1931 – Super8 『雪の渡り鳥』(阪妻プロ、宮田十三一監督)東映/サングラフ版

阪東妻三郎関連 [Bando Tsumasaburo Related Items]より

Koina no Ginpei: Yuki no wataridori
(1931, Bantsuma Production, dir/Miyata Tomikazu)
Early 1970s Toei/Sungraph Super8 Print

明治三十四年東京に生まれる。本名 田村伝吉。

歌舞伎から出て、大正十二年マキノ映画に入る。

チャンバラ映画史上最大のスターの一人で、昭和初期の時代劇革新運動の流れの中で、(それまでの時代劇映画は、講談本を材料としたものや、歌舞伎の引き写し的なものが大部分であったが、ここに至って、人間そのものを追究しようとする方向に向かった)尾上松之助調のおっとりとした立廻りを、すさまじい怨念のこもったスピーディーなものにつくり変え、豪放な立廻りの第一人者となる。

晩年は「破れ太鼓」等の小市民映画に出演、その重みのある演技には定評があった。「雪の渡り鳥」は、昭和六年度・阪東プロ作品で、原作は股旅物の名匠長谷川伸。人間味にあふれたヤクザ・鯉名の銀平に扮し、思い人の夫を悪徳ヤクザの手から助け、一切の罪を我身に引受けて、役人の手に引かれていく男の悲劇を、見事に演じ切っている。その他の代表作に「雄呂血」「無法松の一生」(戦前)、「素浪人罷通る」(戦後)などがある。

昭和二十八年死去。

阪東妻三郎『雪の渡り鳥』
(活動写真名優シリーズ・解説書)

「あの…帆立一家の者…今日も散々の目にあわされ…悔しがってあの人が一人であたしを縛り上げて今…殴りこみに行ったんだよ。ねぇ、銀平さん…あの人ひとりじゃとても」
「うーむ、当たりめえのこった。卯之ひとりであれだけの大勢に敵うわけがねえ。折角幸せになったオメエもなあ。よし、俺に任してくれい。必ず卯之は連れてきてやるよ」

「…だ、だ、誰だ!」
「誰でもねぇ!やくざに戻った卯之吉でい。よくもあんな目に遭わせやがったなぁ。仕返しに来たんでい」
「何ぃ、唯一人でてめえがけい。おう、知れたこってい」

「誰だ!」
「…鯉名の銀平よ」
「て、てめえは銀平!」
「当たりめえだ。覚悟しやがれ!」

「お、お役人さん。待っておくんねえ、待っておくんねえ。お願いでござんやす。この下手人は…この卯之でございやす。あの、銀平兄貴には何の罪がねえんだ」
「いけませんぜ、お役人。それは違いやすよ。ねえ、あっしが下手人でござんすから、どうぞ。あんな野郎に何ができるもんじゃございやせんよ」

1970年代前半~中盤と思われるサングラフ版で(同梱の愛読者カードの差出有効期間が1976年2月末まで)長さは60メートル(約12分)。3年程前に一度実写のスクリーン画像を撮影。今回自作スキャナーで取りこみ直しましたが正直そこまで大きな画質の改善はなかったです。

カセットテープ付きで弁士は竹本嘯虎。喉を鳴らすような威勢の良いべらんめい口調が特徴です。

[タイトル]
雪の渡り鳥

[JMDb]
雪の渡り鳥

[IMDb]
Koina no Ginpei: Yuki no wataridori

[公開]
1931年10月15日(常盤座)

[メーカー]
東映ビデオ(製作)/サングラフ(配給)

[フォーマット] Super8、60m、白黒

1925 – スーパー 8 『月形半平太』(澤田正二郎主演、衣笠貞之助監督)

「8ミリ 劇映画」より

1925 Super8 月形半平太(衣笠貞之助監督/沢田正二郎主演)
Super8 « Tsukigata Hanpeita »
(1925, dir. Teinosuke Kinugasa, starring Shojiro Sawada)

『国定忠治』と並ぶ澤正映画の代表作で監督は衣笠貞之助。

フィルムの長さにして30m、映写時間7分弱の再編集版で、内容は大きく1)遠景で捉えられた橋の上での立ち回り、2)祇園での芸妓との会食、3)襲撃してきた新撰組とのチャンバラの3つに分けることができます。

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冒頭の橋での斬り合いはロングショットで撮影されカメラの切り返しなどはありません。抜いてから終わるまでが一瞬で凄まじい速さ。

この後、夜に浮かぶ花などが映し出され、祇園の華やかな雰囲気が醸し出されていきます。久松喜代子、春野歌子、二葉早苗など新国劇の女優陣が舞妓、芸妓として登場、荒ぶる幕末の風景にロマンチックな色合いを添えていきます。

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その後夜道を歩いていた主人公を覆面姿の男たちが襲撃、「長藩、月形半平太と知つてか。卑怯者、名を名乗れ」「新撰組!」のやりとりがあって立ち回りになだれこんでいきます。

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カメラアングル、構図に対する意識、コントラストの強い絵作りなど、マキノ省三監督の『国定忠治』と比べても衣笠監督の美的センスをより鮮明に感じ取ることができる内容。殺陣にしても舞台の動きを単純に撮影したものではなく、エディティングで効果を強めていく意思が伝わってきます。

澤正の殺陣を見ていくと、敵との対峙場面でカメラを正眼に直視した際、刀身をまっすぐに立てているため、顔を縦断する細い線に見えています。

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刀のデザイン性を考えるとやや斜めに立てた方が見栄えが良いのでしょうが、一瞬でも早く相手を斬った方が勝ち、そんな命がけの闘いにポージングは要らないのかな、という気もします。舞台では見れないこの角度と距離感、映画でこそ表現可能となった「澤正の本気度」なのでしょう。

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[タイトル]
月形半平太

[公開年]
1925年

[JMDb]
ba001650

[IMDB]
tt0016460

[フォーマット]
スーパー8
白黒30メートル 18コマ/秒 約7分
株式会社サングラフ

1929 – スーパー 8 『嵐寛寿郎の右門捕物帖』(橋本松男)

「8ミリ 劇映画」より

昭和4年(1929年)に東亜キネマで始まった嵐寛寿郎の当たり役・むっつり右門の第一弾『一番手柄 南蛮幽霊』8ミリ版。アラカンは無口な昼行燈タイプの同心を演じていて、余興芝居の最中に殺された岡っ引きの弔い合戦に挑んでいきます。

以前に東亜キネマのサイン帳をご紹介いたしましたが、そこにも名を連ねていた同社の重要俳優が多く出演しています。お茶目なおしゃべり伝六を演じたのは頭山桂之介、右門に嫌がらせをしかけるあばたの敬四郎に尾上紋弥、誤って拷問を受ける町人役に嵐橘右衛門、そして謎の美女としてデビューしたばかりの木下双葉が登場。

殺陣に迫力が欠けるの批判があって以前DVDで見た時に同じ印象を持ちました。今回8ミリで確認してみると、確かにロングショット主体で編集のリズムも良くないのですが、決めポーズなどさすがと思わされる場面も幾つかありました。

[原題]
右門一番手柄 南蛮幽霊 

[公開]
1929年

[JMDb]
右門一番手柄 南蛮幽霊

[IMDB]
Umon ichiban tegara – Namban yûrei

[メーカー]
株式会社サングラフ

[カタログ番号]
商品 No.810

[フォーマット]
スーパー8 白黒60m 18fps 光学録音(カセットテープ付き)