1922 – 『ドクトル・マブゼ 第2部 犯罪地獄』 (フリッツ・ラング監督) 1970年頃 独アトラス小型映画社 16ミリプリント 第2リール

フリッツ・ラングより

Dr. Mabuse, inferno des Verbrechens (1922, dir/Fritz Lang)
c1970 Atlas Schmalfilm 16mm Print 2nd Reel

ラング監督の初期作『ドクトル・マブゼ』 の独語字幕版16ミリプリント。同作は『大賭博師』(153分)と『犯罪地獄』(111分)の二部構成で今回入手したのは第二部の後半(第2リール)。1800フィート強で映写時間は55分ほどでした。

1970年代初頭のアトラス小型映画社のカタログ(ゲーテ大学所蔵品

このプリントはドイツのアトラス小型映画社によるものです。フィルム缶に「映画愛好会/シネクラブ向け(für Clubkinos)」、ラベル中央に「汚半損または未返却は追加料金を申し受けます(Bei Verwechstung oder nicht zurückgesandten Spulen, Büchsen usw müssen wir den Neupreis berechnen.)」の注意書きあり。当時各地にあったシネクラブに貸出すために使用されていたものです。またラベル下部には「プリント番号 5(Kopie Nr. 5)」の文字が見られます。同タイミングでレンタルの申し込みがあった時に備え複数のコピーが用意されていたという話で、最低でも5セットが存在していたと分かります。

個人向けに市販された記録がなく、現存数も少ないプリントですので参考用にスキャン画像を撮ろうと準備を始めました。いざスキャンとなった時、サウンド入りのシングルパーフォレーションだったと気付きました。以前に組んだシステムは戦前のダブルパーフォレーションのみの対応だったためスキャンは諦め、映写機での実写に切り替えました。

使用した映写機はベル&ハウエル社のフィルモサウンド7399型スペシャリスト。以前に紹介した7302型の後継機種で、外観・光学系・駆動系は7302を継承しつつアンプを真空管アンプからトランジスタアンプに変更した一台となっています。

下の画像はスクリーンに実写した映像をミラーレスで撮影したもの。最初の一分程ダメージとスプライスが目立ち、後半の一部に映写痕が残っていました。4時間半に及ぶ大作の最終リールのみ実写というあまりない経験でしたが、以前に何度か見て粗筋を把握していたこともあって特に気にならない、むしろあっという間に作品世界に引きこまれていく感じでした。

内容的には1)マブゼ博士が自身を追い詰めてきた検察官ヴェンクを催眠術で謀殺しようとする件から2)官憲が悪党団のアジトを急襲し銃撃戦となり、マブゼを除く一党を捕縛、拉致されていた伯爵夫人を救出し3)地下水道からの脱出を試みたマブゼが偽札工場に閉じこめられ発狂して果てる展開に対応。「完(ENDE)」の文字の後、アトラス小型映画社が手掛けている他の16ミリ無声作品(『カリガリ博士』『最後の人』)の宣伝が挟まれていました。


シネクラブ主催の上映会告知。左列は「映画評論」誌1969年6月号(新映画社)、右列は同誌1971年3月号より。

このフィルムが流通していた1970年前後はシネクラブの黄金時代に当たっていて、日本でも各地で小規模な上映会があちこちで開かれていました。1969年5月には東京(草月シネマテーク主催)と大阪(大阪シネクラブ主催)でラング特集が組まれており、1971年3月には国立近代美術館フィルムセンター(現国立映画アーカイヴ)のドイツ映画回顧上映会でもマブゼが扱われていました。

その後フィルム文化の衰退と共に見ることが難しくなっていきます。1980年代~90年代初頭はある種の空白期間となっていて、自分が学生だった時分には「名前は知られてはいても周りに誰も見た人がいない幻の映画」扱いになっていました。

状況が大きく変わったのが1990年代中盤でした。1994年5月、『月はどっちに出ている』『バッチギ!』『フラガール』製作・配給で知られるシネカノンがラング監督作『飾窓の女』の41年ぶりの再上映を企画します。この際にラング旧作が同時上映され『ドクトル・マブゼ』が久しぶりに銀幕に登場となりました。

1994年の上映記録。上は「経済往来」誌1994年6月号での告知、下はチラシ裏面での記念イベント告知(映画チラシサイト eiga-chirashi.jpより)

東京では西武系のシードホール、続いて大阪・十三の第七藝術劇場で上映が行われました。この時の盛り上がりは凄かったです。第七藝術劇場の待合スペースは「遂にマブゼを」と馳せ参じた老若男女の映画フアンでごった返していて、たまたま先輩と鉢合わせし「やはり来てたか」「来てましたね」と笑いあったのを覚えています。

この半年後(1994年10月)、IVCからVHS版が市販されたことで本作へのアクセスは飛躍的に改善。世紀が変わり、デジタルへの移行が進む中で日本語版クリティカル・エディションが発売(紀伊國屋書店、2007年)され早15年、今ならユーチューブでも見つかるはずです。

映写機によるフィルム実写からVHSへ、DVDとブルーレイからストリーミング視聴へ。1970年代から2020年代の半世紀に見られた視聴媒体の変貌は、映画という「体験」が「アナログの反射光」から「アナログの透過光」を経て「デジタルの透過光」に変容していったという話でもあります。

解像度やデータの取り扱いやすさを考えるとデジタルの圧勝に異論はありません。ただ、不完全・不揃い・不安定・不便といった要素の絡みあったアナログが「エモ(ーショナル)」の名において再評価されている現状を考えてみるとこの3種類の体験は何かが決定的に異なっているのだろうな、と。ゾワっとするような質感の正体は、アナログとデジタルの認知の違い(≒マクルーハンのメディア論)で片づけてしまえる浅薄なものではないはずで、どこかできちんと見極めをつけなければいけないと思っています。

[Movie Walker]
ドクトル・マブゼ

[IMDb]
Dr. Mabuse, der Spieler