EYE映画博物館 ジャン・デスメット・コレクション収蔵の初期エクレール社喜劇短編

『ジャン・デスメットと初期オランダのフィルムトレード』(Ivo Blom著、2003年、アムステルダム大学出版)

『ジャン・デスメットの夢工場:映画フィルム冒険時代 1907-1916』(EYE映画博物館編、2015年、 nai010出版社)

20世紀初頭に映画配給者として活動していたジャン・デスメット(Jean Desmet)氏の35ミリフィルム・コレクションは現在ユネスコの記憶遺産に指定されています。現在フィルムはオランダのEYE映画博物館が管理していて同組織のYouTube公式でデジタル版を見ることが可能です。

コレクションには仏エクレール社の作品も多く含まれています。その中で同社が制作していた喜劇短編を整理してみました。

1:ウィリー少年物

英リヴァプール出身のウィリー君(本名 William Jackson)を主演に据えたジュヴナイル・コメディ。小憎らしい表情を浮かべた少年が様々なシチュエーションでドタバタと笑いを引き起こしていく内容で、ゴーモン社の「ベベ」シリーズ(ルイ・フイヤード監督)と人気を競っていました。

『ウィリー少年と老求婚者』
(Willy et le vieux soupirant、1912) IMDB/YouTube

『管理人の王ウィリー』
(Willy roi des concierges、1912) IMDB/YouTube

2:ゴントラン物

カイゼル髭を生やしたゴントラン君を主人公に据えた連作で、主演はルネ・グレアン(René Gréhan)。他シリーズに比べ攻撃性や破壊力は控えめで、展開にロマッチック・コメディの要素を含んでいます。

『ゴントラン君と麗しき謎の隣人』
(Gontran et la voisine inconnue、1913) YouTube

3:ガヴロッシュ物

破天荒な太眉キャラでエクレール喜劇の中心となっていたのがポール・ベルト(Paul Bertho)でした。初期作品でぽっちゃり系喜劇女優サラ・デュアメルとの共演で息の合った凸凹ぶりを見せています

『ガブロッシュ君の画伯』
(Gavroche peintre célèbre、1912) IMDB/YouTube

『ガブロッシュ君の遊園地』
(Gavroche au Luna-Park、1912)IMDB/YouTube

『ガブロッシュ君の傘屋』
(Gavroche vend des parapluies、1913) IMDB/YouTube

『ガブロッシュ君の狩猟夢』
(Gavroche rêve de grandes chasses、1912) IMDB/YouTube

『ガブロッシュ君の玉の輿』
(Gavroche veut faire un riche mariage、1912) IMDB/YouTube

『ガブロッシュ君とカジミール君の肉体改造』
(Gavroche et casimir s’entrainent、1913) IMDB/YouTube

映画史上に残る作品ではないもののいずれも及第点以上の出来映え。

米語には「忘れられた喜劇俳優(Forgotten Clowns)」の呼び方があって、戦前期の無名の喜劇役者を一括で評価していく動きを見ることができます。ごく一部にコレクターが存在、略歴や作品データをまとめた書籍が公刊されていたりするのです。

実際はそういった動きが始まってすらいない国の方が多いわけで初期エクレール喜劇についても正当な評価にはまだ時間がかかりそうです。それにしても、かつて無声映画祭の特別企画でしか見ることのできなかった作品が当たり前のようにYouTubeで公開されている状況は驚くべきものがあります。

1917 – 16mm 『チャップリンの勇敢』第2リール 米コダック社シネグラフ琥珀染色版

「16ミリ 劇映画」より

« Easy Street » (1917, Mutual Film Co., dir/Charles Chaplin)
Late 1920s Kodak Cinegraph 16mm Amber Tinted Print 2nd Reel

一文無しに落ちぶれ果てたチャーリー君は伝道所に迷いこんでしまひ、そこで更生を果たした。まず成し遂げた善行は、盗んだばかりの募金箱を返したことであつた。次いで警察に勤めはじめ「イージー・ストリート」を任されるに相成つた。警官が担架で自宅送りされるのが当たり前といふ町一番に治安の悪い一画である。しかしチャーリーは悪番長をやつつけてしまい、教会で自身の更生を手伝つてくれた麗しき女性を助けその心を掴むのである。誰もが好きにならずにいられないチャップリン定番喜劇で、最初から最後まで笑い転げる程に面白い。

「コダスコープ・レンタル用フィルムカタログ詳細版」(1932年、初年度版)

Charlie, a down-and-outer, wanders into Hope Mission where he is reformed, his first good act being to give back the collection plate which he had stolen. He then joins the police force and is assigned to Easy Street, the city’s worst section from which as a regular thing the policemen are brought home on stretchers. But in a characteristic manner he overcomes the ring leader of the ruffians and rescues and wins the beautiful mission worker who had reformed him. A regular Chaplin comedy of the kind everybody likes. Uproariously funny from end to end.

Descriptive Catalogue of Kodascope Library Motion Pictures (1st Edition, 1932)

米コダック社が1920年代にレンタル権を獲得して扱いを始めたコダック・シネグラフ16ミリ版の『勇敢』。このシリーズは質の高いプリントと美しい琥珀色の染色で知られています。元々2巻物で今回入手したのは後半第2リール。

ミューチャル期短編について復習しておくと現行のプリントは米国内用(Aネガ)と海外用(Bネガ)の異なった二種から派生してきたものです。コダック版の大元はAネガですが一度改編が施されたものであるため早期に派生した亜種(A’ネガ)の扱いをされることもあります。今まで入手してきた『勇敢』(仏パテ9.5ミリ版、英パテスコープ9.5ミリ版、東和スーパー8版)はいずれもBネガ由来。今回初めて戦前Aネガ系の実物が手に入ったことになります。

左がコダック版16ミリ、右が東和プリント版スーパー8。

エリック・キャンベル演じる悪番長との乱闘場面で言うとコダック版(Aネガ由来)は右に置かれたカメラから撮影されており、二人の姿を斜め前から撮っています。東和版(Bネガ)は左に置かれたカメラで撮影されており、二人の姿をほぼ真横からのアングルで撮っています。近景にある物(通りの名が入ったプレート)と遠景の事物(窓枠)との位置関係がずれているのも分かるかと思います。

2021年GWは遠出ができなかったため、家時間を利用して16ミリフィルムをデジタルスキャンする簡易装置を製作していました。白飛び/黒潰れがありますが悪くないかな、と思います。綺乃九五式とは違って単発のスキャンのみなのでここまできたら16ミリ用自動連続スキャナーを作るしかない気がしてきました。

1926 – 9.5mm 『彌次喜多』(『新作膝栗毛』、日活、中山呑海監督)伴野商店版

「伴野商店」より

”Shinsaku hizakurige” (1926, Nikkatsu, dir/Nakayama Donkai)
Late 1920s Banno Co. 9.5mm Print

長屋の薄い壁の向こうから漏れ聞こえてきたのは夜逃げの相談である。そつと覗きこむと借金取りに追われた弥次と喜多が江戸を離れ伊勢参りに向かうとのことであつた。

今生の別れやもしれぬとあり、お調子者の二人の目にもきらりと光る涙があつた。ご近所仲間も別れを惜しみ、路銀の足しにと小銭を持ち寄るのであつた。

いざ出発。しかし桟橋に着いた時にはすでに舟は出たところであつた。「オーイ待つてくれー」、二人の声は船頭には届かない。舟を追って海に飛びこんだ弥次喜多の頭はやがて波間へと消えていく。前途多難な出立であつた。

20メートルの1リール物として発売された伴野初期の9.5ミリ作品。タイトル「彌次喜多」の後すぐに物語が始まっていて出演者や製作会社のクレジットがありません。手持ちカタログでは小泉嘉輔主演となっており1926年に公開された日活作品『新作膝栗毛』の一部のようです。彌次(小泉嘉輔)と喜多(児島三郎)が伊勢参りに出発する長編喜劇の冒頭を抜粋した形。

スキャン画像が綺麗ではなくスキャナー設定を失敗したと思いました。やや淡めでコントラストが低く、グラデーションの滑らかな画質…これってよく見るとパンクロマチック・フィルムの質感にも見えます。オルソクロマチックからパンクロに切り替わった最初の劇場公開作品はフラハティ監督『モアナ』(1926年1月)。日本でもすぐに大手が追随し、同年中には幾つかのパンクロ白黒フィルム映画が製作されていた可能性があるな、と。

『新作膝栗毛』公開は尾上松之助逝去の翌日の9月12日。この3カ月後には大正天皇が崩御し元号が変わります。この年の8月にはヴァイタホンで効果音を一部同期させた『ドン・ファン』のプレミア上映が行われていて翌年の『ジャズ・シンガー』の布石となっていますし、オルソからパンクロへとフィルムの種類も変わっていく…1926年は様々な意味で「変化」の年でもありました。

中山呑海監督のお孫さんがこんなツイートを残されています。

[Movie Walker]
新作膝栗毛

[IMDb]
Shinsaku hizakurige

[公開]
1926年9月12日

[9.5ミリ版]
伴野商店

[9.5ミリ版タイトル]
彌次喜多

[カタログ番号]
24

[フォーマット]
20m×1、ノッチ有、白黒無声

1922年頃 35ミリ齣フィルム30枚(米パテ社連続活劇とロイド喜劇)

35mm nitrate film fragments (positive, toned) on pierced papers, c1922
Eddie Polo, Charles Hutchison, Harold Lloyd etc.

1922~23年頃と思われる35ミリ齣フィルム30枚のコレクション。切込み(スリット)を入れた自作台紙3枚にまとめたものです。幾つかの齣では縁の部分にメーカー名(丸印に「愛」「平」「モ」)を見て取れます。

エディ・ポーロ 1922年『キャプテン・キッド』

チャールズ・ハッチソン 1922年『スピードハッチ』

ハロルド・ロイド 1922年『豪勇ロイド』

ウォーレス・リード 1922年『ゴーストブレイカー』

1910年代から連続活劇で活躍していたエディー・ポーロが一番多く、次いでチャールズ・ハッチソン、ハロルド・ロイド、ウォーレス・リードの順になっています。いずれも本国では1922年に公開、齣フィルムもこの時期と見て良さそうです。

旧所有者さんが連続活劇好きだったのは疑いの余地のない所。女優を主人公にした作品はなく、またアントニオ・モレノのような華奢な美形男優ではなくエディー・ポーロやハッチソンなど肉体派を好む傾向を見て取れます。

男優の裸身(しかも肉付きや筋肉を強調するポージング)が多いのも偶然ではないのでしょう。1922年頃、大正末期の日本でよほど気心の知れた相手との内緒話でもなければ「男優の裸体に妄想を掻き立てられる、興奮する」と公言するのは不可能でした。家族に見つかった女学生は映画館立入り禁止でしょうし、既婚女性であれば三下り半、男であれば社会的に抹殺されてもおかしくない時代です。それでも業界は一定のニーズがあると分かっていてこういった場面を投入している訳です。

ヘレン・ホームズ~パール・ホワイト~ルース・ローランドなどを中心に流れていく連続活劇史そのものがヘテロ男性の見方なのだろうなと、以前から薄々は感じていました。異なった性的指向の人には全く違った風景が見えている。映画史そのものが違う。当たり前といえばその通りで一世紀前のリアルな物証を目の当たりにして新鮮な驚きはあります。

フュー・オ・ビ (Fy og Bi) デンマーク

北欧諸国 [Nordic Countries]より

Fy og Bi (Carl Schenstrøm & Harald Madsen) Autographed Postcard

1920年代欧州で人気のあったデンマーク出身コメディ・ユニット。ローレル&ハーディー、アボット&コステロと似た凸凹タイプの組みあわせで一時期英語圏にも「Long & Short」の名で紹介されていました。写真左側がのっぽのカール・シェンストローム(Carl Schenstrøm、1881 – 1942)、右がちびのハラルド・マドセン(Harald Madsen、1890 – 1949)になります。

40年代初頭にかけ55本の作品を残していてその多くはラウ・ラウリッツェン監督の手によるものでした。ハリウッドが得意としたような起承転結の明快な構成ではなく、作品毎にシチュエーションを設定し(多くは浮浪者二人組)、その枠で二人がドジっぷり・間抜けっぷりを発揮し別なシチュエーションに移っていく「ユルい」展開を好みます。残念ながら日本では公開された記録がありません。

本国デンマークでも戦後になると忘れ去られていくのですがドイツ限定で根強い人気があり、1960~80年代には無声版を30分~1時間にまとめ独語ナレーションを加えたTVドラマ版「パットとパタション(Pat und Patachon)」が放映されていました。テレビの黄金時代で記憶に残っている人も多く今でもDVDで入手可能、一部でカルト的な人気を誇っています。

独キネマトグラフ誌 1925年11月第979号

ドイツTV版「パットとパタション」オープニングより。別投稿した『凸凹の密輸人退治』(1925年)の映像を使っています。

脇を固める俳優に実力者を揃えていたのがシリーズの強みでした。初期常連メンバーだったのがベテラン俳優クリスティアン・シュレーダー(Christian Schrøder)とスティーナ・ベウ(Stina Berg)。

ヒロイン役ではリリィ・ラニ(Lili Lani)が準レギュラー扱いで出演数が多く、他に渡米前のグレタ・ニッセン(Greta Nissen)、1929年の『ライラ』で名を上げたモナ・マールテンソン(Mona Mårtenson)、ドイツ映画界でも活躍したアグネス・ペテルセン(Agnes Petersen)、マリア・ガーランド(Maria Garland)、マーガレット・ヴィビー(Marguerite Viby)の姿も見られます。

リリィ・ラニ(Lili Lani)
1924年『Polis Paulus’ påskasmäll』

マリア・ガーランド(Maria Garland)
1924年『Professor Petersens Plejebørn』

モナ・マールテンソン(Mona Mårtenson)
1931年『I Kantonnement』

グレタ・ニッセン(Greta Nissen)
1924年『Lille Lise Letpaataa』

アグネス・ペテルセン(Agnes Petersen)
1924年『Raske Riviera Rejsende』

マーガレット・ヴィビー (左、Marguerite Viby)と
ニナ・カルカー (右、Nina Kalckar)
1929年『Højt paa en kvist』

1920年代欧州では国境を越えて成功した喜劇は少なく、仏マックス・ランデと並びフュー・オ・ビは数少ない例外でした。元々欧州には自由な放浪者への憧憬が文化の一つとしてありますし、チャップリン初期短編やルノワールの『素晴しき放浪者』にもそういった要素を見ることができます。フュー・オ・ビの二人組はこの理想、神話を上手く形にし持続可能なロールモデルを作り出した点で評価できると思います。


[IMDb]
Carl Schenstrøm

[Movie Walker]


[出身地]
デンマーク(コペンハーゲン)

[誕生日]
11月13日


[IMDb]
Harald Madsen

[Movie Walker]


[出身地]
デンマーク(シルケボー)

[誕生日]
11月20日


1925 – 35mm 『凸凹の密輸人退治』断章 (スヴェンスク・フィルムインドゥストリ社、グスタフ・モランデル監督) 独プリント

« Polis Paulus’ påskasmäll » (1925, Svensk Filmindustri, dir/Gustaf Molander) 1920s German « Pat und Patachon als Polizisten » 35mm Fragments

先日ドイツのイーベイで題名不詳の35ミリフィルム数本がオークションにかけられていました。そのうちの一本がこちら。

ホテルのレストランで開かれているパーティーが舞台となっていて
 1)仮面姿の女性が燕尾服の男の背後にそっと近づいてキスをして逃げ去る場面
 2)年配の男女4人が談笑し食事をしている場面
 3)仮面をかぶった背の高い男性が投げキッスを送る場面
 4)会食中の女性が嬉しそうに微笑むクローズアップ
と展開していきます。

最初に目に留まったのはクローズアップされたぽっちゃり系の女優さんでした。

Stina Berg in « Polis Paulus’ påskasmäll »

1910~20年代北欧で活動していた名脇役スティーナ・ベウです!見覚えがあったため手持ちのデータを確認したところ1925年公開のスウェーデン作品『Polis Paulus’ påskasmäll』断章と判明しました。日本未公開作品で邦題はなく、英題(The Smugglers 「密輸人」)をそのまま訳出しています。

本作はデンマークの喜劇ユニット「フュー・オ・ビ(Fy og Bi)」が主演した喜劇連作の一作。同シリーズはデンマークのラウ・ラウリッツェン監督の手による物が多いのですが、本作で初めて国外(スウェーデン)の製作会社・監督に委ねられることになりました。

物語はディナ(スティーナ・ベウ)が自身の経営するホテルに姪アンヌ・マリー(リリィ・ラニ)を招待したことから始まります。アンヌ・マリーとステン(エリック・バークレイ)の恋愛模様と、町の警察官(ハラルド・マドセン=凹)と浮浪者(カール・シェンストローム=凸)の追跡劇が同時進行していく中で最後は地元で暗躍している犯罪グループが摘発されてハッピーエンド。

グスタフ・モランデルの監督・演出はこなれたもので喜劇要素を大事にしつつも多層的な展開を上手くまとめあげており、凍りついた湖や森などの美しい自然描写を随所に盛りこんでいます。

オーストリアとデンマークの映画協会がそれぞれ不完全な35ミリ版を所蔵しており、2009年に両者を組みあわせて1時間42分のリストア版が制作されています。入手した断片はこの修復版の中盤、50分20秒~52分40秒辺りに対応している部分でした。

[IMDb]
Polis Paulus’ påskasmäll

[Movie Walker]


[公開]
1925年4月6日

1928 – 『凸凹の狼狩人』 (Ulvejægerne、1925年、ラウ・ラウリッツェン監督) 仏語小説版 « フィルム・コンプレ »

« Loup, y es-tu? » (Le Film complet du jeudi, N° 514, 7 juin 1928)
based on 1925 Danish Film « Ulvejægerne »

「連休は父親の所に行ってこようかな、と。ユトランドのブレケルシュタット育ちって話しましたっけ。次いでにちょっと運動してこようと決めました」
ホテルレストランのオーナーは大きく目を見開いた。
「運動なんて毎日してるんじゃないか」
笑い出だした青年。
「今回はちょっと特別なんです。ユトランドの森に狼が沢山出てるみたいなんです」
ニコレ氏の驚きは驚愕に変わった。
「狼って。デンマークの森にまだ狼がいるなんて知らなかったよ」
ポール青年はうなずいた。
「僕もです。でも本当らしいんですよね。この記事見てもらえますか」
オーナーに差し出した新聞は朝刊のもので、該当記事に目をやったニコレ氏は得も言われぬ感情に体が震えるのを感じた。

– Je vais chez mon père, patron. Ne vous ai-je pas dit que j’étais de Brekerstatt, dans le Jutland…
« Je me promet, d’ailleurs, de faire du sport.
Le patron ouvrit les yeux tout grands.
-N’en faites-vous pas tous les jours?
Le jeune homme se mit à rire.
-Cette fois, il s’agit d’un sport un peu particulier. On annonce que les forêts du Jutland sont infestées par les loups.
L’étonnement de M. Nicolet se changea en ahurissement.
– Des loups! Je ne savais pas qu’il y avait encore des loups dans le Denmark.
Paul Lindsomm acquiesça.
– Moi non plus, mais c’est pourtant certain, lisez ce journal.
Il tendit au patron une feuille imprimée, qui datait du matin et M. Nicolet, dès qi’il eût jeté les yeux sur l’article qu’on lui signalait, se mit à trembler d’émotion.


自転車修理士として小銭を稼ごうとしていた凸と凹はペテンを見破られてあえなく廃業。

折しも新聞では狼が確認されたという報せが。狼狩に向かう村人たちに凸凹二人も合流します。

水辺でキャンプを張ろうとした一団でしたが先客の水着美女たちに見つかって追い払われてしまいます。 その後仲直り、思いもかけぬハーレム状態に何をしに来たのか忘れ果ててしまう始末

油断している一行の前に現れた狼の群れ、果たして狩人たちの運命や如何に…と物語は続いていきます。

「フィルム・コンプレ」は毎週木曜日に発行されていた16頁冊子形式の映画小説専門紙です。空気に触れているとボロボロになりやすい酸性紙で普段表に出さないのですが久しぶりに引っぱり出してきました。

フュー&ビの連作喜劇にはスラップスチックな追っかけ、サイドストーリーで絡んでくる恋愛要素、突然登場してくる謎の水着美女集団など幾つかの定型パターンがあります。『狼狩人』はそういった約束事を守った正統派の一作。今回見直してみてマック・セネット喜劇の影響が強いことに気が付きましたが、それも作品世界によく馴染んでいます。

[タイトル]
Loup, y es-tu?

[原題]
Ulvejægerne

[IMDb]
Ulvejægerne

[発行所]
Le Film complet du jeudi

[出版年]
1928年

[フォーマット]
26.0 × 18.0 cm、16頁

1914 – 9.5mm ヘレン・ホームズ主演『ヘレン・ホームズの花嫁争奪戦』(カレム社、J.P.マクゴワン監督)1970年代初頭 英ノヴァスコープ版

9.5ミリ 劇映画より

« The Conductor’s Courtship » (Kalem, 1914, dir/J.P. McGowan)
1970s UK Novascope 9.5mm Print

アレン氏は娘のゲイルを溺愛していた。愛娘の結婚相手には同じ駅に勤めてゐる整備工のビル君を…と考えていたのであるがどうも気に入らないらしい。貨物列車の運転士をしているトムが娘の周りをウロウロしていたため追い払う。男が娘にこつそり手紙を渡していたのには気づかなかつた。

翌日もまたトムがやつてきた。今回もアレン氏は追い払ったのだが、ゲイルは父の一瞬の隙をついて機関車に飛び乗った。トムの手紙の計画通りに駆け落ち成功。一瞬呆然となつたアレン氏、我に返るとビルに命じて機関車を用意させ娘を追い始めるのであつた。

つひに二人きりとなり喜んでいたのも束の間、線路の背後から迫つてくるもう一台の機関車。その先頭にはアレン氏の姿があつた。果たして若き二人の恋物語の命運や如何に。

1914年11月に始まった連続鉄道活劇『ヘレンの冒険』によってパール・ホワイトらと並ぶ連続活劇女王となったのがヘレン・ホームズでした。十数話の現存が確認されておりその一部は廉価版DVDでもまとめられています。

こちらの9.5ミリフィルムは1971年に英ノヴァスコープ社から発売されたもの。『ヘレンの冒険』と銘打っていますが実際はヘレン・ホームズが連続活劇デビューする半年前に出演した単独の初期作。全体としては屈託のないラブコメで、アクションやかっちりした起承転結はないものの自由奔放で快活なヒロインの設定は後にも引き継がれていきます。

ムービング・ピクチャー・ワールド誌 1914年6月号よりカレム社広告欄

1913~1914年前半は「連続活劇前夜」に当たります。以前に紹介したパール・ホワイトのクリスタル期短編がこの時期ですし、カレム社ではルース・ローランドが恋愛短編ドラマや西部劇で人気を博していました。一方カレム社は『若き女電信技手の勇猛』など蒸気機関車を扱った作品を得意としていました。これらの要素がまとまっていくことで無声期の連続活劇で最大規模(全191話)となる『ヘレンの冒険』が生み出されていくことになります。

また本作では父親が蒸気機関車の先頭に立って娘を追っている場面が印象的。似た構図をどこかで見た覚えがあるな…と思ったところ『キートンの大列車追跡』(1926年)でした。

[IMDb]
The Conductor’s Courtship

[Movie Walker]


[公開]
1914年6月23日

[9.5ミリ版メーカー]
英ノヴァスコープ社

[カタログ番号]
S1007

戦前の映画解説本・説明本・ストーリー集(2020年度総括)

今年は古い解説本を探していた覚えがあって手元に25冊程のミニコレクションができました。サイト内でデータがばらけてしまったので時系列(公開順)に並べてみます。20年代半ばから30年代初頭の盛り上がりも伝わってくるのではないでしょうか。最初に入手した作品が紹介できていないのでその辺は追々。

春江堂大活劇文庫に関しては国立国会図書館、またトーキー文庫については日本大学の芸術学部にまとまったコレクションが所蔵されています。


映畫文庫(湯川明文館)

1925年7月公開『剣の舞』(東亜、市川小文治主演、松屋春翠)
1925年11月 『雄呂血』(阪妻プロ、阪東妻三郎主演、二川文太郎)
1925年12月 『落武者』(松竹蒲田、森肇主演、清水宏)
1925年12月『魔保露詩』(阪妻プロ、阪東妻三郎主演、志波西果)


出版者不明

1925年12月〜26年1月『南蠻寺の怪人』(東亞、高木新平主演、長尾史録)
1926年2月 『傷魂』(東亜、1926年 – 高木新平・生野初子主演、長尾史録)
1926年2月 『孔雀の光 前編』(マキノ、市川右太衛門主演、沼田紅緑)
1926年2月 『尊王』(阪妻プロ 、阪東妻三郎主演、志波西果)
1926年6月 『幕末』(阪妻プロ 、阪東妻三郎主演、宇澤芳幽貴)
1926年6月 『侠血』(阪妻プロ 、阪東妻三郎主演、門田清太郎)


瀧本時代堂

1929年7月 『此村大吉』(阪妻プロ、阪東妻三郎主演、山口哲平)
1929年7月 『月形半平太』(東亞、草間實主演、枝正義郎)
1929年8月 『冷眼』(右太プロ、市川右太衛門主演、悪麗之助)
1929年8月 『傳奇刀葉林』(帝キネ、市川百々之助主演、渡辺新太郎)
1929年8月 『大利根の殺陣』(東亞、嵐寛壽郎主演、後藤岱山)
1929年9月 『斬人斬馬剣』(松竹、月形龍之介主演、伊藤大輔)


トーキー文庫(映画研究会)

1930年10月 『九条武子夫人 無憂華』(東亞、鈴村京子・三原那智子主演、後藤岱山他)


大島印刷株式会社

1931年7月 『海江田譲二の高田の馬場』(日活、海江田譲二主演、辻吉朗)
1931年7月 『野に叫ぶもの』(松竹、 鈴木伝明・高田稔主演、島津保次郎)
1931年11月 『阿波十郎兵衛』 (帝キネ、雲井竜之介主演、寿々喜多呂九平)


大活劇文庫(春江堂)

1918年公開 『曲馬団の秘密』(The Iron Test、ヴァイタグラフ社)篠田緑水訳
1919年公開 『蛸の手』(The Trail of the Octopus、ユニヴァーサル社)麻生重人訳


活動文庫(榎本書店)

1921年公開 『キッド』(The Kid、チャールズ・チャップリン)
1921年公開 『ハリケンハッチ』(Hurricane Hutch、ジョージ・B・サイツ)
1922年公開 『血と砂』(Blood and Sand、フレッド・ニブロ)
1923年公開 『十八日間世界一周』(Around the World in Eighteen Days、リーブス・イーソン&ロバート・F・ヒル)


1912 – ノーマル8 『コレッティを探せ』(1912年、マックス・マック監督)

defa-wo-ist-coletti-normal8s

1912年に公開されたドタバタ喜劇。「探偵コレッティを48時間以内に捕まえることができたら100万マルク進呈!」の広告に人々が踊らされていく様子をコミカルに描いていきます。定番の追跡から女装まで様々な要素をコンパクトに詰めこみ、ベルリン市街地での撮影で都市風景をうまく取りこんでいます。

ヒロイン役で登場しているのは英女優のマッジ・レッシング。1900~10年代の綺麗目ポストカードも多く残っている女優さんながら、本作ではかなりはっちゃけた感じでドタバタを楽しんでいます。また途中に初期の個性派俳優として知られるハインリヒ・ピール(Heinrich Peer)も登場しています。

wo-ist-coletti-13-madge-lessing
女装中のマックス・マック(左)とマッジ・レッシング(右)
wo-ist-coletti-03
ハインリヒ・ピール(右)

[原題]
Wo ist Coletti?

[製作年]
1912年

[IMDB]
tt0003565

[メーカー]
独DEFA社

[カタログ番号]
222

[フォーマット]
ノーマル/スタンダード8 60m(無声)

1913 – スタンダード8 パール・ホワイト初期短編集(クリスタル社/ブラックホーク版)

「パール・ホワイト関連 [Pearl White Related Items]」
& 「8ミリ 劇映画」より

8mm Pearl White Crystal Shorts
Standard8 Pearl White 3 Crystal Shorts

以前にパール・ホワイトが「連続活劇の女王」として人気を博す以前の初期短編を二作紹介いたしました。ホワイト初期作品の8ミリ化については英語情報もほとんどなく二作のみと思っていたため、先日別作品がイーベイに出てきて驚きました。折角の機会ですのでデータをまとめてみます。

1912年10月 -『仕立屋請求書始末記』Her Dressmaker’s Bills
1913年3月 -『或る夜の街』A Night in Town
1913年5月 -『女探偵パール』Pearl As A Detective
1913年7月 –『紙人形(ペーパー・ドール)』 The Paper Doll
1913年7月 -『ホールルーム・ガール』The Hallroom Girls
1913年9月 -『夜に彷徨ふ女(ロスト・イン・ザ・ナイト)』 Lost in The Night
1914年1月 -『リング』 The Ring

Pearl White Crystal Shorts 00

確認できた限りで以上7作(全作未DVD/ブルーレイ化)。制作はクリスタル社。監督はいずれもフィリップス・スモーリーで共演男優はチェスター・バーネット。今回入手したのは『或る夜の街』『女探偵パール』『ホールルーム・ガール』の三本を400フィートリールにまとめた一本。

『或る夜の街』A Night in Town

パール・ホワイトは裕福な家に使える小間使い役を演じています。夫婦が旅行で家を空けると、パールと執事はこの時とばかり勝手にクローゼットを開け高価な服をまとい、パーティーを始めます。そこに家主が不在と知らない親戚の男性がやってきてしまい、執事は慌ててパールを「旦那様の奥さん」と紹介してその場を乗り切ろうとします。ところが男性がパールに一目ぼれしてしまい…

『女探偵パール』Pearl As A Detective

パール・ホワイトは興信所の女探偵として登場。夫が机に置き忘れていた手紙から浮気を疑った妻(グレース・ダーリング)が興信所に調査を依頼。担当に指名されたのはパールでした。夫に接近し、会話を重ねる中で二人は意気投合してしまい、抱擁している場面を妻に見咎められてしまいます…

『ホールルーム・ガール』The Hallroom Girls

ルームメイトである仲良し女子二人組と、その二人と交際中のこれまたルームメイトの男子二人組。ところが彼氏の親友、彼女の親友に手を出し始めたことで関係が怪しくなり女性陣は取っ組みあいの大喧嘩に。警官まで巻きこんで男性二人が逮捕されてしまうのです…

概要から伺えるように3作とも軽めの恋愛喜劇です。

演出、脚本に新味はなく、本作を見た人の「がっかりした」評価も順当ではあります。ただし1913年の作品としては及第点、むしろ当時は質に無頓着なこの手の量産コメディが「普通」で、女優パール・ホワイトがそういった賑やかな現場で活躍し鍛え上げられていった(そして後に黒歴史としてなかったことにされる)雰囲気は伝わってきます。個人的には『女探偵パール』でのスーツ姿、『ホールルーム・ガール』の室内装飾や衣装、屋外撮影の空気感が気に入りました。

ホワイトのクリスタル期作品についてはオンラインで唯一「Those Awful Reviews」が分析しています。アニタ・スチュワート主演の傑作『呪の列車』35ミリ版を自力で発掘、デジタル化・リストアしている人物の手によるもので作品の良し悪しを的確に見極めています。

1919 – 9.5mm 『百萬長者の娘ッ子』(ジョージ・アーチェインバウド監督、米)

「9.5ミリ動画 05a 劇映画」より

1919 - A Damsel in Distress 00

マルジヨリイは氣まぐれな不思議な而して可愛いゝはすつぱな小娘でありました。それでこの娘の理想する男は今様の火の神様で鍛冶屋場の烈しい爐の上にある晩彼女に現はれたのであります。所が或る日、兄の監視を逃れるため、彼女は自動車の中へ輕率にも飛び込みました。と、其處には彼女を喜んだ顔つきで眺めてゐる一人の若い男が居りました。。

『パテーベビーフヰルム 解説書 No. 1』
(大橋善次郎編集・出版、1926年)

1910年代の雑誌で時々姿を見かける女優さんにジューン・キャプリスがいます。彼女が仏パテ社と契約を結んで主演した作品が『百萬長者の娘ッ子(ダムゼル・イン・ディストレス)』でした。

お金持ちのお嬢様が偶然出会った美青年と繰り広げる軽めの恋愛劇は(当時パテ社のスタジオがあった)ニューヨークでのロケ撮影。乗用車、タクシー、街並み、ファッションや髪型など時代の雰囲気を満喫できる作品となっています。

[タイトル]
Mam’zelle Milliard

[原題]
A Damsel in Distress

[製作年]
1919年

[IMDB]
tt0010042

[メーカー]
仏パテ社

[仏パテ社カタログ番号]
739

[字幕]
仏語

[フォーマット]
9.5mm 10メートル×6本 仏語字幕 12476フレーム(約15分)

ビーブ・ダニエルズ Bebe Daniels (1901 -1971) 米写真家ドナルド・キース氏撮影・旧蔵サインコレクション(6)

「ドナルド・キース氏撮影・旧蔵サインコレクション」「合衆国・カナダ・オーストラリア」より

Bebe Daniels c1920 Inscribed Photo
Bebe Daniels c1920 Inscribed Photo

ビーブ・ダニエルズ嬢はテキサス州ダラスにて生れ、ロサンゼルスの修道院學校で教育を受けた。舞台での子役が演技歴の皮切りである。役柄を次第に広げ、いつしかうら若き乙女役を引き受けるようになつていた。二年の間、嬢はロウリン=パテ社の名を高らしめた喜劇作品でハロルド・ロイドの向こうを張った。フェイマス・プレイヤー社に合流し『男性と女性』で長編劇映画のデビューを果たす。次いで『エヴリーウーマン』『ダンス狂』『何故妻を代へる』で目につく役柄を任された。嬢の努力と才覚は遂に報われ、現在はリアルアート社の花形として迎えられ、第一弾『貴方には判らない』で大々的に売り出されている。ダニエルズ嬢は身長5尺4寸、体重14貫9百目、黒目黒髪。

Bebe Daniels was born in Dallas, Texas, and educated in a Los Angeles convent school. Her stage career started when she played child parts in stock. Gradually her scope of work broadened and she played ingenue roles. For two years Miss Daniels played opposite Harold Lloyd in the famous Rolin-Pathe comedies. She joined the Famous Players ranks, making her debut in a dramatic role in « Male and Female. » She then was prominently cast in « Everywoman, » « The Dancin’ Fool, » and « Why Change Your Wife. » Her efforts and talents have been rewarded as she is now a star in Realart Pictures, for whom her first starring vehicle is « You Never Can Tell. » Miss Daniels is five feet four inches high, weighs a hundred and twenty-three pounds, and has black hair and eyes.

Who’s Who on the Screen (New York: Ross Publishing Co., 1920.)

1910年代末のロイド喜劇で人気を得て、20年以降も喜劇を主戦場としつつも芸風を広げ(歴史劇『ボーケール』1924年、情念ドラマ『リオ・リタ』1929年)30年代半ばまで活躍を続けました。珍しい所ではRKO~ワーナーへと流れた後に出演した1931年版『マルタの鷹』での悪女役も印象的です。

Bebe Daniels in The Non-Stop Kid (1918)
『ロイドの猛獣結婚』(1918年)より
Bebe Daniels in Why Change Your Wife (1920)
『何故妻を代へる』(1920年)より
Bebe Daniels & Ricardo Cortez in The Maltese Falcon (1931)
『マルタの鷹』(1931年、ロイ・デル・ルース監督)でサム・スペード役のR・コルテスと並んで

[IMDb]
Bebe Daniels

[Movie Walker]
ビービー・ダニエルス

[出身地]
合衆国 (テキサス州ダラス)

[誕生日]
1月14日

[データ]
25.4 × 30.4 cm(カーボン製フレーム含)

1917 – 9.5mm マリー・オズボーン主演 『雙兒のキッディー』(ヘンリー・キング監督)

「9.5ミリ動画 05a 劇映画」より

[

マリイ・オスボルヌはこの喜劇の中でドリイと而して偶然が接近させたゼイチイの二人の小娘の兩役を立派にやつてゐます。でその所演から二人は互ひの着物を取り替て樂しみその樣子に騙された兩親等はそれを取り違へそれでその間違ひはいろの面白さを我々に與へるのであります。

『パテーベビーフヰルム 解説書 No. 1』
(大橋善次郎編集・出版、1926年)

ハリウッドの重鎮ヘンリー・キング監督が、キャリアの最初期に出演を兼ねながら監督していた短編喜劇の一つ。以前サイン入り写真を紹介した初期の子役マリー・オズボーンを主演に据えています。

内容は瓜二つの少女(オズボーン二役)の取り違えの喜劇。裕福な実業家の娘として生まれながら誰にも愛されずいつも不機嫌な顔をしている少女フェイと、母を持たず貧しくとも健気に暮らしているベッシーが水辺で出会い、戯れに服を交換したことから取り違えられてしまい…と展開していきます。

オリジナル版はフェイの父親が所有する炭鉱のストライキなど格差社会や労働問題にも触れられていたようですが9.5ミリ版は取り間違えの場面を中心に簡潔にまとめています。

[タイトル]
Deux Rayons de soleil

[原題]
Twin Kiddies

[公開]
1917年

[IMDB]
Twin Kiddies

[メーカー]
仏パテ社

[カタログ番号]
757

[フォーマット]
9.5mm (ノッチ有) 10m *4リール

アンデシュ・デ・バール Anders de Wahl (1869 – 1956) スウェーデン

「国別サインリスト 北欧諸国 [Nordic Countries]」より

Anders De Wahl c1911 Autographed Postcard
Anders De Wahl c1911 Autographed Postcard

20世紀初頭のスウェーデン演劇を代表する性格俳優の一人。

1890年頃から舞台俳優のキャリアを積み始め、世紀末のロマン主義の理想と合致した愁いある美青年役(1899年のストリンドベリ原作『エリク14世』など)で人気を博しました。

1920年代以降人気に陰りが見え始める中で今度は確実な演技力を備えた老け役として若手を支える側に回っていきます。1907年と1912年に『ヨハン・ウルフシェーナ』を舞台化した際は愛国主義者のヘルゲ役で、30年代に再度同作に出演した際は息子をかばう父ヨハンを担当、といった具合です。

映画界参入の第一歩はスティッレル監督の『エロティコン』でした。

同作でアンデシュが演じたのは学究肌の昆虫学者。特に前半は空気の読めない、冴えない中年振りが強調されています。トーラ・テイエとカリン・モランデルとの絡みの場面では、女性陣がバチバチ火花を飛ばしているのに全く気づかない鈍感さで思わず微笑みが漏れます。この「ボケ具合」そのものが緻密に計算されたものでさすが一時代を築いただけある渋い演技でした。

Anders De Wahl in Erotikon

サイン絵葉書は1911年に上演されたアルイド・ヤルネフェルト原作作品『ティトゥス』で皇帝役を演じた際の一枚です。

[IMDb]
Anders de Wahl

[Movie Walker]

[出身地]
スウェーデン(ストックホルム)

[誕生日]
2月9日

[撮影]
Foto. Hofatelier Jaeger 1911

[データ]
87 Ensamätt : Axel Eliassons Konstförlag, Stockholm

[サイズ]
8.6 × 13.7 cm

カリン・モランデル Karin Molander (1889 – 1978) スウェーデン

「国別サインリスト 北欧諸国 [Nordic Countries]」より

Karin Molander Autographed Postcard
Karin Molander Autographed Postcard
1910年代のスウェーデンで多ジャンルに才能を発揮していたのがカリン・モランデルでした。舞台出身(初舞台は明治期の1907年)で演技の基礎がしっかりしていたこともあり、対応力の高さからスヴェンスカ・ビオグラフテアーテン社の花形の一人に躍り出ます。

Karin Molander in Kärlek och journalistik
『愛とジャーナリズム』(1916年)

とりわけスティッレル監督と相性が良くトーマス・グロール二部作(『最良の映画』『最良の子供』)ではトーマス役シェストレム相手に小気味よいやりとりの応酬を披露、作品の軽快なリズム感作りに貢献。

Karin Molander in Thomas Graals bästa film
『トーマス・グロールの最良の映画』(1917年)

Karin Molander in Synnöve Solbakken
『シヌーヴェ・ソールバッケン』(1919年)

やや趣向を変えヨン・W・ブリューニウス監督の郷土色溢れるロマンス『シヌーヴェ・ソールバッケン』(1919年)でもラーシュ・ハンソン相手に手堅い演技を見せていました。

そのキャリアの頂点となった一作が1920年『エロティコン』です。冴えない大学教授の姪として登場し、四つ巴の複雑な恋愛模様の一角を担っていきます。一見無邪気な娘でありながらも洗練された求愛の駆け引きをこなしていく難しい役柄をこなし無声映画史に名を残します。その後は舞台活動に比重を移し、映画作品のクレジットにその名を見かける機会はほとんどありませんでした。

Karin Molander in Erotikon
『エロティコン』(1920年)

[IMDb]
Karin Molander

[Movie Walker]
カリン・モランデル

[出身地]
スウェーデン(ストックホルム)

[誕生日]
5月20日

[データ]
Förlag Nordisk Konst Stockholm, 837, 1917

[サイズ]
8.4 × 13.4 cm

1916 – 9.5mm ダグラス・フェアバンクス主演 『電話結婚』 (The Matrimaniac)

「9.5ミリ動画 05a 劇映画」より

9.5mm Douglas Fairbanks in The Matrimaniac (1916)
9.5mm Douglas Fairbanks in The Matrimaniac (1916)

御なじみの名高いダグラスフエーヤバンクスは彼の獨得の妙技を振って演じた快味湧くが如く姿又眞に迫つた活劇である。彼は絶世の美人マルヂヨリーに戀したけれども父は頑強に反對したのである。彼は決心のほぞをきめてマルヂヨリーを奪ふやいち早く逃げた追急して來る追手からのがれんとして心膽を寒からしむる彼獨得の冒険を犯しつゝ迹け終り逸早く牧師を説得し目出度く結婚すると云ふ血沸き肉躍る活劇である。

『パテーベビーフヰルム 解説書 No. 1』
(大橋善次郎編集・出版、1926年)

フェアバンクス初期主演作の9.5ミリ版。

1910年代のフェアバンクス短編は後年の長編(『奇傑ゾロ』『ロビンフッド』)と質を異にしています。十数分の枠にお笑いやアクション、恋愛劇をバランス良く詰めこみ物語は勧善懲悪で綺麗にまとまっています。

また新人女優にとって良い登竜門になっていました。ジュエル・カーメン(『火の森』)、アルマ・ルーベンス(『アメリカ人』)、ポーリーン・カーリー(『ドグラスの跳ね廻り』)、アイリーン・パーシー(『ドーグラスの蛮勇』)、マージョリー・ドウ(『ドーグラスの現代銃士』)などがフェアバンクスとの共演を通じて女優キャリアのステップアップを実現していきました。

『電話結婚』はコンスタンス・タルマッジを相手に据えた一本で、ロミオとジュリエットを念頭に「相手の親の反対にも関わらず猪突猛進するドーグラス」を楽しそうに演じています。

[タイトル]
Mariage au téléphone

[原題]
The Matrimaniac

[公開]
1916年

[IMDB]
The Matrimaniac

[メーカー]
仏パテ社

[カタログ番号]
10025

[フォーマット]
9.5mm (ノッチ有) 20m *2リール

1919年4月『活動之世界(最終号)』各国映画俳優人気投票

1919年4月『活動之世界』人気投票
『Katsudou no Sekai (Moving Picture World)』
« Hall of Fame » Poll (April 1919)

01:ウォーレン・ケリガン(761) Warren Kerrigan [IMDb]
02:山本嘉一(725) Yamamoto Kaichi [JMDb]
03:ルース・クリフォード(695) Ruth Clifford [IMDb]
04:ヴァイオレット・マースロウ(662) Violet Mercereau [IMDb]
05:ダグラス・フェアバンクス(657) Douglas Fairbanks [IMDb]
06:マルガリータ・フィッシャー(591) Margarita Fischer [IMDb]
07:メアリー・マクラーレン(580) Mary MacLaren [IMDb]
08:ドロシー・フィリップス(513) Dorothy Phillips [IMDb]
09:メアリー・マイルズ・ミンター(470) Mary Miles Minter [IMDb]
10:ウィリアム・S・ハート(465) William S. Hart [IMDb]
11:フランシス・ブッシュマン(457) Francis X. Bushman [IMDb]
12:ベッシー・バリスケール(435) Bessie Barriscale [IMDb]
13:パール・ホワイト(433) Pearl White [IMDb]
14:モンロー・ソールズベリー(408) Monroe Salisbury [IMDb]
15:メアリー・ピックフォード(397) Mary Pickford [IMDb]
16:グレース・ダーモンド(379) Grace Darmond [IMDb]
16:フランチェスカ・ベルティーニ(379) Francesca Bertini [IMDb]
16:メイ・マレー(379) Mae Murray [IMDb]
19:カーメル・マイヤーズ(361) Carmel Myers [IMDb]
20:ベッシー・ラブ(343) Bessie Love [IMDb]
21:チャールズ・チャップリン(305) Charles Chaplin [IMDb]
22:ルース・ローランド(295) Ruth Roland [IMDb]
23:ウィリアム・ダンカン(293) William Duncan [IMDb]
23:モリー・キング(293) Mollie King [IMDb]
25:ジェラルディン・ファーラー(265) Geraldine Farrar [IMDb]
26:ピナ・メニケリ(233) Pina Menichelli [IMDb]
27:ノーマ・タルマッジ(207) Norma Talmadge [IMDb]
28:片岡長正(201) Kataoka Chosei [JMDb]
29:クレイトン・ヘイル(199) Creighton Hale [IMDb]
30:藤野秀夫(177) Fujino Hideo [JMDb]
31:ウィリアム・ラッセル(151) William Russell [IMDb]
32:尾上松之助(147) Onoe Matsunosuke [JMDb]
33:エラ・ホール(141) Ella Hall [IMDb]
34:エディー・ポロ(125) Eddie Polo [IMDb]
35:衣笠貞之助(113) Kinugasa Teinosuke [JMDb]
36:アニタ・スチュワート(112) Anita Stewart [IMDb]
37:早川雪洲(98) Hayakawa Sessue [IMDb]
37:澤村四郎五郎(98) Sawamura Sirogoro [JMDb]
39:ハリー・ケリー(93) Harry Carry [IMDb]
40:ウィリアム・ファーナム(90) William Farnum [IMDb]
41:ドロシー・ダルトン(79) Dorothy Dalton [IMDb]
42:ビヴァリー・ベイン(72) Beverly Bayne [IMDb]
43:フランク・マヨ(69) Frank Mayo [IMDb]
44:東猛夫(65) Azuma Takeo [JMDb]
45:ネヴァ・ガーバー(65) Neva Gerbar [IMDb]
46:アルフレッド・ホイットマン(57) Gayne Whitman [IMDb]
47:アリス・ブラディー(50) Alice Brady [IMDb]
48:アール・フォックス(42) Earle Foxe [IMDb]
49:ベン・ウィルソン(37) Ben F. Wilson [IMDb]
50:セダ・バラ(22) Theda Bara [IMDb]
51:アラン・ホルバー(21) Allen Holubar [IMDb]
52:ジュエル・カーメン(17) Jewel Carmen [IMDb]
53:クララ・キンボール・ヤング(15) Clara Kimball Young [IMDb]
54:ブロニー・ヴァーノン(12) アグネス・ヴァーノン(Agnes Vernon)誤記 [IMDb]
55:ルイズ・グローム(9) Louise Glaum [IMDb]
56:モリー・マローン(8) Molly Malone [IMDb]
57:レオン・バリー(5) Léon Bary [IMDb]
57:ガブリエル・ロビンヌ(5) Gabrielle Robinne [IMDb]
59:フランセリア・ビリントン(3) Francelia Billington [IMDb]
59:アーヴィング・カミングス(3) Irving Cummings [IMDb]
59:花柳はるみ(3) Hanayagi Harumi [JMDb]

1919年初頭、雑誌『活動之世界』新年号で人気投票の開催が告知されました。当時合衆国で行われていた形に倣ったもので、年間を通じて票を募集し、各号で途中経過を発表しながら年明けに最終結果を発表するものです。この第3回中間発表を見ていると当時の傾向が幾つか見えてきます。

人名表記は現在のものを使用。3票以上を獲得した61名の男女比は27名(44%)対34名(56%)、国別内訳は以下となっています。
アメリカ:48名(79%) 日本:9名(15%) イタリア:2名(3%) フランス:2(3%)

ハリウッド俳優ではヴァイタグラフ社が安定した人気ぶり(転籍していますがアニタ・スチュワートやノーマ・タルマッジも同社出身)。国内で安定して配給・宣伝されていたため知名度が高かったと思われます。一方でギッシュ姉妹やグロリア・スワンソンらが選外に漏れてしまいました。

アクションを十八番とする男優(ウィリアム・ダンカン、エディー・ポロ、ハリー・ケリー)が健闘、また連続活劇女優の人気が根強かった様子も伺えます。1910年代末はパール・ホワイトやルース・ローランドらの先駆者に続く第二世代(グレース・ダーモンド、モリー・キング、ネヴァ・ガーバー)が台頭していた時期で、ランキングにもその状況が反映されています。

国内組に目を転じると1917年に日活向島に入社した山本嘉一と藤野秀夫、東猛夫、衣笠貞之助に票が集まっています。松之助人気も健在。正式デビュー前で得票数は伸びていないものの(『深山の乙女』は1919年8月公開)日本初の女優花柳はるみさんが早くも食いこんでくる形になっています。

二名ながらもイタリア女優が上位にランクイン(ベルティーニ、メニケリ)。ドイツや北欧、ロシアの俳優名はありません。

この5年後になると日本でも女優ブームにブロマイドが飛ぶように売れ、連続活劇人気は収まり、イタリアの代わりにドイツ映画が存在感を増していく時代となりました。「映画」の言葉からイメージされる世界の広がりが20年代前半にガラリと変わっている訳で、この人気投票はそれ以前、ちょうど一世紀前の映画理解を反映している点で興味深く思われます。

なお、それぞれの国外俳優の写真は国立国会図書館所蔵の『活動花形俳優』(1921年)や『活動名優寫眞帖』(1919年)で見る事ができます。

1917-22 忘れじの独り花(16)エディット・メラー Edith Meller (1897 – 1953)

「フィア・エーマンス旧蔵サインコレクション」より

Edith Meller c1920 Autographed Postcard
Edith Meller c1920 Autographed Postcard
第一次大戦中の1916年にデビューし1922年頃まで旺盛な活動を見せていたハンガリー出身の女優。

初期はナチオナール映画社やPAGU社作品に多く出演。このうち助演した1917年の « Der feldgraue Groschen »が現存しており、オンラインで動画が公開されています。

« Der feldgraue Groschen »でのエディット・メラー(右端)

1920年にPAGU社で製作された恋愛アドベンチャー『熱国の呪』(Indische Rache)は日本でも公開されています。

Edith Meller in Die wilde Ursula (1918)
キノベジッツァー誌 1918年5月13日付
初期主演作 « Die wilde Ursula » の紹介記事

[IMDB]
nm0577914

[Movie Walker]
エディット・メラー

[誕生日]
9月16日

[出身]
ハンガリー(ブダペスト)

[サイズ]
8.6 × 13.6cm

[データ]
Film-Sterne 133/4. J.Brass

1928 – 9.5mm 『弥次㐂多 鳥羽伏見の巻』(第二篇)池田富保監督 大河内傅次郎・河部五郎主演

「池田富保 関連コレクション」 & 「9.5ミリ動画 05c 伴野商店」より

1928-Yaji-kita_Toba-Fushimi
Yajikita: The Battle of Toba Fushimi
(1928, dir. Ikeda Tomiyasu)
Starring Ôkôchi Denjirô & Kawabe Gorô
9.5mm 『弥次㐂多 鳥羽伏見の巻』

池田富保監督の手によるコメディ時代劇。

尾上松之助亡き後の剣戟映画界で人気を博した河部五郎、その河部五郎をも上回る鬼人振りでスーパースターとなった大河内傅次郎を弥次さん喜多さんとして幕末に蘇らせた連作物。

普段はシリアスな顔つきで悪人をなぎ倒していく二人がざんぎり頭の一兵卒として跳ねまわっているミスマッチ感が受けたのだろうなと思います。傅次郎の顔芸の素晴らしさよ。

新妻四郎
新妻四郎(Niizuma Shirô)

見逃せないのは鬼班長・新妻四郎の存在感。恰幅の良い、強面のヒール役はチャップリンの『放浪者』や『伯爵』に出演していた名脇役エリック・キャンベルを彷彿させます。

本作はマツダ映画社所有分の断片プリント(約8分)を元にDVD化されており、9.5ミリ版はその後半4分に対応。ただし一部DVDに収められていない場面がありました。

上官の指示のもと弥次さん喜多さんは木箱の弾薬を担いで運ぼうとしています。敵軍の砲火を恐れて皆がへっぴり腰になっているのを見て鬼班長は「貴様達の臆病には底が無いツ!」と叱咤します。「俺の豪膽(ごうたん)には弾丸も除けるわい…」と嘲笑うのですが、そこに敵砲が命中、弥次喜多は「矢張り当たツた…」と目を見開きます。DVD版では鬼班長の登場場面とセリフが丸々抜けており、いきなり「矢張り当たツた…」の流れになっていました。

新妻四郎は前作「尊王の巻」でも脱獄を試みる荒くれ者役で登場、キーストン・コップ短編さながら同心との全力疾走の追いかけっこを見せていました。1910年代の欧米喜劇への愛情に溢れ、和風テイストに消化した良作だと思います。

[タイトル]
彌次喜多 鳥羽伏見の巻

[製作年]
1927年(公開は1928年)

[JMDb]
bd000620

[IMDB]
tt1320310

[メーカー]
伴野商会

[カタログ番号]
316

[フォーマット]
9.5mm (ノッチ有) 20m*2リール