ヘルガ・トーマス Helga Thomas (1891 – 1988) スウェーデン

「国別サインリスト 北欧諸国 [Nordic Countries]」より

Helga Thomas Autographed Postcard
Helga Thomas Autographed Postcard

helga-thomas-bio

私は北スウェーデンの子です。五才の頃には生まれ故郷の原っぱでスキーに興じていたものです。運動の素晴らしさ、自然を愛する心持ちはあの時に植え付けられたのであります。

幼心に親に逆らい、舞台俳優の道を志しました。いつ終わるとやらしれぬ果てしない口論の末にようやく許可を頂くことができたのです。

ストックホルムの国立劇場で「オフィーリア」を演じていると一通の電報が届き、ベルリンのUFA社に来ないかとお誘いを受けました。新しい人生の始まりでした。スタジオのライトに照らされた世界が開けてきたのです。ルートヴィヒ・ベルガー監督の下で私の役者人生が始まりました。最初に役を受けたのは『グラス一杯の水(Ein Glas Wasser)』でした。

Ich bin ein Kind des nördlichen Schwedens. Als fünfjäriges Mädchen schon tollte ich aus Skiern über die Fluren meiner Heimat. Der gesunde Sinn für die Schönheiten des Sports und die Liebe zur Natur wurden mir hier für mein ganzes Leben eingeimpft.

Als blutjunges Ding begann ich die Offensive gegen meine Eltern, um den Weg zur Bühne frei zu bekommen. Nach endlosen Debatten willigten sie schließlich ein.

Als ich am National-Theater zu Stockholm gerade die « Ophelia » Spielte, rief mich ein Telegramm nach Berlin zur Ufa. Ein neues Leben begann. Die Welt des Jupiterlichtes tat sich mir auf. Unter Ludwig Bergers Regie begann meine Filmlaufbahn. Meinen ersten Erforg hatte ich in dem Film « Ein Glas Wasser ».

Filmkünstler : Wir über uns selbst (Sibyllen-Verlag, 1928, Berlin)

[IMDb]
Helga Thomas

[Movie Walker]
ヘルガ・トーマス (Helga Thomas)

[出身地]
スウェーデン (ヴェステルノールランド)

[誕生日]
7月8日

[データ]
Ross Verlag. phot. H.W. Mager, Berlin W.

[サイズ]
8.3 × 13.3 cm

アンデシュ・デ・バール Anders de Wahl (1869 – 1956) スウェーデン

「国別サインリスト 北欧諸国 [Nordic Countries]」より

Anders De Wahl c1911 Autographed Postcard
Anders De Wahl c1911 Autographed Postcard

20世紀初頭のスウェーデン演劇を代表する性格俳優の一人。

1890年頃から舞台俳優のキャリアを積み始め、世紀末のロマン主義の理想と合致した愁いある美青年役(1899年のストリンドベリ原作『エリク14世』など)で人気を博しました。

1920年代以降人気に陰りが見え始める中で今度は確実な演技力を備えた老け役として若手を支える側に回っていきます。1907年と1912年に『ヨハン・ウルフシェーナ』を舞台化した際は愛国主義者のヘルゲ役で、30年代に再度同作に出演した際は息子をかばう父ヨハンを担当、といった具合です。

映画界参入の第一歩はスティッレル監督の『エロティコン』でした。

同作でアンデシュが演じたのは学究肌の昆虫学者。特に前半は空気の読めない、冴えない中年振りが強調されています。トーラ・テイエとカリン・モランデルとの絡みの場面では、女性陣がバチバチ火花を飛ばしているのに全く気づかない鈍感さで思わず微笑みが漏れます。この「ボケ具合」そのものが緻密に計算されたものでさすが一時代を築いただけある渋い演技でした。

Anders De Wahl in Erotikon

サイン絵葉書は1911年に上演されたアルイド・ヤルネフェルト原作作品『ティトゥス』で皇帝役を演じた際の一枚です。

[IMDb]
Anders de Wahl

[Movie Walker]

[出身地]
スウェーデン(ストックホルム)

[誕生日]
2月9日

[撮影]
Foto. Hofatelier Jaeger 1911

[データ]
87 Ensamätt : Axel Eliassons Konstförlag, Stockholm

[サイズ]
8.6 × 13.7 cm

カリン・モランデル Karin Molander (1889 – 1978) スウェーデン

「国別サインリスト 北欧諸国 [Nordic Countries]」より

Karin Molander Autographed Postcard
Karin Molander Autographed Postcard
1910年代のスウェーデンで多ジャンルに才能を発揮していたのがカリン・モランデルでした。舞台出身(初舞台は明治期の1907年)で演技の基礎がしっかりしていたこともあり、対応力の高さからスヴェンスカ・ビオグラフテアーテン社の花形の一人に躍り出ます。

Karin Molander in Kärlek och journalistik
『愛とジャーナリズム』(1916年)

とりわけスティッレル監督と相性が良くトーマス・グロール二部作(『最良の映画』『最良の子供』)ではトーマス役シェストレム相手に小気味よいやりとりの応酬を披露、作品の軽快なリズム感作りに貢献。

Karin Molander in Thomas Graals bästa film
『トーマス・グロールの最良の映画』(1917年)
Karin Molander in Synnöve Solbakken
『シヌーヴェ・ソールバッケン』(1919年)

やや趣向を変えヨン・W・ブリューニウス監督の郷土色溢れるロマンス『シヌーヴェ・ソールバッケン』(1919年)でもラーシュ・ハンソン相手に手堅い演技を見せていました。

そのキャリアの頂点となった一作が1920年『エロティコン』です。冴えない大学教授の姪として登場し、四つ巴の複雑な恋愛模様の一角を担っていきます。一見無邪気な娘でありながらも洗練された求愛の駆け引きをこなしていく難しい役柄をこなし無声映画史に名を残します。その後は舞台活動に比重を移し、映画作品のクレジットにその名を見かける機会はほとんどありませんでした。

Karin Molander in Erotikon
『エロティコン』(1920年)

[IMDb]
Karin Molander

[Movie Walker]
カリン・モランデル

[出身地]
スウェーデン(ストックホルム)

[誕生日]
5月20日

[データ]
Förlag Nordisk Konst Stockholm, 837, 1917

[サイズ]
8.4 × 13.4 cm

イーヴァン・ヘードクヴィスト Ivan Hedqvist (1880 – 1935) スウェーデン

「国別サインリスト 北欧諸国 [Nordic Countries]」より

Ivan Hedqvist c1920 Autographed Postcard
Ivan Hedqvist c1920 Autographed Postcard

1900年代初めから舞台で修業を積み、1911年にはスカンセン屋外劇場の舞台監督も務めました。1910年代末に自身の監督主演作を発表開始。その第一弾が『ひな鳥』(Dunungen、1919年)で、中年男性と乙女(レネ・ビョルリンク)の恋愛模様が成功を収め同傾向の作品を幾つか撮っています。

役者としての本領が発揮されたのは20年代になっての深みのあるドラマ群でした。1923年の愛国劇『ヨハン・ウルフシェーナ』(Johan Ulfstjerna)では息子を守るために自らの手を血で汚す主人公を熱演、また2年後の『イングマール家の遺産』(Ingmarsarvet)ではイングマール家に長く仕える老召使として登場しています。

アイドル人気を誇った俳優ではありませんがこの種の性格俳優が活躍できた層の厚さそのものが初期スウェーデン映画の充実を物語っていると思います。

Ivan Hedqvist in Johan Ulfstjerna
『ヨハン・ウルフシェーナ』(1923年)
Ivan Hedqvist in Ingmarsarvet
『イングマール家の遺産』(1925年)

[IMDb]
Ivan Hedqvist

[Movie Walker]

[出身地]
スウェーデン(ゴットゥローラ)

[誕生日]
6月8日

[データ]
1546. Efter fotografi av Ferd. Flodin, Sthlm 1921.

[サイズ]
8.6 × 13.6 cm

レネ・ビョルリンク Renée Björling (1898 – 1975) スウェーデン

「国別サインリスト 北欧諸国 [Nordic Countries]」より

Renee Bjorling 1920 Autographed Postcard
Renee Bjorling 1920 Autographed Postcard

派手な注目を浴びる機会こそ少なかったものの安定した演技力でスウェーデン映画を半世紀に渡って支えた女優さん。

1919年にセルマ・ラーゲルレーヴの『ひな鳥』(Dunungen、1919年)が映画化され成功を収めた時、三角関係のはざまに揺れるうら若きヒロインを演じていたのがビョルリンク嬢でした。翌年にはシェストレム監督作品の『感激の夜(センドミールの修道院)』で城主の妻エルガに使える侍女役で登場。1923年には女性群像を描いた『ノールトゥル地区の仲間たち』で主要な女性キャラの一人エヴァを演じます。

Renee Bjorling in Klostret i Sendomir
1920年の『感激の夜(センドミールの修道院)』より

1924年の『田舎暮らし』(Livet på landet)でモナ・マルテンソンの脇を務める等、どちらかというと準ヒロインで力を発揮するタイプの女優さんでした。戦後になっても1950年代のイングマール・ベルイマン諸作(『不良少女モニカ』『愛のレッスン』『女たちの夢』)に端役で登場しています。

[IMDb]
Renée Björling

[Movie Walker]

[出身地]
スウェーデン(ローベン島)

[誕生日]
7月10日

[データ]
Ferd. Flodin Norrmalmstorg Stockholm

[サイズ]
8.7 × 13.3 cm

ウーノ・ヘンニング Uno Henning (1895 – 1970) スウェーデン

「国別サインリスト 北欧諸国 [Nordic Countries]」より

Uno Henning c1920 Autographed Postcard
Uno Henning c1920 Autographed Postcard

1910年代に舞台劇の訓練を積み、10年代末から20年代半ばにストックホルムの劇場で活動する傍ら映画にも出演するようになりました。現代劇、歴史劇どちらにも映える凛々しさと精悍さで確実にキャリアを積み上げていきます。

20年代後半に活動を国外に広げていた時期があり、ドイツでブリギッテ・ヘルムとの共演作(『懐かしの巴里』1927年)や英アンソニー・アスキス監督作品(『ダートムアのコテージ』1929年)に出演を果たしています。

中でも『ダートムアのコテージ』は前年の『アンダーグラウンド』と並びアスキス監督、そして英サイレント映画屈指の秀作となっていました。ヘンニングは嫉妬に駆られ顧客を殺害してしまう主人公の理髪師を演じ強いインパクトを残しています。

Uno Henning in A Cottage on Dartmoor
『ダートムアのコテージ』より
Uno Henning in Die Liebe der Jeanne Ney
『懐かしの巴里』より

[IMDb]
Uno Henning

[Movie Walker]

[出身地]
スウェーデン(ストックホルム)

[誕生日]
9月11日

[データ]
2176. Efter fotografi av Ferd. Flodin, Sthlm 1920.

[サイズ]
8.5 × 13.5 cm

1917-22 忘れじの独り花(25)クララ・ヴィート Clara Wieth (1883 – 1975) デンマーク

「フィア・エーマンス旧蔵サインコレクション」より

Clara Wieth 1910s Autographed Postcard
Clara Wieth (Clara Pontoppidan) c1920 Autographed Postcard

1910年に映画デビュー。当初はレジア芸術映画社を拠点とし『ドリアン・グレイの肖像』や 『大都会の誘惑』(いずれも1911年)にヒロイン役で登場、若き美青年俳優W・スィランダのデビューに立ち合いました。すぐにノルディスク社に移りオーガスト・ブロム監督(『血を吸う踊り子』1912年)やホルガー・マドセン監督作品で重用され、同時期にスウェーデンでもスティッレルやシェストレム初期作でヒロインを務めます。

1920年前後にかけ出演ペースが落ちていくものの、カール・テオドア・ドライヤーの初期作『むかし、むかし』(1922年)の美しく傲慢な姫君役など北欧映画史の希少な瞬間を演じました。

Clara Pontoppidan in Der var engang (1922)
『むかし、むかし』(1922年、カール・テオドア・ドライヤー)

1920年に再婚で名字が変わります。以後はクララ・ポントピダンとして活動。20年代半ばに映画界を離れ舞台に移りますが、二次大戦後に復帰、主演作を挟み70年代までデンマーク映画を支え続けていきました。

クララ・ヴィート名義のサインは名字変更前の1910年代と断定して良さそうです。

Clara Wieth in Filmen (1915)
デンマークの映画誌『フィルメン』
1915年度第10号の紹介記事

[IMDb]
Clara Pontoppidan

[Movie Walker]

[出身地]
デンマーク(コペンハーゲン)

[誕生日]
4月23日

[サイズ]
8.6 × 13.5cm

[データ]
K.136. (Photochemie, Berlin)

トーラ・ティエ Tora Teje (1893 – 1970) スウェーデン

「国別サインリスト 北欧諸国 [Nordic Countries]」より

Tora Teje Autograph/autographe/autogramm

デンマークの映画協会(DFI)のDVDを再生すると冒頭に同協会のクレジット画像が出てきます。スティルレルの『エロティコン』の一場面で、ラルス・ハンソンの胸に背中を持たれかけたトーラ・ティエが微笑んでいます。

『エロティコン』は無声期の北欧映画を代表する作品のひとつで、その魅力はトーラ・ティエの存在感に負っている部分も多かったと思います。美人タイプではありませんでしたがひとたび動き始めると洗練やコケティッシュさに目が離せなくなります。

女性の深みを洒脱に表現できる女優さんは同時期ですと他にフェダーク・シャーリ(ハンガリー)、ポーリーン・フレデリック(米国)しかいなかったのではないでしょうか。

はてなブログに素敵な紹介記事があります。

[IMDb]
nm0854189

[出身]
スウェーデン(ストックホルム)

[誕生日]
1月17日

[データ]
[Foto: Hofatlier Jaeger, 1923. Ensamrätt: Axel Eliassons Konstförlag Stockholm, 367]

[サイズ]
8.6 × 13.7cm

ヒルダ・ボリストルム Hilda Borgström (1871 – 1953) スウェーデン

「国別サインリスト 北欧諸国 [Nordic Countries]」より

Hilda Borgstorm Autographed Postcard
Hilda Borgström Autographed Postcard

20世紀初頭のスウェーデン舞台を代表する女優さんでシェストレム監督の重要作品『インゲボリ・ホルム』(1913年)、『霊魂の不滅』(1920年)両作でヒロインを務めました。前者では貧しさゆえに子供と生き別れた女性を、後者では病床にある貧しい妻を熱演しています。

この絵葉書は『エロティコン』舞台版の写真を使った一枚。後の映画版でトーラ・ティエが演じるイレーヌ役を担当したと思われます。無声映画では老け役が多かったのですが、それ以前のあでやかさが伝わってきます。

[Movie Walker]
ヒルダ・ボリストロム

[IMDb]
nm0096737

[出身]
スウェーデン(ストックホルム)

[誕生日]
10月13日

[データ]
[Ensamrätt: Axel Eliassons Konstförlag Stockholm, Nr 6276 Foto: Atelier Jaeger, 1909]

[サイズ]
8.7 × 13.5cm

ニルス・オラフ・クリサンダー Nils Olaf Chrisander (1884–1947) スウェーデン

「国別サインリスト 北欧諸国 [Nordic Countries]」より

映画産業の初期に北欧~ドイツ~アメリカを渡り歩いた経歴の俳優さん。ドイツ時代(1910年代後半~20年頃)と思われる直筆サインです。

1910年代半ば、スウェーデンのハッセルブラッド映画社ではイェオイ・アフ・クレルケル監督作品に多く主演して人気を集めました。同社の花形女優マリー・ヨンソンとの共演作(『目覚め』『ノーベル賞を獲る者』)も現存しています。

次第にドイツに拠点を移しウアバン・ギャズ監督に重用されます(1918年『丑三つ時』)。また監督業にも乗り出し、エゲデ・ニッセンやユーシ・エレオートとの共演作を残しています。

さらに新天地を求め監督としてハリウッドに渡り、20年台後半にジェッタ・グーダル主演作などを撮っていますが成功を収めることは出来ず映画界から離れていきました。

[Movie Walker]
ニルス・オラフ・クリサンダー

[IMDb]
nm0159633

[出身]
スウェーデン(ストックホルム)

[誕生日]
2月14日

リリー・ヤコブソン (Lilly Jacobson 1893–1979) & グンナール・トルナエス (Gunnar Tolnaes 1879–1940)

「国別サインリスト 北欧諸国 [Nordic Countries]」より

1910年代の北欧映画を代表する女優の一人がリリー・ヤコブソンです。優美な雰囲気からお姫様の役柄を多く演じていました。『エクセルシオール号/火星への旅』(1918年)や『マハラジャ最愛の妻』(1917年)の演技は型通りで、これだけならば映画史に記憶されるほどではなかったように思われます。

1910年代末、北欧映画の衰退とともに女優業を引退しようとしていたリリー・ヤコブソンに待ったをかけたのはアスタ・ニールセンでした。

『女ハムレット』(1921年)はシェークスピアの焼き直しではなく、北欧伝説などを加味した独自解釈です。男装のニールセンが倒錯の空気を漂わせる隣でリリー・ヤコブソンはオーフィリアを演じ、淡い恋心が混乱に、狂気に変わり、自死で果てていく難しい役柄に挑戦しています。

写真はグンナール・トルナエスとの共演作『マハラジャ最愛の妻』絵葉書の連名サイン。

リリー・ヤコブソン

[IMDb]
nm0414887

[出身]
スウェーデン(ヨーテボリ)

[誕生日]
6月8日

グンナール・トルナエス

[IMDb]
nm0866184

[出身]
ノルウェー(オスロ)

[誕生日]
12月7日

マリー・ヨンソン Mary Johnson (1890 – 1975) スウェーデン

Mary Johnson Autographed Postcard
Mary Johnson Autographed Postcard

1910年代後半、スウェーデンのハッセルブラッド映画社でイェオイ・アフ・クレルケル監督によるメロドラマに多く出演し人気を博していたのがマリー・ヨンソンでした。

Mary Johnson in Förstadsprästen (1917)
1917年『Förstadsprästen』より

同国出身の名監督スティルレルの目に留まり、スウェーデンのバイオグラフ社で製作された『吹雪の夜』(1919年)のヒロイン役に選ばれます。欧州全般で公開され話題を呼び、4年後の『グンナール・ヘデ物語』(1923年)でも同監督とタッグを組んでいます。

Mary Johnson in Herr Arnes pengar (1919)
1919年『吹雪の夜』より

スティルレルがガルボらと共に渡米、北欧映画の衰退がはっきりしていく中で、マリー・ヨンソンは旧大陸(ドイツ、フランス)に進出しキャリアの延命を図っていきます。小規模な作品は彼女の持ち味を引き出すことが出来ず、渡米した同郷のガルボが国際的女優になっていったのと裏腹に忘れられていきます。

銀幕を離れた後の消息は知られておりませんが、1931年頃劇団に所属し欧州各地を巡業していた形跡が見つかっています。北欧らしい透明感と独特の目力が印象的で大成しなかったのが惜しまれます。

[Movie Walker]
マリー・ヨンソン

[IMDB]
Mary Johnson

[誕生日]
5月11日

[出身]
スウェーデン

[コンディション]
A-

[メーカー]
Ross Verlag

[サイズ]
8.7 × 13.9cm

パウリーネ・ブルニウス Pauline Brunius (1881 -1954) スウェーデン

Pauline Brunius

ジョルジュ・サドゥールは『映画史』の「スウェーデン映画の衰退」でヨン・W・ブルニウスを「シェストレムとスティッレル以後の最良の映画監督」と形容していました。

Pauline Brunius 02
ヨン・W・ブルニウスの1923年作品『Kärlekens ögon』より
Pauline Brunius 01
『グンナール・ヘデ物語』より

ヨン・W・ブルニウスの妻であり、劇場の舞台監督を務めながら夫の作品によく登場していたのがパウリーネ・ブルニウスです。スティッレルの『グンナール・ヘデ物語(Gunnar Hedes saga)』(1923年)でも主人公の母親を演じ、恋愛ドラマに奥行きを与えていました。