原駒子(1910 – 1968)の鏡文字サイン

「昭和4~5年 (1929-30年) 東亞キネマ サイン帖」より

東亜キネマの初期から同社でトップクラスの人気を誇ったのが原駒子さんでした。この時期の俳優としては唯一人の鏡文字サインの持ち主です。

艶のある表情、動きに露出度の高さ。松竹や日活の女優にないある種の下品さを漂わせ、B級の毒っ気が人気につながっていました。

東亞の方を見ると、何と云ってもそのミチの大家は原駒子で、彼女の荒行は映画界の名物の一ツ。その愛欲行脚は各雑誌各紙に競争の様に発表されたから今更此処に描かなくともご承知であろう。

『デカメロン』

当時から噂話や憶測に尾ひれをつけた下種なゴシップが広まっていた様子も分かります。それだけの妄想を掻きたてる魅力を持った女優さんでもあったのでしょう。

[JMDB]
p0096660

[IMDB]
nm0361677

[誕生日]
2月26日

木下 双葉 (1910 – 1938)

「昭和4~5年 (1929-30年) 東亞キネマ サイン帖」より

本名光田貞子。明治四十三年東京市本所區に生る。舞臺より映畫に轉じ、昭和四年東亜キネマに入社す。主なる近作は「競艶刺靑草紙」「悲戀比翼塚」等。身長五尺二寸、體重十二貫八百目。趣味は讀書と映畫。

『芝居と映画 名流花形大寫眞帖』(1931年)

サイン帖の最終ページに残されたもので、1931年元旦の日付が残されています。

東亜キネマの後期、同社の大型時代劇『美男葛』でデビューを果たした女優さんです。2作目は『右門捕物帖』と着実にキャリアアップ。凛とした和装が良く似合っており、東亜ですぐに原駒子に次ぐ人気女優となりました。

若手人気男優の阿部九洲男と結婚、大都映画に夫婦で合流し多くの作品で共演を果たしていきますが、1938年に撮影中に倒れそのまま若くして亡くなっています。

戦後まで生きていれば別なキャリアも開け映画史に名を残したのではないかと思われる女優さんです。

[JMDB]
p0358640

[IMDB]
nm2488797

[誕生日]
8月9日

久世 小夜子(1904 – ?)

「昭和4~5年 (1929-30年) 東亞キネマ サイン帖」より

『楽園に泣く女』でカフェのマダム、『カポネ再現』でルンペン女、『跳躍天国』で下宿のおばさんを演じるなど、一癖ある役を得意とするユニークな女優だった。

劇団座長である松尾二郎の子として生まれ、子役経験を積んだのち、19才で映画界に転身。帝キネの『一躍大家』でヒロイン役を務めるなど順調にキャリアを積んでいきます、その後松竹~東亜~東活へと映画会社を転々としていきます。

東亜キネマには1930年半ばから参加しており、このサインは同社に合流して間もない時期のものと推察されます。

[JMDB]
p0079060

[IMDB]
nm1550189

[誕生日]
3月26日

『大正名優鑑』 (劇と映画 第一周年記念臨時増刊、大正13年)

歌舞伎と映画を扱っていた月刊誌『劇と映画』の創刊一周年を記念し大正13年に作成された俳優特集号。表紙は木版を貼りこんだもの。本体と同じ大型サイズに多数のグラビアを収録しています。

前半は歌舞伎俳優をまとめており、後半が映画編。映画編では各映画会社の首脳陣(城戸四郎、白井信太朗氏ほか)が登場、その後5つの会社(松竹蒲田、松竹下加茂、日活、東亞、帝國)の専属俳優が紹介されていきます。

蝶ネクタイにモガ帽、鼻眼鏡…手彩色の写真に写しだされたファッションに時代の雰囲気が良く出ています。

[出版者]
東京国際情報社

[出版年]
大正13年 (1924年)

[サイズ]
32.4 × 24.5 cm

[定価]
2円

『日本無声映画大全』 (DVD-R、2000年、マツダ映画社監修)

国内最大の無声映画アーカイヴ、マツダ映画社が監修したデジタルデータベース。英語にも対応していて国外を含めた研究施設での使用を前提にしたような感じ。

1)活動大写真館
2)作品データ館
3)無声映画資料館

の3部構成となっており、1)では2分ほどの抜粋動画、2)では作品詳細データ、3)では人物詳細データを閲覧できるようになっています。

インストールしようとしたところOSが対応していない(XPまでしか動かない模様)と発覚、古いPCを借りてきて内容を確認しました。

個人所有している方は少ないと思われますので、この機会に収録動画のリストをアップしておきます(タイトルの表記に揺れがありますが修正はせずそのまま転載)。

1) 剣聖荒木又右衛門 [極東 1935 仁科熊彦]
2) 伊豆の踊子 [松竹蒲田 1933 五所平之助]
3) 韋駄天数右衛門 [宝塚キネマ 1933 後藤岱山]
4) 一寸法師 ちび助物語 [旭物産 1935 瀬尾光世]
5) 海の水はなぜからい [横浜シネマ 1935]
6) 右門捕物帖六番手柄 [東亜 1930 仁科熊彦]
7) 御誂次郎吉格子 [日活太秦 1931 伊藤大輔]
8) 新編 己が罪作兵衛 [松竹蒲田 1930 佐々木恒次郎]
9) 折り鶴お千 [第一映画 1935 溝口健二]
10) 雄呂血 [阪妻プロ 1925 二川文太郎]
11) 木村長門守 [帝キネ 1928 石山稔]
12) 虚栄は地獄 [朝日キネマ 1925 内田吐夢]
13) 沓掛時次郎 [日活太秦 1929 辻吉郎]
14) 鞍馬天狗・第一篇 [嵐寛プロ 1928 山口哲平]
15) 国士無双 [千恵プロ 1932 伊丹万作]
16) 子宝騒動 [松竹蒲田 1935 斎藤寅次郎]
17) 坂本龍馬 [阪妻プロ 1927 枝正義郎]
18) 砂絵呪縛・第二篇 [マキノ御室 1927 金森万象]
19) 争闘阿修羅街 [大都 1938 八代毅/ハヤフサヒデト]
20) 続水戸黄門 [日活太秦 1928 池田富保]
21) 大学は出たけれど [松竹蒲田 1929 小津安二郎]
22) 磯の源太 抱寝の長脇差 [嵐寛プロ 1932 山中貞雄]
23) 瀧の白糸 [入江プロ 1933 溝口健二]
24) 段七千断れ雲 [大都 1938 中島宝三]
25) 忠次旅日記 [日活太秦 1927 伊藤大輔]
26) 忠臣蔵 [マキノ 1928 マキノ省三]
27) 月形半平太 [聯合 1925 衣笠貞之助]
28) 出来心 [松竹蒲田 1933 小津安二郎]
29) 東京行進曲 [日活太秦 1929 溝口健二]
30) 東京の合唱 [松竹蒲田 1931 小津安二郎]
31) 中山七里 [マキノ御室 1930 並木鏡太郎]
32) 野狐三次 [松竹下加茂 1930 小石栄一]
33) のらくろ二等兵 [横浜シネマ 1933 村田安司]
34) 旗本退屈男 [右太プロ 1930 古海卓二]
35) 二人静 [日活向島 1922 大洞元吾]
36) 弁天小僧 [衣笠 1928 衣笠貞之助]
37) ほととぎす [松竹蒲田 1932 池田義臣]
38) 刺青判官 [松竹下賀茂 1933 冬島泰三]
39) 番場の忠太郎 瞼の母 [千恵プロ 1931 稲垣浩]
40) 毬の行方 [サワタ 1930 沢田順介]
41) 三日月次郎吉 [東亜 1930 後藤岱山]
42) 森の鍛冶屋 [松竹蒲田 1929 清水宏]
43) 弥次喜多・岡崎の猫退治 [大都 1937 吉村操/大山デブ子]
44) 弥次喜多・尊王の巻 [日活太奏 1927 池田富保]
45) 浪人街・第二話 [マキノ 1929 マキノ正博]

羅門 光三郎 (1901 – ?)

Ramon Mitsusaburo Autograph

大正末期の歴史大作『ベン・ハー』で知られるようになったラモン・ナヴァロから「羅門」の役名を拝借、1927年にデビューしたのが羅門光三郎になります。クワっと目を見開くと画面映えします。戦後も片目を失いながら「偉大なるB級チャンバラ俳優」の人生を全うしました。

デビュー直後の雑誌の切り抜きとセットになっていたサイン絵葉書。1930年頃の東亜キネマのサイン帖にも名前があります。