リア・イエンデ Ria Jende (1898 – 没年不詳)

Ria Jende Autographed Postcard
Ria Jende Autographed Postcard

リア・イエンデ嬢は映画の空に輝き始めた新星のひとつである。若く魅力的なこのアーティストは元は踊り子で、英国や佛国、独逸を巡業し至るところで大きな成功を収めた。とりわけポワントでの踊りは達人並で、嬢の案出せる舞踏場面は得も言われぬ魅力がある。舞台の彼女から流れるような何かを感じ取らずにはいられないのである。

最近さらに多くの映画に出演するようになっていて、ハンス・アルベルスと共演した六部作の冒険譚『君主論』やブルーノ・ケストナーとの共演になるドラマや喜劇、『晩御飯だけよ』『ロス・クエロスの雑貨店』で姿を見ることができる。

Ria Jende gehört zu den neuen Sternen am Filmhimmel. Die junge liebreizende Künstlerin war unsprünglich Tänzerin, sie bereiste Engand, Frankreich, Deutschland und hatte überall größe Erfolge zu verzeichnen. Sie beherrschte besonders die Kunst des Fußspitzentanzes, und die Tanzschöpfungen, die sie bot, waren von ganz eigenartigem Reiz; man fühlte, von dieser schönen Frau auf der Bühne ging ein gewisses Fluidum aus […].

In rascher reihenfolge spielt sie dann in einer Anzahl Films, so in dem sechsteligen Abenteurerfilm « Der Fürst » mit Hans Albers, in einigen Dramen und Lustspielen mit Bruno Kastner « Nur ein Diener » und die « Bodega von Los Guerros »[…].

第一次大戦終戦後に人気のあった女優さん。当初は老舗メスター社(UFAの基になった映画社のひとつ)のヴィゴ・ラーセン監督作品やシュテルン社のE・A・デュポン初期作に多く出演していました。このうちミステリー作品『アメリカ波止場の秘密』(Das Geheimnis des Amerika-Docks、1919年)が現存しています。

Ria Jende in « Das Geheimnis der Amerika-Docks » (eyefilm.nl)
Ria Jende in « Der Galante König »
(Zappelnde Leinwand, No. 11, 1921)

自身の名を冠したリア・イエンデ映画社を設立する一方、引用記事にあったハンス・アルベルス共演などで勢いをつけますが1922年には映画界を引退。1927年の文芸誌で「リア・イエンデは結婚して女優キャリアに終止符を打った」と言及されているのを最後に以後の消息が分からなくなっています。

1919年に出版された『活動写真(キノ)』(マックス・プレルス著)ではステラ・ハルフと並んで大きな扱いを受けていて、この時期のドイツB級映画の女王と呼べそうな面白い立ち位置を占めていたのが分かります。

[IMDb]
Ria Jende

[Movie Walker]
リア・イエンデ

[出身地]
ベルギー(ブリュッセル)

[誕生日]
10月29日

[データ]
[Verlag Ross, Berlin SW 68, 365/1. phot. Binder].
8.5 × 13.3cm

1917-22 忘れじの独り花(9)レオンティーン・キューンベルク Leontine Kühnberg (1890 – ?)

「フィア・エーマンス旧蔵サインコレクション」より

Leontine Kühnberg 1921 Autographed Postcard
Leontine Kühnberg 1921 Autographed Postcard

第一次大戦以前(1912年)から活動を始めており、比較的長いキャリアを持った女優さんです。

貴族風とも呼べる華奢な容貌と感情豊かな大きな眼を生まれながらに兼ね備え、外見もまた彼女の芸術を完成させるに申し分ない働きをしている。店の売り子から洗練された貴婦人まで人の多彩な感情を演じ分けることができる。[…]

これまでの実績で最も際立っているのが『ジュディット・トランヒテンベルク(ユダヤの娘)』であるのに異存はないであろう。本作での彼女は自身の民の娘たちが辿りがちな運命を体現してみせた。あれほどまでの心の動き、心の折れ方はとても強烈で、情け心を備えた者は二度と忘れえぬほどであった。この役にせよ数多ある他の役にせよ、レオンティーン・キューンベルクが最高位の表現者であると示しているのである。

「今月の表紙」、フィルムヴェルト誌、1921年25号

Sie vermag alle Nuancen menschlicher Leidenschaft vom kleinen Ladenmädchen bis zur mondänen Weltdame zu interpretieren. […] Ihre wertvollste Leistung was bisher entschieden die « Judith Trachtenberg », in der sie das tzpische Schicksal einer der Töchter ihres Volkes mit soviel seelischem Miterleben, so starkem innerlichen Hingegebensein darstellt, dass keinem künstlerisch unempfindsamen Zuschauer diese Leistung jemals wird vergessarbar sein können. Diese und noch viele andere Rollen zeigen, dass Leontine Kühnberg eine Darstellerin vonhohem Grade ist.(« Zu unserem Titlebilde », Die Filmwelt, 1921, Heft 25)

1921-die-filmwelt-25-08-leontine-kuhnberg-s

1921年に映画誌の表紙を飾った際に残されていた文章の一部です。様々な映画に出演していたこともあり同時代の愛好家なら幾つかの役柄をパッと思い出せる女優さんだったと分かります。

また文中で引用されている『ジュディット・トランヒテンベルク(ユダヤの娘)』について、「自身の民の娘たち」というややぼかした表現で女優自身がユダヤ系であることも示されています。訳出した文章の少し前に「異国風の(エキゾチックな)印象」とあり、アーリア系女優と異なった雰囲気も評価されていたようです。

Leontine Kühnberg in So rächt sich die Sonne
『お天道様は忘れない』(So rächt sich die Sonne, 1915年)

1920年公開の『ジュディット・トランヒテンベル(ユダヤの娘)』、翌年公開の表現主義作品『月上の家』でヒロインを務めるなど、実力と経験値に相応しい活躍を見せていましたが、それでも時代の流れには抗えず1923年には映画界を離れています。

[IMDB]
nm0478147

[Movie Walker]
レオンティーン・キューンベルク

[誕生日]
未詳

[出身]
不明

[サイズ]
9.0 × 14.0cm

[データ]
Aufnahme Karl Schenker. Verlag W.J. Morlins/Berlin W. 15. Vertrieb. Ross-Verlag/Berlin SW68 9008/2

1917-22 忘れじの独り花(3)シャルロッテ・ベックリン Charlotte Böcklin (生没年未詳)

「フィア・エーマンス旧蔵サインコレクション」より

Charlotte Boecklin c1920 Autographed Postcard
Charlotte Boecklin c1920 Autographed Postcard

二部から成る文化映画大作『劫罰への道』出演はまさに不意打ちであった。ベックリン嬢は初の栄冠を勝ち取りその後も『黒きマリオン』『黄金の書』『オカリナ』『沼兎』など数多の作品に出演していく。どの役柄もしっかり演じきっており何を演じても彼女である。ごく自然に、作為を感じさせずスクリーンを動き回り、辛い悲劇体験を演じる際には深い情感を見せるし、正反対の役柄では朗らかで楽しんでいると見える。何をしてもその才が現れずにいられないのだ。

「お馴染み役者の新たな姿:シャルロッテ・ベックリン」
『映画世界(フィルムヴェルト)』1922年第4号より

Die Filmwelt 1922-04-07 Charlotte Böcklin

Ganz urplötzlich war sie aufgetaucht in dem grossen zweiteiligen Kulturfilm: « Der Weg der zur Verdammnis führt ». Damals holte sie sich ihre ersten Filmlorbeeren, und dann kamen nacheinander viele Films; ich erinnere nur an « Die schwarze Marion » « Das goldene Buch » « Die Okarina », « Sumpfhanne » usw. Alle möglichen Charaktere spiellte sie durch, alles lag ihr. Natürlich und ungekünstelt schritt sie über die Leinwand, tief ergreifend, wenn sie die Tragik schmerzilichen Erlebens verkörperte und erheiternd und sonnig in einer entgegengesetzten Rolle. Alles an ihr verriet das Talent. (« Neue Bilder von alten Bekannten – Charlotte Böcklin », Die Filmwelt, 1922 Nr.4)

1918年、デクラ社の大作『劫罰への道』のヒロインに抜擢され注目を浴びたのがシャルロッテ・ベックリンでした。バイエルン映画社の劇映画(『黄金の書』『オカリナ』)で重要な役を務めていきます。目つき、表情にやや翳があり悲劇調の作品のヒロイン役として重宝され、また喜劇にも長けるなど万能型な演技力の持ち主とされています。

1922年の『路上の薔薇(Die Asphaltrose)』主演がキャリアのピークとなり、以後は後進に押され1925年を最後に女優業から離れました。

『ブッデンブローク家の人々』(1923年)より
『ブッデンブローク家の人々』(Die Buddenbrooks、1923)での
シャルロッテ・ベックリン
右端はクリスチャン役のアルフレート・アーベル
初期作品は見つかっておらずキャリア後期に出演した『ブッデンブローク家の人々』(1923年)が現存。物語後半に登場し主人公の一人クリスチャンをたぶらかし妻に収まっていく場末の踊子、アリーネ役を演じていました。

生没年や出身地など伝記データが全く存在せず、実人生が謎に包まれた女優さんでもあります。

[IMDB]
nm0126991

[Movie Walker]

[誕生日]
未詳

[出身]
不明

[サイズ]
8.8 × 13.7 cm

[データ]
Photochemie, Berlin. K.2846. phot. Atelier MacWalter, Berlin.