1928 – Super8 『放浪三昧』 (千恵プロ、稲垣浩監督) 東映/サングラフ版

「8ミリ 劇映画」より

Hôrô Zanmai (« The Wandering Gambler », 1928, Kataoka Chiezo Productions, dir/Inagaki Hiroshi)
Toei/Sungraph Super8 Print

片岡千恵蔵がマキノから独立して立ち上げた千恵プロ初期作のスーパー8版。VHSやDVDでも市販された記録がありますがVHSは松田春翠氏の語り付きで60分版、DVDは無声の40分版と内容に異同があります。サングラフ版スーパー8は上映時間12分ほどで光学録音に竹本嘯虎氏、カセットに花村えいじ氏の語りが収録されていました。

江戸詰めの職務を終え、山道を越えて故郷へと戻らんとする武士たちの列に伊達主水の姿があつた。妻のつゆと一人息子の小太郎との再会を目前に主水の心は躍るのであつた。

その頃、自宅にて留守を守っていたつゆの元に怪しげな来訪者があつた。以前からつゆに横恋慕していた関口荘六である。荘六は江戸で主水が勤王派の志士と知己になつたのを知り、「この一件が明るみになればお前の夫の将来はないぞ」と脅しにかかる。主水が勤王派とやりとりした手紙と引き換えに自分のものになれと云ふのであつた。

自宅に帰り着いた主水であるが、家は奇妙なほどに静まりかえっていた。仏間に入った主水は驚きのあまり凍りつく。仏壇の前には自害してこと切れた哀れなつゆの姿があつた。残された書置きから全ての経緯を知つた主水は関口荘六の家に乗りこみ、妻の仇を容赦なく切つて捨てるのであつた。

脱藩し一子小太郎との流浪の旅に出た主水。やがて二人は京都へとたどり着く。折しも京の町は佐幕派と勤王派の抗争に血なまぐさい空気を漂はせていた。

主水が勤王派と繋がつていると信じた新選組が主水をつけ狙う。近藤勇は配下の者に小太郎を誘拐させ、主水を屯所におびき寄せる。

主水の危急を知った勤王派の志士たちが駆け参じ、佐幕勤王入り乱れた死闘が繰り広げられる。果たしてこの死地を逃れることが出来るのか、小太郎を胸に抱きかかえた主水の運命や如何に。

内容は前半「復讐編」、後半「幕末京都篇」の大きく二つに分かれています。流浪の武士と子供による二人旅の設定は前年の『忠次旅日記 第2部』(伊藤大輔)と重なってきますし、新選組が暗躍する京都を舞台にした作品としては同年の『坂本龍馬』(枝正義郎)があるため、比較していくと色々発見がでてきます。

9.5ミリ版紹介で触れたように『坂本龍馬』では三点照明法を採用することで薄暗い室内でも人物の髪の輪郭がくっきり見えるようになっていました。『放浪三昧』にそういった発想はなく、室内撮影ではスポットの当たった中央一点が極端に明るく周囲が減光、なおかつ頭の輪郭の黒が背景に埋没してしまっているショットが目立ちます。枝正義郎氏との技術力・経験値の差が出てしまっている部分なのかなとは思います。

酔いで視界がぶれて像が4重に見える場面

Rhythm 21 (Hans Richter, 1921) from MoMA Collection

一方で『放浪三昧』は自然描写や静物(屋台の鍋や囲碁盤)を合間に挟み流れにリズム感を生み出すセンスが光っています。また屋台で酔っ払った主人公が店を出た時、視界がブレて通りの光が4重になって見える場面がありました。ハンス・リヒターの前衛アニメーション作品『リズム21』(1921年)と強くリンクした動的・抽象的表現です。稲垣浩氏にとって二回目の監督作品ながらも新人離れした才能、そして野心は見え隠れしている訳です。

しばしば指摘されているように初期千恵蔵の殺陣は軽快で明るさを湛えています。傅次郎の豪胆や妻三郎の壮絶は欠けているものの、テンポの良いスポーティーな立ち回りは見ていて心地良いものでした。

脇を固める俳優陣にも注目。小太郎を演じた中村寿郎は本作が子役デビュー作。以前に16ミリを紹介した1931年日活作品『殉教血史 日本二十六聖人』にも山本礼三郎と滝沢静子の子供役で出演していました。主人公の妻・つゆを演じたのは衣笠貞之助の実妹・淳子さん。戦後までコンスタントに活動されておりますが現存作品が少なく今回初めて動いている姿を見ました。写真では物静かで地味な印象を受けましたが和服姿で髪を上げると品の良い香りが立ちます。

[JMDb]
放浪三昧

[IMDb]
Hôrô zanmai

[公開]
1928年8月1日

[8ミリ版製作]
東映/サングラフ

[カタログ番号]
807

[フォーマット]
60m×1、18コマ毎秒、白黒、光学録音、語り:竹本嘯虎&花村えいじ

1925 – スーパー8 『国定忠治』(澤田正二郎主演、マキノ省三監督)

「8ミリ 劇映画」より

1925 - 国定忠治(スーパ8)

Kunisada Chûji (1925, Tôa Kinema, dir/Makino Shôzô) Early 1970s Sungraph Super8 Print

映畫劇ではない。澤正一派が舞臺では十八番の「國定忠次」をその儘撮影したに過ぎない映畫である。然し澤田正二郎氏の忠次は立派に成功して居る。舞臺で聞く彼獨特の沈痛な臺詞こそ聞かれないが、彼一流の力強い演技は映畫に於ても充分味へられた。舞臺から映畫に移つた俳優の誰よりも巧い事は確かである。決して映畫俳優の演技ではない彼の演技が見る者に何の不自然さも感じさせず思はず拍手を惜しませぬ、彼の力強い演技には全く敬服した。その型の好き敏捷な動作は舞臺同様觀客を唸らせずに置かない。牧野省三氏の監督は映畫劇としては成功して居ないけれど澤正を活かした事は成功して居るそして舞臺俳優を使つて短日時の内にこれ丈のものを作り上げる事は恐らく氏以外にはあるまいと思はせた。老練と云ふ言葉が滿ちている監督振りである。俳優は澤正以外全くゼロで澤正ピカ一である事は止むを得ない。場面では山形屋の痛快さで唸らせ最後の落入りで十分泣かせて居る。

「主要映画批評:國定忠次」
(山本綠葉『キネマ旬報』183号 大正14年1月21日付)

関東一帯の不作と、悪政に苦しむ百姓を見かねた上州長脇差・国定忠治は悪代官を血祭に上げ、一党三百名と共に、関八州の捕手を向うに廻して赤城の山に立てこもった。しかし川田屋惣次などの情義により赤城の山を降りることにした。

「赤城の山も今宵が限り、生れ故郷の国定村や、縄張りを捨て、国を捨て、可愛いい子分の手前等とも別れ別れになる門出だ。加賀の国の住人・小松五郎義兼が鍛えし技物、万年田、溜の雪水に清めて、俺には生涯手前という強え味方があったのだ」……忠治は一人旅に出る。

その道中、通りがかった権堂の宿場外れで、百姓喜衛門の難儀を知り、事情を聞いて山形屋に乗りこみ、だまし取られた金を取り戻してやる。

忠治に恥ずかしめられた山形屋は、子分と共に小松原に待ち伏せ、闇討ちせんと企てたが、白刃一閃二閃忠次に切り倒される。 忠治は再び旅へ…

今回宣材の絵葉書紹介にあわせてスキャンをし直しました。強いコントラストのプリントで白飛びが目立つものの解像度が若干改善されました。

[原題]
国定忠治

[公開年]
1925年

[JMDb]
国定忠次

[IMDb]
Kunisada Chûji

[フォーマット]
スーパー8 白黒無声 55メートル 約10分(18コマ/秒)

1928 – スーパー8『坂本龍馬・前編』(枝正義郎監督、阪妻プロ)マツダ映画社版

「阪東妻三郎関連」より

Sakamoto Ryoma (1928, Bantsuma Production, dir/Edamasa Yoshiro)
Matsuda Film Productions Super8 Print

マツダ映画社が戦後、無声映画鑑賞会の会員向けに限定で販売していた『坂本龍馬』8ミリ版。前後編100メートルずつの構成で上映時間はトータル34分。今回入手したのは前編のみで後編用ケースに収められていました。ビネガーシンドロームが進み始めた状態だったため実写はせず一部のスキャンのみ行いました。

『坂本龍馬』に関しては以前に戦前1930年代の伴野9.5ミリ版を紹介しております。比較のため対応場面を並べていきます。

顔の細やかな陰影、衣類のひだなど8ミリ版は細部が潰れてしまっています。それでも決して悪いプリントではありませんよね。一方の9.5ミリ版は上と右のトリミング幅が大きく人物の頭が見切れてしまっています。パーフォレーション(フィルム送り用の穴)が人物の頭にかかってしまっているため映写時に構図が崩れてしまうのです。構図に関してはマツダ映画社版がオリジナルに忠実という結果になりました。

2年前にフラットベッドスキャナーで取り込んだ画像データ。上部中央の穴(パーフォレーション)が頭にかかってしまっています

画質以上の大きな違いは編集方針です。

8ミリ版は「つなぎ」の場面を多く含んでいます。薩長土の連合に向けた打ちあわせのため、龍馬が寺田屋から駕籠で薩摩藩邸に向かうところで見回り中の新選組がその姿を認め情報収集を行います。この場面は8ミリ版のみ収録。

また寺田屋襲撃の場面でも龍馬が一旦はお龍(森静子)を逃してから新選組との死闘に向かいます。その後寺田屋2階の窓から脱出し、なんとか川辺に辿りついたところをお龍らの乗った小舟によって救われる…という展開です。9.5ミリ版では最初のお龍を逃す場面が欠けています。そのためお龍たちが唐突にどこからともなく助けにやってくるやや不自然な流れになっていました。

9.5ミリ版は細かなつなぎの場面を省略する代わりに、藩邸での龍馬の弁舌や寺田屋での立ち回りを長く収録。

どちらが良いという単純な問題ではないのですが、すでにスクリーンで作品を見ていて流れを知っている視聴者にとっては名場面を長く収めた9.5ミリ版の方が見ごたえがあるのかなと思います。一方の8ミリ版は全体の流れが分かりやすく初見に優しい構成となっていました。

気になったのは龍馬が後藤象二郎に大政奉還の建白書提出を持ちかける場面。

流れ的に同じ場面なのですが8ミリ版では龍馬を単体で捉えているのに対し、9.5ミリ版では後藤象二郎の肩越しに龍馬を捉える構図になっています。どちらも元の35ミリネガに含まれていてマツダ版と伴野版では選んだ場面が異なっていたのかもしれません。そうでないとすると別テイクに差し替えられていた可能性が出てきます。

[原題]
坂本龍馬

[公開年]
1928年

[JMDb]
坂本龍馬

[IMDb]
Sakamoto Ryôma

[フォーマット]
スーパー8 白黒 100メートル 光学録音

2021 – ホームムービーのデジタルアーカイブ『世田谷クロニクル 1936-83』by 生活工房 紹介記事(アーバンライフ・メトロ)

先日、東京拠点のウェブマガジン「アーバンライフ・メトロ」に世田谷に特化した古フィルムのデジタルアーカイブの紹介記事が掲載されていました。

「見てるだけで涙が」とSNSで反響
8mmフィルムに残された
昭和時代の家族の肖像とは

『世田谷クロニクル 1936-83』はせたがや文化財団・生活工房がNPO法人(記録と表現とメディアのための組織)の協力を得て収集した個人撮影8ミリ動画のオンライン・デジタル・アーカイヴ。2021年5月のサイトリニューアルをきっかけに口コミで話題となっていったようです。

古い個人撮影動画をデジタル公開する試みはユーチューブを含め多く見られますが、対象を一つの行政単位、コミュニティに絞った企画は海外でも例がなく、「匿名者たちによって連綿と記録されてきた集団の記憶」と形容できる独特の世界線を描いています。8ミリ独特の発色や解像度、フリッカリングが被写体とあいまって良い感じに昇華されています。

1931 – Super8 『雪の渡り鳥』(阪妻プロ、宮田十三一監督)東映/サングラフ版

阪東妻三郎関連 [Bando Tsumasaburo Related Items]より

Koina no Ginpei: Yuki no wataridori
(1931, Bantsuma Production, dir/Miyata Tomikazu)
Early 1970s Toei/Sungraph Super8 Print

明治三十四年東京に生まれる。本名 田村伝吉。

歌舞伎から出て、大正十二年マキノ映画に入る。

チャンバラ映画史上最大のスターの一人で、昭和初期の時代劇革新運動の流れの中で、(それまでの時代劇映画は、講談本を材料としたものや、歌舞伎の引き写し的なものが大部分であったが、ここに至って、人間そのものを追究しようとする方向に向かった)尾上松之助調のおっとりとした立廻りを、すさまじい怨念のこもったスピーディーなものにつくり変え、豪放な立廻りの第一人者となる。

晩年は「破れ太鼓」等の小市民映画に出演、その重みのある演技には定評があった。「雪の渡り鳥」は、昭和六年度・阪東プロ作品で、原作は股旅物の名匠長谷川伸。人間味にあふれたヤクザ・鯉名の銀平に扮し、思い人の夫を悪徳ヤクザの手から助け、一切の罪を我身に引受けて、役人の手に引かれていく男の悲劇を、見事に演じ切っている。その他の代表作に「雄呂血」「無法松の一生」(戦前)、「素浪人罷通る」(戦後)などがある。

昭和二十八年死去。

阪東妻三郎『雪の渡り鳥』
(活動写真名優シリーズ・解説書)

「あの…帆立一家の者…今日も散々の目にあわされ…悔しがってあの人が一人であたしを縛り上げて今…殴りこみに行ったんだよ。ねぇ、銀平さん…あの人ひとりじゃとても」
「うーむ、当たりめえのこった。卯之ひとりであれだけの大勢に敵うわけがねえ。折角幸せになったオメエもなあ。よし、俺に任してくれい。必ず卯之は連れてきてやるよ」

「…だ、だ、誰だ!」
「誰でもねぇ!やくざに戻った卯之吉でい。よくもあんな目に遭わせやがったなぁ。仕返しに来たんでい」
「何ぃ、唯一人でてめえがけい。おう、知れたこってい」

「誰だ!」
「…鯉名の銀平よ」
「て、てめえは銀平!」
「当たりめえだ。覚悟しやがれ!」

「お、お役人さん。待っておくんねえ、待っておくんねえ。お願いでござんやす。この下手人は…この卯之でございやす。あの、銀平兄貴には何の罪がねえんだ」
「いけませんぜ、お役人。それは違いやすよ。ねえ、あっしが下手人でござんすから、どうぞ。あんな野郎に何ができるもんじゃございやせんよ」

1970年代前半~中盤と思われるサングラフ版で(同梱の愛読者カードの差出有効期間が1976年2月末まで)長さは60メートル(約12分)。3年程前に一度実写のスクリーン画像を撮影。今回自作スキャナーで取りこみ直しましたが正直そこまで大きな画質の改善はなかったです。

カセットテープ付きで弁士は竹本嘯虎。喉を鳴らすような威勢の良いべらんめい口調が特徴です。

[タイトル]
雪の渡り鳥

[JMDb]
雪の渡り鳥

[IMDb]
Koina no Ginpei: Yuki no wataridori

[公開]
1931年10月15日(常盤座)

[メーカー]
東映ビデオ(製作)/サングラフ(配給)

[フォーマット] Super8、60m、白黒

1931 – Super8 『雪の渡り鳥』(阪妻プロ、宮田十三一監督)マツダ映画社版

阪東妻三郎関連 [Bando Tsumasaburo Related Items]より

Koina no Ginpei: Yuki no wataridori
(1931, Bantsuma Production, dir/Miyata Tomikazu)
Matsuda Film Productions Super8 Print

『雪の渡り鳥』の小型映画版としては東映ビデオが制作したサングラフ社版(60メートル)が有名で、何度か中古市場に出ているのを見た覚えがあります。それ以前にマツダ映画社が無声映画鑑賞会の会員向けに配布していた4巻物(240メートル)のプリントを見つけました。

語りは無声映画鑑賞会の設立者の一人でもある松田春翠氏。フィルムにあわせカセットテープも4本組になっていました。

画質的にはサングラフ版に劣るものの、前半の流れ(物語背景の説明)がしっかり含まれており、また尺が長いため弁士の語りにも余裕があって細かなニュアンスまで表現できています。

「銀平さん、卯之さんは、帆立一家へたった一人で殴りこみに…」
「何、殴りこみ?そりゃお前…本当かい」
「あの人一人を殺すわけにはいかない…わたしも一緒に死にたい…あたしも…」
「待っていなよ、カタギで通そうと我慢してきた卯之吉が男の意地を立てに出かけたというのか…なぁに、かたぎ衆には何にもさせはしねえ。こういうことを引き受けるのが渡世人だ。お市ちゃん、きっと卯之吉は連れて帰ってくるぜ」

「お、お待ちくださいまし、お役人。本当の下手人はこの…あっしでございやす。」
「何!?」
「な、何を言うんでい、馬鹿野郎。渡世人の手柄を横取りする気けい。…旦那、こんな野郎の、どうして帆立の親分などが斬れる訳のもんがありません。どうか、あっしをお引きなすって」

これまでに紹介してきたフィルムでは1931年の右太衛門主演作『旗本退屈男』がマツダ映画社のプリントでありながら市販の形跡がなく出所が分かっていませんでした。あのフィルムも限定配布されていたのでしょうね。

『雪の渡り鳥』には110~113までのナンバリングが付されていたところから同種のフィルムがまだ100本以上存在していたことも分かりました。頻繁に市場に出てくる類ではなさそうですが記憶の片隅に留めておいて良さそうです。

[タイトル]
雪の渡り鳥

[JMDb]
雪の渡り鳥

[IMDb]
Koina no Ginpei: Yuki no wataridori

[公開]
1931年10月15日(常盤座)

[メーカー]
マツダ映画社

[メーカーカタログ番号]
110~113

[フォーマット] Super8、60m×4、白黒、非売品

1922 – Super8 『吸血鬼ノスフェラトゥ』(F・W・ムルナウ監督) 西独DEFA版

1922-『吸血鬼ノスフェラトゥ』

Nosferatu: Ende des Vampirs
(From « Nosferatu », dir/F.W. Murnau, 1922) DEFA Super8 Print

先月末にスキャンと併せて映写機での実写を行いました。

名の知れた一作でもあって英語版の16ミリや8ミリを市場で見かけることがあります。フィルムの現存状況や修復版の元となった35ミリプリントの詳細な情報はブレントン・フィルム [英語]でまとめられています。

ドイツでは西ドイツのDEFA社から2巻(前編『吸血鬼の棲まう城』245番、後編『吸血鬼の最期』247番)に分けられたスーパー8のダイジェスト版が発売されていました。こちらはその後編。

このフィルムに関しては2017年に一度実写でのスクリーン画像をそのまま撮影しています(使用映写機はベル&ハウエルのフィルモソニック498型)。

実写では中央部で白飛びが目立ち顔の肌の細かな陰影が消えてしまっています。ただし光量の落ちる周辺部は比較的しっかりと描写できていました。ランプを使うと光源となる中心がどうしても明るくなるためこういった質感になります。一方デジタルスキャンは四隅まで満遍なく安定しているものの暗い部分で潰れてしまい細部を拾えていない所があります。

またDEFA版8ミリではフィルムを送る穴(パーフォレーション)の上下まで映像が広がっています。実写時にこの部分は映写されないため、左側がトリミングされる形になり被写体が左に寄っていました。

本作を下敷きにしたヘルツォーク監督の『ノスフェラトゥ』(1979年)では吸血鬼と同時にやってくるペストの要素が強調されていました。古来から吸血鬼伝説と疫病への恐怖は連動してきたもので、本作にも公開の2年程前まで猛威を振るったスペイン熱の記憶が見え隠れしています。

[原題]
Nosferatu: Ende des Vampirs

[製作年]
1922

[IMDB]
Nosferatu – Eine Symphonie des Grauens

[Movie Walker]


[メーカー]
DEFA

[カタログナンバー]
247

[フォーマット]
Super8 白黒無声

スーパー8 『邦画名作抄 美人女優列伝 トーキー時代・スター誕生』

8ミリ 劇映画より

« Legend of The Shochiku Beauties, Chapter 2 : Talkie… Stars Are Born »
1970s Super8 Anthology


1) 戸田家の兄妹(1941年、小津安二郎) 桑野通子、高峰三枝子、三宅邦子、坪内美子ほか [JMDb]


2)信子 (1940年、清水宏) 高峰三枝子、三浦光子、飯田蝶子ほか[JMDb]


3)木石 (1940年、五所平之助) 木暮実千代、赤木蘭子ほか [JMDb]


4)隣りの八重ちゃん (1934年、島津保次郎) 逢初夢子、高杉早苗、岡田嘉子ほか [JMDb]


5)暖流 (1939年、吉村公三郎) 水戸光子、高峰三枝子 [JMDb]

松竹映画史を女優視点で振り返っていくスーパー8版アンソロジーの第二篇。

冒頭を飾るのは小津作品『戸田家の兄妹』。妖婦や悪女役など翳りの多い役柄が多かった桑野通子さん新境地が評価されたものです。続いて高峰三枝子さんが女学校の女性教師を演じた『信子』。しばしば女性版『坊ちゃん』と呼ばれますが、多感な女生徒たちと教師・信子の関係には数年前に日本で公開された『制服の処女』の影響を見て取ることもできます。

ベテラン看護婦(赤木蘭子)とその娘襟子(木暮実千代)の物語を描いた『木石』。母娘二人のコントラスを効かせながら、襟子の出生の謎が次第に解き明かされていきます。8ミリ版ナレーションでは時局を踏まえ、戦前期松竹の最後を飾るメロドラマの位置付けをされていました。

一旦1930年代前半に戻って『隣りの八重ちゃん』に移ります。撮影や脚本、配役に無声期の雰囲気が強く残っている感じ。八重の友人役で瑞々しい存在感を見せた高杉早苗さんが高く評価されていました。

トーキー篇のトリを務めるのは『日本映画史・前編』でも紹介されていた『暖流』。喫茶店での抜粋も含まれています。男一人、女二人の三角関係を軸に進んで行く物語で当時は映画フアンがぎん派(水戸光子)と啓子派(高峰三枝子)に分かれていたエピソードも紹介されていました。

[発売時期]
1970年代

[発売元/製作/提供]
テレキャスジャパン/大沢商会/松竹

[フォーマット]
スーパー8 白黒200フィート(24コマ/秒) 光学録音・テープ付き

スーパー8 『邦画名作抄 美人女優列伝 サイレント時代・草分けの美女たち』

8ミリ 劇映画より

« Legend of The Shochiku Beauties, Chapter 1 : Pioneers from The Silent Era »
1970s Super8 Anthology


1) 伊豆の踊子(1933年、五所平之助監督) 田中絹代、若水絹子ほか [JMDb]


2)松竹スタジオ紹介他


3)不壊の白珠(1929年、清水宏監督) 及川道子、八雲恵美子ほか [JMDb]


4)与太者と海水浴(1933年、野村浩将監督) 井上雪子、光川京子、高峰秀子ほか [JMDb]


5)夜ごとの夢(1933年、成瀬巳喜男監督) 栗島すみ子、飯田蝶子ほか [JMDb]


6)金色夜叉(1937年、清水宏監督) 川崎弘子 [JMDb]

2018年初頭に入手したスーパー8版アンソロジー。トーキー篇の紹介にあわせてこちらもスキャンしました(前回は映写した画面をそのまま撮影)。

田中絹代さん主演の『伊豆の踊子』で始まり、松竹スタジオの外観などを挟みながら井上雪子さん主演の『与太者と海水浴』へ。浅瀬に着衣のまま飛びこんでしまう大胆な展開に。

名作『不壊の白珠』を挟んで『夜ごとの夢』。栗島すみ子さんキャリア後期の作品で子供に頬をつけて泣いている時の表情が圧倒的。最後に『金色夜叉』での寛一お宮のやりとりが紹介されています。どの女優さんも雰囲気ありますね。

[発売時期]
1970年代

[発売元/製作/提供]
テレキャスジャパン/大沢商会/松竹

[フォーマット]
スーパー8 白黒200フィート 磁器録音(24コマ/秒)

1957 – Super8 『松竹8mmライブラリー 日本映画史 前編』(Japanese Cinema History Part I, super8)

8ミリ 劇映画より

c1970 Super8 日本映画史 前編

« Japanese Cinema History : Part I 1887-1949 » (1957, Shochiku Ofuna, dir/Iwaki Kimio)
c1970 Sungraph Super8 Print

1957年に公開された松竹制作による短編ドキュメンタリー。同社が制作した戦前作品を中心とし、活動寫眞の到来から戦後までの映画史の展開を貴重な映像でまとめ上げた一作。

8ミリ版は1960年代末~70年代初頭に発売されたと思われ、前後編の2巻構成。前編は19世紀末の映画前史から終戦後の1949年までを扱っています。2年前の購入時に一度紹介しているのですが画質が悪く、今回綺乃九五式で再度スキャンし直しました。


1887年 『疾走中の馬の連続写真』 エドワード・マイブリッジ

Sallie Gardner at a Gallop [imdb]

まずは明治時代まで遡り「動く写真」の発明としてエジソンの功績と並びマイブリッジ作品が紹介されていきます。


1899年 『紅葉狩』 柴田常吉監督

Momijigari [imdb] [jmdb]

現存する最古の日本映画として知られた『紅葉狩』。九代目市川団十郎、五代目尾上菊五郎出演。現在は国立映画アーカイヴの「映像で見る明治の日本」の動画紹介ページで閲覧が可能です。


1900年 『鳩の浮巣』土屋常二撮影

Nio No Ukisu imdbjmdb

『明治二十八年の両國大相撲』(別名『回向院夏場所大相撲』)でも知られる土屋常二(ジョージ)氏が残したもう一本の映像作品。初代中村鴈治郎出演。


1911-12年 『白瀬中尉の南極探検』 記録映画 田泉保直撮影

Japanese Expedition to Antarctica imdbjmdb

明治末期に行われた白瀬矗注意による南極探検の実録もの。JMDbでは『南極実景』として登録されている一篇で、こちらも「映像で見る明治の日本」で高画質なバージョンを閲覧できます。


1911年 『ジゴマ』ヴィクトラン・ジャッセ監督

Zigomar imdb

日本で大規模な社会現象を引き起こした仏エクレール社の悪漢活劇。ジゴマの百面相を描いた紹介場面と物語途中の抜粋が収録されています。


製作年不明 『自雷也』尾上松之介主演

Jiraiya (Unidentified Version)

松之助十八番。自雷也が妖術を使う場面ながら松之助版自雷也のどれに当たるのか未特定。明治42年ではなくもう少し後年の作品と思われます。


1913年 『アントニィとクレオパトラ』 エンリコ・ガッツォーニ監督

Marcantonio e Cleopatra imdb

絢爛たる古代ローマ世界を描き出し日本でも大きな話題を呼んだ一作。8ミリ版では弁士・玉井旭洋の語りが付されていました。


1913年 『天馬』ハリー・ピール監督

Die Millionenmine imdb

第一次大戦開戦直前に輸入され、国内でのドイツ冒険活劇流行のきっかけとなった一作。ブラウン探偵(ルートヴィヒ・トラウトマン)が囚われの美女(ヘッダ・ヴェルノン)を救い出す場面で弁士・泉天嶺の語りが付されています。


1915年 『後のカチューシャ』細山喜代松監督

Nochi no Katyusha imdbjmdb

向島に新設されたばかりの初期ガラススタジオで撮影された初期日活現代劇。出演は立花貞二郎と関根達発ほか。国立映画アーカイヴやマツダ映画社にも所蔵記録のない作品で、断片を見れたのは感動でした。


1921年 『路上の霊魂』村田実監督

Souls on the Road (Rojô no reikion) imdbjmdb

日本の映画制作が新しい段階に入った様子を告げるモダンな現代劇。国外からの評価が高いことでも知られる一作です。


1921年 『虞美人草』小谷ヘンリー監督

Gubijinsô imdbjmdb

歸山教正氏と並び国産映画の近代化に功あった小谷ヘンリー監督の代表作。グリフィスの影響が濃く、戦闘場面での流動的な表現など日本映画になかった新しい試みを持ちこんでいます。


1923年 『船頭小唄』池田義信監督

Sendô kouta imdbjmdb

帝キネの『籠の鳥』と並ぶ小唄映画ブームの先駆け作品。栗島すみ子の健気で可憐なイメージ戦略をさらに一歩推し進めたものでもあります。


1923年 『関東大震災』記録映画

The Great Kantō earthquake

被災直後、瓦礫の山と化した街並みや、炊き出しに並ぶ被災者たちの姿などを生々しく記録した巨大災害の記録。首都圏を襲った未曽有の災害は初期日本映画の展開にも少なからぬ影響を与えました。


1931年 『マダムと女房』五所平之助監督

Madame and Wife imdbjmdb

斉藤達雄と田中絹代のかけあいが楽しい初期トーキー。


1938年 『愛染かつら』野村浩将監督

The Tree of Love imdbjmdb

看護婦として働くシングルマザーと医学者との悲恋を描いた戦前を代表する和製メロドラマ秀作。


1939年 『暖流』吉村公三郎監督

Warm Current imdbjmdb

高峰三枝子、水戸光子、佐分利信の入り組んだ人間模様を背景に描かれる、硬質な叙情性を帯びた恋愛ドラマ。


1943年 『花咲く港』 木下恵介監督

Port of Flowers imdbjmdb

九州の離島を訪れたペテン師二人組の行く末を軽妙に描いた木下恵介監督デビュー作。


1945年 『そよかぜ』 佐々木康監督

Soyokaze imdbjmdb

「リンゴの唄」の朗らかな響きと共に終戦直後の人々に希望を与える一作となりました。


1949年 『悲しき口笛』家城巳代治監督

Sad Whistling imdbjmdb

笠木シズ子をアップデートする形で日本歌謡を刷新した不世出の歌姫の映画デビュー作。10代前半でこの貫禄はさすが。


1949年 『晩春』 小津安二郎

Late Spring imdbjmdb

20世紀前半の(松竹版)日本映画史は小津の形式美と情緒によって完成された…とまとめたくなる編集です。


白黒110メートル(約18分)
光学録音
サングラフ/松竹

1915 – Super8 『呪の列車』(米ヴァイタグラフ社、ラルフ・インス監督) 英ペリーズ版

8ミリ 劇映画より

The Juggernaut (Vitagraph, 1915, dir/Ralph W. Ince)
1960-1970s UK Perry’s Films Ltd. Super8 Print


「おや」、工具を手にした点検技師は、木橋までやつて來たところで足をとめた。前回の点検では気づかなかつたが、ひどく朽ちた線路の枕木が今にも崩れ落ちさうである。「これは大変だ」、技師は踵を返して足早に報告へと向かう。

同時刻、一台の車が道端に停まつた。「お嬢様、申し訳ございません、タイヤがパンクしたようです」「いやねえ、こんな急ぎの時に…」「あちらの方向に駅がありますので」鉄道会社の令嬢ルイーズは父に頼まれた書類を届けようとしていた。運転手の言葉に從い木造の駅舎に向かう。「車が故障したので13時半の列車に乗りました」父宛に電報を一通したため、停車場に出るとちやうど機関車が着いたところであつた。

ルイーズの父親で、鉄道会社を経営しているフイリツプの手元に二通の電報が届いた。一通は娘からの連絡で二通目は線路異常の報告。「…おや?」、社長室の壁に貼つてあつた路線図に目を向ける。13時半の列車が向かう先には…枕木の崩れかけた橋が!「大変だ」、フイリツプは列車を停めるよう指示を出し、車へと飛び乗るのであつた。

危地に陥つた娘の身を案じフイリツプは車を急がせる、しかし列車は轟音とともに眼前を通り過ぎていつた。「かくなるうえは…」、湖を高速ボートで横断して先回りしようとする。白煙を上げ死へ突進していく呪ひの列車、はてさて、ルイーズ嬢と乗客たちの命運や如何に。

1915年のヴァイタグラフ社作品『呪の列車』は8ミリ文化が成熟した戦後に一度再発見されています。米ブラックホーク社版のスーパー8版と同時期に英国で市販されていたのがこちら。最終リールを編集した内容で物語のクライマックスとなる列車の転覆場面が含まれています。

タイトルや字幕はオリジナル版をそのまま使用。8ミリなのでさすがに細かな陰影は潰れてしまっています。16ミリベースのハーポディオン社新デジタル版と見比べると歴然ですね。それでも米ブラックホーク社の8ミリ版と比較するとクリアな画質でした。

『呪の列車』はヒロインが死地に追いこまれていくカタストロフ物でそこにメロドラマ要素を絡みあわせています。最終リールにそのエッセエンスが凝縮されているためこの場面だけでもある程度作品を理解することができます。

一方本作には親子二代に渡る因縁の物語が含まれていました。元々は1890年代と1910年代の出来事を前半後半でクロスさせた物語。両親の意向により相思相愛の男女が一旦は引き裂かれ、ヒロイン(アニタ・スチュワート)は望まずに鉄道会社社長の妻となり、娘を産んだ直後に若くして病死。20年経って母親と瓜二つに育った娘ルイーズ(アニタ・スチュワート二役)がかつての母親の恋人(アール・ウィリアムズ)と出会うことで運命の輪が再度開かれていく…という展開を取ります。

鉄道会社社長は自分の立身と幸福の為なら親友を裏切ることも厭わない人物として描かれていて、その強欲とエゴイズムが「呪ひ」を生み出し、最愛の妻の忘れ形見ルイーズの破滅をもたらしていく。1910年代の映画脚本としては最もギリシャ悲劇に近い構成になっていて、それを演者やスタッフが高い完成度で仕上げたからこその名作になっています。

本物の列車を湖に沈めて話題になった作品ではありますが、物語的な背景や必然性まで意識してみるとまた違った見方・評価ができるのではないかと思われます。

1915 – Super8 『呪の列車』(ヴァイタグラフ社、ラルフ・インス監督) 米ブラックホーク版

8ミリ 劇映画より

The Juggernaut (Vitagraph, 1915, dir/Ralph W. Ince)
Late 1960s US Blackhawk Super8 Print

こちらでは主にフィルムの話をしていきます。

初公開から5年経った1920年、ヴァイタグラフ社の旧作古典を振り返る企画がありその際に『呪の列車』が再上映されています(その際に本来5リール物だったのが4リールに編集し直されています)。確認できている限り一般向けに上映されたのはこれが最後となりました。1920年代には小型フィルムが普及し始めるもこの時期の米コダック社16ミリフィルムカタログに『呪の列車』の名はありませんでした。

状況が変わったのが第二次戦後、8ミリフィルムの文化が成熟してからでした。1960年代末、米ブラックホーク社を運営していたデヴィッド・シェパード(David Shepard)氏が本作の最終リールを8ミリ化し市場に投入、半世紀ぶりに本作を見ることができるようになりました。

このブラックホーク版は画質が悪いとされています。今回購入する際にその話は知っていて、確認のために綺乃九五式でスキャンをかけてみました(スキャン条件は同一)。その結果がこちら。左が米ブラックホーク版、右が英ペリーズ版です。

ブラックホーク版はコントラストが低く画面が暗くなっています。映写機で映すとさらに解像度が落ちるので目を細めても見えないレベル。批判は当たっているように見えます。

しかしよく見てみると英ペリーズ版はコントラストを無理に上げているため細部が潰れてしまっています。元ネガにあったグラデーションを残しているのはブラックホーク版でした。デジカメやスマホでの写真撮影もそうですが白飛びさせてしまうとその部分のデータが消えてしまうのに対し、暗い画像には陰影のデータが残っているので光量調整で何とかなる、の話と同じです。明るい光源(1500w位)と良いレンズで上映するならブラックホーク版の方が綺麗に映る可能性もあります。

箱にはフィルムだけではなく購入時(1975年11月28日)に発生した注文書コピー、発送記録の控え、72セント相当のブラックホーク社クーポン券が残されていました。

1917 – スーパー 8 『チャップリンの勇敢』(大沢商会/東宝/東和版、1970年代中頃)

« Easy Street » (1970s Super8 Ôsawa Shokai version, based on Towa B Negative)

チャップリン短編の8ミリ版は幾種類かあり、中でも大沢商会から発売されていたこのシリーズは比較的よく知られています。

元々は東和株式会社(現・東宝東和)の創業45周年を記念した「ビバ!チャップリン」という企画の一環で発売されたものです。東和商事合資会社としての創業は1928年にさかのぼりますのでフィルムの発売は1973年頃となるようです。「ビバ!チャップリン」は第一弾に『冒険』『拳闘』『移民』『勇敢』『消防夫』の5作を発売、その後ジャケットを変えて第二弾の『誘拐船』『大番頭』『活動屋』の3作が発表されています。

今回はその中から『勇敢(Easy Street)』の紹介です。ミューチャル社から公開された1917年作品で、チャップリンとヒロイン役のエドナ・パービアンス、悪漢役のエリック・キャンベルの絶妙なバランス感覚を楽しめる一作。