2000 – 「1895」誌 別巻 特集:ルイ・フイヤード(仏映画史研究協会編)

「ルイ・フイヤード」より

1895 N° Hors-série Octobre 2000 : Louis Feuillade
(l’Association française de recherche sur l’histoire du cinéma/AFRHC)

別稿で紹介している『ルイ・フイヤード、その源泉へ 書簡と資料庫』と同じ仏映画史研究協会(AFRHC)の公刊物で、「1895」誌別冊のフイヤード監督特集号。2007年出版。この数年前に合衆国では査読済の学術論文をまとめた「ヴェルヴェット・ライト・トラップ」誌第37号がフイヤード特集を組んでいました。批評家や愛好家ではなく、大学研究者からのアプローチをまとめたフイヤード本としては現時点でこの2冊が双璧をなしています。

フイヤード作品の登場人物、「ヒーロー」たちは日常を超えた場所から立ち現れ、日常を抜け出し、日常から逃れ去っていく。

「幸福な思い出のルイ・フイヤードに寄せて」
ジャック・プレヴェール

Les personnages, les « héros » de ses films, surgissaient de l’extraordinaire, sortaient, s’évadaient de l’ordinaire.

« A Louis Feuillade en mémoire heureuse »
Jacques Prévert, Novembre 1967

四百頁近い大部なもので冒頭に置かれた詩人ジャック・プレヴェールの文章を含めて22のテクスト・資料群を掲載しています。初期短編から戦中期の連続活劇、戦後の第二期活劇期、晩年の喜劇への回帰、さらには監督デビュー以前の闘牛雑誌への寄稿を含め、フイヤード監督のキャリア全体を過不足なくカバー、それ以外に小説版や脚本家としての分析などテマティークな論考が幾つか含まれていました。図版(当時物のオリジナルポスター)や写真を多数収録しており完成度は非常に高いです。

1918年製作作品『ぶどう月』について書かれた論考『ぶどう月:あるいは葡萄詩、連続劇の大洋に豊穣のぶどう畑』が個人的な収穫でした。

『ぶどう月』はルイ・フイヤード作品中最も知られておらず、また最も誤解されてきた一作である。公開時には十分な客数を集めるには至らなかったし、慧眼な映画史家が「再発掘」してはきたものの表層しか見ていない者たちの目には「国粋愛国主義」「メロドラマ展開」の致命的欠陥を積み重ねた作品と映っている。

「ぶどう月:あるいは葡萄詩、連続劇の大洋に豊穣のぶどう畑」 フランソワ・ド・ラ・ブルテーク

Vendémiaire reste un des films plus méconnus de Louis Feuillade et l’un des plus mésestimés. Il échoua à trouver son public à sa sortie. « Repêché » par les historiens du cinéma les plus lucides, il demeure entaché, aux yeux des observateurs superficiels, de péchés rédhibitoires; patriotisme cocardier, intrigue mélodramatique…

« Vendémiaire (1918): le poème de la vigne, un cru de terroir dans l’océan du serial » François de la Bretèque

冒頭で触れられているように『ぶどう月』は諸事情が重なったことで現時点で最も評価しにくくそして上映しにくいフイヤード作品となっています。とはいえ単発の人間ドラマの形を選択したことで同監督の当時の人間観や世界観が凝縮されており、また戦後作品への転換点となったことからも重要な作品であるのは間違いないと思います。

もう一つの収穫が157頁に掲載されていた一枚の写真でした。

『ジュデックス』撮影中のスタッフ
中央にカメラマンのレオン・クラウス、左にフイヤード監督

今回特定できた『ぶどう月』撮影時のオフショット
使用しているカメラ、三脚も同一のものです

下段に『ジュデックス』撮影時のバックヤードショットが収録されています。フイヤード監督とカメラマンらが前列に並び、背後の土手にルネ・クレステらが座って待機している様子を写した一枚。

以前に『ぶどう月』のオフショット3点を入手、そのうちカメラマンを映した一枚が特定できていませんでした。もともと同作には撮影として二人がクレジットされていてどちらなのか特定できなかったのです。今回フイヤード特集号に収められた写真からレオン・クラウス(Léon Klauss/Clauss)氏であると判明。長年のつかえがようやく取れた感じです。

[原題]
«Louis Feuillade» Revue 1895 hors-série

[出版年]
2000

[出版者]
仏映画史研究協会(l’Association française de recherche sur l’histoire du cinéma/AFRHC)

[ページ数]
391

[サイズ]
14.5 × 21.5 cm

[ISBN]
978-2-913758-24-7

2007 – 『ルイ・フイヤード、その源泉へ 書簡と資料庫』(仏映画史研究協会編)

「ルイ・フイヤード」より

« Louis Feuillade Retour aux sources : Correspondance et archives » (l’Association française de recherche sur l’histoire du cinéma/AFRHC)

ルイ・フイヤード(1873-1925)監督については自国フランスを中心に研究が進んでいて、確認できている限り十数冊の書籍(雑誌特集号や増刊号含む)が公刊されています。『ルイ・フイヤード、その源泉へ』は「1895誌」を出版している仏映画史研究協会編がまとめた一冊で、同監督がゴーモン社や知人、友人とやりとりした書簡、契約書の草稿等223点の資料を時系列に並べています。時期によって6つの章に分かれています。

1) 監督デビュー前(1902-1905)
2) ゴーモン社初期作品期(1906-1914)
3) 戦中期(1914-1916)
4) 『ジュデックス』周辺期(1916-1918)
5) 拠点をニースに移してから(1918-1925)
6) 晩年(1922-1925)

青年時代のフイヤードは闘牛好きで専門誌に寄稿していたこともありました。その時期に残された数点の書簡以外は基本映画監督として書かれた文章。相手としてはゴーモン社レオン・ゴーモンと、俳優マルセル・ルベスクの比重が多くなっています。また後半は自身の映画作品のマルチメディア展開(小説版プロジェクト)に触れた内容が増えてきます。

ゴーモン氏への書簡は完全なビジネス仕様で、撮影に掛かった経費の報告が多くなっています。ルベスクとは旧友同士のやりとりといった感じで自身や共通の友人の近況報告が中心となっていました。

『ルイ・フイヤード、その源泉へ』にまとめられた書簡類では映画論や技法論は一切触れられていません。「映画はかくあってほしい」の理想論にはほとんど興味がなかったのだろうという印象を受けました。限られた予算枠の中でその都度最善の結果を出して会社に貢献しそれに相応しい収入を得ていく、そういったスタンスを貫いた職人肌の監督像が近いのかな、と。

一方で場面ごとの経費の報告が多数残されていて、1910年代の仏連続活劇撮影時にどのような個所でコストがかかっていたのかが見えやすくなっています。初期映画撮影を経済/マネジメント視点で分析していくアプローチもできそうです。

ルベスクとのやりとりは気の知れた友人相手のリラックスした雰囲気が特徴的。ルベスク自身がゴーモン社との契約で揉めて同社を離れた経緯、フイヤードがクレステと疎遠になっていた様子など細かな人間模様が浮き彫りになってきます。自身の映画の常連俳優たちを「一座の連中」と呼んでいたり、『ティーミン』に出演していた女優リュガヌと結婚して「うちの女神さん」と溺愛振りを示すなど「身内」を大事にしていく姿勢も伝わってきます。

1914~16年に関してはパリを拠点としていたためゴーモン社との書類のやりとりが少なく、フイヤード活劇愛好家の多くが期待している情報が残っていないのが残念ですが1910年代映画制作の裏舞台が垣間見える貴重な一次資料です。

[原題]
Louis Feuillade Retour aux sources : Correspondance et archives

[出版年]
2007

[出版者]
仏映画史研究協会(l’Association française de recherche sur l’histoire du cinéma/AFRHC)

[ページ数]
316

[サイズ]
14.5 × 21.5 cm

[ISBN]
978-2-913758-77-3