1922 – 9.5mm 『ナヌークの仕事と愛』『氷の國の子供たち』(『極北のナヌーク』より) 1920年代後半 米パテックス社プリント

9.5ミリ (米パテックス) & 映画史の館・合衆国より

Nanook’s Labor and Love & Children of the Ice Lands
(from Nanook of the North, 1922, Les Frères Revillon, dir/Robert J. Flaherty)
Late 1920s US Pathex 9.5mm Print

人は凡庸な劇映画より美しき記録映画に心を動かされるのではないのでせふか。『極北のナヌーク』を観た私がさめざめと涙を流したと話す必要がございますでせふか。

「回想録」 スタシア・ナピエルコウスカ(1923年)

On est plus ému par un beau film documentaire que par un film dramatique médiocre? Dois-je avouer que j’ai pleuré à Nanouk?

Mes Souvenirs / Stacia Napierkowska (1923)


フラハティによる『極北のナヌーク』の9.5ミリ版は2つの系統が存在しています。

1)欧州20メートル3巻物

英パテスコープ社、仏パテ社のカタログ番号「10147」「10164」「10165」で発売されていたフィルムでそれぞれ『エスキモー:家族生活』『エスキモー:食料事情』『エスキモー:セイウチとオットセイ猟』と題されています。発売時期は1927年初頭。

元作品のストーリー性や登場人物の個性は消してしまい、エスキモーという民族の生態・生活様式に特化した編集となっています。この3巻物は当時非常に人気があってドイツ、ポルトガルなど多くの国で各国語の字幕に差し替えて市販されていました。

2)米国20メートル8巻物

米パテックス社は「T番」(旅行/トラベル)のカテゴリーで8巻に分けたフィルムを売り出していました。発売時期は1926年。

T41 – 『ナヌークの仕事と愛』 Nanook’s Labor and Love
T42 – 『氷の國の子供たち』 Children of the Ice Lands
T43 – 『食料探し』 The Fight for Food
T44 – 『オットセイとの死闘』A Death Battle with the Walrus
T45 – 『氷下に生きる』Living under Ice
T46 – 『世界の白き縁』White Rim Of the World
T47 – 『セイウチ片手猟』Single‐Handed Seal Hunt
T48 – 『シェルターを求めて』Battle for Shelter

こちらのセットは現存数が少なく8巻完全に揃った状態では見た覚えがありません。米パテックス社も在庫の扱いに苦慮していたようで1929年にはT42/44/45/46/48の5巻をひとつなぎにして『極北のナヌーク』の題で追加発売していました(100メートルのコンピレーション「O」カテゴリーのO-17番)。

今回ご紹介するのは最初の2巻、T41『ナヌークの仕事と愛』とT42『氷の國の子供たち』です。


2巻目の『氷の國の子供たち』は水気、湿気に晒されていたせいでフィルムの一部に劣化が目立ちます。それでも作品の美しさは十分伝わってきますよね。

たとえば後年の『アラン』(Man of Aran、1934年)の方が作品の強度は上でフラハティが監督として進化を遂げていった様子を伝えています。ただ『極北のナヌーク』には監督の作意、創造性を超えた何かが入りこんできています。歴史(ヒストリ-)とか人(ヒューマニティ)の言葉で定義されていく何か。ドキュメンタリー映画の始祖の一つでありつつ、フェイク・ドキュメンタリーのルーツでもある二重性を配慮してもなお、文明に侵されていない無垢な世界がどこかに存在するかもしれない、そう夢想させるだけの不思議な力を備えています。公開時、スクリーンを前に「さめざめと涙を流し」ていたのはナピエルコウスカ一人ではなかっただろうなと思います。

[Movie Walker]
極北のナヌーク

[IMDb]
Nanook of the North