ホッライ・カミッラ(カミーラ・フォン・ホレイ) Hollay Kamilla / Camilla von Hollay (1899 -1967) ハンガリー

「ハンガリー [Hungary]」より

Hollay Camilla 1910s Autographed Postcard
Hollay Camilla 1910s Autographed Postcard
1920年代にドイツで活躍し、カール・グルーネ監督作品(1927年『世の果』や1928年『ワーテルロー』)で日本にも紹介されていたハンガリー女優。

さかのぼっていくと第一次大戦中にハンガリーのスター映画社の花形となり若きベラ・ルゴシを相手役にメロドラマ要素の強い作品に多く出演していました。スター映画社の作品はほとんど残っていないのですが、近年の調査から少なくとも3本の現存が確認されハンガリー国立映画アーカイヴに返還。その一本『アフロディーテ』(1918年)にホッライ・カミッラ名義時代の演技を見ることができます。

Hollay Camilla in Afrodite (1918)
『アフロディーテ』(Afrodite、1918年)より
Hollay Camilla in Am Rande der Welt (1927)
『世の果』(Am Rande der Welt 、1927年)より

日本でも公開されていた表現主義調の戦争ドラマ『世の果』では準ヒロインの妊婦役を演じていました。

[IMDb]
Camilla von Hollay

[Movie Walker]
カミーラ・フォン・ホレイ

[出身地]
ハンガリー(ブダペスト)

[誕生日]
7月11日

[データ]
Színházi Élet Kiadása. Angelo Fotodrama110.

[サイズ]
8.7 × 13.7 cm

1910s – 古絵葉書から見る初期ハンガリー映画の世界

手持ちの絵葉書の整理を兼ね、1910年代にハンガリーで活躍されていた俳優の情報をまとめてみました。ウヘル・エデン監督が立ち上げたウヘル映画社、サドゥールの言及していたフェニックス映画社作品、マールトン・ガラシュを中心としたハンガリー映画社に出演していた役者が多く、同時期のドイツやオーストリアと異なったマジャール寄りの洗練を窺い知ることができます。

1)レンケッフィ・イツァ Lenkeffy Ica(1896–1955) IMDb
Lenkeffy-Ica
1910年代初頭、ハンガリー映画で最初のトップスターとなった女優さん。軽喜劇で人気を得て、その後時代劇や人情物まで活動領域を広げていきます。1922年にドイツで製作された『オセロ』(ディミトリー・ブコエツキー監督)でヒロインのデスデモナ役を演じるなど、キャリア後期には国内を越える評価を得ていました。

[データ] 1062. Bildnis von Angelo, Budapest 1918.


2)セントジョールジ・マールタ Szentgyörgyi Márta (1888 – 1918) IMDb
Szentgyörgyi-Márta
1910年代後半にアシュトラ映画社やウヘル映画社でヒロインを任され人気を得ていた女優さん。1918年に若くして亡くなっています。出演作の現存は確認できていないものの、葬儀の様子がニュース映画として記録されています。

[データ] Labori Miklós, Budapest Erzsébet tér 18.


3)シモニ・マーリア Simonyi Mária (1888 – 1959) IMDb
Simonyi-Mária
1910年代に主に舞台で活動されていた女優さん。作家モーリツ・ジグモンド(Móricz Zsigmond)の妻。20年代に一旦女優業を引退しますが、その後カムバック。30年代になって数作トーキー作品に出演しています。

[データ] 1303. Bildnis von Angelo, Budapest 1918.


4)メーサーロシュ・ギザ Mészáros Giza (1879 – 1954) IMDb
Mészáros-Giza
1900年代後半からハンガリー劇場やダウンタウン劇場に登場、着実にキャリアを積み上げていき、10年代には単発的に映画出演を果たし(フェーニックス映画社やウヘル映画社)ファッション雑誌でもその姿を見かけるようになります。20年代になってオーストリアのルネッサンス劇場と契約しその専属女優として長く活躍しました。1954年、パリ滞在時に精神不安定となっていた息子さんに射殺され亡くなっています。

[データ] 1064. Bildnis von Angelo, Budapest 1918.


5)デメテル・イロナ Dömötör Ilona (? – ?) IMDb
Dömötör-Ilona
詳細不詳。1900年代からオペレッタ、軽喜劇で活動していたと思われます。1920年代に一作映画に出演していた記録が残っています。

[データ] 984. Bildnis von Angelo, Budapest 1918.


6)ネーメト・ユリスカ Németh Juliska (1892 – ?) IMDb
Németh Juliska
1910年代にフェーニックス社のケルテース・ミハーイ(後のマイケル・カーティス)監督作品『ユダ』でクレア・ロットーと共演していた記録が残っています。

[データ] 1067. Bildnis von Angelo, Budapest 1918.


7)ヴェレー・マールタ Verő Márta (1898 – 1983)
Verő-Márta
詳細不詳。

[データ] –


8)エルデーイ・ゲーザ Erdélyi Géza (1888 – ?) IMDb
Erdélyi-Géza
現在はルーマニア領となったトランシルヴァニアの町アルバ・ユリア出身の男優。コルダ・サーンドル(後のアレクサンダー・コルダ)初期作『Mágnás Miska』(1916年)やケルテース・ミハーイ(後のマイケル・カーティス)監督によるハンガリー版『妖花アラウネ』(1919年)などに出演していました。

[データ] Kiss Pál 1918


9)サルヴァシュ・サーンドル Szarvas Sándor (? – ?)

Szarvas Sándor
詳細不詳。

[データ] Lux.


10)フェニヴェシ・エミル Fenyvesi Emil (1859–1924) IMDb

Fenyvesi-Emil

1910年代前半にサーンドル・ゴート監督作品、次いで10年代後半にハンガリー映画社マールトン・ガラシュ監督作品に多く出演していた男優さん。名女優ヴァルシャーニ・イレーンを相手役とした『アンナ・カレーニナ』が現存しています。

[データ] 985. Bildnis von Angelo, Budapest 1918


アンデシュ・デ・バール Anders de Wahl (1869 – 1956) スウェーデン

「国別サインリスト 北欧諸国 [Nordic Countries]」より

Anders De Wahl c1911 Autographed Postcard
Anders De Wahl c1911 Autographed Postcard

20世紀初頭のスウェーデン演劇を代表する性格俳優の一人。

1890年頃から舞台俳優のキャリアを積み始め、世紀末のロマン主義の理想と合致した愁いある美青年役(1899年のストリンドベリ原作『エリク14世』など)で人気を博しました。

1920年代以降人気に陰りが見え始める中で今度は確実な演技力を備えた老け役として若手を支える側に回っていきます。1907年と1912年に『ヨハン・ウルフシェーナ』を舞台化した際は愛国主義者のヘルゲ役で、30年代に再度同作に出演した際は息子をかばう父ヨハンを担当、といった具合です。

映画界参入の第一歩はスティッレル監督の『エロティコン』でした。

同作でアンデシュが演じたのは学究肌の昆虫学者。特に前半は空気の読めない、冴えない中年振りが強調されています。トーラ・テイエとカリン・モランデルとの絡みの場面では、女性陣がバチバチ火花を飛ばしているのに全く気づかない鈍感さで思わず微笑みが漏れます。この「ボケ具合」そのものが緻密に計算されたものでさすが一時代を築いただけある渋い演技でした。

Anders De Wahl in Erotikon

サイン絵葉書は1911年に上演されたアルイド・ヤルネフェルト原作作品『ティトゥス』で皇帝役を演じた際の一枚です。

[IMDb]
Anders de Wahl

[Movie Walker]

[出身地]
スウェーデン(ストックホルム)

[誕生日]
2月9日

[撮影]
Foto. Hofatelier Jaeger 1911

[データ]
87 Ensamätt : Axel Eliassons Konstförlag, Stockholm

[サイズ]
8.6 × 13.7 cm

カリン・モランデル Karin Molander (1889 – 1978) スウェーデン

「国別サインリスト 北欧諸国 [Nordic Countries]」より

Karin Molander Autographed Postcard
Karin Molander Autographed Postcard
1910年代のスウェーデンで多ジャンルに才能を発揮していたのがカリン・モランデルでした。舞台出身(初舞台は明治期の1907年)で演技の基礎がしっかりしていたこともあり、対応力の高さからスヴェンスカ・ビオグラフテアーテン社の花形の一人に躍り出ます。

Karin Molander in Kärlek och journalistik
『愛とジャーナリズム』(1916年)

とりわけスティッレル監督と相性が良くトーマス・グロール二部作(『最良の映画』『最良の子供』)ではトーマス役シェストレム相手に小気味よいやりとりの応酬を披露、作品の軽快なリズム感作りに貢献。

Karin Molander in Thomas Graals bästa film
『トーマス・グロールの最良の映画』(1917年)
Karin Molander in Synnöve Solbakken
『シヌーヴェ・ソールバッケン』(1919年)

やや趣向を変えヨン・W・ブリューニウス監督の郷土色溢れるロマンス『シヌーヴェ・ソールバッケン』(1919年)でもラーシュ・ハンソン相手に手堅い演技を見せていました。

そのキャリアの頂点となった一作が1920年『エロティコン』です。冴えない大学教授の姪として登場し、四つ巴の複雑な恋愛模様の一角を担っていきます。一見無邪気な娘でありながらも洗練された求愛の駆け引きをこなしていく難しい役柄をこなし無声映画史に名を残します。その後は舞台活動に比重を移し、映画作品のクレジットにその名を見かける機会はほとんどありませんでした。

Karin Molander in Erotikon
『エロティコン』(1920年)

[IMDb]
Karin Molander

[Movie Walker]
カリン・モランデル

[出身地]
スウェーデン(ストックホルム)

[誕生日]
5月20日

[データ]
Förlag Nordisk Konst Stockholm, 837, 1917

[サイズ]
8.4 × 13.4 cm

イーヴァン・ヘードクヴィスト Ivan Hedqvist (1880 – 1935) スウェーデン

「国別サインリスト 北欧諸国 [Nordic Countries]」より

Ivan Hedqvist c1920 Autographed Postcard
Ivan Hedqvist c1920 Autographed Postcard

1900年代初めから舞台で修業を積み、1911年にはスカンセン屋外劇場の舞台監督も務めました。1910年代末に自身の監督主演作を発表開始。その第一弾が『ひな鳥』(Dunungen、1919年)で、中年男性と乙女(レネ・ビョルリンク)の恋愛模様が成功を収め同傾向の作品を幾つか撮っています。

役者としての本領が発揮されたのは20年代になっての深みのあるドラマ群でした。1923年の愛国劇『ヨハン・ウルフシェーナ』(Johan Ulfstjerna)では息子を守るために自らの手を血で汚す主人公を熱演、また2年後の『イングマール家の遺産』(Ingmarsarvet)ではイングマール家に長く仕える老召使として登場しています。

アイドル人気を誇った俳優ではありませんがこの種の性格俳優が活躍できた層の厚さそのものが初期スウェーデン映画の充実を物語っていると思います。

Ivan Hedqvist in Johan Ulfstjerna
『ヨハン・ウルフシェーナ』(1923年)
Ivan Hedqvist in Ingmarsarvet
『イングマール家の遺産』(1925年)

[IMDb]
Ivan Hedqvist

[Movie Walker]

[出身地]
スウェーデン(ゴットゥローラ)

[誕生日]
6月8日

[データ]
1546. Efter fotografi av Ferd. Flodin, Sthlm 1921.

[サイズ]
8.6 × 13.6 cm

レネ・ビョルリンク Renée Björling (1898 – 1975) スウェーデン

「国別サインリスト 北欧諸国 [Nordic Countries]」より

Renee Bjorling 1920 Autographed Postcard
Renee Bjorling 1920 Autographed Postcard

派手な注目を浴びる機会こそ少なかったものの安定した演技力でスウェーデン映画を半世紀に渡って支えた女優さん。

1919年にセルマ・ラーゲルレーヴの『ひな鳥』(Dunungen、1919年)が映画化され成功を収めた時、三角関係のはざまに揺れるうら若きヒロインを演じていたのがビョルリンク嬢でした。翌年にはシェストレム監督作品の『感激の夜(センドミールの修道院)』で城主の妻エルガに使える侍女役で登場。1923年には女性群像を描いた『ノールトゥル地区の仲間たち』で主要な女性キャラの一人エヴァを演じます。

Renee Bjorling in Klostret i Sendomir
1920年の『感激の夜(センドミールの修道院)』より

1924年の『田舎暮らし』(Livet på landet)でモナ・マルテンソンの脇を務める等、どちらかというと準ヒロインで力を発揮するタイプの女優さんでした。戦後になっても1950年代のイングマール・ベルイマン諸作(『不良少女モニカ』『愛のレッスン』『女たちの夢』)に端役で登場しています。

[IMDb]
Renée Björling

[Movie Walker]

[出身地]
スウェーデン(ローベン島)

[誕生日]
7月10日

[データ]
Ferd. Flodin Norrmalmstorg Stockholm

[サイズ]
8.7 × 13.3 cm

ウーノ・ヘンニング Uno Henning (1895 – 1970) スウェーデン

「国別サインリスト 北欧諸国 [Nordic Countries]」より

Uno Henning c1920 Autographed Postcard
Uno Henning c1920 Autographed Postcard

1910年代に舞台劇の訓練を積み、10年代末から20年代半ばにストックホルムの劇場で活動する傍ら映画にも出演するようになりました。現代劇、歴史劇どちらにも映える凛々しさと精悍さで確実にキャリアを積み上げていきます。

20年代後半に活動を国外に広げていた時期があり、ドイツでブリギッテ・ヘルムとの共演作(『懐かしの巴里』1927年)や英アンソニー・アスキス監督作品(『ダートムアのコテージ』1929年)に出演を果たしています。

中でも『ダートムアのコテージ』は前年の『アンダーグラウンド』と並びアスキス監督、そして英サイレント映画屈指の秀作となっていました。ヘンニングは嫉妬に駆られ顧客を殺害してしまう主人公の理髪師を演じ強いインパクトを残しています。

Uno Henning in A Cottage on Dartmoor
『ダートムアのコテージ』より
Uno Henning in Die Liebe der Jeanne Ney
『懐かしの巴里』より

[IMDb]
Uno Henning

[Movie Walker]

[出身地]
スウェーデン(ストックホルム)

[誕生日]
9月11日

[データ]
2176. Efter fotografi av Ferd. Flodin, Sthlm 1920.

[サイズ]
8.5 × 13.5 cm