1910年代初頭 – 28mm 仏ゴーモン社・ボビー君喜劇のフィルムを見つけた話

映画史館・フランス より

Early 1910s Unidentified “Bébé” Short (Gaumont),
c1914 Pathé Kok 28mm Print

先日、仏パテ・フレール社製の28ミリフィルム数点が売りに出されているのを見つけました。1910年代中盤のパテ・コック映写機に対応、流通期間が数年という短命フォーマットで、フィルムが市場に出てくることもほとんどありません。普段であれば「珍しいフィルムが出ているな」でスルーするはずでした。

一応商品説明に目を通しておきます。一本は冒頭が欠落しタイトルクレジットがないようでした。フィルム缶には今にも崩れそうな劣化したラベルが貼ってあります。手書きで文字で:

『御伽話/我ら音楽隊大会に出場す 番号41 115米』
Conte de fée / Not’ Fanfare Concourt No.41 115 mètres)

商品説明に一枚のピンボケした写真が添えられていました。

商品画面に添えられていた写真

心のどこかでアラームが鳴りました。フィルムと缶が対応していない気がするのです。『御伽話』は1905年の作品で、メリエス直系のトリック・フィルムです。『我ら音楽隊大会に出場す』は1907年とされる音楽物喜劇で主に屋外ロケで撮影された一作。フィルムの方は室内撮影でしかも子供が写っています。ハッキリと見えないもののおかっぱ姿の少年にも見えます。

…おかっぱ姿の少年?

キネマ・レコード誌1915年1月10日号掲載の写真

ボビー程賣れた子役は先づなからう。彼を主人公として撮つた映畫は今日まで約三十種内外で…福寶堂創業當時から舊四派合同して日活となつた後までも續々として其のシリースは輸入され紹介された。

「子供俳優:ボビー君とチム君」 吉山旭光
『キネマ・レコード』 大正4年(1915年)1月10日付通巻第19号

ボビー君とは仏ゴーモン社が制作していた一連のジュヴナイル・コメディです。吉山氏の記述にあるように一次大戦前に人気を博し日本でも子役俳優の代表格とみなされていました。1910年代初頭の作品ですのでパテ・フレール社の28ミリフィルムカタログに収められていても不思議はありません。

取り寄せてみた実物がこちら。冒頭が欠落してタイトルが不明、結末部に缶の錆が移った劣化が目立ち「結(Fin)」の語がありません。字幕による説明は含まれていませんでした。

思いこみや勘違いでないことを祈りつつ目視で確認。山高帽にステッキ姿の少年が何度か登場してきます。

ボビー君喜劇(仏現地での正式名称は「ベベ(Bébé)」)は憎たらしさと愛嬌を兼ね備えた主人公が周囲の大人を振り回していく物語を得意としていました。前髪を作り左右がクルンと撥ねたトレードマークの髪型をフィルムでも見て取る事ができます。どうやら間違いなさそうです。

28ミリフィルムを入手するのは初の経験で手元に再生環境がありません。3Dプリンタで補助ツールを作成、幾つかのサンプル画像をスキャンした上で物語を再構成してみました。


ある晴れた日、山高帽にステツキ姿のボビー君は公園へとやつてきました。手にした時計を気にしていると、折しも到着した車から日傘を手にした淑女が下りてきたのでした。 「ボビーさん、お待たせしたかしら」 「いやいや、僕も恰度來たばかりです」

二人は腕を組みながら散策と洒落こんでいきます。花売りがいたので花束を買つてあげたボビー君。二人は上機嫌で町へと繰り出し、予約を入れていたレストランへと向かふのであります。

ワインを手に話は弾み時が経つのを忘れてしまふ程でした。ところが会計でひと悶着、折角のデートに水を差されてしまいます。

気分を害した令嬢は釈明には耳を貸さず車に乗りこむと去つてしまひました。残されたボビー君の胸中や如何に。レストランに悪態を放つとトボトボと帰路につくのです。

自室に戻るも心のざわめきは増すばかり。手にした令嬢の写真を見ながら大きなため息をついたボビー君でありました。

手持ちのフィルムはここまで。ソファーに横たわったボビー君が手にした写真を見て物思いにふけっている場面が最後でした。

文字説明が一切なく二人のつながりや物語の背後関係が見えず解釈にやや綻びがあります。それでも主人公のボビー君が女性をデートに誘うも上手くいかず、最後悶々としている流れになっているように見えます。

Fonfon (Alphonsine Mary, left) & Bébé (Clément Mary aka René Dary, right)

ちなみに本作品で相手役として登場している女の子はボビー君(クレマン・マリー)の実姉に当たるアルフォンシヌ・マリーさんです。当時「フォンフォン」の芸名で活躍、ボビー君喜劇では姉や従兄役など複数の役柄で登場する準レギュラーの位置づけです。

今回かなり時間をかけて調べてみたのですが、現時点ではこのフィルムがどの作品に当たるのか特定できませんでした。

ボビー君喜劇はルイ・フイヤード監督の初期のヒットシリーズで1910年代初頭に80作程が製作・公開されています。ある時期に契約トラブルが発生し、フイヤード監督が外れて別監督(アンリ・ガンバール)の手によってシリーズが続けられました。ゴーモン・パテ・アーカイヴにはフイヤード監督名義作25本のネガが保管されており既に14作がデジタル化されているのですが、そこには本作と一致するものはありませんでした。

また2010年に開催された第29回ポルデノーネ無声映画祭では「フランス初期の喜劇役者たち(Comici francesi / French Clowns 19 07-19 14, A-Z)」の枠組みで9作のボビー君作品(フイヤード監督作5本/ガンバール監督作1本/監督未詳3本)が上映されています。本作はそれらの作品とも一致しませんでした。

これまでにデジタル化~公開されてきた作品と異なる希少なフィルムなのは間違いなさそうです。1912年以降のアンリ・ガンバール監督作品の可能性が高いながら、再構築した物語に含まれている「女性不信(ミソジニー)」の要素は初期フイヤード短編に頻繁に表れてくる主題でもあって今後の調査次第では面白い結果が出てきそうな予感もあります。

関連記事