1926 – 9.5mm 『彌次喜多』(『新作膝栗毛』、日活、中山呑海監督)伴野商店版

「伴野商店」より

”Shinsaku hizakurige” (1926, Nikkatsu, dir/Nakayama Donkai)
Late 1920s Banno Co. 9.5mm Print

長屋の薄い壁の向こうから漏れ聞こえてきたのは夜逃げの相談である。そつと覗きこむと借金取りに追われた弥次と喜多が江戸を離れ伊勢参りに向かうとのことであつた。

今生の別れやもしれぬとあり、お調子者の二人の目にもきらりと光る涙があつた。ご近所仲間も別れを惜しみ、路銀の足しにと小銭を持ち寄るのであつた。

いざ出発。しかし桟橋に着いた時にはすでに舟は出たところであつた。「オーイ待つてくれー」、二人の声は船頭には届かない。舟を追って海に飛びこんだ弥次喜多の頭はやがて波間へと消えていく。前途多難な出立であつた。

20メートルの1リール物として発売された伴野初期の9.5ミリ作品。タイトル「彌次喜多」の後すぐに物語が始まっていて出演者や製作会社のクレジットがありません。手持ちカタログでは小泉嘉輔主演となっており1926年に公開された日活作品『新作膝栗毛』の一部のようです。彌次(小泉嘉輔)と喜多(児島三郎)が伊勢参りに出発する長編喜劇の冒頭を抜粋した形。

スキャン画像が綺麗ではなくスキャナー設定を失敗したと思いました。やや淡めでコントラストが低く、グラデーションの滑らかな画質…これってよく見るとパンクロマチック・フィルムの質感にも見えます。オルソクロマチックからパンクロに切り替わった最初の劇場公開作品はフラハティ監督『モアナ』(1926年1月)。日本でもすぐに大手が追随し、同年中には幾つかのパンクロ白黒フィルム映画が製作されていた可能性があるな、と。

『新作膝栗毛』公開は尾上松之助逝去の翌日の9月12日。この3カ月後には大正天皇が崩御し元号が変わります。この年の8月にはヴァイタホンで効果音を一部同期させた『ドン・ファン』のプレミア上映が行われていて翌年の『ジャズ・シンガー』の布石となっていますし、オルソからパンクロへとフィルムの種類も変わっていく…1926年は様々な意味で「変化」の年でもありました。

中山呑海監督のお孫さんがこんなツイートを残されています。

[Movie Walker]
新作膝栗毛

[IMDb]
Shinsaku hizakurige

[公開]
1926年9月12日

[9.5ミリ版]
伴野商店

[9.5ミリ版タイトル]
彌次喜多

[カタログ番号]
24

[フォーマット]
20m×1、ノッチ有、白黒無声

1917 – 9.5mm 『淑女騎手』(トライアングル社、ロイ・ウィリアム・ニール監督、エニッド・ベネット主演) イタリア語版

9.5ミリ 劇映画より

Enid Bennett in « They’re Off » (1917, Triangle Film, dir/Roy William Neil) late 1920s 9.5mm Italian Version

株式で財を成したダニエル・ハケット氏が娘のリタ(エニッド・ベネット)と共に南部を旅行中、車が故障して足止めを余儀なくされた。修理中にふと趣のある古い一軒家に目がとまる。「こんな家が持てたらいいのに」、娘の言葉にダニエル氏は交渉に乗り出した。

一軒家ではランドルフ(ローランド・リー)という青年が執事(リンカーン・サミュエル)と生活していた。小切手帳を手にしたダニエル氏の提案をランドルフは拒絶、交渉は物別れに終わった。

ランドルフが煙草に投資していると知ったダニエル氏は手を回して市場に介入する。予想外の株価暴落にランドルフは成すすべくもなく、不動産を手放さざるを得なくなった。かくしてダニエル氏が豪邸の新たな持ち主となったのであった。

ダニエル氏は娘と知人たちを邸宅へと招待した。雰囲気のある間取りや装飾にリタは大喜びであったが、離れの厩舎で沈痛な面持ちの青年と出会う。家を失い、今は執事のモーゼとともに離れの厩舎を住まいとしているランドルフであった。父親が不当な手を使って館を手に入れたと知ったリタは憤慨、一策を案じて青年の力になろうとする。

地元の競馬場には多くの観客が集まっていた。その中には双眼鏡を片手にしたダニエル氏の姿。自身の持ち馬の優勝を確信していたが、その後を対抗馬が猛追してくる。この対抗馬に乗っていたのは騎手姿に身を包んだ娘のリタであった…

軽めの恋愛劇とスポーツ物を組みあわせたトライアングル社1917年作品。この年ハリウッドデビューしたばかりのエニッド・ベネットを売り出す発想が強く、ドレス姿や乗馬服姿にドレスアップしたヒロインを強調する場面が目立ちます。ベネット自身の演技はまだ感情表現や動作が荒削りで良くも悪くもそれが初々しく画面に出ています。

最後に収められた競馬の場面について補足をしておきます。

父親ダニエル氏の持ち馬の名前が「WASP」、同氏が娘リタに与えた黒い馬の名前が「SATAN」。レースではリタの騎乗する黒馬「SATAN」が「WASP(ホワイト・アングロサクソン・プロテスタント)」を打ち負かす展開となっていきます。北の善良なヒロインの助力を得つつ、南部の弱者が差別構造を打ち破っていくアレゴリーと読むことができるのでしょう。脚本が後に西部劇監督として名を上げるランバート・ヒルヤー(Lambert Hillyer)である事実と併せて考えてみると興味深いものがあります。

9.5ミリフィルムは1926年に発売されていた英パテスコープ版3巻物の字幕をイタリア語に置き換えたもの。以前に紹介した『快漢ブレーズ』と同じ伊コレクターの旧蔵品で3巻とも冒頭が欠けており、フィルム途中に切れや傷、焼け跡が目立つ状態でした。

[IMDb]
They’re Off

[Movie Walker]


[公開]
1917年8月19日

[9.5ミリ版]
イタリア語字幕版

[イタリア語版タイトル]
L’Amazzone

[カタログ番号]
10-050

[フォーマット] 20m×3、ノッチ有、白黒無声

1922年頃 35ミリ齣フィルム30枚(米パテ社連続活劇とロイド喜劇)

35mm nitrate film fragments (positive, toned) on pierced papers, c1922
Eddie Polo, Charles Hutchison, Harold Lloyd etc.

1922~23年頃と思われる35ミリ齣フィルム30枚のコレクション。切込み(スリット)を入れた自作台紙3枚にまとめたものです。幾つかの齣では縁の部分にメーカー名(丸印に「愛」「平」「モ」)を見て取れます。

エディ・ポーロ 1922年『キャプテン・キッド』

チャールズ・ハッチソン 1922年『スピードハッチ』

ハロルド・ロイド 1922年『豪勇ロイド』

ウォーレス・リード 1922年『ゴーストブレイカー』

1910年代から連続活劇で活躍していたエディー・ポーロが一番多く、次いでチャールズ・ハッチソン、ハロルド・ロイド、ウォーレス・リードの順になっています。いずれも本国では1922年に公開、齣フィルムもこの時期と見て良さそうです。

旧所有者さんが連続活劇好きだったのは疑いの余地のない所。女優を主人公にした作品はなく、またアントニオ・モレノのような華奢な美形男優ではなくエディー・ポーロやハッチソンなど肉体派を好む傾向を見て取れます。

男優の裸身(しかも肉付きや筋肉を強調するポージング)が多いのも偶然ではないのでしょう。1922年頃、大正末期の日本でよほど気心の知れた相手との内緒話でもなければ「男優の裸体に妄想を掻き立てられる、興奮する」と公言するのは不可能でした。家族に見つかった女学生は映画館立入り禁止でしょうし、既婚女性であれば三下り半、男であれば社会的に抹殺されてもおかしくない時代です。それでも業界は一定のニーズがあると分かっていてこういった場面を投入している訳です。

ヘレン・ホームズ~パール・ホワイト~ルース・ローランドなどを中心に流れていく連続活劇史そのものがヘテロ男性の見方なのだろうなと、以前から薄々は感じていました。異なった性的指向の人には全く違った風景が見えている。映画史そのものが違う。当たり前といえばその通りで一世紀前のリアルな物証を目の当たりにして新鮮な驚きはあります。

1920 – 8mm 『キスメット』(オーティス・スキナー主演、ルイ・ガスニエ監督) 米ブラックホーク社プリント

« Kismet » (1920, Waldorf Photoplays Inc., dir/ Louis J. Gasnier)
US Blackhawk Standard8 Print, with Paul Killiam Annotations

1920年前後のハリウッドではエキゾチックな設定を生かしたドラマや恋愛物がひとつの人気ジャンルとなっていました。ルドルフ・ヴァレンチノ主演の『シーク』や『血と砂』へと発展していく傾向で、中世のバグダッドを舞台にした1920年作品『キスメット』も大きくはこの流れに含まれています。

米ブラックホーク社の8ミリ版は作品全体を展開しているものではなく、映画史家ポール・キリアム氏の字幕解説コメントを中心とし、同作の見どころをまとめていく形を取っています。

『キスメット』の見どころの第一はその主人公。同作は元々舞台での人気作を映画化したものです。悪徳カリフに妻と息子を奪われ、今は物乞いとして暮らしている中年男ハジの復讐を描いた物語で、舞台版で主演を演じたオーティス・スキナーが映画版でもハジ役を務めています。スキナーはこの時点で還暦を越えているベテラン俳優。アイドル人気を博す要素はほとんどありませんが長年舞台で培った演技力は際立っており、登場の瞬間から生き生きした表情や動作で画面を支配していきます。

第二の見どころは豪華な設定…と続いていくものの、正直そこまで圧倒される感じはありませんでした。8ミリの解像度はこういった豪華絢爛なセットや衣装の凄みは伝えきれない気がします。

権力争いに巻きこまれ、ハジは豊かな皇子であると身分を偽って宮殿内に入りこみます。このとき冷遇されているカリフの妻とハジの間に恋愛感情が生まれてきます。妖艶な妻を演じたのは1910年代に娘役として活躍したローズマリー・セビー。1920年代前半のハリウッドらしいエキセントリックなファッションが目を引きます(リアルのイスラム圏の人は違和感を覚えそうですが)。

最後の見どころして挙げられていたのが「アイリス・エフェクト(瞳/絞り風の表現効果)」を使用した場面。

この見せ方は素敵。映画史の教科書に載って良いレベルだと思います。作品後半の物語展開に軽く触れてフィルムは終了。

ポール・キリアム氏は戦後、無声映画を紹介するテレビ番組のコメンテーターを務めていました。1950~70年代アメリカでサイレント映画に慣れ親しんだ世代には良く知られた人物でもあります。ブラックホーク社がその番組の権利を一部取得しており、同社の8ミリにはこれらのテレビ番組をダイジェスト化した作品も多く含まれています。こちらの『キスメット』も同様の経緯で生み出されてきたものです。見どころをピンポイントで説明してくれる啓蒙的な性質のフィルムで、言われないと気づかないままだった情報も多く含まれていて思った以上に楽しめる内容でした。

8ミリ版で触れられていなかった重要なポイントが一つ。『キスメット』の監督はパール・ホワイト初期連続活劇を担当したルイ・ガスニエでした。『ポーリンの危難』と『拳骨』で他作が霞んでしまう傾向がありますが1920年の『キスメット』や1932年の『トパーズ』など節目節目で秀作を生み出してきた戦前実力派、本作でもそのセンスを確認する事ができます。

[IMDb]
Kismet

[Movie Walker]
キスメット

[公開]
1920年11月14日

[8ミリ版]
米ブラックホーク社

[カタログ番号]
860-535

1930年 – 9.5mm 『復興帝都御巡幸』(原題『輝やく大東京』 撮影・大日本教育映画協會 伴野商店版)

小特集【関東大震災と9.5ミリ映画】
「伴野商店」より

« Imperial Visit to the Reconstructed Capital » (March 1930)
c1930 Banno co. 9.5mm Print

震災から6年半、当時の金額にして7億円以上の巨費を費やした東京の復興計画(土地区画の整備、インフラ再建)が一区切りつき、1930年3月に復興帝都祭が開催されています。3月24日の昭和天皇による首都巡幸を記録した映像がこちら。

ルートとしては皇居出発後に九段坂上~府立工藝學校~上野公園~隅田公園~震災記念堂~市立千代田尋常小學校~私立築地病院と移動し皇居に戻るもので、所要時間は4時間40分を予定していました。

原題は『輝やく大東京』、撮影は大日本教育映画協會。明記されていませんが東京市教育局による製作。大阪芸術大学、京都のおもちゃ映画ミュージアム等が35ミリ版断片を所有しており、旧東京国立美術館フィルムセンターの企画「発掘された映画たち 2009」で南湖院コレクションの一部として15分全長染色版が上映された記録も残っています。伴野9.5ミリ版は字幕を入れて7分程の長さで約半分のダイジェスト版。ちなみにフィルムセンターは『輝やく大東京』と『復興帝都御巡幸』を別作品とみているのですが、本サイトでは編集と改題を経た同一作と解釈しています。

「皇室とメディア」は戦前から戦後まで続いていく重要なテーマですし、都市デザインや都市計画の視点で見ても発見が出てきそう。何より1920年代後半期(昭和元年~5年)はまだ大正期の文化が残っていてこの昭和6、7年辺りから本格的に「昭和的なもの」が形を取ってきた感覚があります。震災からの再生、首都のリセットを意味するこのイベントも一つの節目となったのかな、と。

[原題]
輝やく大東京

[制作]
東京市教育局

[フィルム版メーカー]
伴野商店

[カタログ番号]
278

[フォーマット]
20m×2巻 無声字幕あり(第一巻の冒頭タイトル部欠)

1923 – 9.5mm 『震災に見舞われた日本』 (仏パテ版)

小特集【関東大震災と9.5ミリ映画】

« Tremblement de terre au Japon » 1923 French Pathé 9.5mm Print

仏エクレール社が制作した関東大震災の記録映画。東京と横浜の被災状況を捉えた映像で後半には救援隊が訪れる様子が映し出されています。

本作品の最後には人々が救助の船に乗りこんでいく映像が収められ「怪我人優先」で作業が進んでいきます。甚大な被害にも関わらずパニックは見られず、秩序の保たれている様子が伝わってくるものです。地震直後は情報インフラが寸断され正確な状況が伝わりにくかった中で、心を痛めていた国外在住の邦人や関係者にとってこういった短い動画でも貴重だったのだろうなと思います。

また2018年春から夏にかけ江戸東京たてもの園で開催されていた「東京150年記念・看板建築展」を訪れた折、会場一角に設置されたモニターで関東大震災関連の動画をまとめた映像が公開されていました。ふと見覚えのある映像が出てきたのがこのフィルムの抜粋でした。里帰りした映像は後世に歴史を伝える役割を果たしてくれています。

[原題]
Tremblement de terre au Japon

[制作]
仏エクレール社

[フィルム版メーカー]
仏パテ社

[カタログ番号]
655

[フォーマット]
10m×1巻 無声字幕 白黒 ノッチ有

1924 – 9.5mm 『日本、震災のその後』 (仏パテ版)

小特集【関東大震災と9.5ミリ映画】

« Au Japon : après le cataclysme » 1924 French Pathé 9.5mm Print

同時に紹介している『震災に見舞われた日本』 の続編的な一本。前作が災害の切実さ、深刻さを伝えようとしていたのに対し『震災のその後』では支援活動や復興に向けた動きなどが収められ、人々の表情にも希望と明るさが戻り始めています。

10年程前に最初に手に入れた9.5ミリの一つで、仏フィルムコレクターが日本関連の作品6本(『震災に見舞われた日本』『震災のその後』『日本の芸者』『日本冬景色』『日本の七宝焼き』『日本の象牙細工』)をポッソ社製60メートルリールにまとめた形になっています。パテ社の9.5ミリ初期カタログには日本を扱った作品が多く、確認できている限りで16~17作ほどの動画が市販されていました。外国、特にアジア圏を扱った数としては異例の多さで、前世紀のジャポニスムなどの影響で日本への関心が高かった様子を伺い取ることができます。

[原題]
Au Japon : après le cataclysme

[フィルム版メーカー]
仏パテ社

[カタログ番号]
682

[フォーマット]
10m×1巻 無声字幕 白黒 ノッチ有

1916 – 9.5mm 『快漢ブレーズ』(米トライアングル社、ダグラス・フェアバンクス主演、ジョン・エマーソン監督) イタリア語版

9.5ミリ 劇映画より

« The Americano » (1916, Triangle/Fine Arts Film Company, dir/John Emerson) 1920s 9.5mm Italian Version

鉱山技師のブレーズ(フェアバンクス)の元にカリブ海の小国パラゴニアから仕事の依頼が舞いこんだ。鉱山の再開作業に手を貸してほしいと云ふのである。一旦は斷つたブレーズであつたが、帰り際に垣間見た同国大統領の令嬢フアナ(アルマ・ルーベンス)の美しさに心惹かれ前言を翻すのであつた。

パラゴニアに到着したブレーズ。しかし市民の様子がおかしい。話を聞くと大統領バルデス派と軍部のエスパダ大臣の対立が激化し、バルデスは監獄に幽閉され、娘フアナも自宅に軟禁されたのだと云ふ。バルデス宅に入りこんだブレーズ青年。男の姿に目を留めたフアナは小さな毬にメッセージを添へ窓の外に投げ放ち助けを求めるのであつた。

ブレーズ青年の動きを警戒したクーデター派はその一挙一動を監視していた。カフエのテラスで食事中のブレーズの元に貧しい身なりの物売りが声をかける。此の物売りこそ、大統領を救はんと身をやつした首相カスティーユ(トート・デュクロウ)であつた。カスティーユに案内され監獄付近を探索していると「1899年11月23日」の文言がしたためられた紙片を発見。その謎を解くべくブレーズは再度フアナの元に向かう。

政変は成功したかに見えた。フアナは父の命と引き換えにクーデター派将軍(チャールス・スティーヴンス)に嫁ぐよう強要され涙に暮れている。残された時間は少ない。ブレーズらは大統領救出作戦に乗り出した。カリブ小国の命運と青年技師の恋物語の行く末や如何に。

1916年末公開、フェアバンクスにとってトライアングル社最後の作品となった一作。中米の架空の島国パラゴニアを舞台とし、政変の只中で奮闘する青年技師ブレーズの活躍を描いていきます。

トライアングル社での旧作と比べ人間関係やプロットの絡み具合が段違いに複雑。9.5ミリ版は元の1/4程に縮約されていたこともあって展開を追うのに一苦労。アクションの比率も少なく単体のエンタメ作品として見るなら前作『空中結婚』に軍配が上がると思います。一方で単純明快な作品ばかりを作っている状況から脱却したい製作側の思いも伝わってきます。この後独立プロを立ち上げユナイテッド・アーチストに合流していくフェアバンクスの試行錯誤のひとつなのかな、と。

Mildred Harris as a stenographer

小動物の使い方、手のクローズアップ、群衆表現などにスーパーバイザーとして関わったD・W・グリフィスの影響大。また前半に一瞬登場したタイピストの女性に見覚えがあって、確認したところ後にチャップリン夫人となるミルドレッド・ハリスと判明、当時日本でも名の知られていた女優ながら初期出演作の大半が失われていて今回初めて動いている姿を見ることができました。

[IMDb]
The Americano

[Movie Walker]


[公開]
1916年12月24日

[9.5ミリ版]
イタリア語字幕版(※)

[カタログ番号]
10-010

(※)フェアバンクスの初期短編については米パテックス社から『ドーグラスの好奇(Manhattan Madness)』、英パテスコープ社から『ドーグラスの飛行(American Aristocracy)』『空中結婚(The Matrimaniac)』『快漢ブレーズ』の9.5ミリプリントが発売されていました。ドイツやフランス、イタリアなどではイギリス版の字幕を差し替えたものが市販されており、今回入手したのは英パテスコープ版をベースにしたイタリア語版です。

1925 – 35mm 『凸凹の密輸人退治』断章 (スヴェンスク・フィルムインドゥストリ社、グスタフ・モランデル監督) 独プリント

« Polis Paulus’ påskasmäll » (1925, Svensk Filmindustri, dir/Gustaf Molander) 1920s German « Pat und Patachon als Polizisten » 35mm Fragments

先日ドイツのイーベイで題名不詳の35ミリフィルム数本がオークションにかけられていました。そのうちの一本がこちら。

ホテルのレストランで開かれているパーティーが舞台となっていて
 1)仮面姿の女性が燕尾服の男の背後にそっと近づいてキスをして逃げ去る場面
 2)年配の男女4人が談笑し食事をしている場面
 3)仮面をかぶった背の高い男性が投げキッスを送る場面
 4)会食中の女性が嬉しそうに微笑むクローズアップ
と展開していきます。

最初に目に留まったのはクローズアップされたぽっちゃり系の女優さんでした。

Stina Berg in « Polis Paulus’ påskasmäll »

1910~20年代北欧で活動していた名脇役スティーナ・ベウです!見覚えがあったため手持ちのデータを確認したところ1925年公開のスウェーデン作品『Polis Paulus’ påskasmäll』断章と判明しました。日本未公開作品で邦題はなく、英題(The Smugglers 「密輸人」)をそのまま訳出しています。

本作はデンマークの喜劇ユニット「フュー・オ・ビ(Fy og Bi)」が主演した喜劇連作の一作。同シリーズはデンマークのラウ・ラウリッツェン監督の手による物が多いのですが、本作で初めて国外(スウェーデン)の製作会社・監督に委ねられることになりました。

物語はディナ(スティーナ・ベウ)が自身の経営するホテルに姪アンヌ・マリー(リリィ・ラニ)を招待したことから始まります。アンヌ・マリーとステン(エリック・バークレイ)の恋愛模様と、町の警察官(ハラルド・マドセン=凹)と浮浪者(カール・シェンストローム=凸)の追跡劇が同時進行していく中で最後は地元で暗躍している犯罪グループが摘発されてハッピーエンド。

グスタフ・モランデルの監督・演出はこなれたもので喜劇要素を大事にしつつも多層的な展開を上手くまとめあげており、凍りついた湖や森などの美しい自然描写を随所に盛りこんでいます。

オーストリアとデンマークの映画協会がそれぞれ不完全な35ミリ版を所蔵しており、2009年に両者を組みあわせて1時間42分のリストア版が制作されています。入手した断片はこの修復版の中盤、50分20秒~52分40秒辺りに対応している部分でした。

[IMDb]
Polis Paulus’ påskasmäll

[Movie Walker]


[公開]
1925年4月6日

1932 – 35mm 『凱旋』(東活、安東太郎監督作品)

35mm « Gaisen » (1932, Tôkatsu, dir/Tarô Andô) 35mm excerpt

解散した東亞キネマの後継として設立され、短期間(1931年夏から32年後半)活動していたのが東活映画社でした。東亞の残党が多く在籍、この後に誕生した寶塚キネマの原型ともなっています。

東活映画社が活動していた時期、満州事変の影響を受け愛国的傾向を持つ作品が多く作られていました。最も有名な作品が肉弾(あるいは爆弾)三勇士で、東活からも32年3月に『忠烈肉弾三勇士』が発表されています。

その翌月に公開されたのが愛国映画『凱旋』でした。主演は帝キネ〜河合〜東亞で活躍した里見明。脚本は『忠烈肉弾三勇士』と同じ小国京二氏が担当。史実とされている出来事を元にした『忠烈肉弾三勇士』とは異なり『凱旋』は小国氏が原作を担当したフィクションです。

今回入手した35ミリ版は結末近い殉死場面のみの抜粋です。劇場公開版は7巻物の長編で女優陣(都賀静子、浅間昇子、小川雪子)の名もクレジットされており、大陸での戦闘場面だけではなく国内での家族や恋人との物語展開も含まれていたと思われます

[JMDb]
凱旋

[IMDb]
Gaisen

1920年代後半 – 9.5mm 『日光旅行』(伴野商店)

9.5ミリ 伴野商店より

« Visiting Nikko » (Late 1920s Banno 9.5mm Print)

1920年代後半に伴野商店が自社の9.5ミリ作品を展開し始めた当初、御当地物のフィルムはそこまで重要視されていませんでした。カタログ番号70番台辺りから次第に数が増え始め(74番に『日本アルプス』、78番に『日本三景』)、20年代末頃にはカタログ内で結構な比重を占めるようになってきます。『日光旅行』は同社カタログの76番となっていて初期の御当地物9.5ミリに当たります。

カタログの150番台で発売された「新日本八景」のシリーズ(華厳の滝も含まれています)は鉄道省の協力を得て製作されたものでした。文部省ではなく鉄道省扱いなのが興味深い所。1920年代の好景気を受け、整備された国内インフラを活用して旅行の内需を掘り起こしていく目的が見て取れるからです。

訪れたことのある場所を動画で追体験する、未だ見たことのない土地の風光明媚に思いを馳せる…現在「ヴァーチャルツーリズム」と呼ばれるものの雛型とも言えそうな気がします。

[タイトル]
日光旅行

[メーカー]
伴野商店

[カタログ番号]
76

[発売年]
1920年代後半(1927年頃)

[フォーマット]
120m 白黒無声 ノッチ有

1921 – 9.5mm 『僧侶の特権なしに』(ジェームズ・ヤング監督、ボリス・カーロフ他出演) 米パテックス版

9.5ミリ 劇映画より

« Without Benefit of Clergy » (1921, Pathex Exchange, dir/James Young)
Late 1920s US Pathex 9.5mm Print

英領印度の街にアミーラという十六才の少女が住んでいた。家は貧しく、母親は返せなくなつた借金のかたに娘を売り渡そうとする。「豊かな生活をさせてくれる男がお前さんを待っているよ」、その言葉を信じて金貸しの家に向ったアミーラを待っていたのは貪欲な欲望に目を輝かせた薄汚い老人だった。

騙されたと知り、手を振り払つて逃げ出した女。騒動に気づいた通りがかりの英国人の青年技師ホールデンが仲裁に入る。助けられたアミーラの目にはホールデンが神様に見えた。青年もまたアミーラの心の美しさに引かれていく。ホールデンは市街地の一角に豪華な家を建て、アミーラをそこに住まわせるのであつた。

トウタという息子も得て、教会によって祝福はされなくとも二人の結婚生活は幸せに続いていた。だがそんな折に町を襲ったのがコレラの流行であつた。ホールデンが赴任先から戻ると罹患したトウタはすでに息を引き取ったところだつた。

町全体が病魔に侵され、通りには死者が倒れてゐる。妻の身を案じたホールデンは「丘の上に隔離された清潔な一角がある」とアミーラを連れて行こうとするが女は白人女たちの元に身を寄せることはできない、と断るのであつた…

文芸作家キプリングの短編を映像化したもので、英国領インド(現パキスタン)の街ラホーレを舞台とし現地の貧しい娘と英国人技師の悲恋を描いた内容。ヒロインを演じたヴァージニア・ブラウン・フェアーはユニヴァーサル社が発掘、西部劇を中心に売り出し中の新進女優でした。

植民地主義型のメロドラマでいかにも欧米圏から捉えた感じのステレオタイプな描写が多く見られます。さらに原作を忠実に再現しようとしすぎて映画そのものの流れが良くない個所も多々見られます。一方では異人種・異教徒間の恋愛の困難さ、格差社会、女性の性的搾取など原作の提起していた問題も描かれていました。

Boris Karloff as Ahmed (right)

また本作は『フランケンシュタイン』の主演俳優ボリス・カーロフの初期作品の一つでもあります。同氏は本作では英国人技師ホールデンに使えるインド人従者アフメドを演じていました。

本作は16ミリや35ミリでの保管記録や上映記録がなくソフト化もされてこなかった珍しい作品。米パテックス・エクスチェンジ社が公開した経緯から9.5ミリのカタログに含まれています。デビュー間もないヴァージニア・ブラウン・フェアー、ボリス・カーロフの姿を見れただけでも探し出した価値はあったかな、と。

[IMDb]
Without Benefit of Clergy

[Movie Walker]
僧侶の特権なしに

[公開]
1921年6月19日

[9.5ミリ版]
米パテックス版

[カタログ番号]
D25

1930年代中盤・日本 9.5ミリ個人撮影動画 『無題(素人劇)』

9.5ミリ 個人撮影動画 [日本]より

Mid 1920s Japanese 9.5mm Home Movie (Amateur Drama)

道端に座りこんでいた麦藁帽姿の老人。背伸びをしてふと目をやると道路に財布が落ちています。先ほど通り過ぎていった男が落としたようです。

恐々と財布を拾うと中には札束が。はてさて、どうしたものか。

料理屋に向かう男の後ろ姿。うどんを食べて腹一杯、酒も進みます。

店を出たところで、「おい待て」の声。警官に見つかったようです。慌てて逃げだした男、「逃げると撃つぞ!」。哀れ御用の身となるのでした…

…となったらさぁ大変だ。豪遊は夢想に留め、男は財布を届けることにしたのでした。

1930年代中頃~後半に制作された9.5ミリ素人劇。以前に紹介した『無題(草上の昼食)』と同じ東北で撮影された一連の動画のひとつ。短い時間内で起承転結をまとめ道徳的なオチもついています。料理屋の場面では壁の品書きも映っていますが光の加減から屋内ではないようで、戸外に簡易セットを自作したと思われます。

1920年代中頃〜後半・フランス 9.5ミリ個人撮影動画 『無題』(パリ・トロカデロ宮殿と水族館)

« Palais de Trocadéro / Aquarium »
Mid-late 1920s 9.5mm French Home Movie

パテベビー撮影機が出回り始めた1920年代中頃~後半に撮影されたと思われる個人撮影動画。パリ観光に訪れた際の映像を記録した内容です。

エッフェル塔の手前に位置するトロカデロ広場は現在でも観光・撮影スポットとして知られています。この広場に建っているシャイヨー宮は1937年の建立で、それ以前にはトロカデロ宮殿がありました。19世紀後半のパリ万博の折に建設されたオリエンタル様式の宮殿で、今回の動画はその正面を捉えた映像から始まっています。

トロカデロ宮殿の前には4体の彫像が置かれていました。解体に伴い移設され、現在3体(象・馬・サイ)はオルセー美術館に、残りの1体(牛)はニームに置かれています。象とサイの動画に映っている年配の女性は撮影者さんの家族だと思われます。

この後広場近くに位置する水族館に移動。入口に向かう鳥打帽姿の青年が2度映し出されます。たまたま映りこんだ通行人ではなく撮影者さん本人で、先ほど登場した女性(母親)に撮ってもらった可能性が高いかなと。

水族館内で水槽を撮影。ガラス越しに撮影された魚たちが幻想的な動きを見せます。

最後はセーヌ川河畔の風景や往来する観光船の映像で終了。

初期のベビーカメラは暗い場所での撮影を想定していませんでした。屋内撮影、しかも水族館で撮影された個人撮影動画は珍しく驚かされました。

1924 – 9.5mm 『ニーベルンゲン第2部:クリームヒルトの復讐』(フリッツ・ラング監督)1930年代初頭 独パテックス版

フリッツ・ラング関連 [Fritz Lang Related Items] &
9.5ミリ 劇映画 より

« Kriemhilds Rache » (1924, UFA/Decla-Bioscop, dir/Fritz Lang)
Early 1930s German Pathex 9.5mm Print

1930年代初頭に独パテックス社から発売された4巻物のプリント。以前にも何度か紹介(『メトロポリス』『ファウスト』『スピオーネ』)したドイツの無声映画・9.5ミリ映画愛好家、ヴォルフ=ヘルマン・オッテ氏の旧蔵プリントです。

上映時間はオリジナルの約半分の65分程。100メートル×4巻を上映用に200メートルの大型リール×2巻に巻き直しています。傷や汚れ、歪みは少なく大事に扱われていた様子が伝わってきました。

『ニーベルンゲン』には高画質のデジタル修復版(ムルナウ財団2010年版)がありますので通常の観賞はそちらで差し支えないと思います。とはいえオリジナル公開から10年も経たずに発売された9.5ミリ版には修復版と「違う」点も多いため目を通してみる価値は十分にあります。2010年デジタル修復版を収めたDVD・ブルーレイの特典動画『ニーベルンゲンの遺産』(Das Erbe der Nibelungen, 2011)の要点を挙げていくと:

1)撮影現場では2台のカメラが回っていて、同一場面でもアングルや構図の異なるカメラネガが存在している

カメラ2台使いでは左右に並べることが多く同一場面でも角度や構図がわずかに変わります。


2)複数のテイクが残されている

映画撮影ですので一つの場面にOKが出るまで複数回の取り直しが発生します。テイクが変わると役者さんの位置関係、表情、動きも多少変わります。


複数のカメラネガを元にa)ドイツ国内向けネガ、b)海外輸出用ネガ、c)合衆国向けネガの3つの異なった35ミリ上映用ネガが制作された。そしてこの3種類をベースに様々なコピープリントが派生していった

『ニーベルンゲン』上映用ネガは最終的に3種類製作されたそうです。さらにそれぞれのネガを元にトーキー版や小型映画版など無数のヴァリエーションが生み出されていきます。

ムルナウ財団のリストア版はドイツ国内向け上映用ネガをできるかぎり再現したもので、しかも上映用ポジを作るためのネガではなくカメラネガをスキャンすることで高い画質を実現。このアプローチとしては今後これ以上を望めない完成度になっています。

で、手持ちの独パテックス9.5ミリ版。確認して見たところそもそも「ドイツ国内向け上映用ネガ」を基にしていませんでした。

『ニーベルンゲン』9.5ミリ版は英パスコープ社が1931年に市販したプリントが基になっていています。独版は英パスコープ社版の字幕部をドイツ語に翻訳したもので、ネガのルーツを探っていくとUK版=b)の海外用輸出ネガになると思われます。

別に紹介した合衆国のメディアライブラリー旧蔵版16ミリは上のどちらとも違っておりc)合衆国向けネガベースのプリントだと断定して良いと思います。

結末部、ヒロインの死の場面には3つのネガの違いがはっきり出ています。

ドイツ国内向けネガ(左)と国外輸出用ネガ(中央)はトリミング幅が異なるも被写体の位置関係や角度などは同一。ただし手の重なり方を見てみるとドイツ国内向けネガでは右手を上に両手を重ねているのに対し、輸出用ネガでは左手が上になっています。同一カメラの別テイクが使用されているのだと分かります。それに対し米国向けネガ(右)はもう一台のカメラで撮られたネガを使っています

最初から3つのネガを同じように作ろうという計画があったという可能性はとても高い。つまりひとつはドイツ市場のため、もうひとつはウーファの輸出部のため、そしてもうひとつはこのフィルムをアメリカで公開することになっていたパラマウントのためのネガ。当時、いくつかのネガの平行した制作は一般的な慣例だった。[…]

ただ一方で、複数のネガがあるということは、演技、カメラの位置、時間的な長さ、コンティニュイティの点で異同を持つ複数のヴァージョンがあるということを意味している。それはマテリアルを組み合わせようとするときに大きな問題を生み出すことになる。さらに復元者は倫理的な葛藤にも向かい合わなければならない。つまり、いくつものネガを寄せ集めることによって、自分はこれまで存在しなかった形の映画を編集しているのではないか、というジレンマを持つことになるのだ。

ドイツ人研究者M・ケルバー氏の論文「増幅する『メトロポリス』に関するノート」邦訳(訳・矢田聡)からの一節。引用した部分については『ニーベルンゲン』2部作にもそのまま当てはまります。高画質の修復版が完成したと手放しで喜んでいる訳ではなく、特に最後の一文は色々考えさせられるものです。

1924 – 16mm 『ニーベルンゲン第2部:クリームヒルトの復讐』(フリッツ・ラング監督) 英語字幕US版

フリッツ・ラング関連 [Fritz Lang Related Items]より

今年の正月休みに『クリームヒルトの復讐』16ミリ版を鑑賞しました。

2013年4月に入手したもので実写は今回が初めてです。1100フィート2本組で英語字幕、ダブルパーフォレーション無声。上映時間は約63分でオリジナルの半分に編集されています。製作会社のクレジットは無くプリントも無銘ですが、傷が少なく個人で視聴する分には十分でした。

デジタルリストア版の基になったドイツ国内用ネガ、9.5ミリ版の基になった輸出用ネガのどちらとも異なったアングル・テイクを含むもので、UFAが合衆国向けに準備したネガから派生したコピーだと思われます。アッティラ王による求婚をめぐる王家の紛糾、ハーゲンがその在り処を知るニーベルンゲンの財宝をめぐる駆け引きといった前半のエピソードが多く省略され、その代わりにできる限り後半の戦闘場面を残そうとしていました。

この16ミリ版には1)クリームヒルトによる「回想場面」が多く含まれています。前篇『ジークフリート』の名場面が幾つか映し出される趣向はデジタルリストア版には無いものです。2)また結末部、クリームヒルトは本来刺されて亡くなる設定ですが16ミリ版では復讐を遂げたことで精魂尽き果てて息絶える展開に改変されています。

このフィルムはメディア・ライブラリーが旧蔵していた「Ex-Library Film」と呼ばれる類のプリントです。到着した時に図書館名が黒塗りで消されていたので不安になり、消された文字を解読して見ました。アラスカ州の「アンカリッジ市立図書館(Anchorage Municipal Library)」と判明しホームページ経由で確認。「以前に売却処分したフィルムの一つですので持っていて構わないですよ」の回答でホッとしたのを今でもよく覚えています。

スーパー8 『邦画名作抄 美人女優列伝 トーキー時代・スター誕生』

8ミリ 劇映画より

« Legend of The Shochiku Beauties, Chapter 2 : Talkie… Stars Are Born »
1970s Super8 Anthology


1) 戸田家の兄妹(1941年、小津安二郎) 桑野通子、高峰三枝子、三宅邦子、坪内美子ほか [JMDb]


2)信子 (1940年、清水宏) 高峰三枝子、三浦光子、飯田蝶子ほか[JMDb]


3)木石 (1940年、五所平之助) 木暮実千代、赤木蘭子ほか [JMDb]


4)隣りの八重ちゃん (1934年、島津保次郎) 逢初夢子、高杉早苗、岡田嘉子ほか [JMDb]


5)暖流 (1939年、吉村公三郎) 水戸光子、高峰三枝子 [JMDb]

松竹映画史を女優視点で振り返っていくスーパー8版アンソロジーの第二篇。

冒頭を飾るのは小津作品『戸田家の兄妹』。妖婦や悪女役など翳りの多い役柄が多かった桑野通子さん新境地が評価されたものです。続いて高峰三枝子さんが女学校の女性教師を演じた『信子』。しばしば女性版『坊ちゃん』と呼ばれますが、多感な女生徒たちと教師・信子の関係には数年前に日本で公開された『制服の処女』の影響を見て取ることもできます。

ベテラン看護婦(赤木蘭子)とその娘襟子(木暮実千代)の物語を描いた『木石』。母娘二人のコントラスを効かせながら、襟子の出生の謎が次第に解き明かされていきます。8ミリ版ナレーションでは時局を踏まえ、戦前期松竹の最後を飾るメロドラマの位置付けをされていました。

一旦1930年代前半に戻って『隣りの八重ちゃん』に移ります。撮影や脚本、配役に無声期の雰囲気が強く残っている感じ。八重の友人役で瑞々しい存在感を見せた高杉早苗さんが高く評価されていました。

トーキー篇のトリを務めるのは『日本映画史・前編』でも紹介されていた『暖流』。喫茶店での抜粋も含まれています。男一人、女二人の三角関係を軸に進んで行く物語で当時は映画フアンがぎん派(水戸光子)と啓子派(高峰三枝子)に分かれていたエピソードも紹介されていました。

[発売時期]
1970年代

[発売元/製作/提供]
テレキャスジャパン/大沢商会/松竹

[フォーマット]
スーパー8 白黒200フィート(24コマ/秒) 光学録音・テープ付き

スーパー8 『邦画名作抄 美人女優列伝 サイレント時代・草分けの美女たち』

8ミリ 劇映画より

« Legend of The Shochiku Beauties, Chapter 1 : Pioneers from The Silent Era »
1970s Super8 Anthology


1) 伊豆の踊子(1933年、五所平之助監督) 田中絹代、若水絹子ほか [JMDb]


2)松竹スタジオ紹介他


3)不壊の白珠(1929年、清水宏監督) 及川道子、八雲恵美子ほか [JMDb]


4)与太者と海水浴(1933年、野村浩将監督) 井上雪子、光川京子、高峰秀子ほか [JMDb]


5)夜ごとの夢(1933年、成瀬巳喜男監督) 栗島すみ子、飯田蝶子ほか [JMDb]


6)金色夜叉(1937年、清水宏監督) 川崎弘子 [JMDb]

2018年初頭に入手したスーパー8版アンソロジー。トーキー篇の紹介にあわせてこちらもスキャンしました(前回は映写した画面をそのまま撮影)。

田中絹代さん主演の『伊豆の踊子』で始まり、松竹スタジオの外観などを挟みながら井上雪子さん主演の『与太者と海水浴』へ。浅瀬に着衣のまま飛びこんでしまう大胆な展開に。

名作『不壊の白珠』を挟んで『夜ごとの夢』。栗島すみ子さんキャリア後期の作品で子供に頬をつけて泣いている時の表情が圧倒的。最後に『金色夜叉』での寛一お宮のやりとりが紹介されています。どの女優さんも雰囲気ありますね。

[発売時期]
1970年代

[発売元/製作/提供]
テレキャスジャパン/大沢商会/松竹

[フォーマット]
スーパー8 白黒200フィート 磁器録音(24コマ/秒)

1914 – 9.5mm ヘレン・ホームズ主演『ヘレン・ホームズの花嫁争奪戦』(カレム社、J.P.マクゴワン監督)1970年代初頭 英ノヴァスコープ版

9.5ミリ 劇映画より

« The Conductor’s Courtship » (Kalem, 1914, dir/J.P. McGowan)
1970s UK Novascope 9.5mm Print

アレン氏は娘のゲイルを溺愛していた。愛娘の結婚相手には同じ駅に勤めてゐる整備工のビル君を…と考えていたのであるがどうも気に入らないらしい。貨物列車の運転士をしているトムが娘の周りをウロウロしていたため追い払う。男が娘にこつそり手紙を渡していたのには気づかなかつた。

翌日もまたトムがやつてきた。今回もアレン氏は追い払ったのだが、ゲイルは父の一瞬の隙をついて機関車に飛び乗った。トムの手紙の計画通りに駆け落ち成功。一瞬呆然となつたアレン氏、我に返るとビルに命じて機関車を用意させ娘を追い始めるのであつた。

つひに二人きりとなり喜んでいたのも束の間、線路の背後から迫つてくるもう一台の機関車。その先頭にはアレン氏の姿があつた。果たして若き二人の恋物語の命運や如何に。

1914年11月に始まった連続鉄道活劇『ヘレンの冒険』によってパール・ホワイトらと並ぶ連続活劇女王となったのがヘレン・ホームズでした。十数話の現存が確認されておりその一部は廉価版DVDでもまとめられています。

こちらの9.5ミリフィルムは1971年に英ノヴァスコープ社から発売されたもの。『ヘレンの冒険』と銘打っていますが実際はヘレン・ホームズが連続活劇デビューする半年前に出演した単独の初期作。全体としては屈託のないラブコメで、アクションやかっちりした起承転結はないものの自由奔放で快活なヒロインの設定は後にも引き継がれていきます。

ムービング・ピクチャー・ワールド誌 1914年6月号よりカレム社広告欄

1913~1914年前半は「連続活劇前夜」に当たります。以前に紹介したパール・ホワイトのクリスタル期短編がこの時期ですし、カレム社ではルース・ローランドが恋愛短編ドラマや西部劇で人気を博していました。一方カレム社は『若き女電信技手の勇猛』など蒸気機関車を扱った作品を得意としていました。これらの要素がまとまっていくことで無声期の連続活劇で最大規模(全191話)となる『ヘレンの冒険』が生み出されていくことになります。

また本作では父親が蒸気機関車の先頭に立って娘を追っている場面が印象的。似た構図をどこかで見た覚えがあるな…と思ったところ『キートンの大列車追跡』(1926年)でした。

[IMDb]
The Conductor’s Courtship

[Movie Walker]


[公開]
1914年6月23日

[9.5ミリ版メーカー]
英ノヴァスコープ社

[カタログ番号]
S1007

1920s – 9.5mm 『美しい浴客』(仏パテ社/英パテスコープ)

Graceful Bathers (Les Jolies Baigneuses) 1920s Pathé Baby 9.5mm film
Kino Type 9.5 Scanner Digitalization

水の清らかさに誘はれてこの温雅な水神達は、無作法者の目から隠れたと信じて 自由に水を浴びてゐます。パテベビーはあなた方の爲めに 彼女等の面白い飛躍をこゝに現します。

『パテーベビーフヰルム 解説書 No. 1』 (大橋善次郎編集・出版、1926年)

綺乃九五式スキャナーの調整テストの為に短いフィルムを動画化してみました。以前に紹介した『美しい浴客』で、元々ユーチューブに高画質の動画があったためそちらをリンク。動画が削除されていたので綺乃九五式版をアップしておきます。

当初「水着美女」で名高いセネット短編の抜粋と思ったのですが、石橋は欧州風の造り。静止画で確認すると背景に一瞬映りこんだフランス語の看板(「ルー川ホテル Hôtel du Loup」)を見つけることができました。以前、南仏の観光地ルー川周辺で撮影された個人動画を紹介しましたが、同地周辺で撮影された仏パテ社のオリジナル動画のようです。

[タイトル]
Graceful Bathers

[原題]
Les Jolies baigneuses

[メーカー]
英パテスコープ社(?)

[仏パテ社版カタログ番号]
378

[フォーマット]
Cleopatra

10m(ノッチ有)