1914 – 8mm パール・ホワイト主演 『ポーリンの危難:第2章 西の果ての女神』

Standard 8 Pearl White in Goddess of the Far West
(1914, US Blackhawk Print)

パール・ホワイトの出世作となった名作活劇『ポーリンの危難』の第2章。ポーリンが相続した遺産を狙う悪党たちがアメリカン・ネイティヴを買収、誘拐を試みていきます。後半部には「崖を駆け降りながら巨石に追いかけられるヒロイン」の場面を含んでいます。

パール自身の中〜後期活劇と比べると全体の流れが意識されておらず章ごとの独立が高いのが特徴でしょうか。物語の整合性があやふやであったり、ご都合主義に驚く場面もありますが、辻褄を深く考えず各章の見せ場、アクションを追及していたと言うこともできます。

ブラックホーク社からの8ミリ版はコントラストがきつめで古風な質感。DVD版と比べると解像度に限界はありますが、見直していると新しい発見が出てきます。

[タイトル]
Perils of Pauline, Chapter 2 : Goddess of the Far West

[製作年]
1914年

[IMDB]
tt0004465

[メーカー]
米ブラックホーク社

[メーカー記号]
810431407

[フォーマット]
Standard 8mm 400フィート×3 (実質1000フィート)

1913 – 8mm パール・ホワイト主演 『夜に彷徨ふ女(ロスト・イン・ザ・ナイト)』 (米ブラックホーク社)

Standard 8 Pearl White in Lost in The Night
(1913, US Blackhawk Print)

サイレント時代に活躍した活劇俳優(ウィリアム・ダンカン、エディー・ポロ、ヘレン・ホームズ、ルース・ローランド…)たちは最初から連続活劇スターを目指していた訳ではなく、キャリア初期の試行錯誤の末に流れついた者がほとんどでした。パール・ホワイトも同様で、1910~13年の間に様々な役柄で1~2リール物の短編劇に出演しています。

このうち米ブラックホーク社が2作を8ミリで販売していました。1913年作品の『夜に彷徨ふ女』がその一つです。

パール・ホワイトは夢遊病を患った婦人役で登場。貴金属盗難をめぐるミステリと家族ドラマのどっちつかずになってしまい、当時の基準から見ても並以下の出来映えなのですが、パール・ホワイトのキャラクター作りの変遷を見ていく上で興味深い作品です。

もう一作の『紙人形(The Paper Doll)』が面白いという話も小耳に挟みました。どちらともデジタルソフト化されていませんので機会があったら8ミリで入手したいと思っています。

[タイトル]
Lost in The Night

[製作年]
1913年

[IMDB]
tt0003083

[メーカー]
米ブラックホーク社

[メーカー記号]
810-417

[フォーマット]
Standard 8mm 400フィート

1923 – 16mm パール・ホワイト主演 『プランダー』 断片(ジョン・ハンプトン・コレクションより)

16mm – Pearl White in Plunder (1923)
lower contrast 2nd negative preview
from the John Hampton Collection

1910年代に一世を風靡したパール・ホワイトでしたが、連続活劇の女王の立ち位置に複雑な思いがあったようです。パテ社との契約を終えた後パラマウント社のドラマ作品に出演を開始。しかし思うように運びませんでした。低迷する人気を前に活劇への復帰を決断、旧知のジョージ・B・サイツを監督に『プランダー』を完成させました。同作は1923年に公開され女王の帰還は好意的に受け入れられます。残念ながら撮影中にスタントマンが事故死する不幸もあり、本作を最後にパールは連続活劇を離れています。

全15章仕立て。完全版はUCLAに保存されているものの全編がソフト化されたことはなく、複数のメーカーが断片をデジタル化するのみにとどまっています。

今回入手した16ミリはリーダー部分に「John E. Hampton」の名前が記されています。

ジョン・ハンプトン氏は1942年に「オールドタイム・ムービー・シアター」を立ち上げた人物で、その無声映画コレクションは個人レベルとして当時最大級のものでした。1988年にUCLAが保存プロジェクトを発案、ハンプトン氏も売却に合意します。この時に基金を立ち上げ資金提供したのがヒューレット・パッカード社のデビッド・パッカード氏だそうです。現在UCLAに保存されている完全版『プランダー』はジョン・ハンプトン氏からデビッド・パッカード氏経由で所有権を移したプリントです。

リーダーには「低コントラスト版の第2ネガより Made from negative #II (lower contrast – second made negative)」の手書き文字。オリジナルのプリントから16ミリの複製を作成する際、条件を変えてコントラストの異なる版が作られ、その際に発生したプレビュー用の断章と推定されます。

[参照]
英ガーディアン紙によるオールド・タイム・ムービー・シアターの紹介
https://www.theguardian.com/film/2000/sep/08/culture.features2
UCLA委託によるジョン・ハンプトン・コレクション目録作成についてブログ記事
http://docsrused.blogspot.com/2013/07/john-hampton-and-silent-movie-theater.html
デビッド・パッカード基金の保存フィルム一覧
https://www.packhum.org/preserved.html

[『プランダー』断章を含むDVD]
2006: Pearl White, Queen of the Serials (Grapevine Video) 数分のプレビュー動画
2008: The Lost Serial Collection (Serial Squadron)

[タイトル]
Plunder

[製作年]
1923年

[IMDB]
tt0014365

[メーカー]
非売品(保存作業時に発生したプレビュー用の第2プリント)

[フォーマット]
16mm (ダブルパーフォレーション) 無声 400フィート

1918 – パール・ホワイト主演 『家の呪い(The House of Hate)』 DVD

連続活劇専門のDVD発売を手掛けている米シリアル・スカドロン社から2015年に発売されたDVD-r。資産家の遺産を受け取ることになった主人公パールが謎の覆面男に命を狙われる王道の物語です。本来は7時間に及ぶ作品ですが、現存するフィルムは半分の3時間半程となっています。

コレクター所有の16ミリをデジタル化したと思われ画質はあまり良くありません。『ポーリンの危難(1914)』や『拳骨(1915)』が一話一話の盛り上がりを重視していて全体では無理や破綻が見られるのに対し、『家の呪い』は流れを丁寧に作ってあって後半に向けてジワジワと盛り上がっていきます。

Helene Chadwick in The House of Hate

脇を固める役者としては美丈夫のアントニオ・モレノが安定した演技を見せ、後半に登場するヘレン・チャドウィックの個性も光っています。パール・ホワイト自身も自身のそっくりさんとして登場する死刑囚を巧みに演じていて、アクションにとどまらない展開で物語を豊かにしていました。

ルネ・ナヴァール René Navarre (1877 – 1968) 仏

1913年の活劇『ファントマ』で怪盗ファントマを演じたのがルネ・ナヴァールでした。同作は仏活劇の中心がヴィクトラン・ジャッセ監督(『ジゴマ』『プロテア』)からルイ・フイヤード(『レ・ヴァンピール』『ジュデックス』)へと移り変わっていく転換点となった一作でもあります。

ナヴァールは1910年代にフイヤード作品で活動した後、20年代に同監督が亡くなった後も『ヴィドック』(1923年)や『ジャン・シューアン』(1926年)など活劇色濃い諸作で存在感を見せました。

ゴードラン夫人さま
R・ナヴァールの雄姿を
記憶に留めていただいていたことに
感謝の気持ちをこめて

A Madame Gaudran,
En remerciement du bon
souvenir qu’elle a gardé
de
R. Navarre

第二次大戦中、パリ解放直前の1944年5月に残された一枚です。

[IMDb]
nm0622772

[出身]
フランス(リモージュ)

[誕生日]
7月8日

[データ]
Studio G.L. Manuel Frères Paris-Etoile

[サイズ]
8.8 × 13.8cm

大正6年(1917年) ルース・ローランド主演 『ネグレクティッド・ワイフ』 宣材 印刷メッセージ付きダイレクトメール

01

パテ社が自社作品の『ネグレクティッド・ワイフ』宣伝のため直々に製作した絵葉書で、1917年6月12日に投函された消印があります。受取人はロンドン、ブロックリー在住のエイミー・リチャードソンさん。

「新作の『ネグレクティッド・ワイフ』をご覧にはなられましたか。必ずやお気に召すものと信じております。これまでに自分の主演した連続物で一番の出来映えと自負しております」

などなど、メッセージ面には主演ルース・ローランドの「手書き風」メッセージが印刷されており、その下に青のインクで「1917年5月13日公開」のスタンプあり。

02-m

当時の映画会社の宣伝活動については十分な研究は残されていないようです。届けられたファンレターなどから住所氏名をリストアップしていき、この種のDMを送ることで効率の良い宣伝をしていたのではないか、と思われます。

葉書の縁に一か所大きな欠けがあって、ピンで留めていた跡から破れたものではないか、と。見えるところに留めていた位ですので、費用や労力をかけるだけの宣伝効果はあったようです。

ミュジドラ Musidora (1889 – 1957)

Musidora

1930年代中頃と思われるメッセージ&サイン入りの家族写真。

メッセージはエティエンヌ・ミシェル氏に宛てたもので、「一家の « 強き » 母である、ミュジドラ (Une « brave » mère de famille…. Musidora)」の文言になっています。先行するやり取りに同様の表現が使われていたと推察されます。

隣に写っているのは愛息のクレマンJr君、愛称「ザズー」。映画界を離れ、執筆に精を出す中で息子さんは精神的な拠り所となっていて、写真からもその溺愛ぶりは伝わってきます。1938年に出版された女性誌にも近況を伝える記事で同じ写真が掲載されています。

Musidora 01

Musidora with « Zazou » Inscribed & Autographed Photo