光川 京子(1918 – ?)

「日本 [Japan]」より


若き日の榮えよ、めでたさよ!この一句を光川京子の讃とする。當年わづかに十七歳の京子の、現在の人氣はどうだろう!『お駒ちやん』といふ名で、蒲田撮影所員んみんなから可愛がられてゐるが、この名こそ第一囘作品『初戀と与太者』の京子の役名だつたのである。輝かしいスター生活は、實にこの處女作から始まつたのである。ちよつとユーモアが感じられるのは、清楚な京子が、甚だ肉類を好むことである。牛込に生れて赤坂に育ち、氷川小學校に通ひながら長唄と三味線に精進した。これが爲め京子は純日本風の娘に仕あげられたので、蒲田に入つてまだ三年(昭和六年十一月二十一日入社)だが、早くもあの人氣を克ち得たのである。若き日の榮え!

『最新映画大鑑』
(1934年8月、冨士9月號附録)


[JMDb]
光川 京子

[IMDb]
Kyôko Mitsukawa

[出身地]
日本(東京)

[サイズ]
13.5 × 8.5 cm

南光明、昭和15年(1940年)の残暑見舞い

「戦前・戦中 髙島栄一・康彰氏旧蔵の葉書群」より

Minami Koumei 1940 Late Summer Greeting Card
Minami Koumei 1940 Late Summer Greeting Card

本名鈴木光。明治37年生れ、築地立教中學出身、大正九年松竹の俳優學校に入り又小山内氏の研究所にも學ぶ、初演は『路上の靈魂』後蒲田スタヂオに入り『母いづこ』『山谷堀』等に出演し十一年日活に入り『現代の女王』『故郷』『旅の女藝人』『八一三』『神州男兒の意氣』『シベリアお龍』最近の主演は『赤城の夕映』『砂繪呪縛』(第二編)等。浅岡信夫と相伍してスポーツ俳優として日活幹部俳優の一人。

『玉麗佳集』(1928年)

大林梅子は名古屋の大きな牛肉屋の愛娘、下加茂に入り、時代劇の妖婦役として鳴らした。南光明と結婚し毎年子供を産んで、今や五人の母となつてゐる。五人目をお腹に宿したとき、『所長はん、あて、また、赤ン坊を産みますねん。かう毎年では撮影にさしつかへますさかい、やめさして貰ひまつさ』と申出たので、井上所長も心よく許した。
『その代り、うちの人(南光明)を使うて下さい』
『南くんなら、赤ン坊を産まんやろ』
てンで、マキノ以来失業してゐた、夫の南をスクリーンに復活さした。

「噂のスター今何處へ?」『最新映画大鑑』
(冨士9月號附録 1934年8月)

Minami Koumei in Ronin Gai Chap.2
『浪人街 第二話楽屋風呂』(1928年)で傳五左を演じる南光明

[IMDB]
nm0590911

[JMDB]
p0315760

[Movei Walker]
南光明(ミナミコウメイ)

[出身]
日本(東京)

[生年月日]
6月30日

[サイズ]
9.0 × 14.0cm

[データ]
髙島栄一氏宛、昭和15年8月22日京都の消印有。