1916 – 『レ・ヴァンピール 吸血ギャング団 第3巻 幻惑する眼』仏ノベリゼーション(L・フイヤード&G・メイル共著、同時代出版社)

ルイ・フイヤード & 情報館・ノベリゼーション [国外] より

Les Vampires: Tome III Les Yeux qui fascinent (1916, Louis Feuillade & George Meirs, La Librairie contemporaine)

1910年代後半のフランスでは初期映画、特に活劇の連載小説化が盛んに行われていました。皮切りとなったのがパテ(米パテエクスチェンジ社)製作による『拳骨』で、1915年末の公開と同期した新聞連載が人気を博し、以後もパール・ホワイト活劇の小説化が続いていきます。

この流れに対しゴーモン社も自社連続劇のノベリゼーションで対抗していきます。その第一弾がルイ・フイヤード監督作『レ・ヴァンピール』でした。計7巻を公刊、最初の4巻は200頁弱の書籍形式、残りの3巻は70頁ほどの冊子で発売されています。また第1巻には映画版の第1~3エピソード、第2巻には第4~5エピソードが収録される等、同社初の試みだったこともあってイレギュラーな要素の多い出版形式になっていました。

今回入手した小説版は第3巻。前述の事情により第6エピソードとなる「幻惑する眼」を収録、表紙イラストは催眠術をかけられ昏睡している黒装束のイルマ・ヴェップ(ミュジドラ)です。

米国で公金横領後、ワーナー夫妻の偽名で宿屋に滞在していた夫婦(左上)
伯爵を名乗り夫婦に接近する悪党団首領、その側近イルマ・ヴェップ(右上)
小間使いに催眠術をかけヴァンピール団の裏をかこうとするモレノ(左下)
悪党たちの動きを追ってホテルに到着したマゾネットと記者ゲランド(右下)

「幻惑する眼」はパリ市郊外の旅籠を舞台としつつ、偽名で滞在中の米国人が秘匿している貴金属類をめぐった争奪戦を描いていきます。悪党団レ・ヴァンピールとそのライバル組織、さらに両者を追う正義の士の三つ巴の駆け引きを描きつつ、三者の抗争が新局面を迎えていく重要なエピソードです。

「メイル樣

『レ・ヴァンピール』をポケット文庫で出版するのは望ましくない旨タランディエ氏 [タランディエ出版社社長]に伝えさせていただきました。今週一度タランディエ氏とお会いしていただいた上で一緒に最終判断を下せたらと考えております。同氏と契約出来るのであればそれはそれで良い話ではありますので。とはいえ先方からより良い形での提案がなければ別出版社を当たってみることになるかと思われます。[…]」

1916年2月5日付、ジョルジュ・メイル宛書簡より[1]

「今日は二日間の祝日を使って、新作「映畫小説」[=小説版『ティーミン』]の第9章から12章の執筆にいそしんでいました。」

1918年5月19日付、マルセル・ルベスク宛書簡より[2]

1916~19年のフイヤードの書簡にはノベリゼーションに関連したやりとりが多く含まれています。1916年2月の手紙では『レ・ヴァンピール』の出版社をどうするか共著者のメイルと相談。1918年の手紙では『ティーミン』小説版の原稿を自身で「執筆」している記述がみられました。また1919年4月の手紙では『ジュデックス』共著者(A・ベルネード)に国外翻訳分の利益配分を提案しています。

これらの書簡からはフイヤードが映画のノベリゼーションに積極的に関与していた様子が伝わってきます。自作のプロモ手段であり無視できない副収入源でもあった訳で力の入れ具合は当然だったと言えるのですが、実際に読んでいくとフイヤードが小説版にビジネスチャンス拡大以外の役割を期待していたと分かります。映画版で伝えきれなかったニュアンスや意図を小説で補完していく傾向が見て取れるのです。

ヴァンピール団首領が朗読を始める場面

例えば映画版「幻惑する眼」の中盤(17分30秒辺り~)にはレ・ヴァンピール団首領が旅籠の食堂で朗読を行う描写が含まれています。滞在客を食堂に足止めしておく方便で、その隙にイルマ・ヴェップがワーナー夫妻の部屋に侵入し金品の在りかを探る…と続いていきます。

朗読はあるフランス青年兵(ケルロール伯爵の祖父に当たる人物)がナポレオン時代の半島戦争で経験したとされる回想を再現したものです。ナポレオン帝の密使として移動していた兵士は馬の飲み水を求め地元女性に声をかけます。かつて夫をフランス兵に殺されたこの女性は恨みを晴らすために育てていた牛を向かってけしかけます。兵士は闘牛士さながらの剣術で気性の荒い牛を退治して事なきを得た…という内容です。

怒りに満ちた未亡人は兵士の出発するタイミングを伺って厩舎の扉を開いた。

三頭の見事な闘牛が一頭、また一頭と厩舎から飛び出した。ケルロール大尉は鞍の前橋部に胸を押しつけ、声と手足で颯爽たる馬を走らせていく。大尉と馬は並々ならぬ速度で飛ばしていたが、怒り狂った牛たちの足音は次第にその背後に近づきつつあつた。

振り向いた大尉は身に迫る危機を理解し、革製ホルダーから二連式の拳銃を引き抜いた。

最初の弾丸が先頭を走る最も獰猛な一頭の眉間を撃ち抜いた。次の音と共に第二の怪物が大地に突っ伏した。

最後の三頭目を前に、兵士は馬から下りて剣を手に取つた…

『レ・ヴァンピール 吸血ギャング団 第3巻 幻惑する眼』 第5章[3]

映画版では作中劇の形で展開され、名脇女優のルネ・カルルがスペイン人寡婦を演じています。20万ドルの秘匿金を巡る策謀が展開する中、不意に毛色の変わった寸劇が挿入されているため初見では驚くところです。本筋の展開に影響を及ぼすものではないため見過ごされがちですが、小説の題字背景に兵士と牛のイラストがあしらわれており、当初思っていた以上に意味のあるエピソードなのだと気づきました。

題字背景に牛に追われた兵士のイラストが配されています

フイヤード監督はボナパルティスムと呼ばれる政治思想の持ち主でした。民主主義に信を置かず、実行力とカリスマ性の高いナポレオン皇帝による治世を理想とする考え方です。以前に紹介した初期の怪奇短篇「セベラ」ではエジプト遠征中のナポレオンがミイラの棺を開ける場面がありましたし、子供向け喜劇ボビー君連作でもナポレオンの登場するエピソードが製作されていました。『レ・ヴァンピール』には直接登場こそしないものの、勇敢な兵士をサイドストーリーに描くことで間接的にナポレオンを賛美していることになります。

また映画業界に参入する以前の1890年代末~1900年代初頭、フイヤードは闘牛愛好家として活動していました。南仏ニームに拠点を置いていた闘牛専門誌(「ル・トレロ」)に同人として寄稿した記事が残されています。[4]

ナポレオン崇拝と闘牛趣味。「幻惑する眼」に収められた寸劇はフイヤードの隠し持っていた二つの嗜好を反映させた内容だった訳です。

初期連続活劇は明快で無駄のない展開と速度感の重視されていたジャンルでした。監督が個人的な趣味や思想を投影する余地はほとんどなかったと言えます。「私」を抑圧しながら作業していた反動あるいは埋め合わせがこういった細部に出てきているのが興味深いところです。以前に紹介した『ジュデックス』や『ティーミン』小説版も同様で、映画に比べて縛りの緩い小説版で個としての想いが可視化されやすい。フイヤード作品の理解を深めていく資料として丁寧に読みこんでいく価値は十分ありそうです。

[発行年]
1916年

[発行所]
同時代出版社(la Librairie contemporaine, Paris)

[フォーマット]
190頁 18.0cm×11.0cm

[定価]
旧45サンチーム


Notes

[1] J’écris à M. Tallandier que le Livre de Poche ne peut convenir aux Vampires. J’espère que vous le verrez cette semaine et que vous prendrez une décision ensemble, car il me serait agréable de traiter avec lui. Si cependant M. Tallandier n’avait pas mieux à nous offrir, voyez ailleurs. […] (Lettre à George Meirs, 5 février 1916)

[2] Aujourd’hui je profite de ces deux jours de fête pour écrire mes épisodes 9, 10, 11, 12 de mon nouveau Ciné-Roman. (Lettre à Marcel Levesque, 19 mai 1918)

[3] […] et la veuve, farouche, qui guettait son départ, ouvrait derrière lui les portes du toril.

L’un après l’autre, trois magnifiques taureaux s’élançaient ; le capitaine de Kerlor, penché sur le pommeau de la selle, activait sa fringante monture de la voix et du geste. Ils dévoraient l’espace, et pourtant le galop furieux des trois bêtes lâchées résonnait derrière lui.

Alors il se retournait, comprenait le danger, et tirait de ses fontes un pistolet à deux coups.

Une balle en plein front le débarrassait du plus dangereux de ses poursuivants; une seconde jetait à terre le deuxième monstre…

Pour le troisième, il mettait pied à terre et tirait son épée… (Les Vampires: Tome III Les Yeux qui fascinent, chapitre 5 : Une lecture captivante)

[4] 闘牛愛好家としてフイヤードが残した文章は『闘牛クロニクル:(1899-1907)』(Chroniques taurines 1899-1907, Ciné Sud, 1988年)にまとめられています。