1917-22 忘れじの独り花(12) マリア・ミンツェンティ Maria Minzenti / Mindzenty (1898 – 1973) 墺

「フィア・エーマンス旧蔵サインコレクション」より

Maria Minzenti (Mindzenty) c1920 Autographed Postcard
Maria Minzenti (Mindzenty) c1920 Autographed Postcard

オーストリア出身で1920年から映画への出演を始め、当初は母国オーストリアを中心に活動(オリンピア映画社、ライト映画社)、次いで24~25年ごろからドイツに活躍の場を広げていきます。この時期にエルンスト・ライヒャー監督によるウェッブス探偵物(『ウォリントン夫人の香水』)やフランツ・オステン監督作品(『ティアガルテン公園の一軒家』)で重要な役割を演じました。

Maria Minzenti in Die Villa im Tiergarten (1927)
『ティアガルテン公園の一軒家』(1927年, Die Villa im Tiergarten)

1920年代半ばには英国でも名を知られており、ヒッチコックが1925年『快楽の園』を製作時、当初のヒロイン役はマリア・ミンツェンティを予定していたそうです。

30年前後にトーキーが到来すると共に映画界を引退。その直前、1933年に公開されたハンガリー映画『バラトン湖の裁き』でヒロインを演じました。湖岸地帯の漁村での人間ドラマを扱ったもので、独特の緊張感から戦前ハンガリー映画秀作の一つに数えられています。

Maria Minzenti in Ítél a Balaton (1933)
『バラトン湖の裁き』(1933年, Ítél a Balaton)より

[IMDB]
nm9414289
nm1084539

[Movie Walker]
マリア・ミンツェンティ

[誕生日]
5月21日

[出身]
オーストリア(ウィーン)

[サイズ]
9.0 × 14.0cm

[データ]
Verl. Herm. Leiser, Berlin-Wilm. 6009. Atelier Barakovich Wien.

エヴァ・マイ Eva May (1902 – 1924) 墺

「国別サインリスト ドイツ/オーストリア [Germany/Austria]」より

Eva May Autograph/autogramm/autographe

『アスファルト』(1929年)等で知られる監督ヨーエ・マイと、女優ミア・マイの間に生まれた娘さん。幼い頃から子役として映画に出演、1919年から女優業に専念し始めています。翌年にはヒロイン役での活躍を見せ始め、伝記映画『パガニーニ』(1923年)でコンラート・ファイトの相手役を務めました。

波乱に満ちた私生活でも有名で、16歳での初婚を皮切りに3度の結婚と離婚を重ねていきました。その後も恋愛のトラブルが続き1923年に手首を切って自殺を図ります。この時は一命をとりとめましたが翌年に銃で自殺を試み22歳で亡くなっています。

[IMDB]
nm0561945

[誕生日]
5月29日

[出身]
オーストリア

[メーカー]
Ross Verlag 269/4

[撮影]
Becker & Maass phot.

[サイズ]
13.4 × 8.7 cm.

[コンディション]
B+

アンドレ・マットーニ André Mattoni (1900-1985)

Andre-Mattoni

オーストリア出身。ムルナウ監督の『タルチュフ』(1925年)では遺言書から外され、映写技師に変装して悪だくみを暴いていく青年役者を小気味よく演じています。鉛筆書きのサインで1928年の一枚。

[IMDB]
nm0560410

[誕生日]
2月24日

[出身]
オーストリア

[コンディション]
B

ジャック・トレヴァー Jack Trevor (1890–1976) 英/墺

Jack Trevor

社会派劇の名手であるパブスト監督が1926年に『心の不思議』という毛色の変わった作品を残しています。精神分析を用いた夫婦間の愛憎劇で、主人公が嫉妬に駆られる美形青年役でジャック・トレヴァーが登場していました。また1929年の秀作『令嬢エルゼ』などにも名を見ることが出来ます。

宛名面には本人の筆跡で近作一覧(Meine neue Filme)がまとめられていて、『令嬢エルゼ』も含まれていることから1929年前半のサインのようです。

[IMDB]
nm0872465

[誕生日]
12月14日

[出身]
ドイツ

[コンディション]
B-

リリー・フロール (Lilly Flohr, 1903 – ?) 墺

Lilly Flohr Autographed PostcardLilly Flohr in Fridericus Rex (1922)

1910年代末にミュージックホールや舞台で人気があり、映画女優に転身、トーキー到来と共に姿を消していったオーストリア出身の女優さんです。出演作では歴史映画『フリードリヒ大王』が現存しておりオットー・ゲビュールと小舟に乗っている姿を確認できます。

情報サイト(filmportal.de)で30年代以後の消息は「不明」とされています。ただ30年代後半の上海で同名歌手が公演をしていた記録が残されていて同一人物ではないかとの説(chinarhyming.com)があります。上海に在住していたユダヤ人の回想録(『Voices from Shanghai: Jewish Exiles in Wartime China』)にもリリー・フロールの名は登場しているそうです。

フリッツィ・マサリー Fritzi Massary (1882 – 1969) 墺

Fritzi_Massary

トーキーが実用化される以前にも映画と音をシンクロさせた「音の鳴る映画」は始まっていました。1900年のパリ万博でも当時のフランスの人気歌手の映像と音が流されていたくらいです。

1903年、オーストリアでも歌と踊りを記録する試みが行われました。ここではデビューまもないフリッツィ・マサリーの映像が残されています。ステージの人気者となり、この後20年代にかけて豊かな活動を続けていきます。

[フリッツィ・マサリーとジョゼフ=ジャン・ピエトロのデュエット]

[IMDb]
nm0557188

[撮影]
Nicola Perscheid

墺オイミッヒ P1 9.5mm サイレント映写機

オーストリアのオイミッヒ社が初めて発売した映写機。モーター付きの9.5mm機で、上部と土台部が分離でき、それぞれに別なシリアルが振られています。レンズに銘はありません。

リールを固定するパーツの一つが折れてしまっているのですが実写には影響なかったので一安心。タグが残っており、メーカーによる検品日(5524、おそらく1935年5月24日)を見て取れます。

シリアル:(本体)6594 (モーター基盤部)5208
製造: オーストリア
対応フィルム:9.5m
製造時期:1930年代前半
対応電源:110 & 220V
コンセント:欧州仕様
映写速度:可変式

[履歴]
2015年1月22日購入