マートル・ステッドマン Myrtle Stedman (1885 – 1938) 米

「合衆国・カナダ・オーストラリア」より

Myrtle Stedman 1925 Autographed Photo
Myrtle Stedman 1925 Autographed Photo

マートル・ステッドマン夫人は1888年にイリノイ州シカゴに生まれ、スターレツト夫人経営による同地の学校で教育を受けた。舞臺での長い活動歴を有した実力派の女優である。1912年に銀幕デビューする以前、劇場で音楽喜劇や軽いオペラ作品に出演して大きな成功を収めている。映画女優の始まりはかつてのゼリグ映画社で、以来一流プロデューサーによる製作会社のほぼ全てで何がしかの出演を果たしてきた。尊厳や忍耐力、温かみあるユーモアの感覚や芸術力が必要とされる大人の女性役でその力が発揮されており、あちこちのプロデューサーから引っぱりだこになつている。息子のリンカーン・ステッドマンは将来を嘱望されている若手男優である。趣味はハリウッドに構えた大邸宅のお手入れ。身長5尺6寸、体重は16貫900匁、金髪に淡い褐色の瞳を持つ。

『銀幕著名人録』(ジョージ・H・ドーラン社、1925年)

Myrtle Stedman from Famous Film Folk (1925)

MYRTLE STEDMAN was born in Chicago, Ill., in 1888, and received her education in Mrs. Starret’s School of that city. She has had a wide theatrical career, and is an accomplished actress. She has had a successful stage career, having appeared in musical comedy and light opera, prior to her screen debut which was made in 1912. Her screen debut was made with the old Selig Company, and she has since appeared in the productions of almost every first class producer, her ability to portray roles of matured womanhood, wherein proper dignity, bearing, humor and art are so necessary, making her services by all producers always in demand. Mrs. Stedman is the mother of Lincoln Stedman, himself a promising young actor. Her hobby is naturally the care of her pretty Hollywood bungalow. She is 5 feet 7 inches in height, weighs 140 lbs., and has blond hair and hazel eyes.

Famous film folk; a gallery of life portraits and biographies
(New York; George H. Doran company, 1925.)

1910年代初頭、ゼリグ社のウィリアム・ダンカン主演西部劇でヒロイン役に重用されその後ボスワース映画社の人情劇や活劇へ活動範囲を広げていきます。彼女の名前を映画史に刻むことになったのは、ハリウッド女性監督のパイオニアであるロイス・ウェバーの『偽善者』(1915年、ボスワース社)のヒロイン役でした。社会派の傾向を持つウェバーの作風は当時のハリウッドで異彩を放っており、挑発的で鋭利な美的感覚は今見ても新鮮さを失ってはいません。

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1915年『偽善者(Hypocrites)』より

ステッドマンは20年代になってもフレッド・ニブロ監督の『性』(1920年)、早川雪洲主演の『黒薔薇』(1921年)などで存在感を発揮。20年代中盤から助演が増えますが、母親役から老け役までこなしトーキーにも対応、30年代末に心臓発作で亡くなるまで四半世紀に渡る女優人生を全うしています。20年代初頭の出演作『断腸の笛』をYouTubeで見ることができます。

Myrtle Stedman in The Whistle (1921)
1921年ウィリアム・S・ハート主演作
『断腸の笛(The Wilstle)』より

[IMDb]
Myrtle Stedman

[Movie Walker]
マートル・ステッドマン

[出身地]
合衆国(イリノイ州シカゴ)

[誕生日]
3月3日

[データ]
22.7 × 17.8 cm. 写真面に「エリザベス(Elizabeth)」の宛名書きあり。裏面に旧所有者の書きこみが多数見られ、1925年7月にニュージャージー州在住のエリザベス・ライド・ウォーカーさん(Elizabeth Reid Walker)が受け取った旨が印されています。

ジェーン・ノヴァック Jane Novak (1896–1990)

「合衆国・カナダ・オーストラリア」より

Jane Novak Autographed Photo
Jane Novak Autographed Photo

ジェーン・ノヴァックはミズリー州のセントルイスで生れ、同地で名高いノートルダム高校の卒業生である。父親はセントルイスの新聞編集員で、うら若きジェーン孃が女優になりたいと聞いた時にも反対をしなかった。最初の出演機会はボードヴィルで、その後喜劇調のミュージカルに進出していく。ロスアンゼルスからの招きで孃は映画デビューを果たし、『流転する罪業』で大きな成功を収めた。遂に孃はウィリアム・S・ハート氏作品のヒロイン役を射止め、自力でスターダムへと辿りついたのであつた。映画界での多年に渡る活動も嬢には何の変化も及ぼさず、デビュー当初に見られた甘えの無い魅力を今も尚持ち続けている。水泳を得意としゴルフの達人で、一人娘がいる。丈は五尺七寸、體重は十五貫十両、金髪と表現豊かな碧眼を有す。

『銀幕著名人録』(ジョージ・H・ドーラン社、1925年)

JANE NOVAK was born in St. Louis, Missouri, and is a graduate of the famous Notre Dame Convent of that city. Her father was a newspaper editor in St. Louis and offered no objections when youthful Jane suggested she become an actress. Vaudeville offered her the first opportunity, and later she entered the musical comedy field. Los Angeles beckoned and beautiful Jane made her debut in pictures, appearing with great success in « Eyes of the World. » Finally she became leading lady for William S. Hart, and then graduated to stardom in her own right. Years of picture work have left no mark upon her, she still possessing that unspoiled charm which characterized her first public appearance. She is a splendid swimmer, plays golf excellently, is the mother of a wonderful daughter, and is 5 feet 7 inches tall. She weighs 125 lbs., has blond hair and expressive blue eyes.

Famous film folk; a gallery of life portraits and biographies (New York; George H. Doran company, 1925.)

ヴァイタグラフ社で1913年に女優デビュー、ユニヴァーサル社~クリューン映画社へと移っていき、1918年頃にはモンロー・ソールズベリー、トム・ミックス、トム・ムーア主演の西部劇で重用されていました。1919年にウィリアム・S・ハートとの共演が始まり『猛虎』『大金を護りて』『開拓者』など5作で実力を発揮していきます。

ハート作品の多くは「弱みを抱えながら大事なものを守るために立ち上がる主人公」が活躍する物語で、家族や生まれ故郷、一家の名誉などが守られるべき存在として登場してきます。ジェーン・ノヴァックは主人公が守りたくなる「はかなげな(fragile)」空気感を出すのが上手い女優さんでハート作品の世界観によく馴染んでいました。

Jane Novak in Wagon Track (1919)
『開拓者』(Wagon Track、1919年より)

現代物もこなし第一次大戦を背景にした情念物『扉の蔭』(1919年)やヒッチコック脚本による『ブラックガード』(1925年)が現存しています。

またアンソニー・スライド氏の『サイレント・プレイヤーズ』に晩年のインタビューを元にした思い出話が多数収録されています。決して悪口を言わない、柔和で温かい言葉が彼女の性格をよく伝えています。唯一の例外がモーリス・トゥルヌール。戦前名監督の一人ながらパワハラ体質だったようで、スタッフに怒鳴り散らしているのに腹を立てたジェーンさんが「私にそれしたら速攻辞めますからね」と啖呵を切って黙らせたそうです。彼女のタフで逞しい一面を垣間見せるエピソードでもあります。

[IMDb]
Jane Novak

[Movie Walker]
ジェーン・ノヴァック

[出身地]
合衆国(ミズリー州セントルイス)

[誕生日]
1月12日

[撮影]
Hoover Art Co.

[データ]
18.5 × 23.8 cm