1926年 – 市川右太衛門主演『孔雀の光 前編』(マキノ、沼田紅緑監督)説明本・出版者不明


何は兎もあれ、生命に代えて守護して居る大切なる御宸筆が怪賊の手に奪られたあつては、朝廷に對し奉りて御申譯がない。何うあつても之れを尋ね出さなければならぬ、と一大決心を起したのが少將の令嬢八重姫である。

『譬え女でも武士の娘である、御宸筆取り戻して父の仇を討たなければ申譯がない』 健気な決心に侍女のお節も之れに勵まされて姫にお供を願ひ出た。

二人は甲斐甲斐しく身支度して門出の折から之も姫に同情して怪賊の在所を探しに出たのが藤島求馬である。


時は幕末。朝廷から水戸光圀に討幕の命が下された。その旨を記した宸筆が松島通忠左少将の手にあると知った佐幕派は通忠暗殺を決行、宸筆の強奪に成功する。父の仇を討つべく、通忠の娘・八重姫(マキノ輝子)は侍女のお節(泉春子)と共に宸筆探しの旅に出た。八幡山の奥に賊が隠れ潜んでいるのを見つけ出したが、誘拐され返り討ちの危機に陥る。窮地の八重姫を救ったのは、親友中岡慎太郎(中根龍太郎)の情報を受け馳せ参じた忠臣・藤島求馬(市川右太衛門)であった…

幕末を舞台にした勧善懲悪の冒険譚で、独立前の歌右衛門がマキノ時代に出演(『快傑夜叉王』『鳴門秘帖』)していた大作の一つとなります。説明本は3部作の第1部を扱っておりこの後鈴木澄子さんや武井龍三氏が登場、歌右衛門が二役をこなすなど物語が広がっていきます。


[JMDb]
孔雀の光 前編

[IMDb]
Kujaku no kikari – zenpen

[フォーマット]
13.2cm×9.8cm、10頁

[出版年]
1926年

1926年 – 阪東妻三郎主演『幕末』(阪妻プロ 、宇澤芳幽貴監督)説明本・出版者不明


「阪東妻三郎関連」より


彼の武士は、いよいよ圖に乗つて亂暴を働いて居る、此有様を見た兵之助は忽ちムツと怒り出し「ヤア無禮な奴である。場所もあろうに斯る遊里の巷で亂暴を爲すとは男らしくもない奴じゃヨシ俺が取つ締めてやるぞ」と猛然として進み寄つたる兵之助は彼に近寄ると見る間に、ドツと背ひ投げを喰はしてしまつた。其勢に恐れて始めの勇氣は何處へやら鼠の如く小さくなつて人込みの中へ逃げ込んでしまつた、兵之助はカラカラと打ち笑ひながら其場を立ち去つて行った。そして神前組の所へ歸つて來た。隊長の近藤勇は彼を読んで何事か密儀を始めた。兵之助の妻の綾は後妻であつたそして先夫との間に出來た一人娘を連れて兵之助の許へ來たのであるが其の連れ子の娘が何者かに誘かいされて行方不明となつたのでお綾は毎日夫れを氣に病んで悲しい日を送つて居る[…]。


阪妻プロの初期作の一つ(第8作目)で『蛇眼』の次作として公開された作品。先日紹介した東亞の『傷魂』と同じ発行者と思われる小型サイズの解説本です。

『雄呂血』で助監督を務めた宇澤芳幽貴が初めて監督に挑戦。また松竹の特作映画(『修羅八荒』『孔雀の光』)で注目を集めていた新進女優・五味国枝が初めて阪妻と共演した一作でもあります。


[JMDb]
幕末

[IMDb]
Bakumatsu

[フォーマット]
13.2cm×9.8cm、10頁

[出版年]
1926年

1926 – 高木新平・生野初子主演『傷魂』(東亜キネマ、長尾史録監督)説明本・出版者不明



京傳は、遂に此の玄右衛門を暗殺して仕舞つた、其後に残されたのが伜の銀之助である、『あゝ我が父を殺したのは京傳である、『彼れを討ち取つて父の仇を返さなければならぬ』とさまざまに苦心して居たが却つて京傳に覺られて已に危くなつて來たのを、京傳の娘なる彌生のために計らずも、助けられたのが妙な縁となつて、二人は仇同士の子と子でありながら、戀と戀との不思議な運命の仲となつてしまつた。


1926年に出版された豆本サイズの解説本で出版者の記載はなし。表紙を開くと写真が一枚あって、次ページに配役一覧、その後文章が7頁続いていきます。同時に公刊されたと思われるものを他に2冊所有しており、他に東亜の『南蛮寺の怪人』『強狸羅』が出ていたのも確認しています。

天草四郎の乱を背景とし、島原藩での権力争いに巻きこまれる形で仇の子供同士である相馬銀之助(高木新平)と久利部彌生(生野初子)が戀に落ちていく…の展開となっていきます。

物語のさわりの部分だけを紹介したものでこの後銀之助と彌生にどのような運命が待ち受けているのかは分からないままです。体裁、内容的にみて市販されたものではなく、客の興味を引くため映画館が宣材として配っていた非売品かなの印象があります。


[JMDb]
傷魂

[IMDb]
Shokon

[フォーマット]
13.2cm×9.8cm、10頁

[出版年]
1926年

1931 – 大島印刷株式会社・活動文庫(その三) 『阿波十郎兵衛』 (帝キネ/新興、寿々喜多呂九平)

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こちらは浪花、十郎兵衛と約束した鱶七は、或る夜小幡の室へ忍び込んで、まんまと名刀國次を盗み出し、之を十郎兵衛の宅へ持來して「サー旦那、お約束の刀は持つて參りました……五百兩の方はいかゞでございます」十郎兵衛「未だ江戸から參らぬ故もう二三日猶予してはくれまいか」鱶七「私の方には他の買手も出ましたから……ではその方へ譲るとしませう」十郎兵衛「では明日の晩まで待つてくれ……きつと五百兩、耳を揃へてお渡し申さう」

足利将軍の末裔阿波家では権力争いが苛烈を極め、家老の一人鐵川は同僚松永の保管する名刀を盗ませ松永の失脚を狙おうとした。阿波家伝来の宝刀盗難に気付いた松永は大阪に赴き、かつて仕えていた阿波十郎兵衛(雲井龍之介)に事件の解決を依頼する。十郎兵衛は刀のありかを突きとめたものの買い戻すには500両の大金が必要だった…

マキノや東亞で脚本(1924年『逆流』、1925年『雄呂血』)を手掛けた寿々喜多呂九平が30年代に帝キネ〜新興で監督業に進出した時期に残した作品。主演に雲井龍之介、その妻に鈴木澄子を配しています。

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阿波十郎兵衛は様々な逸話で知られた江戸期の凶賊でした。金品狙いで巡礼の娘を殺した一件が発覚し逮捕されます。陰惨な殺人事件を近松門左衛門が美談化したのが『傾城阿波鳴門』第八段で、帝キネ版はこの浄瑠璃バージョンを展開した内容となっています。

JMDbを確認したところこの作品に対応する1931年のエントリーが二つありました。一つが帝キネ製作、もうひとつは新興キネマ版です。

帝キネは1931年8月に消滅し新興キネマに改組しています。そもそも活動文庫版の出版された9月には会社自体が存在していなかったのです。1931年7月に試写が行われキネマ旬報など映画誌の8月号に記事が掲載されるも実際には上映されずに元の製作会社が消滅。立て直しが終わった11月に改めて新興キネマ版『阿波の十郎兵衛』として公開された流れでしょうかね。

[JMDb]
阿波十郎兵衛(帝キネ)
阿波の十郎兵衛(新興キネマ)

[IMDb]
Awa jûbei

[出版者]
大島金四郎

[出版]
昭和6年(1931年)9月10日

[フォーマット]
B7(13×9センチ)、16頁、スチル写真5枚含む

1931 – 大島印刷株式会社・活動文庫(その二)『海江田譲二の高田の馬場』(日活、辻吉朗監督)

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或る一日街頭の易者に己の身上を占はせました。
『世辭追従の嫌ひな貴殿の氣質を當世向きにしなければ士官はなかなか困難です……それに今の世の中は何といつても腕前なぞより金ですからね』
と淡泊と片付けられ、氣早な安兵衛憤つたの怒らないの易者の机を引ッ繰り返し道具をメチヤメチヤにして歸つたこともありました。

昭和6年(1931年)に『新釈高田の馬場』として公開された作品。前年春に日活に入社した海江田譲二の初期作で、説明本も同氏の名前を前に出しています。海江田譲二はこの後同社の股旅物(『沓掛時次郎』)で知名度を上げ、日活を離れ大都に流れ着いてからも剣戟物で活躍していきます。

海江田氏の初期作は「近代味のある時代劇」とも評されていました。本作でも腕は立つが協調性に難があって士官先を見つけられない安兵衛の設定に世界恐慌後の就職難、拝金主義が重ねあわされているようです。

[JMDb]
新釈高田の馬場

[IMDb]
Shinshaku Takadanobaba

[出版者]
大島金四郎

[出版]
昭和6年(1931年)9月10日

[フォーマット]
B7(13×9センチ)、16頁、スチル写真5枚含む

1937 – VHS 『恋山彦』(マキノ正博監督、阪東妻三郎主演)

「阪東妻三郎関連」より

時は元禄。信州伊那の谷に平家の末裔が住み着いていた。山腹にかかった霧の奥から御輿を担いだ男たちの姿が浮かび上がる。御輿には涙を浮かべた若い女(花柳小菊)が一人。女は村人によって人身御供とされ、山の神に差し出される運命であった。

山の神と呼ばれていたのは平家の末裔・小源太(阪東妻三郎)であった。神事を終えた小源太は掟を破り女を連れて村に戻ってきた。話を聞くと名をお品と言い、三味線の名手源四郎の一人娘だそうである。時の権力者・柳沢吉保(河部五郎)とその愛妾おさめ(原駒子)の求めに応じて名絃「山彦」の演奏を披露したのがあだとなり、三味線を奪おうとした吉保の配下の者に源四郎は殺され、お品は楽器を手にこの谷へと流れてきたのであった…

平家落人伝説を背景とし末裔の主人公が権力者の腐敗を懲らしめていく筋立てで、そこに三味線「山彦」の争奪戦や主人公のそっくりさんとの身代わり(妻三郎二役)のサイドストーリーが絡みあっていきます。

『恋山彦』の第一回目の映画化となる本作は、映画が無声からトーキーへと移り変わっていった時期に見られる幾つかの特徴を有しています。

1)マイクの感度が低く、俳優の声がエコーをかけたようにこもっていて聞き取りにくい。また、セリフの度に「サー」というノイズが入る
2)併設された録音機器のせいでカメラの動きが制限され、カメラワークの自由度が低く遅い

ハリウッドでは1928~31年位にこういった「移行期の作品」が見られたのですが、日本では30年代半ばから同傾向の作品が見られるようになってきます。マキノ監督は日本の同世代監督でも最もフレキシブルに、流動的にカメラを動かしていた一人で、本作では上記の弱点があまり目立たないような工夫が凝らしてあります。意識しなければ(特に2は)気にならない感じでした。

この作品ではモブシーンの演出が光っています。中盤で小源太が城で大暴れし、闘いの場が一階から天守閣に移っていきます。

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戦闘場面にあわせてカメラが上昇していく。1ショットでの撮影

複数階のセットを組み、俳優たちが上階に上っていくとセット脇の吹き抜けに置かれたクレーンに設置されたカメラが上昇していきます。1ショットでの長回しでカメラと俳優の動きを同期させるため緊密な連携が要求される場面です。

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『第七天国』で、主人公のカップルがアパートの階段を上っていく場面

ボーセージ監督が『第七天国』(1927年)で同種のクレーンショットを使っていました。マキノ監督なりのオマージュでしょうか。後年、戦中の『ハナコさん』(1943年)でもバスビー・バークレーを念頭に置いた演出を組みこむなど常にハリウッドへの敬意を忘れなかった監督でもあります。

阪妻の演技は台詞回しがまだ生硬な欠点がありますがラストの能舞台の立ち回りを含めて見どころはしっかり作っています。時代劇初出演となった花柳小菊さんの可憐な演技と三味線の腕前のみならず、河部五郎、原駒子、市川百々之助などベテラン勢も登場しサイレント映画好きには楽しい一作でした。

1912 – スタンダード8 『セージブラシュ峡谷の女神(The Goddess of Sagebrush Gulch )』(米バイオグラフ社、D・W・グリフィス監督、ブランシュ・スウィート主演)

「8ミリ 劇映画」より

炭鉱の町、セージブラシュの谷に住まううら若き娘ガートルード(ブランシュ・スウィート)は町一番の別嬪として知られていた。ある日、娘が毒蛇に襲われたところをピート青年(チャールズ・ウェスト)が間一髪で助け出した。戀に落ちた二人、だが幸福な時間は長く続かなかった。ガートルードの妹(ドロシー・バーナード)が都会から戻ってきた時、ピート青年は洗練された美しさに心奪われてしまったのである。二人の仲睦まじい様子を見たガートルードは身を引いて峡谷を離れる決心をした。荷物をまとめたガートルードが谷を抜ける道を歩いていると、街の荒くれ者たちがひそひそと相談している声が聞こえてきた。ガートルードの妹が隠し持つた大金を奪い去ろうと画策している最中であった。自分の幸せを奪った二人が不幸になる様を想像しガートルードはほくそ笑んだ。それでもふと我に返る、二人の命が危ない。荷物を放り出した娘は駆け戻り人々に助けを求めるのであった…

D・W・グリフィス監督初期作品の一つながら現在DVDで発売されているグリフィス短編集(キノ・インターナショナル社の『バイオグラフ短編集(Griffith Masterworks: Biograph Shorts)』、映画保存協会の『発見の日々(Griffith: Years of Discovery 1908-1914)』、グレープヴァイン社の『監督グリフィス(D.W. Griffith: Director)』シリーズ)いずれにも収められていない作品。

前半は西部を舞台にした恋愛ロマンスが進んでいき、途中から話が劇的に動いて銃撃戦や火事場の救出劇へと流れていきます。転換点となるのがヒロインの表情の変化で、「ざまあみろ」風に笑っていたブランシュ・スウィートの顔がふと怯えを見せ現実に引き戻された場面をきっかけに作品が一気に変質していきます。

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初期グリフィスの緊張感の保ち方、心理劇とアクション劇の連動のさせ方は同時期でも頭一つ抜けており、本作の様なマイナーな作品でもその実力は発揮されています。遥か昔、学生時代に映画館で短編をまとめて見た時から「グリフィスの最良・最強の時期は1912-14年である」と確信していて『セージブラシュ峡谷』でもその思いを強くしました。

[公開年]
1912年

[IMDB]
The Goddess of Sagebrush Gulch

[Movie Walker]

[メーカー]
米ブラックホーク社

[メーカー記号]
810-34-819

[フォーマット]
Standard 8mm 200フィート (60m)

1929年頃 齣フィルム 阪東妻三郎主演『花骨牌(はなかるた)』山口哲平監督

「阪東妻三郎関連」より

1929 花骨牌 齣フィルム 50枚セット
1929 « Hana Karuta » starring Bando Tsumasaburo

日本三景の一、宮島の静地に初めて人生の春を知つた藝州廣島藩の士、山路金三郎は藝妓小さんと樂しい戀の逍遙中、突發した事件で襲いかゝる暴漢を餘儀なく八人まで手にかけて江戸へ奔つた。かくて彼は菅野草太郎と改め、芝神明に道場とは名ばかり、日夜禁制の花骨牌を弄してめくりの相に盡くるなき人生の妙味を知る男になつた。

(『蒲田』昭和4年5月特別号)

以前に東京牛込の羽衣館の宣材(栞)で名前を見かけて気になっていた阪妻プロ『花骨牌』の齣フィルム50枚です。

フィルム現存が確認されておらず粗筋もよく分からない状態ながら、『蒲田』の紹介記事からは名を変えて生地広島から江戸へと流れていく武士の零落を追った物語と推察されます。

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齣フィルムの内訳はタイトル入りが5枚、残りは阪妻のミドルショット~クローズアップを中心としつつ森静子との抱擁や道場での試合を適度に織り交ぜています。

1929年 阪東妻三郎主演『花骨牌』齣フィルム50枚セット

[JMDb]
花骨牌

[IMDb]

[公開年]
1929年

[製作]
阪東妻三郎プロダクション

[監督]
山口哲平

1976 – スーパー8 『阪妻 – 阪東妻三郎の名場面集』(大沢商会/テレキャスジャパン編)

「阪東妻三郎関連」より

1976 - super8 Bantsuma1976 super8 Bantsuma Back

1970年代半ばに発売されたスーパー8版のアンソロジー。中心となっているのは以下の6作で、それぞれ比較的長めの動画が引用されています。

『雄呂血』(1925年、阪妻プロ)


『影法師』(1950年、松竹)


『魔像』(1952年、松竹)


『破れ太鼓』(1949年、松竹)


『大江戸五人男』(1949年、松竹)


『あばれ獅子』(1953年、松竹)


この合間には1)初期作の短い断片、2)プライベートショット集、3)没後の葬儀の模様とお墓の映像が挿入されています。

フィルムの両端にやや劣化が見られますがビネガー臭や傷などの少ない綺麗なプリントです。フィルムの端を留めていたテープに「Yokohama Cinema」の文字が残されていました。

[タイトル]
阪妻 – 阪東妻三郎の名場面集

[メーカー]
企画・制作:テレキャスジャパン 提供:松竹 発売:大沢商会

[フォーマット]
スーパー8 白黒300フィート 磁器録音

1928 -『續水戸黄門』(池田富保)10枚綴り絵葉書セット

「池田富保 関連コレクション [Ikeda Tomiyasu Related Items]」 より

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昭和3年(1928年)に公開された日活オールスター作時代劇の販促品。

フィルムは一部現存していてDVD版も市販されています。二回見ていて、最初に見た時はよく分からなかったが正直な感想でした。面白い・面白くない、出来が良い・悪い以前の問題で、何をポイントに見ていいのか掴めないまま終わってしまった感じでした。

戦後TVドラマ版であれば水戸の御老公、助さん格さん等お馴染みのキャラを中心に勧善懲悪の予定調和を楽しむパターンが出来ています。同じ感覚で昭和3年版を見てしまうと外すのかなと思います。

絵葉書は10枚綴り。黄門一行(山本嘉一、河部五郎、尾上多見太郎)を中心としつつ他の役者も大きく扱われています。楠公の場面では久米譲と三枡豊が登場、海賊姿で啖呵を切る傅次郎の隣に梅村蓉子さんの姿があります。チンピラに絡まれているのは伏見直江さんで、酒井米子さんも町娘役で登場。黄門一行に難癖をつけてくる山賊には新妻四郎が扮しています。

当時の観衆もお気に入りの俳優の登場場面を心待ちにしていて一挙一動に盛り上がっていたのだと思います。その意味で典型的な日活オールスター時代劇。今の時点で完全版を見たら最初から最後まで楽しめる自信はあるのですが、この監督ならもっと高いレベルの映画を作る力があったのに、の複雑な思いも混じっています。

1928 – 9.5mm 『城下町の決闘』(ジャン・ルノワール監督)

「9.5ミリ 劇映画」より

画家オーギュスト・ルノワールの長男、ジャンはフランス映画史上最も重要な監督の一人として知られています。しかしその初期作『城下町の決闘』(1928年)は長らく幻の作品とされてきました。35ミリ、16ミリのオリジナルネガが見つかっておらず完全版が残っていないのです。30年代末に英パテスコープ社が編集した9.5ミリ短縮版が唯一の現存版とされています。

時は16世紀、 カトリーヌ・ド・メディシス(ブランシュ・ベルニ)が権力を握っていたフランスで、剣術の達人である大公フランソワ・ド・ベイン(アルド・ナディ)が宮廷の美女イザベル(ジャッキー・モニエ)に懸想し、カトリーヌの許可を受けイザベルを己の妻にしようとします。イザベルの兄が異議を唱えるのですが、フランソワは決闘の末彼を殺し邪魔者を片付けるのでした。イザベルと相思相愛の仲だったアンリ・ド・ロジエは結納の場に乗りこみイザベルの強奪を試みるも失敗、事件の経緯はカトリーヌ・ド・メディシスの耳に入り、フランソワとアンリの馬上槍試合で決着をつけることになります…

『城下町の決闘』は監督自身の発案で製作されたものではなく映画会社から委託された仕事でした。そのためルノワール監督の本領が発揮されていない、のネガティヴな評価を受けやすい一作です。

軽めの恋愛や派手な剣術を前面に出して大衆受けを狙う辺り確かにルノワールらしくない内容と言えます。とはいえ、よく見てみるとメディシス役のブランシュ・ベルニやフランソワの母親役のシュザンヌ・デプレのベテラン勢も存在感を放っています。『城下町の決闘』は若手(ナディ、モニエ)を中心に繰り広げられるロマンスやアクションを前面に出しつつ、他方でドロドロした政治・宗教の側面(ベルニ)や悩める母の物語(デプレ)を読みこんでいける重層構造になっているのです。正直、真の主演はベルニ、デプレだと言って良いくらいです。

ルノワールは決して大衆芸術としての映画を低く見ていた訳ではありませんし、エンタメ路線と監督のこだわりをきっちり両立させた点で『城下町の決闘』は優れていると言えます。またそう考えるとルノワール監督作で9.5ミリソフト化されたのが本作だけなのもしっくりきますよね。

二年前にこのフィルムを映写機で観た時、右側に白い点々のノイズが入っているのは気がついていました。今回スキャンしてみて予想以上に深い傷があちこちにあると判明。傷そのものよりも、映写機では気づけなかった自分に軽い衝撃を受けています。

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[タイトル]
The Tournament

[原題]
Le Tournoi dans la cité

[製作年]
1928年

[IMDB]
tt0019486

[メーカー]
英パテスコープ社

[フォーマット]
9.5mm

1920年代後半 – 『ニーベルンゲン』 絵葉書16枚(独ロス出版社)

「フリッツ・ラング関連 [Fritz Lang Related Items]」より

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1920年代の後半、独のロス出版社からフリッツ・ラング監督作『ニーベルンゲン』二部作の絵葉書セットが発売されていました。同社カタログナンバーで言うと:

672(8枚): 第一部『ジークフリート』主要人物紹介
673(6枚): 第一部『ジークフリート』名場面集 その一
675(9枚): 第一部『ジークフリート』名場面集 その二
676(5枚): 第二部『クリームヒルトの復讐』主要人物紹介
677(8枚): 第二部『クリームヒルトの復讐』名場面集
678(4枚): 第一部『ジークフリート』龍との闘い

が一連のシリーズとなっています(ドイツの絵葉書屋さんのHPに全画像あり)。単体で見ると珍しい訳ではなく一枚5~10ユーロ程度(700~1500円位)で取引されているのが常です。ただし枚数が多いためフルコンプ(40枚)が難しく良い状態での全数セットは4万円程度に値段が跳ねあがっています。

今回手に入れたのはこの内673と675からの13枚と672から2枚、678から1枚を合わせた16枚。第一部『ジークフリート』を好きな方が保管されていたセットのようで実使用された1枚を除くと非常に良いコンディションで届きました。

1929 – 9.5mm 『ジャンヌ・ダルクの驚異の一生』 (マルコ・ド・ガスティーヌ、仏パテ社4リール版)

「『ジャンヌ・ダルクの驚異の一生』[La Merveilleuse vie de Jeanne D’Arc, 1929]」
& 「9.5ミリ動画 05a 劇映画」より

9.5mm La Vie merveilleuse de Jeanne D'Arc (1929)
La Vie merveilleuse de Jeanne D’Arc
(1930s French Pathé 4339)

1995年の仏VHS版、1930年代前半の英9.5ミリ版2巻物に続き、30年代仏9.5ミリ4巻物を手に入れることができました。全体の映写時間は約50分で、劇場公開版の半分弱をカバーしています。


英パテスコープ社版より尺に余裕があるため、周辺エピソードまで収録されており映画の全体像にかなり近づいています。VHS版、ゴーモン・パテ・アーカイヴで以前に公開されていた35ミリ琥珀染色版(VHSと同一ソース)と画質を比べてみましょう。

1)生まれ故郷の村で従軍兵士の話に耳を傾けるジャンヌ


2)ジルドレが自分を王と偽ってジャンヌを試そうとする一幕より

左から順に9.5ミリ版、仏ルネ・シャトー社VHS版、パテ社所蔵35ミリ琥珀染色リストア版

VHS版(中央)はパテ社所蔵の35ミリ版(琥珀染色版、右端)を白黒に変えただけでアングルや流れに変更は加えておりません。一方の9.5ミリ版では人物が大きく映るようトリミングが施されています。1)の例で手前の袖の部分がカットされるなど全体の構図が大きく変わるアレンジの様相を呈しています。

リストア版は非常に美しい琥珀色をしています。35ミリと9.5ミリとでは面積比で15倍ほどの差があって、情報量としては35ミリ版に圧倒的な軍配。9.5ミリでは粒子感が残ってしまっていますよね。ただし35ミリ版の方は室内撮影、スタジオ撮影の場面で暗い部分が黒飛びしており、ディテールが潰れてしまっています。2)のジルドレのアクセサリーや衣装デザインを比べると9.5ミリの再現力も捨てたものではないのかな、と。

もう一つ重要な指摘としてVHS版と35ミリ修復版は人の面立ちがややほっそりしています。9.5ミリ版とアスペクト比の圧縮が微妙に異なっているのです。他の場面も同様で、どうやらデジタルリストア版では左右の比がやや圧縮されているのではないかと考えています。

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9.5ミリ版の横幅を8%縮めたもの
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デジタルリストア版を黄色枠でトリミングしグレースケール変換

9.5ミリ版画像の縦サイズを変えず、横サイズを8%ほど縮めると修復版と同じ感じになりました。

[タイトル]
La Vie merveilleuse de Jeanne D’Arc

[原題]
La Merveilleuse vie de Jeanne D’Arc

[製作年]
1929年

[IMDB]
tt0020165

[メーカー]
仏パテ社

[メーカー記号]
4339

[9.5ミリ版発売年]
1934年

[フォーマット]
9.5mm、無声、白黒、4リール(480m、約50分)、ノッチ無

1929 – 9.5mm 『ジャンヌ・ダルクの驚異の一生』 (マルコ・ド・ガスティーヌ、英パテスコープ社2リール版)

「『ジャンヌ・ダルクの驚異の一生』[La Merveilleuse vie de Jeanne D’Arc, 1929]」
& 「9.5ミリ動画 05a 劇映画」より

1929 - La Merveilleuse vie de Jeanne D'Arc (UK Pathescope SB791)
Saint Joan the Maid (La Merveilleuse vie de Jeanne D’Arc)
1930s UK Pathescope Version

『ジャンヌ・ダルクの驚異の一生』は1929年の初公開後、確認できた限り少なくとも4度ソフト化されています。

1) 1934年・英パテスコープ社 9.5mm2リール版
2) 1934年・仏パテ社 9.5mm4リール版
3) 1930年代・仏パテ社 17.5mmパテールーラル版
4) 1990年代・ルネ・シャトー社 VHS版

いずれも現時点では入手しにくくなっておりますが、比較的市場に出てきやすいのがこちらの英パテスコープ社版です。

長さは24分程。第1リールは戦乱続くフランスで聖女のお告げを聞いたジャンヌが立ち上がり、オルレアンを解放し仏軍を勝利に導くまで、後半第2リールは戴冠式に始まり、見方の裏切りによって英軍に捕らえられたジャンヌが火刑に処されるまでを収めています。

9.5ミリ版はトリミング幅を大きく取り、登場人物が大きく映る様にアレンジされています。センターホールの位置関係で、実際に映写すると上下がさらにトリミングされ場面によって人の頭が画面からはみ出してしまう傾向が見て取れます。

一方ではスタジオ撮影や室内撮影の場面も明るめに映っていて、パテ社による35ミリ修復版より鮮やかな映像が画面に映し出されたりもします。

[タイトル]
Saint Joan the Maid

[原題]
La Merveilleuse Vie de Jeanne D’Arc

[公開]
1929年

[IMDb]
tt0020165

[メーカー]
英パテスコープ社

[カタログ番号]
SB791

[フォーマット]
9.5mm、無声、白黒、2リール(240m、約25分)、ノッチ無

1929 – VHS 『ジャンヌ・ダルクの驚異の一生』 (マルコ・ド・ガスティーヌ、白黒リストア版)

「『ジャンヌ・ダルクの驚異の一生』[La Merveilleuse vie de Jeanne D’Arc, 1929]」より

2011~12年頃に入手した仏VHS版。

主演のシモーヌ・ジュヌヴォワは1930年代半ばには結婚して女優業を退いていましたが、戦後、晩年の1980年代になって夫であり元映画プロデューサーのコンティ氏と共に本作の修復プロジェクトを始動させました。実際に作業の中心となったのはルネ・リヒティグ女史で1985年には琥珀色に染色された125分のリストア版が完成。この修復版を白黒で収録したのがVHS版となります。

1990年代半ばのVHSからDVDに切り替わった時期に発売されたため自国フランスでもほとんど流通せず、中古市場でも見かけることが少ない一作。1929年の初公開時にはドライヤー版のインパクトとトーキーの到来にかすんでしまった上、VHSの発売ではDVDにかき消されてしまう辺りが「フランス無声映画史上最も不運な映画」の面目躍如でしょうか。

元々2010年頃、本作をデジタル化した動画が(ユーチューブではない、そして今ではもう存在していない)動画サイトに投稿されていました。そこで初めて見て完成度の高さに驚きVHSを探し始めました。海外発送不可のセラーさんの手元にあるのを見つけ、輸入代行業者に委託して送ってもらいます。VHSの規格が日仏では異なっており手持ちのデッキでは再生できずさらに別な業者に依頼してデジタル化してもらった覚えがあります。

[原題]
La Merveilleuse Vie de Jeanne D’Arc

[公開年]
1929年

[IMDB]
tt0020165

[メーカー]
仏ルネ・シャトー社

[発売年]
1995年頃

[フォーマット]
VHS

1928 – 9.5mm 阪東妻三郎主演 『坂本龍馬』(枝正義郎監督、阪妻プロ)

「阪東妻三郎関連」より

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『雄呂血』『影法師』と並ぶ阪妻初期代表作の9.5ミリ縮約版。200mリール二巻仕立て。戦前~戦中期に信濃毎日新聞社のフィルムライブラリーが旧蔵していた品でリール側面に「貸出部」の印がありました。
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前半に当たる第一リールでは薩長同盟結成から後藤象二郎らを巻きこんで大政奉還に挑むまでの流れが描かれています。前半ハイライトは新撰組による寺田屋襲撃での立ち回り。足元をとられながらも屋根伝いに逃れ、お龍らが準備していた船に乗りこんで何とか一命をとりとめます。

第二リールとなり、大政奉還を促すため二条城に赴いた象二郎の帰りが遅くなり海援隊内部に動揺が走ります。「この上は二条城に乗りこみ、慶喜討つべし」と隊員が声をあげても沈黙を貫く龍馬。業を煮やした仲間が一人、また一人と去っていく中、龍馬がまさに決断を下さんとしたその時、象二郎が吉報を持ち帰るのです。

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第二リール後半は近江屋での龍馬暗殺を描いていきます。本作は京都見廻組による犯行説を採っており展開としては王道。ただ見廻組=実行犯説が定説化してきたのが大正期になってからですので、公開時にはまだ目新しい解釈だったのかなと思われます。

見廻組の佐々木只三郎(春日清)が名を偽って龍馬らに取次ぎを依頼、只三郎は返事を持ってきた下僕の藤吉(浪野光雄)を切って捨てると仲間を誘導し、龍馬と中岡慎太郎(春路謙作)を襲撃します。不意を突かれた龍馬は剣を抜く暇も与えられず、眉間に致命傷を負い、「身は死しても魂は…永久…皇国の…大海原を守護し奉る」と中岡に言い残して力尽きるのでした。

◇◇◇

9.5mm版の『坂本龍馬』はチャンバラと呼べる場面は前半の寺田屋しか見当たらず、それも決して派手な立ち回りではありませんでした。龍馬を剣豪、あるいはアクションヒーローとして扱おうとする意図はなかったと思われます。

また全長版でクレジットされている西郷隆盛や勝海舟は数秒のみ登場、女優陣(森静子、西條香代子、泉春子)の出演場面もカットされています。経済思想家、あるいは私人龍馬の姿はここにはありません。

30分弱に切り詰められたダイジェスト版で強調されていたのは、国の行く末を案じ、天皇主体の新たな日本を作るため組織間の調整に身を削り、夢半ばで倒れていく憂国の士、龍馬でした。

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端々のセリフ(「それは皇国に殉する言葉ではなくて」「将軍家に一矢を報ひ皇国の爲に気を吐きませうぞ」)から伺えるように元々の脚本にそういった側面は含まれていたようです。その意味では戦後に流布した無頼派で、海外の諸事情に明るく、超派閥的に時代を動かしていく自由人の龍馬像とは根本的に違った設定です。9.5mm版編集は1930年代に行われたため、時代の要請として皇国史観や滅私奉公の要素が強調された可能性は高いと思われます。

[原題]
坂本龍馬

[製作年]
1928年

[JMDb]
坂本龍馬

[IMDb]
Sakamoto Ryôma

[フォーマット]
9.5mm (ノッチ無) 200m *2リール

市川 右太衛門 (1907 – 1999)

「日本 [Japan]」より

Ichikawa Utaemon Autographed Photo
Ichikawa Utaemon Autographed Photo

本名淺井善之助。明治卅九年、大阪市に生る。幼少より子役として舞臺に立ち、後市川右團次の門に入り、現在の藝名を名乗つて大正十五年マキノへ入社。昭和二年獨立して右太衛門プロダクシヨンを起し翌年より松竹と提携して現在。主な近作は「一殺多生剣」「雁金文七」「上州無宿陣」等、身長五尺七寸、體重十六貫二百目。趣味讀書、釣り。

『芝居と映画 名流花形大寫眞帖』
(1931年1月、冨士新年號附録)

[JMDb]
市川右太衛門

[IMDb]
Utaemon Ichikawa

[出身地]
大阪府(大阪市西区)

[誕生日]
2月25日

[データ]
11.3 × 16.3cm

都賀 静子/靜子 (1912 – 没年不詳)

「日本 [Japan]」より

Tsuga Shizuko Autographed Postcard
Tsuga Shizuko Autographed Postcard

明治四十五年宇都宮に生る。五歳で河合武雄一派の『月魄』が初舞臺、映畫では國活を振り出しに松竹、東亞と轉々とし何れも重要な子役を勤め上げ更にマキノに移つて一躍スターとなつた。主演『戀の守備兵』『村へ來た呑氣者』『狼火』『鈴蘭の唄』等あり、最近では『愛しき彼』『消ゆる舟唄』に出演してフアンの好評を博している。まだ若いから相當に前途を嘱望されてゐるし本人も早く立派な女優になりたいと念じてゐる。好きなものは映畫、雑誌。嫌ひなものは蛇と蛙。

『玉麗佳集』(1928年2月、中央書院)

昭和2年(1927年)2月23日の日付入り。裏面に「髙島千代」とあり、髙島栄一氏の親族の方が所有されていた一枚と思われます。

無声期のマキノ映画娘役として名を知られるようになりましたが1910年代後半から子役として活躍していた長いキャリアの持ち主でした。この後さらに東活~宝塚キネマへと流れていき30年代半ばに引退。戦後1960年前後に東映作品の老け役で短期間カムバックしていた記録が残っています。

[JMDb]
都賀 静子

[IMDb]
Shizuko Tsuga

[出身地]
日本

[誕生日]
5月18日

[データ]
8.5 × 13.5cm

1927 – VHS 『砂絵呪縛』(金森万象監督、月形龍之介主演)


物語は将軍綱吉の後継者争いが背景となっていて紀州派の柳沢吉保を元締めにした柳影組、水戸派間部詮房の天目党が互いに妨害工作を行っています。

間部詮房の下、副首領として天目党をまとめているのが勝浦孫之亟(月形龍之介)。詮房の娘である露路(河上君栄)と互いに憎からず思いあっています。普段は孫之亟の妹で武芸の心得のある千浪(松浦築枝)が露路に付き添い守っていたのですが、ある日柳影組に襲われ露路が拉致されてしまいます。

sukigata Ryunosuke as Katsuura Magonojo
月形龍之介(勝浦孫之亟)
Kawakami Kimie as Tsuyuji
河上君栄(露路)

間部詮房との交渉のカードに使うため、柳影組の鳥羽勘蔵(市川小文治)と義弟・森尾重四郎(武井龍三)は露路を一旦は柳影首領の妾であるお酉(鈴木澄子)に預けます。このお酉の父こそが先日、天目党に捕らわれた贋金作り師・黒阿弥(尾上松緑)であった…と話が進んでいきます。

Ichikawa Kobunji as Toba Kanzo
市川小文治(鳥羽勘蔵)
Takei Ryuzaburo as Morio Jushiro
武井龍三(森尾重四郎)
Suzuki Sumiko as Otori
鈴木澄子(お酉)
Onoe Shoroku as Kuroami
尾上松緑(黒阿弥)

『修羅八荒』と同様、『砂絵呪縛』は同一原作での各社競作となり当時の映画界を盛り上げていました。四社(マキノ・阪妻・東亞・日活)の配役対応表が下になります。

マキノ(金森万象) 阪妻(山口哲平) 東亞(後藤秋声) 日活(高橋寿康)
勝浦孫之亟 月形龍之介 草間実 雲井竜之介 河部五郎
森尾重四郎 武井龍三 阪東妻三郎 沢村勇 石井貫治
間部詮房 児島武彦 中村政太郎 御園晴峰 実川延一郎
露路 河上君栄 森静子 小坂照子 伊藤みはる
千浪 松浦築枝 木村正子 華村愛子 川上弥生
鳥羽勘蔵 市川小文治 中村吉松 瀬川路三郎 南光明
お酉 鈴木澄子 泉春子 原駒子 酒井米子
黒阿弥 尾上松緑 志賀靖郎 市川花紅 中村仙之助
神明の紋吉 中根龍太郎 中村琴之助
砂絵師藤兵衛 荒木忍 安田善一郎 横山運平 中村吉次
関仙兵衛 大国一郎 金井謹之助 団徳麿 嵐亀三郎

阪妻プロを除く三社は勝浦孫之亟を中心とした脚本で、阪妻は浪人・森尾重四郎を中心にしています。

露路役は各社が当時推していた若手女優が並びます。河上君栄さんと小坂照子さんがポジション的に重なっていた様子が伝わってきます。お酉には鈴木澄子・泉春子・原駒子・酒井米子と四社を代表する「ヴァンプ女優」が配されていました。

千浪には地味な味のある女優さんたち。松浦築枝と川上弥生は確かに同系統ですね。

悪役の副首領・鳥羽勘蔵に渋い演技派(市川小文治、中村吉松、南光明)を配して底上げを行い、ストーカー的な狂気を滲ませる砂絵師藤兵衛に個性派のベテラン(荒木忍、中村吉次)が回っています。

Sunae-shibari 07 Araki Shinobu as Tobei
荒木忍(砂絵師藤兵衛)
Nakane Ryutaro as Monkichi
中根龍太郎(神明の紋吉)

マキノ版ではぽっちゃり型男優・中根龍太郎がコミカルな役柄で光っていました。東亞版では諜報活動を行う謎めいた御庭番の仙兵衛=団徳麿が気になるところです。

[JMDb]
砂絵呪縛 第一篇砂絵呪縛 第二篇

[IMDb]
Sunae shibari: Dai-ippen, Sunae shibari: Dai-nihen

[フォーマット]
活弁:松田春翠
スタンダードサイズ、モノクロ、モノラルHi-Fi、89分

[発売元]
オールド・ニュー
日本無声映画名作館(Vol.4)

[製作]
株式会社マツダ映画社

平木 正之助 (生没年不詳)

「日本 [Japan]」より

Hiraki Masanosuke c1927 Autographed Postcard
Hiraki Masanosuke Autographed Postcard

1920年代後半に阪妻が立ち上げた個人プロダクションに入社、『血染の十字架』『砂絵呪縛』三部作、『鼠小僧次郎吉』など1927年作品に脇役で出演されていた俳優さん。活動期間が一年ほどと短く、翌年公開の『坂本龍馬』や『開化異相』ではクレジットから姿を消しています。

[JMDb]
平木正之助

[IMDb]
Masanosuke Hiraki

[出身地]
不明

[誕生日]
未詳

[データ]
8.5 × 13.5cm