ポーリーン・カーリー Pauline Curley (1903 – 2000) 米

Pauline Curley 1920 Autographed Photo
Pauline Curley 1920 Autographed Photo

ポーリーン・カーリー嬢はマサチューセッツ州ホルヨークで生を受けた。舞台女優としてのキャリアは劇団に入った5才で始まっている。寄席演芸で一幕劇の寸劇『ダディ・バイ・エクスプレス』を披露しながら全米を回り、1914~15年にかけては「ポリガミー」で評判を呼んだ。映画女優のキャリアはハーバート・ブレノンが製作した『ロマノフ朝の最期』(1917年)が皮切りとなった。その後『ドグラスの跳ね廻り』でダグラス・フェアバンクスと共演。その他の出演作としては『故郷への道』『男の血』『孤独な罪』『愛の林檎』などがある。最新出演となった連続活劇『見えざる手』ではトニー・モレノ氏との共演となった。身長は五尺三寸、體重は十四貫、金色の髪にヘイゼルブラウンの瞳を有する。

ボストン・ポスト紙1921年4月2日付の紹介記事より

Pauline Curley was born in Holyoke, and her stage career began at the age of five, when she entered stock. She made a coast-to-coast tour in vaudeville in an one-act playlet, « A Daddy by Express. » She scored a hit in « Polygamy » during 1914 and 1915. Her screen carrer started with Herbert Brenon’s production, « The Fall of the Romanoffs. » Later she played with Douglas Fairbanks in « Bound in Morocco. » She has also appeared in « The Turn in the Road, » « The Man Beneath, » « The Solitary Sin » and the « Love Apple. » Miss Curley plays opposite Tony Moreno in the latest and last serial « The Invisible Hand. » She is five feet four inches tall, weighs 115 pounds and has blond hair and hazel eyes.

« Pauline Curley » Boston Post, April 2, 1921.

芸人一家の子として生まれ早くから舞台を踏み1913年から映画業界にも進出。滑り出しは上々で、フェイマス・プレイヤー・ラスキー社を拠点とし、ダグラス・フェアバンクスや早川雪洲作品でヒロイン~準ヒロインを務めていきます。また1919年、キング・ヴィダー監督が『故郷への道』で長編デビューを飾った際、知人の勧めでポーリーン・カーリーをヒロイン役に招いています。

pc02b
『男の道』(1919年、上)と『国境の掟』(1923年、下)

やや特殊な家庭環境で育ち、母親の監視、拘束が強い中で1922年にカメラマンと結婚。この前後を境に大手会社の庇護を離れ、レオ・マロニーやキット・カーソン主役のB級西部劇への出演にシフトしていきました。夫のキャリアが安定したこともあり、1930年には映画界を離れ家庭に専念しています。

Pauline Curley on Who's Who on the Screen (1920)
『銀幕名鑑』での紹介ページ

興味深いことに、彼女の出演した1920年代の低予算ウェスタンは型通りの演技をしていた10年代以上に生き生きとしたものでした。大手西部劇では当たり前だった「かよわい女性」を離れた役柄に挑戦した女優として再評価されて良いと思われます。

[IMDB]
nm0192763

[誕生日]
12月19日

[出身地]
米(マサチューセッツ州ホルヨーク)

マーゲリット・クラーク Marguerite Clark (1883 – 1940) 米

Marguerite Clark Autographed Photo (1921)
クラークは19世紀最後の年(1900年)に舞台デビュー、映画女優の契約を結んだ時にはすでに15年のキャリアを積んだベテランでした。1916年に映画『白雪姫』に主演。年齢的には三十台半ばでしたがそうは思えないほど見事に少女役を演じきっています。

1918年モーション・ピクチャー誌による人気投票ではメアリー・ピックフォードに次いで堂々の2位を獲得、1920年に引退しています。こちらのサイン入り写真は仏コレクターのジュール・デロルム氏の旧蔵品で、裏面に「1921年7月4日受領」のメモ書きが残されていました。

[IMDB]
nm0164244

[誕生日]
2月22日

[出身]
合衆国

ジュヌヴィエーヴ・フェリクス Geneviève Félix (1901 – ?)

「フランス [France]」より

Geneviève Félix

第一次大戦後にフランス映画界が停滞期に入ったタイミングで登場、1919年~25年に映画数本に主演するも忘れ去られていった女優さん。『ロヴェルのお嬢さん』が9.5mmで現存しています。

当時の仏映画がそのポテンシャルを活かしきれなかった印象もあります。こちらは仏パテ社が自社スタジオで撮影した写真に直筆サインがほどこされた一枚です

[IMDB]
nm0299649

[誕生日]
4月21日

[出身]
フランス

[撮影]
Pathé Consortium Cinéma

[サイズ]
16.8 × 22.8cm

[コンディション]
A-

モリー・マローン Molly Malone (1888 – 1952) 米

「 合衆国・カナダ・オーストラリア [USA/Canada/Australia]」より

Molly Malone c1920 Autographed Photo
Molly Malone c1920 Autographed Photo

コロラド州のデンバーで一千八百九十七年二月二日に生れ、加州と南アフリカで初等教育を受ける。一千九百十六年ラスキー社に合流し、後ユニヴァーサル社とロバートソン・コール社にてハリー・カレイ氏と共演す。現在はゴールドウィン社に所属、「素晴らしい人生」で見事な演技を見せた。戸外活動の実力は折紙付きで水泳を得意とする。部屋の飾りつけを研究しては実演し、ハリウッドの自宅は手作り品で煌びやかに飾られている。身長は五尺二寸、體重は十二貫で褐色の髪と瞳を有する。

『銀幕名鑑』(ロス出版社、1920年)

Molly Maolne was born in Denver, Colorado, Feb. 2, 1897 and received her early education in California and South Africa. She joined Lasky in 1916 and later played with Harry Carey in Universal Pictures and in Robertson-Cole Comedy Productions. She is now with Goldwyn where she did splendid work in « It’s a Great Life. » She is a confirmed out-door girl, and excels in swimming. Her hobby is the study and execution of interior decorating and her pretty Hollywood home is resplendent with her own handwork. She is five feet one and a half inches high, weighs a hundred pounds and has brown hair and brown eyes.

Who’s Who on the Screen (Ross Publishing Co., Inc. New York, 1920)

[IMDB]
nm0540485

[Movie Walker]
モリー・マローン

[出身]
合衆国(コロラド州デンバー)

[誕生日]
12月7日

[サイズ]
20.0 × 15.0 cm