ゲルダ・マウルス Gerda Maurus (1903 – 1968) 墺

「ドイツ/オーストリア [Germany/Austria]」「フリッツ・ラング関連 [Fritz Lang Related Items]」より

Gerda Maurus Autographed Postcard
Gerda Maurus Autographed Postcard
1920年代後半、フリッツ・ラング作品のヒロインに抜擢され『スピオーネ』『月世界の女』の二作で鮮烈な印象を残した女優さん。

Gerda Maurus Autographed Postcard 2

頬骨の高さに挑発的な眼差し、同時代の他の女優と一線を画すシャープな雰囲気を漂わせていました。ラング作品以外の出演作ではフワッとした優しい空気なので落差に驚かされたりもします。トーキー移行後は次第に脇役に回り、戦後に至るまで女優活動を続けていました。

Gerda Maurus in Frau im Mond
『月世界の女』(Frau im Mond、1929年)
Gerda Maurus in Vier junge Detektive
『ちびっこ探偵五人衆』( Vier junge Detektive、1949年)
[IMDb]
Gerda Maurus

[Movie Walker]
ゲルダ・マウルス

[出身地]
オーストリア (ブライテンフルト)

[誕生日]
8月25日

[データ]
・Ross Verlag 3569/2 Fritz Lang-Film
・Ross Verlag 4254/1 UFA 「リシャール・フリペ氏 Richard Frippé」宛の献辞入り

[サイズ]
・8.9 × 13.8 cm
・8.8 × 13.6 cm

1923 – 9.5mm 『シンデレラ』(ルドウィッヒ・ベルガー監督)

「9.5ミリ 劇映画」より

1923 – Cinderella (UK Pathescope SB809)

1923 - Cinderella (UK Pathescope SB809)
ドイツ映画が存在感を増し始めた1920年代初頭に制作されたUFA社版のシンデレラ。プロデューサーはエリッヒ・ポマー。後に『ワルツの夢』(1925年)や『ワルツ合戦』など軽快な宮廷コメディを残すルドウィッヒ・ベルガー監督の手によるものです。

ヒロインに北欧出身の新進女優ヘルガ・トーマス、王子役に美男俳優パウル・ハルトマン、意地悪な義姉にロシア生まれのオルガ・チェーホワ等を配し、良く知られた物語に多少のアレンジを加えながら軽やかに展開していきます。

母国ドイツでも完全版は現存しておらずドイツ映画博物館には16ミリと9.5ミリの短縮版のみ保存、VHSやDVDなどソフト化もされてこないままでした。とても良い作品であるだけに途中一か所、人種差別的な描写が含まれているのが惜しまれます。

[タイトル]
Cinderella

[原題]
Der verlorene Schuh

[製作年]
1923年

[IMDB]
tt0014577

[メーカー]
英パテスコープ社

[カタログ番号]
809

[フォーマット]
9.5mm 300ft*2(無声、ノッチ無)

ヘルガ・トーマス Helga Thomas (1891 – 1988) スウェーデン

「国別サインリスト 北欧諸国 [Nordic Countries]」より

Helga Thomas Autographed Postcard
Helga Thomas Autographed Postcard

helga-thomas-bio

私は北スウェーデンの子です。五才の頃には生まれ故郷の原っぱでスキーに興じていたものです。運動の素晴らしさ、自然を愛する心持ちはあの時に植え付けられたのであります。

幼心に親に逆らい、舞台俳優の道を志しました。いつ終わるとやらしれぬ果てしない口論の末にようやく許可を頂くことができたのです。

ストックホルムの国立劇場で「オフィーリア」を演じていると一通の電報が届き、ベルリンのUFA社に来ないかとお誘いを受けました。新しい人生の始まりでした。スタジオのライトに照らされた世界が開けてきたのです。ルートヴィヒ・ベルガー監督の下で私の役者人生が始まりました。最初に役を受けたのは『グラス一杯の水(Ein Glas Wasser)』でした。

Ich bin ein Kind des nördlichen Schwedens. Als fünfjäriges Mädchen schon tollte ich aus Skiern über die Fluren meiner Heimat. Der gesunde Sinn für die Schönheiten des Sports und die Liebe zur Natur wurden mir hier für mein ganzes Leben eingeimpft.

Als blutjunges Ding begann ich die Offensive gegen meine Eltern, um den Weg zur Bühne frei zu bekommen. Nach endlosen Debatten willigten sie schließlich ein.

Als ich am National-Theater zu Stockholm gerade die « Ophelia » Spielte, rief mich ein Telegramm nach Berlin zur Ufa. Ein neues Leben begann. Die Welt des Jupiterlichtes tat sich mir auf. Unter Ludwig Bergers Regie begann meine Filmlaufbahn. Meinen ersten Erforg hatte ich in dem Film « Ein Glas Wasser ».

Filmkünstler : Wir über uns selbst (Sibyllen-Verlag, 1928, Berlin)

[IMDb]
Helga Thomas

[Movie Walker]
ヘルガ・トーマス (Helga Thomas)

[出身地]
スウェーデン (ヴェステルノールランド)

[誕生日]
7月8日

[データ]
Ross Verlag. phot. H.W. Mager, Berlin W.

[サイズ]
8.3 × 13.3 cm

1917-22 忘れじの独り花(33)ベルント・アルドー Bernd Aldor (1881 – 1950) 独

「フィア・エーマンス旧蔵サインコレクション」より

Bernd Aldor c1920 Autographed Postcard
Bernd Aldor c1920 Autographed Postcard

1910年代後半に頭角を現してきたドイツ男優さんで、1916~18年頃のリヒャルト・オズヴァルト監督作品常連となりレオンティーン・キューンベルクリタ・クレルモントマンヤ・ツァッツェーワと共演、『ドリアン・グレイの肖像』などで主演を務めました。その後レックス映画社ではルプ・ピック監督の作品に出演、リア・イエンデ等のパートナーとして銀幕に登場しています。

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スイス『キネマ』誌1919年第16号より『世界の鏡』(ルプ・ピック監督)広告

[IMDb]
Bernd Aldor

[Movie Walker]

[出身地]
オスマン帝国(コンスタンチノープル)

[誕生日]
3月23日

[データ]
Photochemie, Berlin. K.121. phot. von A. Binder, Berlin
8.6 × 13.5cm

1917-22 忘れじの独り花(31)ヴィオレッタ・ナピエルスカ Violetta Napierska (生没年不詳)

「フィア・エーマンス旧蔵サインコレクション」より

VIoletta Napierska 1921 Autographed Postcard
VIoletta Napierska 1921 Autographed Postcard

フェルン・アンドラに通じる硬質で神経質な雰囲気を漂わせていたのがこちらのヴィオレッタ・ナピエルスカでした。主にリヒャルト・アイヒベルク監督作品に出演し、同監督夫人でもあるリー・パリーの脇に回る形で活動を続けていました。

ある時期のアイヒベルク監督作品には、後にドラキュラ伯爵役で名を上げるベラ・ルゴシも参加しています。リー・パリー主演、ルゴシ&ナピエルスカス助演作『夜の娘』(Der Fluch der Menschheit、1921年)が短縮版で現存しています。

VIoletta Napierska in Der Fluch der Menschheit (1921)
『夜の娘』(Der Fluch der Menschheit、1921年)より

[IMDB]
Violetta Napierska

[Movie Walker]
ヴァイオレッタ・ナピエルスカ

[誕生日]
不明

[出身]
不明

[サイズ]
9.0 × 14.0cm

[データ]
Verl. Herm. Leiser, Berlin Wilm. 7223. Phot. H.W. Mager, Berlin.
「1921年12月 ミュンヘンにて」

1917-22 忘れじの独り花(30)リィ・ノイマン Ly Neumann (生没年不詳)

「フィア・エーマンス旧蔵サインコレクション」より

Ly Neumann 1921 Autographed Postcard
Ly Neumann 1921 Autographed Postcard

1910年代前半にハリー・ピール作品の常連として人気のあったルートヴィヒ・トラウトマンが10年代後半に自身のトラウトマン映画社を立ち上げた際、同社の花形として抜擢された女優さん。

それ以前に一作、ローザ・ポルテン(ヘンニ・ポルテンの妹)が共同監督した1918年作品に名前がクレジットされています。1918~20年の数作しか出演が確認されていませんが、クレジットされていないだけで他にも出ていると思われます。

[IMDb]
Ly Neumann

[Movie Walker]

[出身地]
不明

[誕生日]
不詳

[データ]
Verlag Berliner Känstlerbilder, N6645. Photo Kuzelowsky, Berlin W., Kurfürstendamm 216
8.2 × 13.3cm

1917-22 忘れじの独り花(29)ハンナ・リルケ Hanna Lierke (生没年不詳)

「フィア・エーマンス旧蔵サインコレクション」より

Hanna Lierke Autographed Postcard
Hanna Lierke Autographed Postcard

戦前ポーランド映画に功のあったダニー・カーデン(1884-1942)が最初に自身の映画社を立ち上げた際、その監督作で1918年頃デビューしたと思われる女優さん。

その後リヒャルト・オズヴァルトの映画社を経て、1920年からミュンヘンに拠点をおくバヴァリア映画社で大きな役を振られるようになっていきます。同社作品ではマンフレッド・ノア監督『賢者ナータン』(1922年)が良く知られていますが、ノア監督がその直前に撮った2部作『恐しき新婚旅行(Der heilige Hass)』でヒロイン役を演じていたのがハンナ・リルケさんでした。

Hanna Lierke in Der heilige Hass
『恐しき新婚旅行(Der heilige Hass)』でのハンナ・リルケ嬢

その後も小さなプロダクションに幾つか出演記録があるものの派手なスポットライトを浴びることはなく20年代中旬にフェイドアウトしていきました。

[IMDb]
Hanna Lierke

[Movie Walker]
ハンナ・リルケ

[出身地]
不明

[誕生日]
不詳

[データ]
Photochemie, Berlin. K.2494. phot. Atelier Walten, Berlin
8.7 × 13.6cm