1929年 日活・撮影稲荷前の女優揃え(『婦女界』昭和4年2月号)

1929年日活・撮影稲荷前の女優揃え

京都太秦の日活撮影所内に祀つてあります撮影稲荷の前に集まつた、日活の時代劇部と現代劇部の女優さんたちです。後列右より入江たか子津島るい子鈴川和子衣川光子、櫻井秀子、村松高子、前列右が常盤みどりで左が一色あけみさん。

『婦女界』1929年(昭和4年)2月号「婦女界グラフ 映画女優の生活 その一」

齣フィルムを収める小袋として使用されていた『婦女界』掲載の写真。二つの齣フィルム用に割かれていたのを画像加工でくっつけています。

右脇で存在感を放つおたかさんと左端を〆る横田永之助氏の圧で面白い構図に仕上がりました。今の三吉稲荷が出来る以前、太秦撮影所内にも稲荷があったんですね。村松高子さんはjmdbで「松村」と登録、「櫻井秀子」は櫻井京子かな。そろそろ無声映画の黄金期が終わりトーキーの足音が聞こえてきます。1925年(大正14年)の日活女優揃えと並べたい一枚ですね。

クレオ・マディソン Cleo Madison (1883 – 1964)

「合衆国・カナダ・オーストラリア」より

Cleo Madison 1910s Autographed Photo
Cleo Madison 1910s Autographed Photo

クレオ・マヂソン嬢は、米國イリノイズ州の一小都市ブルーミントンに呱々の聲を擧げた。ブルーミントン女子高等師範學校を卒業後、しばらくして、嬢の一家は、ある家事上の都合からその地を去つて、西太平洋岸の新開地カリフォルニアへ移住する爲めに、遙々と旅に出なければならなくなつた。[…]

今度はいよいよオリヴァー・モロスコ一座に加はつて、眞の女優として、サンフランシスコノバーバンク座に出演する事となつた。その興行は成功して、嬢の評判も意外に好かつた。それ以來、嬢は劇界の人々に認められて、多くの名優と接する機會が多くなつた。ヴァージニア・ハーンドと一座した時には嬢は舞臺監督の位置に昇つた。しかし、その時に働き過ぎた爲めに健康を害した。それで暫く舞臺を引いて休養した。その時、ユニヴァサル會社との契約が成立した。嬢が映畫に現はれるまでには斯うした過去があるのである。今では舞臺監督兼女優として働いてゐる。「ハートの3」「カメロン黨」「空彈」などは我國でも有名な出演映畫である。嬢は暫く斯界を去つてメーソンオペラハウスに出演していたが今度パイオニア會社に入り第一回作品を完成した。

『活動名優寫眞帖』(花形臨時増刊、大正8年、玄文社)

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1910年代半ばから20年代初頭にかけてユニヴァーサル社を拠点に活躍していた女優さん。同社配下のレックス映画社はロイス・ウェバーを擁し、積極的に監督業を女性に委ねていくパイオニア的な活動を展開していました。

ロイス・ウェバーの成功を受ける形で他にも女性監督がデビューしており、元々女優として同社と契約したクレオ・マディソンも短期間(1915-16年)ながら自身の主演作を自ら監督しています。この内『エレノア嬢捕物帳(Eleanor’s Catch)』が現存していてYouTubeで見ることができます

Cleo Madison in Elenor's Catch
1916年監督作『エレノア嬢捕物帳(Eleanor’s Catch)』より

正直期待せず見始めたのですが…一見ありふれた社会派メロドラマ短編と見せかけ、最後のどんでん返しが見事な秀作でした。当時も女優たちは男の視線を前提とした可愛らしさ、美しさの基準に従っていた訳で、そういうのを無視して好きに撮り始めるとこういう内容になるのか、と新鮮な驚きがありました。そういった経緯もあってフェミニズム寄りの初期映画史で評価が高かったりします。

[IMDb]
Cleo Madison

[Movie Walker]
クレオ・マディソン

[出身地]
合衆国(イリノイ州 ブルーミントン)

[誕生日]
3月26日

[サイズ]
13.8 × 18.2cm

市川 右太衛門 (1907 – 1999)

「日本 [Japan]」より

Ichikawa Utaemon Autographed Photo
Ichikawa Utaemon Autographed Photo

本名淺井善之助。明治卅九年、大阪市に生る。幼少より子役として舞臺に立ち、後市川右團次の門に入り、現在の藝名を名乗つて大正十五年マキノへ入社。昭和二年獨立して右太衛門プロダクシヨンを起し翌年より松竹と提携して現在。主な近作は「一殺多生剣」「雁金文七」「上州無宿陣」等、身長五尺七寸、體重十六貫二百目。趣味讀書、釣り。

『芝居と映画 名流花形大寫眞帖』
(1931年1月、冨士新年號附録)

[JMDb]
市川右太衛門

[IMDb]
Utaemon Ichikawa

[出身地]
大阪府(大阪市西区)

[誕生日]
2月25日

[データ]
11.3 × 16.3cm

ビーブ・ダニエルズ Bebe Daniels (1901 -1971) 米写真家ドナルド・キース氏撮影・旧蔵サインコレクション(6)

「ドナルド・キース氏撮影・旧蔵サインコレクション」「合衆国・カナダ・オーストラリア」より

Bebe Daniels c1920 Inscribed Photo
Bebe Daniels c1920 Inscribed Photo

ビーブ・ダニエルズ嬢はテキサス州ダラスにて生れ、ロサンゼルスの修道院學校で教育を受けた。舞台での子役が演技歴の皮切りである。役柄を次第に広げ、いつしかうら若き乙女役を引き受けるようになつていた。二年の間、嬢はロウリン=パテ社の名を高らしめた喜劇作品でハロルド・ロイドの向こうを張った。フェイマス・プレイヤー社に合流し『男性と女性』で長編劇映画のデビューを果たす。次いで『エヴリーウーマン』『ダンス狂』『何故妻を代へる』で目につく役柄を任された。嬢の努力と才覚は遂に報われ、現在はリアルアート社の花形として迎えられ、第一弾『貴方には判らない』で大々的に売り出されている。ダニエルズ嬢は身長5尺4寸、体重14貫9百目、黒目黒髪。

Bebe Daniels was born in Dallas, Texas, and educated in a Los Angeles convent school. Her stage career started when she played child parts in stock. Gradually her scope of work broadened and she played ingenue roles. For two years Miss Daniels played opposite Harold Lloyd in the famous Rolin-Pathe comedies. She joined the Famous Players ranks, making her debut in a dramatic role in « Male and Female. » She then was prominently cast in « Everywoman, » « The Dancin’ Fool, » and « Why Change Your Wife. » Her efforts and talents have been rewarded as she is now a star in Realart Pictures, for whom her first starring vehicle is « You Never Can Tell. » Miss Daniels is five feet four inches high, weighs a hundred and twenty-three pounds, and has black hair and eyes.

Who’s Who on the Screen (New York: Ross Publishing Co., 1920.)

1910年代末のロイド喜劇で人気を得て、20年以降も喜劇を主戦場としつつも芸風を広げ(歴史劇『ボーケール』1924年、情念ドラマ『リオ・リタ』1929年)30年代半ばまで活躍を続けました。珍しい所ではRKO~ワーナーへと流れた後に出演した1931年版『マルタの鷹』での悪女役も印象的です。

Bebe Daniels in The Non-Stop Kid (1918)
『ロイドの猛獣結婚』(1918年)より
Bebe Daniels in Why Change Your Wife (1920)
『何故妻を代へる』(1920年)より
Bebe Daniels & Ricardo Cortez in The Maltese Falcon (1931)
『マルタの鷹』(1931年、ロイ・デル・ルース監督)でサム・スペード役のR・コルテスと並んで

[IMDb]
Bebe Daniels

[Movie Walker]
ビービー・ダニエルス

[出身地]
合衆国 (テキサス州ダラス)

[誕生日]
1月14日

[データ]
25.4 × 30.4 cm(カーボン製フレーム含)

ロイス・ウィルソン Lois Wilson (1894 -1988) 米写真家ドナルド・キース氏撮影・旧蔵サインコレクション(5)

「ドナルド・キース氏撮影・旧蔵サインコレクション」「合衆国・カナダ・オーストラリア」より

Lois Wilson c1920 Inscribed Photo
Lois Wilson c1920 Inscribed Photo

パラマウント・アートクラフト映画社花形のロイス・ウィルソン嬢はペンシルヴァニア州ピッツバーグに生を受け、幼くして家族と共にアラバマ州バーミンガムに引っ越しそこで育てられた。ウィルソン嬢は教職の道を選び、卒業後は田舎の学校で教鞭をとっていた。三週間の教師生活の後、シカゴを訪れた嬢はロイス・ウェバー監督との出会いを果たす。『ポルチシの唖娘(The Dumb Girl of Portici)』で端役を与えられ、プロデューサーの決断によりロスアンゼルス行きが決定する。ウォルター・ケリガン主演作の女主人公を任され、後にフランク・キーナンの相手ともなった。現在はフェイマス・プレイヤーズ・ラスキー社所属である。身長は5尺7寸、體重は14貫5百匁、褐色の髪と榛色の瞳を有する。

Lois Wilson, leading woman for Paramount-Artcraft Pictures, was born in Pittsburgh, Pa., and when a child removed with her family to Birmingham, Ala., in which city she was raised. Miss Wilson studied to be a school teacher and after graduating taught in a rural school. After teaching for about three weeks she journeyed to Chicago where she met Lois Weber. She was given a small part in « The Dumb Girl of Portici » and the producer decided to take her to Los Angeles. There she became leading woman for J. Walter Kerrigan and later played opposite Frank Keenan. She is now with Famous Players-Lasky Corporation. Miss Wilson is five feet five and one-half inches high, weighs one hundred and twenty pounds and has brown hair and hazel eyes..

Who’s Who on the Screen (New York: Ross Publishing Co., 1920.)


1920年代中盤にパラマウント映画社の花形となりジェームズ・クルーズやヴィクター・フレミング監督作品に多く主演。『幌馬車』『男子改造』『滅び行く民族』など当時パラマウントが推し進めていたA級西部劇路線の主軸として活躍しました。

Lois Wilson in The Vanishing American (1925)
『滅び行く民族』(1925年)
Lois Wilson in The Covered Wagon (1923)
『幌馬車』(1923年)

[IMDb]
Lois Wilson

[Movie Walker]
ロイス・ウィルソン (Lois Wilson)

[出身地]
英国(ペンシルヴァニア州ピッツバーグ)

[誕生日]
6月28日

[データ]
25.1 × 31.8 cm(カーボン製フレーム含)

メイ・マカヴォイ May McAvoy (1899 -1984) 米写真家ドナルド・キース氏撮影・旧蔵サインコレクション(4)

「ドナルド・キース氏撮影・旧蔵サインコレクション」「合衆国・カナダ・オーストラリア」より

May Mcavoy Early 1920s Inscribed Photo
May Mcavoy Early 1920s Inscribed Photo

メイ・マカヴォイとブルース・ゴードンは『鐘の鳴る家』のスターである。マカヴォイ嬢は時に自身を「待機する少女」と形容している。映画界の名聲への道は伝記作家たちを信じるならば数多あれど、マカヴォイ嬢の辿った道筋は中でも他に例を見ないものであつた。或る日友人の女優と待ち合わせ中、その女優んの知人が嬢を見て「紹介して」と頼んだのである。紹介のため映画スタジオを訪れ、嬢に映画の仕事を紹介する展開となつた。当座は女中の役を多く務め、(撮影現場で)多くの花形俳優を待つことになつた。その後『パーフェクト・レディ』でマッジ・ケネディー嬢の妹役を演じ、しばらくは「妹役」を続けることになつた。楽天家の彼女が尚も待ち続けていると、J・スチュアート・ブラックトン監督が声をかけてきた。一連の映画作品のヒロインを任せたいというのである。『鐘の鳴る家』はその第一弾作品である。二十歳のマカヴォイ嬢は今や自身が花形となつた。『センチメンタル・トミー』グリゼル嬢役でこれまで一番の演技を見せている。(英『ピクチャーゴア』誌1922年3月号)

May McAvoy and Bruce Gordon are the stars of The House of the Tolling Bell. May McAvoy sometimes describes herself as « The Girl Who Wailt ». There are many ways towards film fame, if we are to believe the biographers, but May’s way is all her own. Waiting for an actress friend was she one day, when a friend of that friend saw her, and asked for an introduction. This introduction led to a visit to a film studio and the introduction of May McAvoy to film work. May became a maid pro tem., and waited (for film purposes) upon many famous stars. Then she played Madge Kennedy’s sister in The Perfect Lady, and a succession of « sister » parts followed. She was waiting, Micawber-like, for another job, when J. Stuart Blackton engaged her as featured lead for a series of pictures, of which The House of the Tolling Bell is the first to be released this side. These days, twenty-year-old May is a star, and her « Grizel » in Sentimental Tommy is her biggest achievement.

The Picturegoer (VOL. 3. NO. 15. MARCH, 1922., p.54, London)

『ベンハー』と『ジャズ・シンガー』、ハリウッド無声映画史に残る二つの作品で知られているのがメイ・マカヴォイ。同時期に一世を風靡していたコリーン・ムーアやクララ・ボウの型破りな魅力はありませんでしたが、メリハリのついたカッチリした演技を得意としルビッチ作品(『三人の女』『ウインダミア夫人の扇』)でも重用されていました。

個人的には1924年の幻想ロマンス『幻の家(Enchanted Cottage)』でリチャード・バーセルメスを相手に披露した情感のこもった演技を高く評価しています。

May Mcavoy in Jazz Singer
『ジャズ・シンガー』(1927年)でのメイ・マカヴォイ
Mae Mcavoy in Ben Hur
『ベン・ハー』(1925年)でのエステル役
May Mcavoy in Lady Windermere's Fan
『ウインダミア夫人の扇』(1925年)より

[IMDB]
May McAvoy

[Movie Walker]
メイ・マカヴォイ

[出身地]
合衆国(ニューヨーク・シティ)

[誕生日]
9月8日

[撮影]
ドナルド・キース(Donald Biddle Keyes)

[サイズ]
25.3 × 31.7 cm(カーボン製フレーム含)

エセル・クレイトン Ethel Clayton (1882 -1966) 米写真家ドナルド・キース氏撮影・旧蔵サインコレクション(3)

「ドナルド・キース氏撮影・旧蔵サインコレクション」「合衆国・カナダ・オーストラリア」より

Ethel Clayton c1920 Inscribed Photo
Ethel Clayton c1920 Inscribed Photo

パ社の人気花形はイリノワ州の町シャンペーンで生まれ、シカゴの聖エリザベス修道院で教育を受けた。演劇世界への第一歩は舞台での演技がきっかけで、すぐにエドウィン・スティーヴンスと『悪魔』で共演することとなった。映畫界の参入は古参ルービン社である。『兵士の愛人』『マギー・ペッパー』『男と女と金』『女の武器』、ルパート・ヒューズ氏の優れた原作を映画化した『虚栄より醒めて』、『恋する女』等のフェイマス・プレイヤー社作品で大成功を収めた。身長は五尺五寸、體重は十五貫七百匁。赤みがかった金髪で灰色の瞳を有し、戸外での運動を殊に好んでいる。

This popular Paramount star was born in Champaign, Ill., and educated in St. Elizabeth’s Convent, Chicago. Her initial venture in the theatrical world was as a featured player in stock after which she was prominently cast with Edwin Stevens in « The Devil. » She began her screen career with the old Lubin company. She has achieved her greatest success upon the screen with the Famous Players company in « Pettigrew’s Girl, » « Maggie Pepper, » « Men, Women and Money, » « More Deadly than the Male » the film version of Lupert Hughes’ splendid story « The Thirteenth Commandment, » and « A Lady in Love. » Miss Clayton is five feet five inches in height and weighs a hundred and thirty pounds. She has red gold hair and gray eyes and is very fond of all outdoor sports.

Who’s Who on the Screen (New York: Ross Publishing Co., 1920.)

Ethel Clayton In lightnin'
『雷光』1925年より

米サイレント映画の終焉期(ジョン・フォード監督の『雷光』1925年やヴェラ・レイノルズ主演の『リスキー・ビジネス』1926年)に雰囲気のある母親役で登場していたのがエセル・クレイトンでした。立ち位置としてはローズマリー・セビーと重なる感じでしょうか、1910年代短編で娘役を演じていた点も共通しています。

エセル・クレイトンは当時勢いのあったルービン社(Lubin Manufacturing Compan)の花形女優でした。主演作は幾つか日本でも公開されており愛好家には知られていたようです。初期作品では1913年の『大地が揺れるとき』(When the Earth Trembled)が現存。1906年のサンフランシスコ大地震(M7.8)が物語に絡んでおり、ニュースリール映像も含まれていました。

カーボンフレームも含めると30×40センチを越える大きな写真。被写体深度を浅目にとっており、顔の肌ではなく手前のまつ毛先端辺りにピントが来ていて淡く甘い感じの仕上りとなった一枚です。

[IMDB]
Ethel Clayton

[Movie Walker]
エセル・クレイトン

[出身地]
合衆国(イリノワ州シャンペーン)

[誕生日]
11月8日

[撮影]
ドナルド・キース(Donald Biddle Keyes)

[サイズ]
33.2 × 40.5 cm(カーボン製フレーム含)