1926 – 9.5mm 『陸の人魚』 (日活大将軍、阿部豊監督) 伴野商店プリントを見る

フィルム館・9.5ミリ (伴野商店) & 映画史の館・日本 より

Sunada Komako in Riku no Ningyo (1926) Banno 9.5mm Print

先日、伴野商店版の『陸の人魚』のスキャンを行いました。金属ケースの錆びつきがフィルム面にまで及んでいて、スキャナーにダメージを与えないか恐々しながらの作業ではありましたが無事完了。一旦デジタル動画化して試聴してみました。

結論から言ってしまうと、「人様にお見せできる状態ではない」映像ではありました。

スキャンデータを保存したフォルダはこんな感じ。ほぼすべてのフレームで画面が大きく流れており申し訳程度に映像が残っている…修復すれば何とかなる段階は通り過ぎています。あと80年、せめて50年早く見つけておきたかったです。

それでも字幕や原作小説を手掛かりに、作品の流れを掴むに十分な程度の動画にはなっていました。個々の齣のダメージが大きくても、一連の流れになることで場面や俳優の動きが伝わってくる感じです。

先日紹介した『太刀風』はチャンバラ場面を見せることに特化し、作品の全体像を無視して冒頭のみを抜粋した形になっていました。『陸の人魚』は逆のアプローチをとっています。字幕説明と一時停止による静止画を多用し、物語のハイライト場面をできるだけ多く取り上げてドラマの起承転結が伝わるような構成になっていました。

伴野版は大きく分けると3つの物語要素からなっています。

1)水曜音楽会

菊池寛の原作小説では前半の「水曜音樂會」「優劣」「返報」の章段に当たる部分で、軽井沢で開催された音楽会が舞台となり、敏子(砂田駒子)が演奏を披露した後、飛入り参加の麗子(梅村蓉子)が喝采を浴びて敏子が激しく動揺、嫉妬し、復讐を誓うエピソードが描かれています。

なお、敏子を親族友人が讃える場面でのショートボブの女性は麗子の妹・久美子役の峰吟子さんです。


 盛装して濃い化粧をしてゐる彼の女は可なり美しく見えた。そして、演壇の中央に持ち出したグランド・ピアノに對して悠然とすわつた姿も惡くはなかつた。

 彼の女は、まさしく今宵の音樂會の明星であつた。

「水曜音樂會」『陸の人魚』 菊池寛


 麗子の彈奏は、敏子の夫のやうに、無理がなかつた。自分の力に及ばない難曲を彈いて手柄にしようとするやうなさもしい所がなかつた。十分自信のある落着を以て、幾度も手にかけた曲目を、しつとりと彈き出したのであつた。その上、彼女は音樂家として、敏子などが逆立ちをしても及ばないやうな素質があつた。その素質が、夜光珠のやうに光つてゐた。

「優劣」


 『自分が、晴の彈奏に飛入をしてケチをつける。何といふ不快なことをする人だらう。覺えていらつしやい!この返報はきつとしてあげますから。』

   敏子は、自分一人で口惜し涙をこぼしながら小聲でいつた。返報といふ言葉が、彼女の心をいくらか明るくしてくれた。[…]

 『覺えていらつしやい!今宵の仕返しのために貴女からあらゆる幸福を奪つて上げますよ。』

「返報」


2)北川の婚約

伴野版プリントでは字幕一つと静止画一枚のみで展開されている短い場面。原作では中盤の「縁談」から「諾否」辺りに相当。復讐心にかられた敏子が麗子の彼氏・北川(山内光)を我が物としようと画策、最終的には権力者の父の手助けを得て婚約にこぎつける流れです。


 敏子は、少女時代から、自分のほしいものは、何でも父に賴んでゐた。[…] 北川の事だつて、父に思ひ切つて打ちあけたら……。彼女はさう考へた。

「縁談」


3)帝国ホテルでの披露宴と東京駅の待ち人

止むにやまれぬ事情から縁談を受けた北川が敏子と帝国ホテルで披露宴を挙げている場面と、話を知った麗子が病身を押して上京、東京駅に辿りつき、披露宴中の北川に電報を送って男を待ち続ける場面が交互に描写されていきます。原作では「嫁ぐ人」「最後の策」「一つの爆彈」「新婚旅行」に対応する流れです。


 だが、彼女は泣いてゐるときではないと思つた。彼女はどんな事があつても北川がまだ結婚式をあげない中に、まだ敏子とほんとうの夫婦にならない中に北川の背信を責めずには居るものかと決心した。たとへ中途で血を吐いて倒れても上京せずには居るものかと決心した。

「嫁ぐ人」


 敏子の友達らしい盛装した令孃が孔雀のやうな驕艶さを示して、ハイカラな姿勢でお辭儀をしながら、通りすぎてゆく。

「一つの爆彈」


 敏子の結婚式には、きつと多くの名士や貴婦人たちが列席してゐるだろう。北川を自分から奪ひ去つた敏子は、今晴の結婚披露宴でさうした人々の祝辭を受けて、華やかな人生の旅を祝福されていゐる。それだのに北川を奪はれた自分は浮浪人か何かの樣に待合室の一角に、到底來る當もない人を待つて驛員に怪しまれる。

「新婚旅行」


『陸の人魚』はヒロイン二人の対立を軸とし、知人や親族の様々な思い・動きが絡みあうことで大きなうねりを持ったドラマになっています。伴野版は大筋のみの紹介ではあるものの、個性の異なる二人が女性のプライドをかけて火花を散らす物語なのだ、と最低限の骨格が伝わるようになっていました。

一方、9.5ミリ版は結末部分(麗子と北川の決断)を含んではいません。このフィルムを見ただけではオチが分からないのです。ネタバレを避けた構成には「続きは映画館で」の発想が含まれているように思われます。名作映画の家庭用保存版ではなく、公開を控えた(あるいは公開中)作品のパイロット版、予告編的な意味あいで製作されたのではないでしょうか。映画公開と同じ1926年秋に市販され、短期間限定で流通していたフィルムであろうと見ています。

[JMDb]
陸の人魚

[IMDb]
Riku no ningyo