。仏映画界の名脇役女優の一人で実生活でもアンリの妻だった人物でもあります。
美人女優の枠に括られることは稀ながら喜劇も人情劇もこなせる芸達者の個性派女優…日本では飯田蝶子さんの立ち位置ですよね。仏初期映画にはこの感じの素敵な女優が沢山いて、中でもシャルロット・バルビエは独特のとぼけた感じが個人的な気に入っています。当サイトでは4年程前に入手した9.5ミリフィルムで一度紹介済み。

シャルロット・バルビエ・クロース、左は1920年の『ロヴェルのお嬢さん』
右は1900年代の絵葉書より
クロース夫妻はこの後デュヴィヴィエ監督の『にんじん』(1925年無声版)に夫婦役として登場。フランス無声映画期を底上げしてきた二人の功績には大きなものがあります。