映写機用レンズの肖像 [03]: 仏パテ社 リュクス映写機用スタンダードレンズ

Pathé Lux Projector Standard Lens F=32mm (Early 1930s)

レンズ名メーカー名製造国焦点距離F値使用映写機製作時期レンズタイプレンズ構成長さ(鏡胴含む)外径(鏡胴含む)
パテ・リュクス映写機 スタンダードレンズ仏パテ社フランス32mm不明パテリュクス映写機1930年代前半ペッツバール型3群4枚40.030.0
前玉タイプ前玉外径前玉厚みスペーサー(間隔環)中玉タイプ中玉外径中玉厚みスペーサー(間隔環)後玉タイプ後玉外径後玉厚み
凸凹ダブレット15.65.7510.0メニスカス15.35.350.515.12.9

仏パテ社の初期カタログで「焦点距離32ミリの標準レンズ(Objectif ordinaire foyer 32mm)」と記載されているもので、30年代初頭のパテ・リュクス映写機に標準装備されていたもの。単品での市販はしておらずカタログ番号はありません。

パテベビー/キッド映写機用スタンダードレンズと同様4枚のレンズを組みあわせたペッツバール式ですが、ベビー用とは違って中玉と後玉の間に厚さ0.5ミリの薄いスペーサーが噛ませてあって3群4枚の形となっています。レンズ本体は直径で1.5倍ほど大きくなっています。

ベビー映写機用のレンズとは質感が異なり、コントラストをはっきり捉えたかっちり目の描写です。四隅が僅かに暗くなっていますが全体的に緻密な描写で歪みも小。ただし周辺部に流れるような個所も見られます。

ミラーレスカメラにマウントしてマクロ撮影で実写した結果。焦点のあっている部分は繊細かつシャープで、周辺にグルグルボケと歪みも発生。ペッツバール式レンズの癖や特徴が素直に出たアウトプットです。外に持ち運んで遊ぶ分には面白そう。

リュクス映写機用の標準レンズはもう一本所有しています。こちらは鏡胴が金属ではなく樹脂製で色が黒。筒の先端部分に欠けがあるものの映写そのものに影響はありませんでした。オマケで貰ったもので出所が不明、本当にリュクス映写機用かどうかも自信がありません。今回こちらも試し撮りして見ました。

金属鏡胴の個体と比べてややピントが甘く、背後にバブルボケが強く出ています

映写機用レンズの肖像 [01]: 仏パテ社 パテベビー/キッド映写機用スタンダードレンズ

Pathé-Baby Projector Standard Lens F=26mm ( Mid-Late 1920s)

レンズ名メーカー名製造国焦点距離F値使用映写機製作時期レンズタイプレンズ構成長さ(鏡胴含む)外径(鏡胴含む)
パテベビー映写機用 スタンダードレンズ仏パテ社フランス26mm不明パテベビー映写機1920年代前半から30年頃ペッツバール型3群4枚20.014.1
前玉タイプ前玉外径前玉厚みスペーサー(間隔環)中玉タイプ中玉外径中玉厚みスペーサー(間隔環)後玉タイプ後玉外径後玉厚み
凸凹ダブレット11.73.97.0メニスカス11.652.5511.72.2

仏パテ社の初期カタログで「短焦点レンズ(Objectif court foyer F 26mm)」と記載されているタイプで、現存しているパテベビー映写機の多くに標準装備されていたもの。単品でのカタログ番号はF22で定価は20旧フラン。

貼りあわせた2枚の前玉と、後群に凹レンズ+凸レンズを配した3群4枚のペッツバール式。後群の2枚の間にスペーサーはなく、軽く触れる形でセットされているため2群4枚と見ることもできます。

投影した9.5ミリフィルムをミラーレスカメラのセンサーで取りこんだ画像。1930年代以降のレンズと比べるとコントラストが低目で、周辺光量の落ちが目立ちます。歪みや流れは目立ちませんが、レンズの周辺部に行くほど色収差が強くなり滲んだ感じになります。9.5ミリフィルムが得意とする細やかなグラデーションもしっかり再現されており、全長2センチの小さなレンズとしては優秀なアウトプットだと思います。

レンズの向きを逆にしてミラーレスカメラに装着しカスミソウを接写した一枚。ピントが外れた部分の淡い滲み方はフィルム実写と同じ質感。

パテベビー映写機の弟機パテ・キッド用のレンズ(一番上の写真、左端のラッパ型フードが着いた一本)は鏡胴・フード一体型になっていますがレンズとその構成はパテベビー用と同じです。

1930年頃 – 16mm『チャップリンのスケート』抜粋 +『チャップリンの伯爵』抜粋 仏パテ・コダック社プリント

「16ミリ 劇映画」より

« Charlot Bout en Train » & « Charlot en Soirée »
(« The Rink » & « The Count » excerpts, 1916, Mutual Film Co., dir/Charles Chaplin)
c1930 French Pathé-Kodak 16mm Print, Ciné « Kodagraph »

※2021年5月にスキャンを行いスクリーンショットをアップデートしました。


1927年にジョルジュ・イーストマンとシャルル・パテの合意を元に仏「パテ・コダック社」が設立されます。コダック製のカメラや映写機の輸入は同社を介して行われるようになりました。

エクセルシオール紙1928年5月24日付掲載の広告より

1928年の仏パテ・コダック社の広告。右下を見るとチャップリン作品も引き合いに出しつつ16ミリフィルムのレンタルサービスとして「コダスコープ(Kodascope)」が紹介されており、その下に市販用16ミリフィルムのブランドとして「コダグラフ(Kodagraphs)」の名称が使用されています。

仏パテ・コダック社が実際に市販していたのがこのような外箱入りのフィルムでした。右下に「フランス製(Fabriqué en France)と印刷され、フィルム本体のパーフォレーション部分にも「仏コダック」の文字があります。

ブザンソン市の写真店フォト・コステ社のラベルが貼ってあり、薄くなったタイプライターの印字は「Charlot Bout-en-train/Charlot en Soirée」となっています。改題されているもののそれぞれ『チャップリンのスケート』と『チャップリンの伯爵』の有名な場面を100フィートずつ抜粋したものです。フォト・コステ社が16ミリのレンタル用に2本のフィルムを繋ぎあわせたと考えられます。

『スケート』『伯爵』両作品ともチャップリンがミューチャル社と契約していた時期の短編です。同社は配給時に米国内用ネガ(Aネガ)、輸出用ネガ(Bネガ)二種類を用意していたことで知られています。フランスで市販されていたこのフィルムはどちらを元にしたものでしょうか。

他のフィルムと照らしあわせてみたところ個人的な予想と裏腹にAネガを元にしていました。親会社のコダックが合衆国拠点だったため、という話なのでしょうね。一方で同時期にフランスで市販されていたパテ社9.5ミリ版『伯爵』はBネガ由来でした。同じ国で同時期に同名チャップリン作品が売られていても実はネガは違っていた(=厳密に言えば同一作品ではなかった)という興味深い結論がでてきます。

] 映画の郷 [ 電子工作部:映写機用レンズの実写性能比較システムを作る(02)

映写機用レンズ比較システムの試作機でテストを行いました。テスト対象は仏エルマジ社のマジステール3本とメイヤー・ゲルリッツ社のキノン・スーペリアー。マジステールのF=1:1.6 40ミリは仏パテ社のリュクス映写機、F=1:1.9 40ミリはスイス製パイヤール・ボレックス社のD型映写機、F=1:1.9 45ミリはボレックス社のDA型映写機、キノン・スーペリアーF=1:1.6 40ミリは独パテックス社の200B型映写機についていたものです。

被写体は1922年公開『ちびっこギャング(Our Gang)』の英パテスコープ社抜粋版(「Fickle Flora」10240番)より犬の画像。

[エルマジ社マジステール F=1:1.6 40ミリ]

レンズ中央部付近の解像度は高く、犬の毛並みの質感や土表面の細かな陰影も綺麗に再現されています。周辺部では光量低下(ケラれ)が目立ち、流れるような感じのボケが発生しています。

[エルマジ社マジステール F=1:1.9 40ミリ]

中央で焦点を合わせているはずが何度やっても完全に結像しませんでした。レンズを一旦ばらして清掃しても結果は変わらず。他のレンズと比べて被写界深度が浅く、フィルムに発生しているわずかな凹凸でピントが外れてしまうようです。映写機で実使用する際にもピント合わせがシビアな一本ということになります。左上、左下の隅の光量低下はF=1:1.6 40ミリより大きくなっています。

[エルマジ社マジステール F=1:1.9 45ミリ]

四隅ぎりぎりはさすがに光量が落ちているもののケラレは比較的少なく、周辺部まできっちりピントがあっています。今回試した3本のレンズで実写能力は一番高かったです。画質がシャープで1:1.6 40ミリと比べてやや「硬い」感じの画質。また40ミリの2本が赤みを強調した色の出方をしているのに対し45ミリはモノクローム感が強いです。

[メイヤー・ゲルリッツ社 キノン・スーペリアー F=1:1.6 40ミリ]

「マジステール F=1:1.6 40mm」と「F=1:1.9 40mm」の中間位の画質、でしょうか。マジステールと比べて明るい部分がやや強く出ていてコントラストが強調されています。周縁部のボケ方はマジステール以上に激しく癖があります。

上に挙げたレンズの特徴(ケラれが目立つ、ピントがあいにくい…)は実写時に感覚として分かってくる話ではあります。今回のシステムを練り上げていくと複数のレンズを同一条件で並べた上で違いを可視化でき、必要ならグラフ化、数値化して定量的に比較できるようになります。

今回は試作機の位置付けで、テストによって幾つか問題がでてきました。

1)今回各レンズの焦点距離とF値から計算して3Dプリンタの補助パーツを製作したのですが、どこかで計算を間違ったようで焦点距離35ミリ以下のレンズで思っていた結果になりませんでした。

2)フィルムの平面性。フィルムは巻き癖がついてしまうためやや湾曲しがちで、しかも古い9.5ミリは湿度の影響で表面が凸凹しているものが多いです。一般的な映写機は金属(主に真鍮)のゲージ部でフィルムをサンドイッチ状に挟みこみ平面性を確保していますが、今回は2ヵ所の突起でフィルムを引っ掛けているだけなのでまだその意味で安定していません。

3)システムの精度の問題。今回のテスト方式ではレンズが僅かに斜めになっていただけでも結果が変わってきます。レンズの被写体深度を考慮しても十数ミクロン~数十ミクロンの精度が要求されており、測定ごとにピックテスターで条件を揃える必要がありそうです。

この辺をフィードバックした形で修正を施していく予定です。

ちなみに焦点距離35ミリ以下のレンズでもピントあわせには成功しています。ただし画像がセンサーの四方からはみ出る形になってしまいました。レンズの一番周辺の部分が見切れているため上のデータとは対等には扱えませんが、参考までにリュクス映写機用の32ミリレンズとパテベビー用のスタンダードレンズ、パテクソール・クラウス25ミリレンズの結果も公開しておきます。

リュクス映写機用32ミリとパテベビー用のスタンダードは解像度、ヒストグラム共に似たような結果が出ています。ただしベビー用レンズはサイズが小さいこともあって周辺部での光量低下が目立ちます。パテクソール・クラウスはサイズ的にパテベビー用レンズと同じくらいながらも光量低下が少なく全般的にクリアな映像になっています。

] 映画の郷 [ 電子工作部:映写機用レンズの実写性能比較システムを作る(01)

今年になってから9.5ミリ映写機用レンズの実写性能を比較するシステム作りを始めました。運用できるレベルには達しておらず試行錯誤中ながらもある程度形が見えてきたので経過報告です。

システムのコア部分に転用した独イハゲー社のカメラ用アクセサリー2点(マクロ撮影用ベローズ & 金属製エクステンションチューブ)。どちらも本来はカメラとレンズの間にかませて使用するものです。

左の写真はイハゲー社のアナログカメラにマクロ撮影用ベローズを実際につけてみたところ。蛇腹を伸ばすと焦点距離が長くなり、小さな被写体を接写できるようになります(右は桃色のカスミソウを撮影した一枚)。

両者ともに単体ではマクロ撮影にしか使えないのですが、今回は3Dプリンタで製作した補助器具を埋めこみ別種の機器に流用していきます。

スケッチブックでイメージ作り。センサー/レンズ側とフィルム/光源側の二つのパーツに分けて作っていくことにしました。

【センサー/レンズ側】

金属製エクステンションチューブは竹の節に似た構造になっていて幾つかに分けることが出来ます。今回はこのチューブを二つに分け、一方の内側に樹脂製リングをかませたレンズを埋めこんでいきます。

映写機用レンズには共通規格としての「マウント」概念がないため外径や長さがまちまちです。レンズの外径を図り、フィットする形でリングを作っていきます。

左は仏エルマジ社のレンズF=1.6 40mm(レンズの外径30.0ミリ)を装着した時の様子。右は同社のレンズF=1.9 45mm(レンズの外径28.0ミリ)をつけた際の様子。

【フィルム/光源側】

金属製チューブの残り半分にも3Dプリンタで作ったパーツを埋めこんでいきます。9.5ミリフィルムの断片(3コマ分)を固定できるフィルムフォルダーです。二ヵ所の小さな突き出しをフィルムの穴(パーフォレーション)にはめて固定する形です。

このフィルムホルダーをセットする仕組みを作っていきます。複数の樹脂パーツを組みあわせたもので、四角い箱型の部分がランプハウスとなっており、1)LED電球、2)背面の光を反射させるお椀型のミラー、3)パテベビー映写機から取り出したコンデンサーをはめこんでいます。LEDの電圧が12Vだったので単三電池8本を外付けにして電力を供給します。

フィルムホルダーをはめこんだ金属製チューブを置きます。電源のスイッチをオンにするとフィルムが一コマ分、チューブの中央部で照らし出されます。

センサー/レンズ側パーツとフィルム/光源側パーツを向かい合わせにセットします。マクロ撮影用ベローズの土台部には2ミリ弱程の隙間があるので、光源側パーツの土台から伸びた薄い板を差し込む形になります。

組みあわせたところ。フィルム部分が光っています

同じ状態でセンサー/レンズ側から見たところ。レンズを通して見ているため天地左右が逆転しています。センサー/レンズ側にはカメラをセットするマウント(EXAKTAマウント)がありますので、マウントアダプタ(マイクロ4/3-EXAKTA)経由でミラーレスカメラ(マイクロ4/3マウント)を取りつけます。

蛇腹でレンズとの距離を調整し、映写された画像の幅とセンサー幅が一致する地点を見つけさらにピントをあわせていきます。上手くいくとミラーレスカメラの画角(3:4)一杯に拡大された映像が映り、デジタル撮影ができるようになります。

冒頭には「映写機用レンズの実写能力比較システム」と書きましたが、その実態はミラーレスカメラを土台にしたデジタルフィルムスキャナーです。

イメージ図は上のようになっています。右側からランプハウス、フィルム、距離を置いて映写機用レンズと並んでいて、この部分には簡易化した映写機が隠れています。一般的に映写機は投影された映像を「スクリーン」に映しますが、今回はスクリーンに置き換えた剥き出しのカメラセンサーで画像データを取りこんでいく訳です。

一方、映画フィルム用のスキャナーは照らし出されたフィルムをセンサーとレンズをセットにした「カメラ」で撮影するという発想になっています。

センサー~レンズ~フィルム~光源までの並びは同一。映写機で投影した画像をセンサーで取りこむ前者と光で照らされたフィルムをカメラで撮影する後者は発想こそ異なっているものの物理・光学的には同じことをしている話になるのです。

1924 – 9.5mm 『日本、震災のその後』 (仏パテ版)

小特集【関東大震災と9.5ミリ映画】

« Au Japon : après le cataclysme » 1924 French Pathé 9.5mm Print

同時に紹介している『震災に見舞われた日本』 の続編的な一本。前作が災害の切実さ、深刻さを伝えようとしていたのに対し『震災のその後』では支援活動や復興に向けた動きなどが収められ、人々の表情にも希望と明るさが戻り始めています。

10年程前に最初に手に入れた9.5ミリの一つで、仏フィルムコレクターが日本関連の作品6本(『震災に見舞われた日本』『震災のその後』『日本の芸者』『日本冬景色』『日本の七宝焼き』『日本の象牙細工』)をポッソ社製60メートルリールにまとめた形になっています。パテ社の9.5ミリ初期カタログには日本を扱った作品が多く、確認できている限りで16~17作ほどの動画が市販されていました。外国、特にアジア圏を扱った数としては異例の多さで、前世紀のジャポニスムなどの影響で日本への関心が高かった様子を伺い取ることができます。

[原題]
Au Japon : après le cataclysme

[フィルム版メーカー]
仏パテ社

[カタログ番号]
682

[フォーマット]
10m×1巻 無声字幕 白黒 ノッチ有

1930年代中盤 仏パテ社 Lux(リュクス/ルックス) 9.5mm映写機 YC型

映写機 [Projectors]より

c1933 Pathé Lux 9,5mm Silent Projector Type YC

パテベビー映写機の後継機として1930年代初頭に発売されたのがリュクス映写機(日本では「ルックス」表記)でした。1931年のYA型に始まり30年代中盤まで幾度かのモデルチェンジを行っており、今回入手した機体は1933年に市販されたYC型となっています。後期型の大きな変更点は以下の3点。

1)劣化しやすく不評だった合金製のフィルムゲート部の改良
2)100Wおよび150Wランプへの対応とランプハウスの大型化
3)排熱機構の強化

社名をあしらった金属プレートや電流計のデザインが変更されるなど他にもマイナーチェンジ多数。

錆び付きや汚れ、細かなペイントロスが見られ幾つかのパーツ(背面のプレート、ランプハウスの屋根)が欠品しているなど完璧なコンディションではありませんでした。欠品パーツに関しては手持ちのスペアで対応。フィルム送りのメカニズムや光学系は生きていて実写できる状態でした。

レンズはベーシックなタイプの仏パテ社オリジナルレンズ(F=32mm)。当時のカタログを見るとスクリーンとの距離10メートルまでの映写に対応しており、1メートルの距離だと21×16センチ程度、4メートルの距離で96×72センチ程度の出力ができたそうです。パテ社オリジナルレンズを含め5種類のレンズ・オプションがあった話はまた次回に触れていきます。

黄色い線の辺りにベビー映写機が隠れています

リュクス映写機を側面から見てみます。小さいハンドクランクの部分に10/20mフィルムの格納部分があってその下にレンズ、さらにフィルム送り機能を収めた箱、送られてきたフィルムを収納するスペース、一番下に変圧器を組みこんだ土台と続いていきます。この構造はパテベビー映写機そのままで、リュクス映写機には30年代インダストリアルデザインに進化したベビー映写機が隠されていると見る事もできます。

リュクス映写機は日本にも輸入されていました。ベビー映写機の倍以上の価格設定で、安価な国産9.5ミリ映写機の普及と重なったため流通は限定的でした。映写時にフィルムを焼いてしまうリスクが高く、モーター音が大きいなど改良すべき点が多く数年後には後継機種に代わられていったものの、仏パテ社の創意が詰めこまれている映写機だと思います。

[メーカー名]
仏パテ社

[発売時期]
1933年

[シリアル番号]
21274 YC

[対応ランプ]
O型(115V 50W)
S型(115V 100W)
SS型(115V 150W)

[対応電圧]
90〜130V

[レンズ]
パテ・パリ F=32mm

1917 – 9.5mm 『意志』(アンリ・プクタル監督、ユゲット・デュフロ主演)

« Volonté » (1917, directed by Henri Pouctal, 1920s French Pathé 9.5mm Print)

資産家エロー家の跡継ぎルイ(レオン・マト)は日々周囲に流される人生を送っていた。

孫の将来を心配した祖母(ウージェニー・バド)は旧友の遺児である娘エレーヌ(ユゲット・デュフロ)をルイの嫁にしたいと考えていた。しかしルイは友人トジア(ポール・アミオ)に紹介された浮薄な貴婦人ディアンヌ(シュザンヌ・ランケル)との関係をずるずると続けていた。

周囲の勧めに従いエレーヌと式を挙げ、子供まで作ったルイ。だが過去と決別する事ができずいつしかディアンヌとよりを戻してしまう。正妻となったエレーヌに恨みを覚えていたディアンヌは偽の手紙で夫妻の仲を裂こうとした。偽りの告発を信じ、エレーヌとトジアが深い仲にあると疑ったルイはトジアに決闘を申しこむ…

監督のアンリ・プクタルは元々アンドレ・アントワーヌ人脈の舞台人で、1910年頃に映画界に参入してきました。パテ社を拠点とし1922年に亡くなるまで100作に及ぶ作品を残しています。中でもゾラの小説を原作とした『労働』(1919年)は映像美とリアリズムで突出した作品でした。しかしながら他にめぼしい現存作が無く、自国でも監督としての力量が正当に評価されないまま今に至っています。

中期作の『意志』(1917年)が9.5ミリ形式で発売されていたのは知っていて、何年も探していたのをようやく入手することができました。セットやカメラワークに舞台劇の硬さが残っていますが、時折挟まれるショットのアングル感や感情表現に垢抜けたセンスが見られます。

描かれているのは19世紀末のブルジョワ恋愛模様で現在からするとそこまで魅力的に映らないかもしれません。しかしよく見てみると資産はあるが意志が弱く正妻をないがしろにするダメ男、その正妻に敵意を抱きプレゼントの高価な扇を持ち歩くマウンティング好きな不倫女子、子育てに追われ自分の小さな幸せを守るのに精いっぱいのヒロイン…と実は今のワイドショーが面白おかしく暴きたてるゴシップの構造と変わっていなかったりします。色々と進化していないのかな、と。

フィルムケースのタイトル表示が赤地なのはキリスト教系の出版社「ボンヌ・プレス」がパテ社と提携して市販していた印です。夫が人生を悔い改める結末が評価されたものと思われますが、一方でクライマックスの決闘場面を丸々削除してしまったことで物語の説得力が弱くなっています。9.5ミリ版編集時に制作側で自己検閲が入ることもあった、と小ネタで知っておくのも良さそうです。

[IMDb]
Volonté

[公開]
1917年4月13日

[メーカー名]
仏パテ社/ボンヌ・プレス社

[カタログ番号]
852

[9.5ミリ版発売]
1925年8-9月

[フォーマット]
9.5ミリ、10メートル×6巻、白黒無声、ノッチ有

1925 – 9.5mm 『三頭の熊』(ウォルター・ランツ監督)実写併用初期アニメーション

Three Bears (« Dinky Doodle », Walter Lantz, 1925)
French Pathé 9.5mm Version Retitled « Un déjeuner sur l’herbe » (Odd reels/Imcomplete)

後に『アンディ・パンダ』や『ウッディー・ウッドペッカー』等の作品で人気アニメーターとなるウォルター・ランツがキャリア初期に手掛けたアニメ/実写併用連作”ディンキー・ドゥードゥル”(1924-26)。9.5ミリ小型映画が市販された時期と重なり子供向け娯楽作として人気を博し、多くの作品が仏語版9.5ミリ化されていました。

フライシャー兄弟の『インク壺の外へ』(1919~28年)、ディズニーの『アリスコメディー』(1923~27年)に追随したもので、アニメと実写のコミカルな連動にどうアイデアを組みあわせるか各アニメーターが腕を競っていました。

『三頭の熊』(Three Bears)はDVD版『世界アニメーション映画史 6 ウォルター・ランツ』(2006年)未収録で、本国アメリカでもデジタル化されていない珍しい一作。今回入手したフィルムは不完全(3巻物のうち最初の2巻のみ)で状態も良くないものですが、ほのぼのした味わいが面白かったです。実写で出演しているメガネ姿の青年は若き日のランツ氏本人です。

[作品名]
Un déjeuner sur l’herbe

[原題]
Three Bears

[IMDb]
Three Bears

[公開]
1925年7月19日

[メーカー名]
仏パテ社

[カタログ番号]
965

[9.5ミリ版発売]
1927年3月

[フォーマット]
10メートル×3巻(3巻目欠)、白黒無声、ノッチあり

1924 – 9.5mm 『二少年によるフランス周遊記』(ルイ・ド・カルボナ監督)

「9.5ミリ 劇映画」より


或る夜、ジユリアンとアンドレ兄弟は闇に乗じてファルスブールの孤児院を抜け出した。亡き父の遺言を果たすため叔父が住む南仏マルセイユへ向かつたのである。父の旧友の助けもあり、二人は無事国境を越えフランスに辿りつくことができた。手持ちの路銀は乏しく、兄弟は徒歩で南下を始めた。

道中では多くの人々に助けてもらう。エピナルの町では宿屋の亭主夫婦に可愛がられ、ジユリアンは錠前屋の修業をし、アンドレは学校で勉強させてもらう。しかし長居は出来なかった。一ヶ月の休息の後に二人は再度旅に出た。ブドウ作りの盛期を迎えたブルゴーニユ、工業の町クレルモン・フェラン、宗教建築の立ち並ぶアヴイニヨンを経由してプロヴァンスに入つていく。

マルセイユまで六十里となつた所で南仏の強風に煽られアンドレが足に怪我を負った。ジユリアンはルートを汽車に切替え、弟を背負つて客車に乗りこんだ。マルセイユに辿りつくも、折あしく叔父はボルドーに長期滞在中とのこと。肩を落とした兄弟を見てマルセイユっ子たちが一肌脱ぐ。港町で船主に話をつけ、運河を使いボルドーまで送つてもらう話になった。

ボルドーで叔父と再会。事情を知つた叔父は二人を養子にしようと決める。手続きの爲に孤児院へ戻らなくてはならない。ダンケルクまで船で移動して汽車でファルスブールへ。父の墓参りを済ませ役所へ向かう。交付されたのはフランス国籍を証明する書類であつた。晴れてフランス市民となつた兄弟は叔父の親友ギヨーム氏一家の元に身を寄せ、幸せに暮らしたのであつた。


『二少年によるフランス周遊記』は19世紀後半に出版された児童向けの物語です。第二次大戦前のフランスでは国語の読本として使われており当時の人に馴染み深い内容でした。1924年公開の映画版は3時間を越える大部なもので、パテベビー9.5ミリ版は前後半の二部構成とし40分程度まで切り詰めています。

主人公を演じているのはいずれも映画出演経験のない素人の子供さん。お兄さんのジュリアン役に素朴と端整さを兼ね備えたリュシアン・ルゲイ君。弟アンドレ役は天然パーマに笑顔が可愛らしいグレゴワール・ウィリ君でした。

父の遺言を果たすため貧しい兄弟が叔父のもとへ徒歩で向かう設定を口実に、様々な町の産業や文化が紹介されていきます。地理の勉強に役立つだけではなく北極星を見つけて方角を割り出したり、当時最新技術だった写真の話が出てくるなど教養ネタも多く含まれています。

同時期に公開された『狼の奇跡』(レイモン・ベルナール監督)の大衆受けを狙ったスペクタクル性はなく、エプスタイン(『蒙古の獅子』)らのインテリ受けする表現とも違っていて、話題となることのないまま埋もれてしまった一作ではありました。それでも各地の風景や産物を現地ロケで記録した功績は大きく、ナチュラルな演技も相まって好感度の高い作品に仕上がっています。


[IMDb]
Le tour de France par deux enfants

[公開年]
1924年

[メーカー]
仏パテ社

[メーカー記号]
2010(前編6巻)& 2012(後編6巻)

[9.5ミリ版発売年]
1925年

[フォーマット]
9.5mm 無声 10m×12巻 ノッチ有

1920年代 仏パテ社「パテオラマ」(携帯用35ミリフィルムビューワー、小型幻灯機)

1920s-patheorama-bakelite01 1920年代に市販されていたハンディサイズの35ミリフィルムビューワー。ポータブル式の幻灯機と見ることもできます。
1920s-patheorama-bakelite051920s-patheorama-bakelite08
側面の蓋を開いてフィルムを装着。正面の大きなレンズを見ながら光にかざすと拡大した静止画を見ることができます。パテ社はこのパテオラマ自体を組みこめる幻灯機「ココリコ」を同時発売していました。アダプターにパテオラマを置いて幻灯機に火を灯すと壁に画像が投影できるシステムでした。

パテオラマはベークライト製で、黒いフラットなデザインの廉価版が多く普及していました。手元にある機種はエンボス処理が施された上位機。デザインや色遣いに19世紀末アールヌーボー的な要素を見てとることができます。

フィルムは6本セットで売られていたようです。

1932年 仏パテ社 映写機・撮影機および周辺機器カタログ&定価表

pathe-baby-tarif-general-france01pathe-baby-tarif-general-france02左列にカタログナンバー、中央列に商品名と簡易スペック、右列に旧フランでの価格。

1ページ目に映写機とスクリーン、2ページ目に周辺機器、3~4ページ目に自家現像用の商品と続いていきます。当時のパテベビー映写機の価格は約600旧フランでした。これは現在の金額に換算すると5万2千円強(400ユーロ弱)に相当するそうです。

金額だけ見るとそんなものかとも思いますが、労働者の平均時給が3.19旧フラン(280円程度)、朝刊を0.3旧フラン(約26円)で買えた時代の話ですのでやはり高価なものだった様子がうかがえます。

1930年代初頭 日本 パテベビー映写機 チラシ

二つ折り見開き4ページ、出版社名明記なし。パテベビー映写機、キッド、リュクスの3台を中心としたラインナップで1932年前後と思われます。ベビー映写機75円、キッド映写機が29円、リュクス映写機が165円、手回し式カメラ(レンズF=3.5)45円、モトカメラ115円の価格設定となっています。

仏パテ社 パテベビー映写機 メンテナンスキット

1920s - Pathé Baby nécessaire d'entretien
1920年代 パテベビー映写機メンテナンスキット
パテベビー映写機のクリーニングやメンテナンスに必要な道具一式をまとめたもの。

1)マイナスドライバー
2)埃を除去ための筆
3)シャモア革のクロス
4)真鍮製のオイル差し
5)象牙製と思われるヘラ

5つの道具が含まれています(クロスは箱にしまったまま)。当初は紙製の箱入りで後に金属製の缶入りに変更されました。パテ社の製品カタログではカタログ番号F20が振られています(価格は15旧フラン)。

仏パテ社製 金属製スプライサー

Pathe 9.5mm film colleuse
仏パテ社製 金属製フィルムスプライサー
木製の土台を持つ純正スプライサーよりやや後年のもの。スプライシングの際、フィルムのずれを防ぐため3か所で固定する仕様になっています。 40年代になると角ばったデザインの後継機が使われるようになりました。

1929 – 9.5mm 『ジャンヌ・ダルクの驚異の一生』 (マルコ・ド・ガスティーヌ、仏パテ社4リール版)

「『ジャンヌ・ダルクの驚異の一生』[La Merveilleuse vie de Jeanne D’Arc, 1929]」
& 「9.5ミリ動画 05a 劇映画」より

9.5mm La Vie merveilleuse de Jeanne D'Arc (1929)
La Vie merveilleuse de Jeanne D’Arc
(1930s French Pathé 4339)

1995年の仏VHS版、1930年代前半の英9.5ミリ版2巻物に続き、30年代仏9.5ミリ4巻物を手に入れることができました。全体の映写時間は約50分で、劇場公開版の半分弱をカバーしています。


英パテスコープ社版より尺に余裕があるため、周辺エピソードまで収録されており映画の全体像にかなり近づいています。VHS版、ゴーモン・パテ・アーカイヴで以前に公開されていた35ミリ琥珀染色版(VHSと同一ソース)と画質を比べてみましょう。

1)生まれ故郷の村で従軍兵士の話に耳を傾けるジャンヌ


2)ジルドレが自分を王と偽ってジャンヌを試そうとする一幕より

左から順に9.5ミリ版、仏ルネ・シャトー社VHS版、パテ社所蔵35ミリ琥珀染色リストア版

VHS版(中央)はパテ社所蔵の35ミリ版(琥珀染色版、右端)を白黒に変えただけでアングルや流れに変更は加えておりません。一方の9.5ミリ版では人物が大きく映るようトリミングが施されています。1)の例で手前の袖の部分がカットされるなど全体の構図が大きく変わるアレンジの様相を呈しています。

リストア版は非常に美しい琥珀色をしています。35ミリと9.5ミリとでは面積比で15倍ほどの差があって、情報量としては35ミリ版に圧倒的な軍配。9.5ミリでは粒子感が残ってしまっていますよね。ただし35ミリ版の方は室内撮影、スタジオ撮影の場面で暗い部分が黒飛びしており、ディテールが潰れてしまっています。2)のジルドレのアクセサリーや衣装デザインを比べると9.5ミリの再現力も捨てたものではないのかな、と。

もう一つ重要な指摘としてVHS版と35ミリ修復版は人の面立ちがややほっそりしています。9.5ミリ版とアスペクト比の圧縮が微妙に異なっているのです。他の場面も同様で、どうやらデジタルリストア版では左右の比がやや圧縮されているのではないかと考えています。

genevois-sample01s
9.5ミリ版の横幅を8%縮めたもの
genevois-sample02
デジタルリストア版を黄色枠でトリミングしグレースケール変換

9.5ミリ版画像の縦サイズを変えず、横サイズを8%ほど縮めると修復版と同じ感じになりました。

[タイトル]
La Vie merveilleuse de Jeanne D’Arc

[原題]
La Merveilleuse vie de Jeanne D’Arc

[製作年]
1929年

[IMDB]
tt0020165

[メーカー]
仏パテ社

[メーカー記号]
4339

[9.5ミリ版発売年]
1934年

[フォーマット]
9.5mm、無声、白黒、4リール(480m、約50分)、ノッチ無

1929 – 9.5mm 『ジャンヌ・ダルクの驚異の一生』 (マルコ・ド・ガスティーヌ、英パテスコープ社2リール版)

「『ジャンヌ・ダルクの驚異の一生』[La Merveilleuse vie de Jeanne D’Arc, 1929]」
& 「9.5ミリ動画 05a 劇映画」より

1929 - La Merveilleuse vie de Jeanne D'Arc (UK Pathescope SB791)
Saint Joan the Maid (La Merveilleuse vie de Jeanne D’Arc)
1930s UK Pathescope Version

『ジャンヌ・ダルクの驚異の一生』は1929年の初公開後、確認できた限り少なくとも4度ソフト化されています。

1) 1934年・英パテスコープ社 9.5mm2リール版
2) 1934年・仏パテ社 9.5mm4リール版
3) 1930年代・仏パテ社 17.5mmパテールーラル版
4) 1990年代・ルネ・シャトー社 VHS版

いずれも現時点では入手しにくくなっておりますが、比較的市場に出てきやすいのがこちらの英パテスコープ社版です。

長さは24分程。第1リールは戦乱続くフランスで聖女のお告げを聞いたジャンヌが立ち上がり、オルレアンを解放し仏軍を勝利に導くまで、後半第2リールは戴冠式に始まり、見方の裏切りによって英軍に捕らえられたジャンヌが火刑に処されるまでを収めています。

9.5ミリ版はトリミング幅を大きく取り、登場人物が大きく映る様にアレンジされています。センターホールの位置関係で、実際に映写すると上下がさらにトリミングされ場面によって人の頭が画面からはみ出してしまう傾向が見て取れます。

一方ではスタジオ撮影や室内撮影の場面も明るめに映っていて、パテ社による35ミリ修復版より鮮やかな映像が画面に映し出されたりもします。

[タイトル]
Saint Joan the Maid

[原題]
La Merveilleuse Vie de Jeanne D’Arc

[公開]
1929年

[IMDb]
tt0020165

[メーカー]
英パテスコープ社

[カタログ番号]
SB791

[フォーマット]
9.5mm、無声、白黒、2リール(240m、約25分)、ノッチ無

1919 – 9.5mm 『百萬長者の娘ッ子』(ジョージ・アーチェインバウド監督、米)

「9.5ミリ動画 05a 劇映画」より

1919 - A Damsel in Distress 00

マルジヨリイは氣まぐれな不思議な而して可愛いゝはすつぱな小娘でありました。それでこの娘の理想する男は今様の火の神様で鍛冶屋場の烈しい爐の上にある晩彼女に現はれたのであります。所が或る日、兄の監視を逃れるため、彼女は自動車の中へ輕率にも飛び込みました。と、其處には彼女を喜んだ顔つきで眺めてゐる一人の若い男が居りました。。

『パテーベビーフヰルム 解説書 No. 1』
(大橋善次郎編集・出版、1926年)

1910年代の雑誌で時々姿を見かける女優さんにジューン・キャプリスがいます。彼女が仏パテ社と契約を結んで主演した作品が『百萬長者の娘ッ子(ダムゼル・イン・ディストレス)』でした。

お金持ちのお嬢様が偶然出会った美青年と繰り広げる軽めの恋愛劇は(当時パテ社のスタジオがあった)ニューヨークでのロケ撮影。乗用車、タクシー、街並み、ファッションや髪型など時代の雰囲気を満喫できる作品となっています。

[タイトル]
Mam’zelle Milliard

[原題]
A Damsel in Distress

[製作年]
1919年

[IMDB]
tt0010042

[メーカー]
仏パテ社

[仏パテ社カタログ番号]
739

[字幕]
仏語

[フォーマット]
9.5mm 10メートル×6本 仏語字幕 12476フレーム(約15分)

1912年 – 9.5mm 『液體空氣の實驗』(仏パテ社/伴野商店)

「9.5ミリ動画 05c 伴野商店」より

壓搾機械の方法で零度以下二〇〇〇度に冷却すると空氣は液體となります。而してその状態に於てそれは不思議な特質を所有します。パテー ベビーはこゝに思實に映寫して甚だ興味あるその多くの實驗を明かにお目にかけます。

『パテーベビーフヰルム 解説書 No. 1』
(大橋善次郎編集・出版、1926年)

伴野商店のカタログで189番として紹介されたフィルムで、1920年代中盤に仏パテ社で市販された動画に日本語字幕を付け直したもの。初出はさらに古く、1912年に「科学入門シリーズ」の一貫として公開された記録が残っています。

l-air-liquide05.jpg

カイゼル髭の男性が液体空気の作り方やその特性を紹介していきます。「有害ではありません」と管に口を近づけそのまま飲んでしまうなど科学物としてはなかなかワイルドな展開も含んでいます。

1912-06-08-cine-journal-l-air-liquide
1912年6月8日付の仏シネ・ジュルナル誌より
「液体空気(L’air liquide)」の文字が見えます

1912年は映画業界が軌道に乗った直後の時期ですでに多くの製作会社が勃興し多様なコンテンツを提供していました。ドラマだけではなく、地誌や科学も素材とされ毎週のように各社が新作を提供していたのです。

結果として、1912~14年の製作となる短編ドキュメンタリーが相当数残されました。1920年代中盤に仏パテ社が9.5ミリソフトの市販化に取りかかった時、この時期の動画が復刻の対象となりました。先日デジタル化した『消えゆく民 アイヌの人々』(1912年)も同じ流れで製作~公開~ソフト化された一本です。

[タイトル]
液體空氣の實驗

[原題]
L’Air liquide et les applications du froid intense, série instructive

[メーカー]
伴野商店

[仏パテ社版カタログ番号]
74

[フォーマット]
10m(ノッチ有)

1912- 9.5mm 『ナピエルコウスカ嬢のカンボジア風舞踏』(1912年)

「9.5ミリ動画 05a 劇映画」より

1912 9.5mm Napierkowska : Danses Cambodgiennes

ギリシヤの彫像のやうにすらつりつとした姿整で、華やかな衣装をつけてゆつたりとした態度の中に人をひきつけるその踊り子は、カンボチヤンダンスの不思議な現はれであります。中にも一座のスターは他のきらく數多の踊り子眞中に、更に一段と輝いて居るのを御覧ください。

『パテーベビーフヰルム 解説書 No. 1』
(大橋善次郎編集・出版、1926年)

仏パテ社が9.5ミリ小型映画を最初に売り出した時にカタログに含まれていた初期のフィルムで、1912年に公開された中編映画(『La Fièvre de l’or』)の一場面を抽出したもの。

映画全体は金銭欲に取りつかれた男が亡父の銀行を乗っ取り投資ブームを仕掛け、人々が踊らされていく内容を描いています。途中の祝宴場面に使用されていたのがスタシア・ナピエルコウスカによるカンボジア風の舞踏でした。

[タイトル]
Danses Cambodgiennes

[原題]
La Fièvre de l’or

[製作年]
1912年

[IMDB]
tt0250381

[メーカー]
仏パテ社

[カタログ番号]
47

[フォーマット]
9.5mm (ノッチ有) 10m *1リール