帝政ロシア/ソヴィエト初期映画史再訪 [17] & 絵葉書館・ロシア/ソ連/旧ソ連構成国 より
2019年の冬、ドヴジェンコ・センターが中心となり初期ウクライナ映画史を振り返る企画「ロスト&ファウンド」が開催されました。同国の無声映画を扱ったイベントとしては過去最大規模。つい最近の話ですのでSNSには実際に会場を訪れた際の写真やリポートなども多く投稿されています。
このイベントに併設して作られた公式サイト(vufku.org)は現在でも公開中。作品紹介や映画人の紹介コーナーも充実しており、英語版もあるためウクライナ無声映画の簡易データベースとして使い勝手の良いものです。
「ソ連邦ウクライナ映画の諸潮流」という記事ではマリーア・デュシメティエルとアンナ・ステンは「ロシア映画に舵を切った」と評されていた。アンナ・ステンが30年代の初めにドイツに移った話は良く知られているが、マリーア・デュシメティエルがどうなったのかは誰も知らず痕跡が途絶えている。VUFKUで成功を収めた他の女優たち(ポリーナ・スクリア=オターヴァ、オクサーナ・ピドリスナ、ミリー・タウト=コルソ)も亦同様の運命に見舞われたのであつた。
In the article ‘Ways of Ukrainian Soviet Cinematography’ author stated that Mariia Diusimetier and Anna Sten “switched to the Russian cinema”. It is known that Anna Sten emigrated to Germany in the early 30’s, but what happened with Mariia Diucimetier remains unknown and her traces are lost. The same fate befell several other successful actresses of VUFKU: Polina Sklyar-Otava, Oksana Pidlisna, and Mili Taut-Corso.
Mariia Diusimetier
Source: https://vufku.org/en/names/mariia-diusimetie
同サイトにポリーナ・スクリア=オターヴァの単独ページはありません。ただマリーア・デュシメティエルの紹介記事の一節で、映画産業の変貌と共に姿を消していった女優の例として名前が挙がっているのを見つけました。
ポリーナ・スクリア=オターヴァはドヴジェンコ監督の初期作『ズヴェニゴーラ』(Звенигора、1927年)のヒロイン役・ロクサーナで知られています。翌年にはアンブローシ・ブーチマとの共演作が2本公開されるなど順調な女優キャリアを積み上げていくのですが、1929年に『暗き王国』での端役を最後に映画界から離れています。
[IMDb]
Polina Sklyar-Otava
[Movie Walker]
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