大正後期~昭和初期の日本女優についてオンラインで調べていると栗島すみ子、松井千枝子、川田芳子、筑波雪子、柳さく子の並んだ写真が検索に引っかかってきます。該当する女優全員のウィキページにも掲載されているため、この時期の邦画に興味のある方であれば何かの折に目にした機会があるのではないでしょうか。

今回ほぼ同一構図のブロマイドを見つけることができました。ポーズや表情(筑波雪子さんが口を閉じています)にわずかな異同があり、足元や背景(舞台の袖)まで写りこんでいます。
1926年の大みそかに公開された『妖婦五人女』より。単独作ではなく妖婦・悪女を題材とした5つの独立作品にそれぞれの女優が配されています。フィルムの現存は確認できておらず、内容に言及している紙資料やオンラインサイトは見つかりませんでした。
本腰を入れて調べたところ公開直後の1927年2月に春江堂から小説版が発行されていました。探してみましたが取り扱っている古書店は皆無。古本として売買された形跡すらないのは奇妙だな…と尚も調査を続けると、風紀紊乱の理由で禁書指定になっていたと判明しました。そもそも本屋の店頭に並ばなかった一冊です。
別記事で触れたように戦前の禁書は帝国図書館に最低一部が保管される習わしになっていました。現在国立国会図書館に二部が保存されていて、「禁風1-4」のシールが貼られた一冊を閲覧してきました。
彼女が捕はれた時、それ程の評判になつたのは、單に彼女が大膽不敵な女賊だつたからばかりではありません。彼女は目も覺める許りの美しい、しかも初々しい娘だつたからです。それが東京の下町に巢を喰つて、兒分の三四十人もゐる掏盗の大親分白銀の源造の情婦で巾をきかせてゐたからです。
「辨天おさく」
歡樂の都。大東京の中心銀座の大レストラン、エレフアントに最近、妖星の如く突如現はれて、光を求めて寄る蟻の樣に、その聰明に輝く明眸、魅力のある美貌、爽やかな音樂的な、コケテイシユな聲でもつて、あらゆる階級の常連の注意を一身に奪つた女性があります。彼女は仇名を「カルメンお雪」と呼ばれ[…]。
「カルメンお雪」
事情を知つた時、男勝りな彼女の胸に猛然と湧き起こつたのは、姉に代つて、安田に復讐しよう、姉の一生を無慘に踏み躙つた安田を、自分の命ある限り、呪ひ通そう。そう一筋に思ひつめたのでした。
「洗髪およし」
彼女は、千枝子ではないか。あの、盲の叔母さんに苛められて育ち、後には、その内縁の夫の靑木を、横取りして、叔母を二人で散々苛めぬいてゐた千枝子。友人竹内の生活を、こんていからくつがへした、千枝子ではないか。
「奥様お千枝」
[…] 子爵が、室の片隅に見出したものは?それは、今朝のあの晴れやかな彼女とは似ても似つかぬ妖婦おすみ、彼女を初めてみた時の、あの荒みきつた彼女、凄く光る眸、でした。
『アツ??!!』
子爵は危く出かゝつた驚きの叫びを、低く發しました。
しかし、子爵の驚愕は、恐怖につづきます。
見よ!!
彼女の、自分の情婦の手には、六連発のピストルが、にぎられて、そのギラギラしと光る筒先は、自分に向けられてゐるではないか。
「令嬢おすみ」
小説版に目を通した感じではカフェレストランの乱脈ぶり、継子いじめ、略奪愛、使用人女性の性的略取、結婚詐欺や既婚男性の不倫など俗受けしやすい話題を織りこんだメロドラマ作品に見えます。
それが寧つそ、可愛くもなるのでした。そこで、
『××××××××××』
とつい淫ら心でこういつて了ふのでした。
『××××××××××××××××』
すると正吉もこんな、小生意氣な口を利いて、おさくの言ひなりになるのです。
「辨天おさく」
第一篇「辨天おさく」では数ヶ所のやりとりが伏字にされています。映画版が流れで曖昧に済ませていた個所を小説は詳述しすぎて検閲官の目に留まってしまったようです。
いずれにせよ、娘役が飽和し始めていた1920年代後半にその代表とも呼べる面々があえて闇を抱えた女を演じていく。ミスキャスティングの恐れはあるものの野心的な企画です。普段の役柄と大きく異なった表現を要求されるため女優にとって良いチャレンジになったのではないでしょうか。
また本作品は城戸四郎氏が初めて総指揮を手掛けた一作でもありました。
大正末期、松竹蒲田では野村芳亭氏による柳さく子偏重の姿勢で雰囲気が険悪化していました。芳亭を解任した城戸氏は自らが所長となって撮影所刷新に乗り出していきます。花形システムと監督システムのバランスを取りつつ日活に対抗できる「蒲田調」を確立していく…後年、城戸氏は1927年夏公開の『からくり娘』が一つの転換点、突破口になったと回想していました(『日本映画伝:映画製作者の記録』 文芸春秋新社、1956年)。『妖婦五人女』はそんな「新たな松竹」が実現する直前の試行錯誤に位置付けられるものです。
[JMDb]
妖婦五人女 第一篇 弁天おさく
[IMDb]
Yôfu gonin onna – Dai ippen: Benten Osaku
[JMDb]
妖婦五人女 第二篇 カルメンお雪
[IMDb]
Yôfu gonin onna – Dai nihen: Carmen Oyuki
[JMDb]
妖婦五人女 第三篇 洗髪およし
[IMDb]
Yôfu gonin onna – Dai sanpen: Sempatsu Oyoshi
[JMDb]
妖婦五人女 第四篇 奥様お千枝
[IMDb]
Yôfu gonin onna – Dai yonhen: Okusama Ochie
[JMDb]
妖婦五人女 第五篇 令嬢おすみ
[IMDb]
Yôfu gonin onna – Dai gohen: Reijô Osumi