情報館・DVDより



Marie Doro in Lost and Won & Castles for Two
2022 Grapevine Video MoD DVD-R
長い睫毛を持つた靜かな黑い眼と、房々した栗色の髪を持つた美人で、ラスキー會社の花形である。
生れは紐育で、幼い頃から藝道にかけては天才の閃きが見え、ブラウン女學校に通っていた時に、素人演藝會に出演して屡々好評を博した。これを見込んだのが、セント・ポール興行團の支配人で、是非一座に加入して呉れと言ふ處から、つひ其の氣になつて十六歳で女學校を退き、その興行團に加はつて地方を廻つて歩いた。
それから後桑港などに行き種々なる役を演じたが、最初から大役を引受けたに拘はらず、見事に演つてのけ豫期以上の成功を収めた。
孃は舞臺生活數年の後、名優會社に入り次で現今のラスキー社に轉じたのであるが、舞臺に於いて好評を博した『オリバー・トーエスト』や『マ-カスの德行』などを映畫にした。
然かも傑作として長く人々の記憶に殘る物を擧げたならば、『白眞珠』『ノラフレンの心』などで、孃の最も得意とする、情緒劇である。之等の映畫を見ればわかる樣に、孃の嵌り役はやはり人情物である。
「外國人気俳優評判」マリー・ドロ孃(米國ラスキー會社)
『活動画報』第一期第9号 1917年9月号
ストリーミング視聴に押されつつあるとはいえ、物理メディア(DVDやブルーレイ)でも優れた作品は発表され続けています。各年のお気に入りを見極めるようにしていて、2020年は『さらば青春』(『アウグスト・ジェニーナ傑作選』収録)、2021年は『ティーミン』を紹介してきました。振り返ってみても悪くないチョイスかな、と思います。2022年に関しては2つの作品が目に留まりました。今回はその内の一枚、米グレイプヴァイン社からオンデマンド形式のDVD-Rとして発売された『マリー・ドロ 秀作選』の紹介です。
『負けるが勝ち』
(Lost and Won, 1917, Jesse L. Lasky Feature Play Company, dir/Frank Reicher)




孤児のマーガレット(マリー・ドロ)は強欲な養父母の元、新聞の売り子として日銭を稼ぎつつ暮らしていた。お腹が空いても財布は空つぽ、どこかにあしながおじさんはいないかしらと夢想する毎日であつた。




折しも、青年投資家として名の知られたウオルター(エリオット・デクスター)が知人らと会食の最中であつた。「女性は見た目だけではないよね。血筋も余程しつかりしていなければ結婚の対象にならないよ」、友人の言葉にウオルターの心がくすぐられる。「果たしてどうかな。通りで見つけてきた身寄りのない女性でも、きちんと教育を受けて淑女となれば血筋など関係なく結婚したくなるのでは?」。ウオルターは5万弗の賭けを提示し、通りで新聞を売つていたマーガレットに声をかける。叔母(メイム・ケルソー)に後見人となつてもらい、貧しい孤児を淑女に仕立て上げようとする算段であつた。




数年後、大学を卒業したマーガレットが戻つてくる。社交パーティーのデビューも大成功、ウオルターの友人たちも皆メロメロの様であつた。ところがウオルターの表情は冴えなかった。当初は賭けの題材として始めた物ではあつたが今ではウオルター自身が彼女に否応なく惹かれていた。5万弗の賭けに敗けても構わない、割り切ってマーガレットとの関係を進めていこうとする。しかし好事魔多し。ウオルターは投資に失敗し私財を失い、さらに悪友に騙されて留置所送りの憂き目にあう。果たして二人の恋は成就するのか、あしながおじさんとシンデレラの相思相愛の行く末や如何に。
『二人で城を』
(Castles for Two, 1917, Jesse L. Lasky Feature Play Company, dir/Frank Reicher)




自然に恵まれたアイルランドの一地方、若くして家を継いだ青年領主ブライアント(エリオット・デクスター)が姉に取り囲まれ浮かない顔をしていた。古くからの名門ではあつたが地所に住む者からの家賃収入が先細り、このままでは一家の存続も危ぶまれる程であつた。
この土地の新たなる住人としてやつて來たのがアメリカ人富豪の相続者パトリシア(マリー・ドロ)であつた。合衆国での生活に疲れ、祖母の生地アイルランドで人生を再スタートさせたいと望んでいたのである。裕福と見なされるのに飽いていたパトリシアは強面の秘書(メイム・ケルソー)を自分の身代わりとし、自分は小間使いだと身分と偽って新生活を始めていた。




むかし祖母に聞いていた通り、アイルランドは自然と妖精に満ちた美しい土地であつた。パトリシアは生きる喜びと希望を取り戻していく。そんな或る日、森の一画で沈んだ表情をしている青年と出会う。領主の横暴に疲弊した地元民の一人なのだろう。パトリシアはそう思って声をかけたのだが、この青年こそ領主ブライアントその人であつた。青年はと云へば「家の存続のために富豪のアメリカ人女と結婚しなさい」という姉たちの要求に嫌気がさしこの木陰に逃れてきたのである。互いに相手を勘違いして始まった会話は次第に恋心へと変わっていく…
翌日は、ロスアンジエルスに出立の準備でてんてこまひだつた。僕は、ぼうつとして、マリー・ドロを見るべく「野の百合」のマチネーにこつそりでかけた。
『映畫王チヤツプリン -その評傳と旅行記-』
鈴木傳明・編訳(實業之日本社、1930年)
マリー・ドロは1910年代中盤から20年代初頭にかけフェイマス・プレイヤーズ~ラスキー社~ハーバート・ブレノン映画社で活躍した人気女優です。トップクラスの花形と言うと語弊があるものの、一部に根強いフアンがいて日本でも作品が公開されていました。若い頃のチャップリンがマリー・ドロを贔屓にしていたのは良く知られていて、鈴木傳明氏の公刊したチャップリン自伝の訳書にも名前が登場していました。


マリー・ドロの演技スタイルはメアリー・ピックフォードに強い影響を受けたものです。目鼻口、顔の輪郭…どういう光の下でどんな表情をすればどう画面に映るのか完璧に理解した上で「無垢な少女」の型に落としこんでいく芸風、とも言えます。睫毛や眉の作り方で発揮されている強烈な目力はピックフォードになかった要素ですよね。
『負けるが勝ち』の前半はそんな女優の持ち味を強調するロマンチック・コメディになっていました。紆余曲折はありながらも最後は主演男優と結ばれてめでたしめでたし…結末は容易に予想がつくもので実際にその通りになります。ところがその「紆余曲折」にかなりのサプライズが含まれています。中盤以降に作品の速度感、演出スタイル、さらにはジャンルまで変わっていくのです。伏線の張り方も面白く「してやられたり」の心地よさが残りました。
続く『二人で城を』もロマンチック・コメディを基調とした作品。こちらはソフトフォーカスの描写が目立ち二重撮影によるファンタジー色が添えてあります。両作で夫のエリオット・デクスタ-が共演、脇役のメイム・ケルソーが的確な演技を見せていました。


キックスターターのプロジェクト紹介ペ-ジ(左)と2020年返礼品版DVDジャケット(左)
『マリー・ドロ秀作選』は2020年9~10月のクラウドファウンディングが元になっています。以前から同種の企画(35ミリフィルムのデジタル修復+新たな音楽)を展開していたエドワード・ロルッソ氏(Edward Lorusso)が仕掛人で、220名の賛同者を集めて成功を収めています。同年11月にはソフトウェアVIVAで修復作業を行ったデジタル版が完成。その後米グレイプヴァイン・ビデオが同作を正式にカタログ化。2022年夏に発売されたのが今回入手したエディションです。
ちなみに『マリー・ドロ秀作選』装丁を手掛けた人物が翌年クラファン展開したオリーブ・トーマスの旧作もグレイプヴァインでカタログ化されています(当サイトも推していた1919年『アウト・ヤンダー』です)。クラウドファウンディングを起点に秀作を発掘していく流れが2020年代らしいです。
[IMDB]
Marie Doro
[Movie Walker]
マリー・ドロ