1917-22 忘れじの独り花(16)エディット・メラー Edith Meller (1897 – 1953)

「フィア・エーマンス旧蔵サインコレクション」より

Edith Meller c1920 Autographed Postcard
Edith Meller c1920 Autographed Postcard
第一次大戦中の1916年にデビューし1922年頃まで旺盛な活動を見せていたハンガリー出身の女優。

初期はナチオナール映画社やPAGU社作品に多く出演。このうち助演した1917年の « Der feldgraue Groschen »が現存しており、オンラインで動画が公開されています。

« Der feldgraue Groschen »でのエディット・メラー(右端)

1920年にPAGU社で製作された恋愛アドベンチャー『熱国の呪』(Indische Rache)は日本でも公開されています。

Edith Meller in Die wilde Ursula (1918)
キノベジッツァー誌 1918年5月13日付
初期主演作 « Die wilde Ursula » の紹介記事

[IMDB]
nm0577914

[Movie Walker]
エディット・メラー

[誕生日]
9月16日

[出身]
ハンガリー(ブダペスト)

[サイズ]
8.6 × 13.6cm

[データ]
Film-Sterne 133/4. J.Brass

エルンスト・マトレイ Ernst Matráy (1891 – 1978) ハンガリー

「国別サインリスト ドイツ/オーストリア [Germany/Austria]」より

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Ernst Matray 1920 Autographed Postcard

ハンガリー出身の舞踏家、俳優、監督兼振付師。

1910年代初頭にマックス・ラインハルトに才能を見いだされ舞台デビュー。ラインハルト劇団で話題を呼んだ『奇跡』(マリア・カルミ主演、1911年)に出演し、ダンスパートの振付も担当しました。

Ernst Matray in Hilde Warren und der Tod (1917)
1917年作品『ヒルデ・ワーレンと死神』(ヨーエ・マイ作品、脚本フリッツ・ラング)

映画では牧神、道化師、悪魔など異形の役どころが多く回ってきていたようです。フリッツ・ラングが脚本を書いた『ヒルデ・ワーレンと死神』では放蕩の生活を続け、最後母親に銃で撃ち殺されるろくでなしの息子を演じていました。

俳優時代のルビッチとも共演歴があり、短期間ながらも共同で映画会社を設立、両者の名前からMalu映画社と名付け経営を行っています。同時期に監督業にも進出し1916年に『オペラ座の怪人』を残しました。フィルム自体は現存していないものの、この小説の最初の映像化で初期ホラー愛好家が見たがっている作品の一つです。

トーキーの時代となり、1930年代にハリウッドに渡ってから新たなキャリアが開けてきます。当時の妻だった女優マリア・ソルヴェクと振付師のチームを組み、MGMなど大手作品のダンス場面を担当したのです。

Waterloo Bridge (1940)
『哀愁』(1940年)のバレエ場面

日本でもよく知られた『哀愁』(1940年)や『心の旅路』(1942年)の舞踏場面はマトレイ夫婦が振付したものでした。メロドラマ作品に一瞬現れるダンスやバレエを意識する機会はあまりないため、こんな形で無声映画の血流が続いていくのかと驚かされました。

絵葉書の写真は『吸血鬼ノスフェラトゥ』と重なります。サインの年号(1920年)を見ると同作公開より前になっています。

[IMDB]
nm0559305

[Movie Walker]
Ernst Matray

[誕生日]
5月27日

[出身]
ハンガリー(ブダペスト)

[サイズ]
9.0 × 14.0cm

[データ]
Photochemie, Berlin. K.2289. Phot. Nicola Perscheid, ,Berlin

クレール・ロットー Claire Lotto (1893 – 1952) 独

「国別サインリスト ドイツ/オーストリア [Germany/Austria]」より

Claire Lotto Autographed Postcard
Claire Lotto Autographed Postcard

名優カール・デ・フォグト(Carl de Vogt)の奥さんでもあった女優で、1920年代前半~中盤のサインと思われます。

20年代前半のドイツで人気を得て幾つかの作品は日本でも公開されていました。芸歴は意外と長く1910年代中頃からすでに活躍。下積み時代にハンガリー映画に多く出演しており、マイケル・カーティス(ケルテース・ミハーイ)の初期短編の常連でもありました。

Claire Lotto in Az utolsó hajnal
Claire Lotto in Az utolsó hajnal (1917, Kertész Mihály)

1917年作品『最後の暁』マイケル・カーティス作品

カーティス初期作は現存しているものが多く、何かの機会に観ることがあればクレールさんがひょいと登場している可能性もありえます。

[異表記]
Cläre Lotto, Kläry Lotto

[IMDB]
nm0521556

[Movie Walker]
クレール・ロットー (Claire Lotto)

[誕生日]
9月23日

[出身]
ドイツ(ポメラニア)

[サイズ]
9.1 × 14.0cm

[データ]
Verlag Herm. Leiser, Berlin Wilm. 3833 Westi

ヴィルマ・バンキー Vilma Bánky (1901 – 1991)

「ハンガリー [Hungary]」より

Vilma Banky Autographed Postcard
Vilma Banky Autographed Postcard

二年前ヴィルマ・バンキーの名は映画フアンの間でも全く知られていなかった。オーストリアで数本の作品を撮っただけで、同国の監督数人だけがその才を高く評価していたのであつた。マックス・ランデ氏が仏監督ヴィオレ氏の元『曲芸王』を撮った時、地元の女優で見映えの良い者を探していてバンキー嬢の美しさと雅さの虜となつた。同嬢がヒロイン役に選ばれたのである。その後程なくして、バンキー嬢は『ポチョムキン』でジャン・アンジェロ氏と共演、同作は最近AGC社によって編纂された一作である。

ハンガリー出身の嬢の才は米映画会社の長の目に留まり、米国に招待されることと相成つた。かくしてバンキー嬢は航路ニューヨークへと向かったのである。ファーストナショナル社でロナルド・コールマン氏を相手に『ダーク・エンゼル』を取り上げた。モーリス・トゥールヌールの手になる一作である。

(「出づる星:ヴィルマ・バンキー」モンシネ誌1926年3月4日付211号)

Il y a deux ans, Vilma Banky n’était guère connue des cinéphiles; elle avait tourné quelques films en Autriche et seuls les metteurs en scène de ce pays avaient apprécié son talent. Lorsque Max Linder réalisa avec le metteur en scène français Violet Le Roi du Cirque, il chercha une jolie partenaire parmis les artistes locales et fut charmé par la beauté et la grâce de Vilma Banky. Cette dernière fut donc sa partenaire dans son film. A peu près à la même époque, Vilma Banky devint la partenaire de Jean Angelo dans Potemkine, l’oeuvre que l’Agence Générale Cinématographique a éditée récemment en France.

Le talent de cette jeune artiste, qui est Hongroise, fut remarqué par un directeur de firme américaine qui l’invita à venir tourner aux Etats-Unis. C’est ainsi que Vilma Banky s’embarqua pour New-York. Elle tourna un film à la First National l’Ange des Ténèbres (The Dark Angel) sous la direction de Maurice Tourneur.

Les Etoiles qui se lèvent : Vilma Banky
(Mon Ciné No 211, 4 Mars 1926)

ルドルフ・ヴァンチノの遺作『熱砂の舞』(1926年)の踊子役で世界中を夢中にさせ、その後もロナルド・コールマンとの共作(『夢想の楽園』)で初期映画史に確かな足跡を残した女優さん。ハリウッド映画界で初めて大成したハンガリー女優でもあります。

[IMDb]
nm0126566

[Movie Walker]
ヴィルマ・バンキー

[出身]
ハンガリー

[誕生日]
1月9日

リア・デ・プッティ Lya de Putti (1897- 1931)

パラマウントの「サタンの嘆き」と「神我に二十仙を賜ふ」、ファースト・ナショナルの「燃ゆる唇」ドイツ、ウフアの「ヴアリエテ」 – リア・ド・プテイの昭和二年はまことに華々しかつた。ド・プテイの美は、昨年一年間で最極限にまで世人に持て囃されるる到つたかの觀を呈した。だが、もちろん彼女としては「ヴアリエテ」の女の役に止めを刺す。あの爛れる樣な、ムツとする樣な、チクチクと神經に突きさゝる樣なド・プテイの「官能」はどうだ。(ユ社に移つてからの映畫は今年は間違いなく見る事が出來るだらう。)

『日本映画年鑑 昭和二年昭和三年 第四年版』
(朝日出版社、1928年4月)

1925年に公開されたドイツ映画『ヴァリエテ』で鮮烈な演技を見せたのがこの女優さんでした。

獣の匂いの漂うヤニングス、あどけなさと官能の混じりあったリア・デ・プッティの絡みはアメリカでも大きな話題を呼びました。

また彼女は初期のムルナウ作品にも登場しています。絵画指向の強いムルナウはリア・デ・プッティをむしろ「素材」として使い『ファントム』のもっとも夢幻的な場面に彼女を登場させていました。

[IMDb]
nm0211048

[出身]
ハンガリー

[誕生日]
1月10日

イロシュヴァイ・ロージ Ilosvay Rózsi (1901 – 1954) ハンガリー

Ilosvay Rózsi Autographed Postcard
Ilosvay Rózsi Autographed Postcard

舞台を中心に活動を行いながら映画と接点を持っていたハンガリー女優さん。1920年前後に人気があったようでブロードウェーの名作『キキ』のハンガリー版で主役を務めた記録があります。

映画では1918年『ルル』に出演。大きな役ではなかったようですが初代ドラキュラであるベラ・ルゴシと共演を果たしています。

ヴァルシャーニ・イレーン Varsányi Irén (1876 – 1932)

「 ハンガリー [Hungary]」より

Varsányi Irén Autographed Postcard
Varsányi Irén Autographed Postcard
Varsányi Irén in Anna Karenina (1918)
Varsányi Irén in Anna Karenina (1918)

2015年の11月にハンガリーの古書店で売られていたサイン物の輸入代行を試みました。昨日その商品が到着、こちらはその1枚、初期映画や舞台で活躍したヴァルシャーニ・イレーンのサイン入り絵葉書となります。

黒髪で黒目の彼女はビノシュにも通じる雰囲気を漂わせています。出演作では『アンナ・カレーニナ』(1918年)が現存しています。

 

「 ハンガリー [Hungary]」より