ゲルダ・マウルス Gerda Maurus (1903 – 1968) 墺

「ドイツ/オーストリア [Germany/Austria]」「フリッツ・ラング関連 [Fritz Lang Related Items]」より

Gerda Maurus Autographed Postcard
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1920年代後半、フリッツ・ラング作品のヒロインに抜擢され『スピオーネ』『月世界の女』の二作で鮮烈な印象を残した女優さん。

Gerda Maurus Autographed Postcard 2

頬骨の高さに挑発的な眼差し、同時代の他の女優と一線を画すシャープな雰囲気を漂わせていました。ラング作品以外の出演作ではフワッとした優しい空気なので落差に驚かされたりもします。トーキー移行後は次第に脇役に回り、戦後に至るまで女優活動を続けていました。

Gerda Maurus in Frau im Mond
『月世界の女』(Frau im Mond、1929年)
Gerda Maurus in Vier junge Detektive
『ちびっこ探偵五人衆』( Vier junge Detektive、1949年)
[IMDb]
Gerda Maurus

[Movie Walker]
ゲルダ・マウルス

[出身地]
オーストリア (ブライテンフルト)

[誕生日]
8月25日

[データ]
・Ross Verlag 3569/2 Fritz Lang-Film
・Ross Verlag 4254/1 UFA 「リシャール・フリペ氏 Richard Frippé」宛の献辞入り

[サイズ]
・8.9 × 13.8 cm
・8.8 × 13.6 cm

ヘルガ・トーマス Helga Thomas (1891 – 1988) スウェーデン

「国別サインリスト 北欧諸国 [Nordic Countries]」より

Helga Thomas Autographed Postcard
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helga-thomas-bio

私は北スウェーデンの子です。五才の頃には生まれ故郷の原っぱでスキーに興じていたものです。運動の素晴らしさ、自然を愛する心持ちはあの時に植え付けられたのであります。

幼心に親に逆らい、舞台俳優の道を志しました。いつ終わるとやらしれぬ果てしない口論の末にようやく許可を頂くことができたのです。

ストックホルムの国立劇場で「オフィーリア」を演じていると一通の電報が届き、ベルリンのUFA社に来ないかとお誘いを受けました。新しい人生の始まりでした。スタジオのライトに照らされた世界が開けてきたのです。ルートヴィヒ・ベルガー監督の下で私の役者人生が始まりました。最初に役を受けたのは『グラス一杯の水(Ein Glas Wasser)』でした。

Ich bin ein Kind des nördlichen Schwedens. Als fünfjäriges Mädchen schon tollte ich aus Skiern über die Fluren meiner Heimat. Der gesunde Sinn für die Schönheiten des Sports und die Liebe zur Natur wurden mir hier für mein ganzes Leben eingeimpft.

Als blutjunges Ding begann ich die Offensive gegen meine Eltern, um den Weg zur Bühne frei zu bekommen. Nach endlosen Debatten willigten sie schließlich ein.

Als ich am National-Theater zu Stockholm gerade die « Ophelia » Spielte, rief mich ein Telegramm nach Berlin zur Ufa. Ein neues Leben begann. Die Welt des Jupiterlichtes tat sich mir auf. Unter Ludwig Bergers Regie begann meine Filmlaufbahn. Meinen ersten Erforg hatte ich in dem Film « Ein Glas Wasser ».

Filmkünstler : Wir über uns selbst (Sibyllen-Verlag, 1928, Berlin)

[IMDb]
Helga Thomas

[Movie Walker]
ヘルガ・トーマス (Helga Thomas)

[出身地]
スウェーデン (ヴェステルノールランド)

[誕生日]
7月8日

[データ]
Ross Verlag. phot. H.W. Mager, Berlin W.

[サイズ]
8.3 × 13.3 cm

アリス・テリー Alice Terry (1900 – 1987)

「合衆国・カナダ・オーストラリア」より

『黙示録の四騎士』の役作りとして、イングラム監督はアリスにフランス語を学ぶよう促した。無声映画の時代ではあるものの、役者が登場人物の言葉をきちんと喋るのが当然だと考える監督たちもいたのである。例えば『第七天国』では少なくともクローズアップ場面でジャネット・ゲイナーとチャールズ・ファレルが仏語を喋っているのを見て取ることができる。[…]

アリスは寛容な考え方の持ち主であつた。ラモン・ノヴァロの親友であり続け、彼が個人的にどのような状況に置かれているかよく分かっていた。1930年代、ノヴァロとバリー・ノートンやその他のゲイの男優たちにハリウッドの夜のゲイスポットに案内してもらった。ゲイ生活をカモフラージュするデコイの役割を引き受けたのである。ゲイ俳優たちといつも一緒だったため、ハリウッド・リポーター誌のゴシップ記者たちは誰をからかっているのか頭を悩ませる羽目になった。

アリス・テリーはフィルム編集でも有能で、達人イングラムから監督術も学んでいた。かくして夫の都合がつかなかったり作業の気乗りがしない時など監督の代理をすることもあつた。

『サイレント・プレイヤーズ』
(アンソニー・スライド著。2002年、ケンタッキー大学出版)

Ingram had insisted that Alice learn to speak French for her role in The Four Horsemen of the Apocalypse. Despite being a silent film, some directors did consider it appropriate that performers speak the language of the characters they were portraying. For example, in 7th Heaven, it is very obvious that Janet Gaynor and Charles Farrell are actually speaking French – at least in the close-ups. […]

Alice was very broadminded. She remained a close friend of Ramon Novarro and was fully aware of his personal situation. In the 1930s, she allowed him, Barry Norton and other gay actors to escort her to gay Hollywood nightspots, thus serving as a « beard » for their gay lifestyles. Her partnering of gay actors led a gossip columnist in the Hollywood reporter to question who she and they were trying to fool.[…]

Alice Terry was a competent film editor and sha had obviously learned direction from a master. Thus, when Ingram became incapacitated and too moody to work, she would take over direction of his features.

Silent Players: A Biographical and Autobiographical Study of 100 Silent Film Actors and Actresses
(Anthony Slide, University Press of Kentucky, 2002.)

レックス・イングラム監督夫人として『黙示録の四騎士』~『ゼンダ城の虜』~『スカラムーシュ』など数々の重要作でヒロインを務めたのがアリス・テリーでした。当時はおしどり夫婦と呼ばれており、実際二人ともそういった演出を続けていましたが、そこまで綺麗ではなかった実態が『サイレント・プレイヤーズ』で綴られていました。

Alice Terry in the Prisoner of Zenda
『ゼンダ城の虜』(1922年)でのアリス・テリー
Alice Terry & Ramon Novarro in Scaramouche
『スカラムーシュ』(1923年)でのアリス・テリーとラモン・ノヴァロ

無声映画期の女優さんとしては最も完璧な「丸顔」の持ち主で、やや面長のヴァレンチノやラモン・ノヴァロと並ぶと画面映えします。

[IMDb]
Alice Terry

[Movie Walker]
アリス・テリー

[出身地]
合衆国(インディアナ州 ビンセンズ)

[誕生日]
7月24日

[データ]
デニス氏宛、女優晩年の1970~80年代ではないかと思われる一枚

[サイズ]
8.4 × 13.2cm

スナップショット歌人としての五月信子 (1894 – 1959)

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悪役によろしといはれ、たゝへられ
 わがいひしらぬもの思ひかな

皆様のみ胸に多く妖婦役としてのみ印されて居るわたくし。おもへば、多少のうら寂しい氣もちがいたさぬでもありません。至難な妖婦役への抱負の萌芽はその頃より、わたくしの胸に培はれてゐたのです。

(『五月信子』五月信子著、1925年)

1925年に公刊された自伝『五月信子』(こちらで閲覧可能)は芸名の由来、下積み時代の苦労話、映画女優となってからの発見など、キャリア初期の出来事を平易な言葉遣いで綴ったチャーミングな書物です。

靜かな散歩の疲れを、「葵」の二階で癒すのがまた堪らないよろこびのひとつでございました。

「砂漠の人影」におけるエルシー・ファーガスンを、「蛇苺」におけるポーリン・フレデリツクを、またはルイーズ・グロームやシーダ・バラの蠱惑的な微笑に、あやしくも胸を躍らすわたくしでございました。

「一頃は、あつばれ、キネマフアンを氣どつたこともありました」とあるように、銀座の金春館や赤坂の葵館に足しげく通って初期映画を楽しんでいたようです。「わたくしはよく、拙い歌にこれらのひとびとの印象をかきしるしておきました。今筐底よりひきだしてそれをみるのも多少の懐舊の情がないでもございません」(144頁)。彼女は和歌を趣味としており、この時期に映画俳優に想いを凝らした歌を多く詠んでいます。

泣き笑ひ君がするとき人情の
その哀れさにしみじみとす
(チャーレイチヤツプリン)

うな垂れて白夜にあつき喝(むね)の火を
つゝまひ居らむ小百合花
(リリアン・ギツシユ)

彼女の歌は技法的に凝ったものではありません。深い情感を伝えるでもなく特異な視点を持っている訳でもなく、強い個性を伺わせるでもない、折々の雑感をまとめたものが大半です。「拙い歌」はさすがに言い過ぎとしても「一流歌人」と称して良いレベルに達していない、とは言えるかもしれません。

Satsuki-Nobuko

それでも五七五七七で歌を紡ぐのが日常の一部になっていた様子は伝わってくるのです。そこには手を加えすぎていない、採れたての自然野菜のみずみずしさや素朴さがあります。五月信子さんにとっての和歌とはそうでもしなければ消えてしまう刹那の雑感を閉じこめ、結晶化させる極私的な手段だったのだと思われます。

大正期には優れた女流歌人が多く登場しており、原阿佐緒らは現在でも高い評価を得ています。彼女たちの歌人としての在り方はとても古典的で19世紀文学を多く引きずっているように見えます。『モデルノロヂオ』が素描きしたように他愛ない日常の断片が積み重なって時代を浮き上がらせていくのが「モダン」であるとするならば、無名の歌好きが引き出しに書きためていた歌たちもまた新しい時代のスナップショットとして評価されて良いのではないでしょうか。

浦波 須磨子 (1909 – 没年不詳) & 千早 晶子 (1908 – 没年不詳)

「日本 [Japan]」より

Uranami Sumako & Chihaya Akiko Autographed Postcard
Uranami Sumako & Chihaya Akiko Autographed Postcard

本名浦波たま子。明治四十一年、東京市日本橋に生る。松竹樂劇部を出て永年舞臺に出演後昭和三年松竹京都撮影所に入社して現在。主な近作は「月形半平太」「天草四郎」「平出造酒」等々。妖婦役が得意。身長五尺二寸、體重十一貫。趣味は麻雀。

「浦波須磨子」『芝居と映画 名流花形大寫眞帖』
(1931年1月、冨士新年號附録)

本名折部房枝。明治四十一年、大阪市に生る。髙等小學校卒業後松竹樂劇部に加はり、昭和元年六月松竹京都撮影所へ入社。主な近作は「血に叛くもの」「かたわ雛」「浪花かゞみ」等。身長四尺九寸、体重十貫六百目。娘役。趣味はダンス。

「千早晶子」『芝居と映画 名流花形大寫眞帖』
(1931年1月、冨士新年號附録)

[JMDb]
浦浪須磨子

[IMDb]
Sumako Uranami

[出身地]
東京(日本橋)

[誕生日]
不明

[JMDB]
千早晶子

[IMDB]
Akiko Chihaya

[出身]
日本(大阪府 大阪市)

[生年月日]
9月27日

[データ]
8.3 × 13.3cm

都賀 静子/靜子 (1912 – 没年不詳)

「日本 [Japan]」より

Tsuga Shizuko Autographed Postcard
Tsuga Shizuko Autographed Postcard

明治四十五年宇都宮に生る。五歳で河合武雄一派の『月魄』が初舞臺、映畫では國活を振り出しに松竹、東亞と轉々とし何れも重要な子役を勤め上げ更にマキノに移つて一躍スターとなつた。主演『戀の守備兵』『村へ來た呑氣者』『狼火』『鈴蘭の唄』等あり、最近では『愛しき彼』『消ゆる舟唄』に出演してフアンの好評を博している。まだ若いから相當に前途を嘱望されてゐるし本人も早く立派な女優になりたいと念じてゐる。好きなものは映畫、雑誌。嫌ひなものは蛇と蛙。

『玉麗佳集』(1928年2月、中央書院)

昭和2年(1927年)2月23日の日付入り。裏面に「髙島千代」とあり、髙島栄一氏の親族の方が所有されていた一枚と思われます。

無声期のマキノ映画娘役として名を知られるようになりましたが1910年代後半から子役として活躍していた長いキャリアの持ち主でした。この後さらに東活~宝塚キネマへと流れていき30年代半ばに引退。戦後1960年前後に東映作品の老け役で短期間カムバックしていた記録が残っています。

[JMDb]
都賀 静子

[IMDb]
Shizuko Tsuga

[出身地]
日本

[誕生日]
5月18日

[データ]
8.5 × 13.5cm

澤村 春子 (1901 – 1989)

「日本 [Japan]」より

Sawamura Haruko Autographed Postcard
Sawamura Haruko Autographed Postcard

本名澤村春子。明治卅四年北海道に生る。裁縫女學校卒業。役所勤めなどの後女優を志し、松竹キネマ俳優學校を經て松竹蒲田に入社。二年の後大正十二年一月より日活に出演す。主な近作は「流轉」「斷魔閃光」「白井權八」等。身長四尺九寸五分。體重十四貫五百目。趣味は三味線、踊り、琴等。

『芝居と映画 名流花形大寫眞帖』
(1931年1月、冨士新年號附録)

以前に紹介した昭和2年の残暑見舞い同様、髙島(栄一)氏に宛てられたもので時期的にも同じ頃と推察されます。切れ長の目でグッと堪えた悲劇調の役柄を得意とし、日活期の松之助作品ヒロイン(1925年『荒木又右衛門』池田富保監督)など20年代中盤の邦画界に功の大きかった女優さんでした。

『髪と女優』で紙数を割かれて述べられていたように、20年代後半の女優ブームの中で埋もれてしまい一時期は消息不明となっていました。晩年は青森で不遇な生活を送り80年代末にひっそりと亡くなっていますが、その後彼女の生涯を追った舞台劇が制作されています。

[JMDb]
稲田春子

[IMDb]
Haruko Sawamura

[出身地]
北海道

[誕生日]
1月20日

[データ]
8.6 × 13.7cm