1917-22 忘れじの独り花(25)クララ・ヴィート Clara Wieth (1883 – 1975) デンマーク

「フィア・エーマンス旧蔵サインコレクション」より

Clara Wieth 1910s Autographed Postcard
Clara Wieth (Clara Pontoppidan) c1920 Autographed Postcard

1910年に映画デビュー。当初はレジア芸術映画社を拠点とし『ドリアン・グレイの肖像』や 『大都会の誘惑』(いずれも1911年)にヒロイン役で登場、若き美青年俳優W・スィランダのデビューに立ち合いました。すぐにノルディスク社に移りオーガスト・ブロム監督(『血を吸う踊り子』1912年)やホルガー・マドセン監督作品で重用され、同時期にスウェーデンでもスティッレルやシェストレム初期作でヒロインを務めます。

1920年前後にかけ出演ペースが落ちていくものの、カール・テオドア・ドライヤーの初期作『むかし、むかし』(1922年)の美しく傲慢な姫君役など北欧映画史の希少な瞬間を演じました。

Clara Pontoppidan in Der var engang (1922)
『むかし、むかし』(1922年、カール・テオドア・ドライヤー)

1920年に再婚で名字が変わります。以後はクララ・ポントピダンとして活動。20年代半ばに映画界を離れ舞台に移りますが、二次大戦後に復帰、主演作を挟み70年代までデンマーク映画を支え続けていきました。

クララ・ヴィート名義のサインは名字変更前の1910年代と断定して良さそうです。

Clara Wieth in Filmen (1915)
デンマークの映画誌『フィルメン』
1915年度第10号の紹介記事

[IMDb]
Clara Pontoppidan

[Movie Walker]

[出身地]
デンマーク(コペンハーゲン)

[誕生日]
4月23日

[サイズ]
8.6 × 13.5cm

[データ]
K.136. (Photochemie, Berlin)

トーラ・ティエ Tora Teje (1893 – 1970) スウェーデン

「国別サインリスト 北欧諸国 [Nordic Countries]」より

Tora Teje Autograph/autographe/autogramm

デンマークの映画協会(DFI)のDVDを再生すると冒頭に同協会のクレジット画像が出てきます。スティルレルの『エロティコン』の一場面で、ラルス・ハンソンの胸に背中を持たれかけたトーラ・ティエが微笑んでいます。

『エロティコン』は無声期の北欧映画を代表する作品のひとつで、その魅力はトーラ・ティエの存在感に負っている部分も多かったと思います。美人タイプではありませんでしたがひとたび動き始めると洗練やコケティッシュさに目が離せなくなります。

女性の深みを洒脱に表現できる女優さんは同時期ですと他にフェダーク・シャーリ(ハンガリー)、ポーリーン・フレデリック(米国)しかいなかったのではないでしょうか。

はてなブログに素敵な紹介記事があります。

[IMDb]
nm0854189

[出身]
スウェーデン(ストックホルム)

[誕生日]
1月17日

[データ]
[Foto: Hofatlier Jaeger, 1923. Ensamrätt: Axel Eliassons Konstförlag Stockholm, 367]

[サイズ]
8.6 × 13.7cm

ヒルダ・ボリストルム Hilda Borgström (1871 – 1953) スウェーデン

「国別サインリスト 北欧諸国 [Nordic Countries]」より

Hilda Borgstorm Autographed Postcard
Hilda Borgström Autographed Postcard

20世紀初頭のスウェーデン舞台を代表する女優さんでシェストレム監督の重要作品『インゲボリ・ホルム』(1913年)、『霊魂の不滅』(1920年)両作でヒロインを務めました。前者では貧しさゆえに子供と生き別れた女性を、後者では病床にある貧しい妻を熱演しています。

この絵葉書は『エロティコン』舞台版の写真を使った一枚。後の映画版でトーラ・ティエが演じるイレーヌ役を担当したと思われます。無声映画では老け役が多かったのですが、それ以前のあでやかさが伝わってきます。

[Movie Walker]
ヒルダ・ボリストロム

[IMDb]
nm0096737

[出身]
スウェーデン(ストックホルム)

[誕生日]
10月13日

[データ]
[Ensamrätt: Axel Eliassons Konstförlag Stockholm, Nr 6276 Foto: Atelier Jaeger, 1909]

[サイズ]
8.7 × 13.5cm

ニルス・オラフ・クリサンダー Nils Olaf Chrisander (1884–1947) スウェーデン

「国別サインリスト 北欧諸国 [Nordic Countries]」より

映画産業の初期に北欧~ドイツ~アメリカを渡り歩いた経歴の俳優さん。ドイツ時代(1910年代後半~20年頃)と思われる直筆サインです。

1910年代半ば、スウェーデンのハッセルブラッド映画社ではイェオイ・アフ・クレルケル監督作品に多く主演して人気を集めました。同社の花形女優マリー・ヨンソンとの共演作(『目覚め』『ノーベル賞を獲る者』)も現存しています。

次第にドイツに拠点を移しウアバン・ギャズ監督に重用されます(1918年『丑三つ時』)。また監督業にも乗り出し、エゲデ・ニッセンやユーシ・エレオートとの共演作を残しています。

さらに新天地を求め監督としてハリウッドに渡り、20年台後半にジェッタ・グーダル主演作などを撮っていますが成功を収めることは出来ず映画界から離れていきました。

[Movie Walker]
ニルス・オラフ・クリサンダー

[IMDb]
nm0159633

[出身]
スウェーデン(ストックホルム)

[誕生日]
2月14日

リリー・ヤコブソン (Lilly Jacobson 1893–1979) & グンナール・トルナエス (Gunnar Tolnaes 1879–1940)

「国別サインリスト 北欧諸国 [Nordic Countries]」より

1910年代の北欧映画を代表する女優の一人がリリー・ヤコブソンです。優美な雰囲気からお姫様の役柄を多く演じていました。『エクセルシオール号/火星への旅』(1918年)や『マハラジャ最愛の妻』(1917年)の演技は型通りで、これだけならば映画史に記憶されるほどではなかったように思われます。

1910年代末、北欧映画の衰退とともに女優業を引退しようとしていたリリー・ヤコブソンに待ったをかけたのはアスタ・ニールセンでした。

『女ハムレット』(1921年)はシェークスピアの焼き直しではなく、北欧伝説などを加味した独自解釈です。男装のニールセンが倒錯の空気を漂わせる隣でリリー・ヤコブソンはオーフィリアを演じ、淡い恋心が混乱に、狂気に変わり、自死で果てていく難しい役柄に挑戦しています。

写真はグンナール・トルナエスとの共演作『マハラジャ最愛の妻』絵葉書の連名サイン。

リリー・ヤコブソン

[IMDb]
nm0414887

[出身]
スウェーデン(ヨーテボリ)

[誕生日]
6月8日

グンナール・トルナエス

[IMDb]
nm0866184

[出身]
ノルウェー(オスロ)

[誕生日]
12月7日

マリー・ヨンソン Mary Johnson (1890 – 1975) スウェーデン

Mary Johnson Autographed Postcard
Mary Johnson Autographed Postcard

1910年代後半、スウェーデンのハッセルブラッド映画社でイェオイ・アフ・クレルケル監督によるメロドラマに多く出演し人気を博していたのがマリー・ヨンソンでした。

Mary Johnson in Förstadsprästen (1917)
1917年『Förstadsprästen』より

同国出身の名監督スティルレルの目に留まり、スウェーデンのバイオグラフ社で製作された『吹雪の夜』(1919年)のヒロイン役に選ばれます。欧州全般で公開され話題を呼び、4年後の『グンナール・ヘデ物語』(1923年)でも同監督とタッグを組んでいます。

Mary Johnson in Herr Arnes pengar (1919)
1919年『吹雪の夜』より

スティルレルがガルボらと共に渡米、北欧映画の衰退がはっきりしていく中で、マリー・ヨンソンは旧大陸(ドイツ、フランス)に進出しキャリアの延命を図っていきます。小規模な作品は彼女の持ち味を引き出すことが出来ず、渡米した同郷のガルボが国際的女優になっていったのと裏腹に忘れられていきます。

銀幕を離れた後の消息は知られておりませんが、1931年頃劇団に所属し欧州各地を巡業していた形跡が見つかっています。北欧らしい透明感と独特の目力が印象的で大成しなかったのが惜しまれます。

[Movie Walker]
マリー・ヨンソン

[IMDB]
Mary Johnson

[誕生日]
5月11日

[出身]
スウェーデン

[コンディション]
A-

[メーカー]
Ross Verlag

[サイズ]
8.7 × 13.9cm

パウリーネ・ブルニウス Pauline Brunius (1881 -1954) スウェーデン

Pauline Brunius

ジョルジュ・サドゥールは『映画史』の「スウェーデン映画の衰退」でヨン・W・ブルニウスを「シェストレムとスティッレル以後の最良の映画監督」と形容していました。

Pauline Brunius 02
ヨン・W・ブルニウスの1923年作品『Kärlekens ögon』より
Pauline Brunius 01
『グンナール・ヘデ物語』より

ヨン・W・ブルニウスの妻であり、劇場の舞台監督を務めながら夫の作品によく登場していたのがパウリーネ・ブルニウスです。スティッレルの『グンナール・ヘデ物語(Gunnar Hedes saga)』(1923年)でも主人公の母親を演じ、恋愛ドラマに奥行きを与えていました。