昭和14年(1939年)8月5日 東京有楽座観劇記念寄書き

日本・女優 より

1939 Collected Autographs at the Yuraku-za Theater (including Hayashi Fumiko, Hanabusa Yuriko, Tsutsumi Masako et al.)

褪せた色紙に残された6名の寄せ書き。昭和14年(1939年)8月5日、有楽座観劇の折に残された一枚で、裏側に日付入りのスタンプが押されています。

有楽座は東宝直轄劇場として1935年にオープンしており、30年代後半に東宝劇団、エノケン一座、ロッパ一座など当時の東宝映画でお馴染みの面々が出演していました。今回取り寄せた寄せ書きも多かれ少なかれ映画に関わった面々が並んでいます。


(1)「泣蟲小僧」 林 芙美子

色紙の右下1/3ほどを占めているのが作家・林芙美子さん。自作タイトル『泣蟲小僧』が併記されています。『泣蟲小僧』は1938年に東京発声映画製作(配給は東宝)で映画化されており東宝とも縁があった一作です。

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(2)英 百合子

一つ置いて色紙中央から左下にかけて「ゆりっぺ」こと英百合子さんのサイン。松竹黎明期、日本女優史の曙から活躍されていた女優さんで、本サイトで改めての紹介は不要かと思われます。1930年代、トーキーの時代となりP.C.L.~東京発声~東宝へ籍を移しながら活動を続けており、1935年のP.C.L.作品『放浪記』など林芙美子作品と接点を持っています。

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(3)堤 真佐子

1930年代中盤、快活でモダンなコメディエンヌとしてP.C.L.の花形となった堤真佐子さんのサイン。 英百合子さんとの共演も多く、やはり東京発声から東宝へと流れていった経歴の持ち主です。英百合子・堤真佐子の御二方が徳川夢声氏と共演した『江見家の手帖』がサインの残された5日後、1939年8月10日に公開されています。

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(4)「ミス・コロムビア」松原操

寄せ書きには1933年に覆面歌手「ミス・コロムビア」としてデビュー、霧島昇氏とのデュエット等で人気を博した松原操さんのサインが含まれています。松竹とのゆかりが深く『十九の春』(1933年)、『愛染かつら』(1938年)、『信子』(1940年)など多くの名作で主題歌を担当されていました。

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(5)晃 (立松晃)

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「戸光」あるいは「分光」?漢字二文字に見え特定に手間取りました。どちらも人の名前ではないですよね…半ば諦めつつ1939年後半期の「松竹映画」誌をパラパラめくっていたところ一枚の写真に目が留まりました。

「東宝映画」1939年10月号より

1930年代中盤、新興キネマの美形男優として名をあげた立松晃氏が東宝に移籍。これではないか、と。漢字二つに見えたのは一文字だったのでは。

とはいえ「晃」の名前を持つ芸能人は他にもいます。松竹映画『金環蝕』(1934年)『人妻椿』(1936年)の主題歌を担当、『純情二重奏』(1939年)で出演も果たしている松平晃氏もやはり「晃」だったりするのです。

さらに調べていくと立松晃氏の新興時代のサインを紹介しているツイートをみつけました。寄せ書きでは余白を埋めるため間延びした形で書かれていますが、「光」の下を「之」のようにつなげて書く手癖が一致します。


(6)壽(山根寿子?初代・花柳壽美?)

寄せ書きで一点完全に特定できなかったのがこのサインです。首をひねりながら目を細めたり角度を変えていたところ、「寿」の旧字体「壽」が見えてきてハタと膝を打ちました。

この時期の東宝に「壽」の漢字を含んだ名前の方は何人がおられるのですが、可能性として女優・山根寿子さんか舞踏家・花柳壽美さん(初代)のどちらかだろう、と。

山根寿子さんは1937年のデビュー後、東宝の実力派女優として永く活躍されていて、39年8月20日には助演作『越後獅子祭』が公開されています。同作主演の入江たか子さんに踊りを指導したのが花柳壽美さんでした(JMDb等には記録なし)。

「東宝映画」1939年9月上旬号より。入江たか子、長谷川一夫と並んだ花柳壽美

今回のサインは林芙美子さんと英百合子さんが先に名前を書いた後の三角形の隙間を埋めるように書かれています。

太めの力強い筆跡で大きく「壽」とあるのですが、もう一文字下に何かあるんですよね。

おそらく「美」だとは思うのですが「子」が隠れていると見えないこともない…現時点ではこれ以上の判断はできない感じです。


1939年8月5日は8月最初の土曜日でした。人出が多く見込まれるこの日、『泣蟲小僧』の上演にあわせ原作者の林芙美子さんや舞台の出演者らが舞台挨拶に訪れたという話なのでしょう。パンフレットが見つかればもう少し特定の精度を上げることができそうです。